第1話-2

 シオが夢の中で目を覚ましたのと同時刻。彼女が収容された施設の監視モニターにはノイズが走り、現実でもシオが起き出し病室を抜け出していた。

夢遊病のように歩き出したシオに気付いた当直は施設長である所長と副所長にすぐさま報告。そして所長は金髪碧眼のアリザ・天道寺、鬼の面の浪巳ナミ・バグリー、二人の上司であるオーガスタス・ブラックマンの三人を伴いシオの後を追った。


 アリザやナミの様子は昼と違い、鎧のような防護服に加えアリザは重い長銃、ナミは大剣を背負っていた。その武器たちは冷たい金色と群青の輝きを持つ、美しい物だった。


 ナミ・バグリーと所長たちはやがて武器庫の前で立ち止まっているシオ・タマカズラに背後から近付いた。

「……おい」

ナミが声をかけるもシオはぼうっとしたままで、金属の扉の前で立ち尽くしている。

「どう思う? オーガスタス」

褐色の肌に茶髪の巻毛の所長、五十代にはなっていそうなアメリカ本土南部系の男性は、斜め前に立つ同じく褐色肌のオーガスタス・ブラックマンに問う。壮年のオーガスタスは白い髪を程よく伸ばした短髪の男で、所長を横目で見ると口を開く。

「彼女は一種のトランス状態になっていて、軌刃きじんに呼ばれているのではないかと推測しています。彼らは相手は選んでいますから」

「ふむ、やはりそう思うか。私も同じ考えでいた。天道寺はどう思う?」

「特別保護区のお嬢さんだし、トランス状態になりやすい因子は持ってそうかなと言う考えでいます」

「ふむ、ふむ」

ナミ・バグリーが伸ばした手が触れる前にシオは振り向いた。

その時彼らは、シオの海色の瞳が淡く青白く輝いていることに気付く。

「っ……これは」

シオはそのままゆっくり扉から離れると、あるところで踵を返しスタンディングスタートの姿勢を取る。

「!!」

ナミがすかさず彼女の前に出て真正面からその体を受け止めると、シオは完全に気を失いガクンと膝を落とした。

「おい!」

ナミはシオを揺さぶった。しかし彼女は深く眠っており一向に起きない。所長はシオの様子を間近で確認すると、重厚な武器庫の扉に近付き暗証番号のキーを手早く打ち始める。

「所長!」

「彼女の状態は関東A地区の報告書と似ている。恐らく彼女を呼んでいる軌刃がいるだろう」

所長により開けられた武器庫の中では、冷たい金色と青色の光沢を持つ様々な武器が……軌刃きじんたちが一つ一つ厚いアクリル製のケースに入れられ厳重に保管されていた。そのうちの一つ、出入り口の真正面にあるケースではシオの瞳と同じく淡く青白く輝く美しい槍が佇んでいた。

「やはり、適合しかかっているな」

所長の言葉に反応したかのように、シオは再びまぶたを開いた。


「いってー……何で転んだんだ?」

 夢の中でシオは何かに弾かれて転び、再び扉に向かって駆け出そうと立ち上がると重い金属の扉は開いていた。

「あり? ……まいいか」

シオは歩いて武器庫に踏み入った。見渡せばアクリル製のケースに納められた武器たちがずらりと勢揃いしている。

「わー……」

一通り見渡したシオが視線を真正面に戻すと、一つの槍の前で座り込む金髪の小さな女の子が涙を流して俯いていた。

「やあ」

シオが声をかけると少女は顔を上げた。ペイルブルーの美しい瞳が、シオの海色の瞳をとらえる。

「こんばんは」

「……こんばんは」

「となり、座ってもいいかなぁ?」

「……うん、いいよ」

「ありがとう」

シオが隣に腰を下ろすと、金髪の少女はシオを見上げた。

「どうして泣いてるの?」

「…………あのね、お父さんとお母さんと、弟とはぐれちゃったの」

「迷子?」

「ううん、さらわれたの」

「おっと」

少女は再び俯く。

「家族のところに帰りたい……。ここの人たちは、私に戦えって言うの。でも私、いやなの。戦いたくないの」

「うーん、そっか」

シオは少女の頭を優しく撫でた。少女はそれが意外だったのかシオを見上げた。

「じゃあ私が、君が戦いたくないって言ってるって伝えてあげる」

「……本当?」

「本当本当」

「……お姉さんもここの人なの?」

「ん? ああ、いや。怪我してここに運ばれただけで、ここの人じゃあないよ」

「……イヤ」

少女は急に立ち上がりシオに抱きつく。

とても子供の力とは思えぬ力強さにシオは目を丸くする。

「お姉さん、ずっとここにいて」

「え、でも」

「ここにいて! お願い、一人にしないで……」

少女はペイルブルーの瞳から南国の海のような涙を流した。シオは少女の背を優しく撫でてあやす。

「君、名前は?」

「……エル。エル・エウロパ」

「エルって言うのか。綺麗な名前だね。私はシオ。汐・タマカズラ」

名乗り終えるとシオはエルから体を離す。

「それなら、君が家族に会えるように一緒に探してあげる」

「本当?」

「本当」

「……嘘つかない?」

「つかない。君が戦わなくていいように言うし、君が家族に会える時まで一緒にいる。約束する」

「……うん」

エル・エウロパはシオの首元に抱きつくと、安心して力を抜いた。

「約束よ」


 現実のシオはナミたちに囲まれエル・エウロパが納められたケースの前で青白く眩い光を瞳から放っていた。そして彼女は両腕を軽く広げる。

「嵐の王の寵愛ちょうあいを受けし姫の御魂みたまをここに」

シオは腕を上へと持ち上げると頭上から何かを受け取るような体勢を取り、目に見えぬ柔らかいものを手のひらで包み込むと胸の前で握りしめ片膝を折る。

「魂の海より、出でよ。雷鳴の雲より、出でよ。我は汝の声を聴きし者。汝の問いに応えし者。汝、求むるものと相見あいまみえし時まで、我が守護者となりたまえ」

シオは片膝をついたまま槍に向かって両手を伸ばした。

「おいで、エル」

所長により開け放たれたケースから冷たい金色とペイルブルーに輝く槍が浮き上がり、シオの両手に収まる。シオはエルの体を受け取るとカクッと首を落とし、そのまま動かなくなった。

「……適合した、のか?」

「まだ分からん。しかし、ほうほう。今までの報告書にはないケースだ。なかなかレアだぞ。適合者がトランス状態で呪文を口にするとは」

褐色肌の所長の隣では、属州ヤポン出身と分かる顔立ちで薄茶髪に丸眼鏡の副所長がふうと溜め息をついた。

「所長、喜んでますけど特別保護区の人間相手だとデータの抹消が大変ですよ」

「うーむ、今は考えないようにしてたんだがなぁ……」

玉鬘たまかずらなんて早々付けられるファミリーネームじゃありませんし、そうなると一族への説明もそれとなくしなければなりません。例え不慮の事故と言う形を取ったとしてもです」

「うーむ……困ったな」


 所長が口の端を持ち上げるか否か、気を失っていたシオはエル・エウロパを抱えすくっと立ち上がった。彼女は振り向くと、まだ青白く輝く瞳のまま槍を低く構えた。

反射的にナミやアリザたちが武器に手をかける。シオは彼らを強く睨んだ。

「シオに近寄らないで」

「……ほう、軌刃に体を乗っ取られたか」

「近寄らないで! お前たちなんか嫌い!」

シオの体を使い、エルはの人間たちに強い敵意を向ける。

「知らない人にベタベタ触られて、私イヤだったのよ! 誰も私の声なんて聞いてない! 私、戦いたくないのに……」

エルはシオの顔で涙をこぼす。

「元の場所に返して。あそこが私のおうちよ……」

「それは出来ない相談だ、エル」

「気安く呼ぶな!」

所長へ槍の穂先を向けたエルの前に、ナミが右手を突き出して割って入る。

「お前たちが俺たちをよく思っていないことは知っている」

「どいて!」

「俺もお前たちをよく思っていない。俺はお前たちに家族を殺された」

ナミの言葉を聞くと、エルはハッと表情を変える。

「だが、殺し合う関係は終わりにしたい。戦争はもうりだ。あれは消耗するだけで、何も生まない」

エルは戸惑いを見せた。ナミは片手を出したまま両膝を折り、己の軌刃、大剣を床に下ろして空いた左手を右手と揃えて掲げ降参の姿勢を取る。

「その娘がお前の声を聞いてくれる。話しかければ答えてくれる。行きたい場所があるなら連れて行ってくれる。だからここでその力を奮わないでくれ。頼む」

エルは、眉間に皺を寄せて口をぎゅっと結んだ。

「……お前たちはすぐ嘘をつく」

「そうだ。だが少なくともその娘は違う」

「お前がシオの何を知ってるの!」

「何も知らない。けれどお前と適合した。軌刃と適合者は相反する性格で適合することは早々ない。お前が嘘つきが嫌いなら、その娘もきっとそうだ」

そう言いながらも下ろした大剣を見やるナミの瞳は、悔しさと深い憎悪に塗れている。

「……その娘は何か特別な能力を持っているが、一般市民だ。訓練も何もしていないままお前と外に出るのは過酷すぎる。だから彼女の訓練が終わるまでは、少なくとも、ここにいて欲しい」

「……イヤ」

「彼女が死んだらもっと嫌なはずだ」

エルは心底悔しそうにナミの面の下の瞳を睨んだ。彼女は穂先をナミの眼前に突きつけると、瞳をペイルブルーに輝かせる。

「私とシオが嫌がることをしたら、まずお前から殺す」

「わかった」

「……シオ、ごめんね」

エルはじぶんを抱きしめると、シオの体を解放した。意識を失ったシオの体はアリザによって支えられる。

「おっと、危な」

「……かなり長く憑依されてました。生存者の中では最長記録かもしれません」

「ほうほう」

強い敵意を向けられたはずなのに、所長は嬉しそうに口の端を持ち上げる。

「彼女は色々と記録を更新してくれるかもしれんな。家系も遡っておこう。特別保護区の者なら家系図が残ってるはずだから比較的簡単だろう」

「何言ってるんですか。家系図が残ってたら残ってたで大変でしょうに」

「全く手掛かりがないところから始めるよりは楽でしょ〜?」

所長は副所長を連れ武器庫から出て行き、オーガスタス隊長と部下二人は気を失ったシオとその手に握られたエル・エウロパを囲んだ。

「ひとまず病室に戻しますか」

「随分な約束をしたな、ナミ」

「……すみません」

「いや、あの場では最適な判断だ。軌刃を説得するとは成長したな」

「話せる相手だから、そうしただけです」

アリザは器用にエルごとシオをお姫様抱っこすると、男性たちにニンマリと微笑む。

「で、今晩は誰が見張るの? 彼女」

「初日は俺がやる。明日からナミ、お前の順だ」

「はーい」

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