第3話-7

 先輩能力者の勧め通り、カイルはホームセンターなど手頃な場所でスケートボードとキャップを買い早々に身に付ける。プリペイド電話が震えたのでメッセージを見ると、デイヴィットからだった。

──無事帰宅。飯食いに来い。電話は破棄。

「マジかよ」

まだ半月契約残ってるのに? と思いつつカイルは端末を初期化してSIMカードを割り指示通りゴミ箱に携帯を捨てる。食事と言われたので街中の時計を見ると、午前十一時を過ぎていた。

「まだ飯の気分じゃねーな」


 不良らしくガムをクチャクチャ噛みながらスケートボードでノロノロ街中を進んでいると、朝たまたま出会った女性が本物の不良のナンパに巻き込まれていた。何もなければ通り過ぎようと思ったカイルだったが、男らが彼女の持つ紙コップを落としてまで腕を掴んだので方向を変えず真っ直ぐ進む。

 カイルは不良三人組の真ん中にスケボーで勢いよく突っ込んだ。相手は不意打ちで転がり、一回転して素早くボードを回収したカイルは再び滑り出したスケボーの上から彼らに中指を立てる。

「てめえふざけんな!」

案の定不良たちは釣られて追いかけて来たので、魔法使いは適当な曲がり角で能力を使いOLのいた場所に戻る。

手品のように人混みから現れた青年を見てOLは驚きと喜びの表情をする。

「どうやったの?」

「内緒」

「不良で手品師?」

カイルが肩を竦めると女性はくすっと笑う。

「ありがとう。アデルよ」

握手を求められたのでカイルは仕方ないなと言う素振りをして応じる。とっさに偽名を思いつかず、カイルは近くの看板からサム・バーガーの文字を見つける。

「サム」

「サムね。この辺に住んでるの?」

「いや?」

「あら、学校にも行かないで悪い子ね」

アデルはそう言ってカイルの肘を突く。

「嘘よ。優しいのね、お礼をしたいのだけれど」

「別にいい」

「まあ。……じゃあ明日か明後日、その次の日でもいいけど。今朝のダイナーにまた来て。私大体あそこで朝食食べてるから」

「気が向いたら行く」

「待ってるわ」


 オレンジは空間転移を行いDDタワーの通用口付近に現れると警備員にパスを見せ中へ通してもらう。

最上階に着くと既にウォッチとデイヴィットが客間で飲み物を飲んでいた。

「お帰り」

「ただいま。言われた通りにした」

「次も安いプリペイドだ。伝え損ねたが次から破棄の指示が出たら自分で補充しろ。その分の額は出す」

「了解」

「買ったら新しい番号で俺にワンコール入れてくれ。これは追加報酬」

プリペイド式携帯電話の新品と共に札束が追加される。カイルは目を見開いて肩を竦める。

「これで既に一月暮らせる」

「ああ、安アパートに住んでれば足りるか。さっきのお嬢さんだが、ボストンでうちの一族の末裔がさらわれた話は出てた。下調べをした奴の話からどうもこの付近に連れ去られたってのが発覚してな。近い時期に新入りのギャングが姿を見せたからもしや、と思ったんだよ。これで一件片付いたしギャングどもには俺から報復が出来る。上々だ」

「なるほど、基本料にボーナスが出たってことか」

「そう言うこと。二件目はゆっくり調べていい。じゃ、登録したら飯だ。ダイニングに来な。俺は下でちょっと仕事してから戻る」

「行ってらっしゃい社長」

「C、E、Oだ」

 デイヴィットが客間から出るのを見届けてオレンジはウォッチの顔を見る。

「ボスの私兵結構いるだろ。全員に毎月こんなに払ってるのか?」

「私兵の数は常に流動してる。身が危なくなった奴は金持たせて街から逃すし、呼び戻したりもしてる。連絡はこまめに取ってるようだがな」

「へえ……」

「電話の登録しちまいな。ここなら電波が出ても暗号化されてるからバレない」

「お、そうだった」

 プリペイド式電話の登録を終えたカイルはデイヴィットの衛星電話とグローブ・ウォッチのプリペイド番号を登録する。

「私用の電話が欲しいなら別のプリペイドを購入しろ。絶対に仕事用と混ぜるな」

「わかった」

「さ、執事付きの美味い飯食おうや」


 ダイニングに向かうとスティーブ・サイモンが既に食事の準備を進めていた。カイルは辺りを見回してエヴァンジェリンがいないことに気付く。

「あの子は?」

「お嬢様は学校でございます」

「へえ、学校行ってんだ……」

「ああ、例の娘か。美人なのか?」

「将来美人になりそうかって意味なら、そう思う」

「ほー」

二人は席について家主をゆっくり待つ。彼の執事は摘みとアルコールを用意してくれた。

「子供を引き取るのは珍しいのか?」

「親父がか? 行き場のないガキを育てたことはあるがそれはゆくゆく俺たちみたいな手駒にするためだし、大体は知り合いか贔屓の養護施設に預けてる。だが自分の家に引き取ったのは初めてじゃねえかなぁ」

「そうだったのか。……実は彼女を引き取るように言ったのは俺だ」

「ほお!?」

「ま、色々あって」

「ああ、大体わかった」

「さすが同業、話が早くて助かる」

「よー、盛り上がってるか?」

戻ってきた家主に二人は肩を竦める。

「男だけで盛り上がるかよ」

「それもそうか」

 スティーブは三人前の食事を用意する。おや、と訝しみカイルはデイヴィットの顔を見た。

「一緒に食わないのか?」

「爺やと俺だけならそうしたんだが、まあちょっと。指示の追加もあるし」

「ああ、そう」

 発言通りデイヴィットは執事を下がらせる。デイヴィットは紙幣を財布からさらに出して、オレンジに差し出す。

「悪いがウォッチ、二件目は一人で遂行してくれ。オレンジには別件を頼む」


「お腹空いた……」

「あー、昼過ぎてたなぁ。飯行くか」

 工場地帯の廃コンテナハウス。そこには黒き王の“目”の根城が存在する。大量の並列パソコンを抱えた彼らの事務所はピザ屋を騙りこの街の支配者と連絡を取り合っている。

休憩にしようとキャップ帽にサングラスのリーダーが言いかけた時だ。ピザ屋に見知らぬ番号から電話がかかって来る。通常三回のコールを待つはずだが、電話は一度の呼び出しで切れる。

「……あれ? ワン切り?」

「いや」

間を置かず同じ番号から電話が来る。リーダーはキースを含めた他のメンバーに待機するよう無言で指示をする。呼び出しが一回、二回、三回。リーダーは笑顔で電話を受けた。

「はい、スリーナンバーズピザです!」

「こちら量子オレンジ。黒の王から番犬へ。四番で待つ」

聞き馴染みのある声にキースは思わず椅子から立ち上がる。叫ぶと声が漏れてしまうため、青年は慌てて己の口を塞いだ。

「予約番号を発行いたしますのでお待ちください!」

データピザ屋にとってコール一回と三回の組み合わせはいつもと違う仲間からの連絡と言う意味だ。電話と並列してリーダーの男はかかってきたプリペイド式電話の番号を登録し、ショートメールを送信する。

「ご利用ありがとうございます! ご来店お待ちしております!」

リーダーが電話を切るとキースはモニターに表示された情報を見ながら慌てて上着を着る。

「俺迎えに行きます!」

「えっ。あ、おい! キース!?」


 キースは己と似た背丈のパーカーの青年を連れ戻ってきた。オレンジプリントの濃灰色パーカーの青年はチューイングガムを膨らませている。

「……お前の職場こんななんだな」

「あー、うん。まあね。えっと、昼食の差し入れだそうです……」

「おいおい待てキース。知り合いか?」

「あはは、俺の兄です……」

「「「兄貴ィ!?」」」

ハッカーたちは思わず同時に声を上げる。オレンジことカイルは弟に案内され空いた机に中華を並べ始める。

「寝たきりとか言ってなかったか!?」

「およそ半年前まで寝たきりだった」

「半年でこんな復活するんだ人間って!?」

「すみません……必要以上の情報共有するなって王様に言われてたから黙ってたんですけど、兄さん魔法使いなんです……」

「ハァ!?」

「お前の上司ども賑やかだな」

「いつもはもっと冷静だよ……」

「飯どうぞ。冷めるぞ」

ハッカーたちはカイルに驚きつつも中華料理を選びに来る。

「似てねえ兄弟〜」

「そうでもない。ほら」

カイルはぺろっと弟の長く重い前髪をめくる。初めて新入りの顔を見たハッカーたちは双子のようにそっくりな二人に驚く。

「おおい! お前そんな顔なの!」

「ちょっと! イケメン隠してんじゃないわよ! 宝の持ち腐れっていうのよそう言うのは!」

「イケメンだと。よかったなキース」

「ばか! 兄さんの意地悪!」

ハッカーたちが食事を頬張る横でオレンジは大きなモニターに映された資料を眺める。その中に見覚えのある顔を見つけ、彼は指を差す。

「彼女」

「ん? ああ、今朝から調べてる企業スパイの女だけどどうかしたのか?」

「アデルだ。今朝会った」

モニターに映っていたのは他でもない、朝会ったばかりのOLその人だった。名前はクレア・ローと書かれている。

「おっと! 王が寄越してきたのはそう言うことか!」

「しばらくピザ作るの手伝えって言われたけどこう言うことか……」

「なんだ応援だったのか! 早く言ってくれ」

「悪い」

カイルがアデルと出会ったのは今朝のこと。それをデイヴィットは既に知っていた。

(見張られてたのか新人だから見守られてたのか……)

カイルはモニターに近寄りアデルの顔写真を見上げる。

「兄さんいつの間にこんな美人と知り合いに……」

「不良に絡まれて困ってたから助けた。多分街のカメラに映ってる」

「何時ごろ? 場所は?」

「十一時すぎ……いや十一時半だったかもしれない。センター街、サム・バーガー前の大通りだ」

カイルが示した時刻と場所を映したカメラをハッカーが検索すると、濃灰色パーカーのスケボーに轢かれる不良三人組と企業スパイアデルの後ろ姿が映る。

「本当だ」

「しまった、自動検索に頼り過ぎた。人混みのせいで体がほとんど隠れててさらにこの遠さで後ろ向いてたらまず引っかからん」

「ボロいカメラだしね」

「もう少ししたら振り向くはずだ。……そこ」

アデルは振り向いたが、手前を通っていく人々に隠れ顔はほとんど映らない。

「この時間どこ行ったのか気になってたんだよ。サンキュー」

「どういたしまして。企業スパイなのか彼女」

リーダーはアデルことクレア・ローの履歴書を大量に画面に映す。

「……なんだこの量」

「三年前から現れた企業スパイなんだが、履歴書に書いてあるのは全部偽名。これ以前の記録は一切出てこない」

「突然生えた美女か」

「身分も偽造、顔は恐らく整形してる。製薬会社を中心に医療系企業を狙ってるところまで追えたんだがアデルの名前はまだ見つかってない。本名かもしれん」

「兄さん、すごい」

「紳士的な行動をしといてよかった。彼女がお礼をしたいってんで二番街のダイナーで明日以降待ち合わせてるんだが……」

「ブラボー! そんな上手い話が転がって来るなんて! さっすが俺たちの王だ!」

「そうだな、さすがボスだ」

「連絡先の交換はした?」

「いや。紳士なんでな」

「待ち合わせだけしたのか。明日以降暇か?」

「彼女以外と予定はない」

「最高だな。是非盗聴させてくれ」

「弟の職場の手伝いか。新鮮だな」

「わかんないことあったら聞いて、兄さん」

「うん、何もわからん。何すればいい?」

「じゃあまず……」


 オレンジはハッカーたちから盗聴のノウハウを学び、弟が運転するスクーターに乗り住処である安アパートに向かう。

「そう言や給料入った」

「もう!?」

「今日一件片付けたんでな。来月の家賃なら既に払えるぞ」

「ワォ! いいことだらけだね!」

「お祝いにウインナー買って家でホットドッグパーティしようぜ」

「いいねえ!」

 いつもよりちょっと高いウインナー、そしてデイヴィットお勧めの瓶ビールを購入しキーン兄弟は帰宅する。

「ただいまっと」

「お帰り、ただいま」

「お帰り!」

 帰宅早々キースは大量のロールパンをトースターに突っ込みウインナーを焼き始める。カイルはリビングの電気をつけようとして陰に潜む人物を見つける。反射的に杖を構えるが相手は攻撃の意思がないことを両手を上げ示す。

「兄さん、来月も家賃と光熱費折半でいいの?」

「……ああ、来月もそれでいいよ」

「わかったー」

物陰の人物は明かりのある位置に来る。逆光だったがその女性はいわゆる忍者の風体で、顔にはウサギかキツネの面を付けていた。女忍者はどこからともなく取り出した小物をそっと机に置くと、開け放たれた窓から音も立てず飛び降りて行った。カイルは電気を付けすかさず窓の外を確認するが、忍者の姿はとっくに消え失せていた。

「兄さん」

「ん!?」

「ビール出しといて」

「お、おお。わかった」

カイルは忍者が置いて行った物を確認する。それは黒い石で出来たチェス駒のキング。黒い王を思い浮かべるが、彼からの物かわからず確認しようと携帯を取り出すと狙ったように雇い主からショートメールが届く。

──ウサギからチェスが届いたら至急返事を。

(あれウサギなのか……)

受け取った、と返信すると直後に絵文字でグッドサインが返ってくる。緊張して損した、とカイルは窓を閉じ弟に振り向く。弟は背後で起きた侵入事件など知らずフライパンを動かしている。

「兄さんどうかした?」

「いや、別に」

「そう? あ、忘れないうちに給料しまっといてね」

「ああ、うん」

 ホットドッグパーティを十分に楽しんだ兄弟は狭いアパートの同じ部屋でそれぞれの寝床に入る。黒いチェスを眺めていると再び連絡が入る。

──輪切りの騎士から麗しき諜報員にチェスの申し入れを。

アデルの持ち物に駒を混ぜろと言う意味だと理解したカイルは承知と返し、布団を深く被る。星の瞬きを背後に感じながら彼は意識を放った。

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