第3話-6

「<魔弾>とは驚いたな。まだ製作者がいたか」

「魔弾?」

「オペラだよオペラ」

 デイヴィットの私兵となってそう経たない頃、量子オレンジは魔弾を装填したリボルバーを回収し雇い主に渡した。


 その功績を小遣いと言う形で労われた彼は弟を誘ってダイナーへ向かい、バーベキューソースのスペアリブをかじる。

「先週も小遣いもらってなかった?」

「そう言ったんだが、あいつが貰える時に貰えって言うからさ」

「兄さんと家賃が折半になってからだいぶ生活楽だし、もうじき貯金に回せるよ。何か欲しい?」

弟のキース・キーンはそう話しながらタコスを頬張る。

「俺よりお前の方が色々欲しいだろ。パソコン新調したいんじゃなかったっけ?」

カイルはカゴに山盛りのフライドポテトを余ったバーベキューソースにつけ頬張る。

「欲しいもの言い出すとキリがないから、自分の給料で何とかする」

「給料って言や、仕事どうだ?」

「機密でぇす」

「はは、充実してるかどうかぐらい言えるだろ」

「楽しいよ。色々作れるし、役に立ったら褒めてもらえる」

「そりゃあよかった」

「兄さん、本当に欲しいものない? 五年寝たきりだったんだよ? ワガママ言ったっていいのに」

「さっと思い付かないんだよ。……っと」

カイルのプリペイド電話が鳴り、画面を見るとメッセージが表示されている。相手は雇い主のデイヴィットだった。明日の朝一番に彼の自宅へ来るように、と。

「あー、そうだ。デイヴィットが今度オペラ観に行かないか? って」

「オペラ? どんな?」

「魔弾の射手とか言うやつ。多分古典」

話しながらカイルはメッセージに返信する。

「観劇ってことだよね。俺寝そう……」

「それは俺も一緒。帰りにパン買って帰ろう」

「ん、ああ。そうだね。そう言えば切らしてた」

ダイナーを出た兄弟は仲良く並んで喋りながら自分たちの安アパートへ帰っていく。彼らの頭の上では星々が瞬いていた。




「来たぞ」

「おはよう。早速出かけるか」

 量子オレンジの雇い主、サンセットヒルシティの支配者デイヴィットは娘との挨拶も早々に朝食も取らず自宅を出る。サンセットヒルシティの夜明けは美しく、太陽の恩恵はすぐに地上を温めた。

「何食いたい?」

「何でも」

「じゃあ中華にしよう。途中で一人拾うぞ」

「ん? ああ」

 デイヴィットは路上生活をしている老人の一人を誘い、早朝から営業している中華屋へ入る。

「好きなもん頼め」

「俺ロイヤルビーフ。あと卵スープでいい」

「ウォッチは?」

「麺類なら何でも」

「じゃあウォッチと俺はワンタン麺」

カウンター席で魔王を中心に並んでいたカイルは、デイヴィットの肩越しに老人をちらりと見る。

「ウォッチ、こいつはオレンジ」

「ああ、一番新しいのか」

「オレンジ、お前のお仲間だ」

「具体的には?」

「“名前通り時間操作系の能力者だ。あと目がいい。”今後しばらく仕事で付き合わせるから紹介しとく」

「オーケイ」

「おっと、その坊ちゃんあんたの母国語聞き取れるのか」

「親戚の親戚でな」

「成る程。よろしくお坊ちゃん」

「どうも、爺さん」

 部下が朝食を胃に収めるとデイヴィットは黒いカードを二枚出す。カードの裏にはスペードやダイヤの柄どころか数字も描かれていない。

「“オレンジ、お前は仕事が初めてだから基本的なことを先に言っとく。指示は俺が直接この黒いカードにして渡す。中身を読むなら軽く火で炙ること。中身を読む時は一人でこっそり。内容を頭に叩き込んで灰にしろ”」

「了解」

「ウォッチはしばらくオレンジの面倒見てやってくれ。新人だから何も分かってないが、能力者として何度か仕事はしているし昨日も役に立った。筋は悪くない」

「承知」

「今回は二件、仕事自体は小さいし地味だが重要な下調べだ。危なかったら迷わず逃げろ。いいな?」

「わかった」


 中華屋を後にしたウォッチとオレンジは並んで歩き、ある程度人のいない場所へ赴く。

「俺と組まされるってことは時間干渉系だな」

「仕事名は量子オレンジ。能力的にはシュレーディンガーの猫だ」

「ほう、確率操作できるのか?」

「確定前の選択肢が覗ける」

「おったまげた。俺より余程動けそうだ。俺の仕事名はグローブ・ウォッチ。能力はまあ、この後わかる」

「よろしく」

「よろしくどうも。さて、この辺りでいいだろう。依頼を読むぞ」

「ああ」

グローブ・ウォッチは屋外の喫煙所でタバコに火を付けるついでにカードを炙る。

「おめえタバコは?」

「要らん」

「若い奴にしちゃ珍しいな。だが必要なら吸う振りはしろ。先に読め。三回は必ず読む、そんで頭に一字一句叩きこめ」

「了解」

デイヴィットの新しい手駒はカードの中身を黙読する。一件目は最近台頭してきたギャングのアジトの下調べ。アジトの場所は他の調査員によって発見済みのため、カイルたちは内部に潜入して間取りを調べてくることだそうだ。ギャングのいない時間を狙い潜入、脱出後間取りをメモしデイヴィットに報告する。

「読んだ。アンタの番だ」

「おう。複数受け取った時は依頼は一つずつこなす。二件目のカードは俺が持っとく」

「了解」

グローブ・ウォッチは素早くカードの内容を頭に叩き込むと早々にカードを燃やし、タバコの残りを楽しむ。

「現場にはすぐ行くのか?」

「まさか。一時間以上もあるんだぞ。俺は空き缶拾ってゆっくり向かう」

「空き缶拾い?」

「小遣い稼ぎよ。ああ、そうだ。おめえも小遣いの手段は取っておいた方がいいが、シフト制は避けろ。バーガー屋で仕事中に親父から電話来たら取れねえだろ」

「わかった。時間に縛られない手段にしろってことだな」

「交友関係も出来るだけ絞れ。家族や友人は弱点になる。人と付き合うなとは言わない、浅く付き合え」

「なるほど……わかった」

「それから出入りする店もなるべく変えろ。同じ場所に頻繁に出入りすると顔を覚えられる。時間忘れるな、現地で集合だ。じゃあな」

「ああ、また」

 ウォッチの背を見送ったカイルはプリペイド電話の電池の残量を確認する。半分ほどになっていたためどこかで充電したいなと思い、安いダイナーへ向かった。


 カイルが二番街のダイナーのボックス席でのんびりコーラを楽しみながら携帯電話を充電していると、席が程よく客で埋まり始める。

「あー、ハァイ」

顔を上げるとそこにはいかにもOLと言うスラックス姿の金髪美女がハンバーガーと飲み物を入れたトレーを持って立っていた。

「席が埋まっててないの。よければ座っていい?」

「どうぞ」

「ありがとう!」

OLは笑顔でカイルの対角の窓際に座り、飲み物に口を付ける。

「若いわね。学生さん?」

「サボり」

「ダメよ勉強しなくちゃ」

「先公と同じこと言うな」

「あら、お節介だったわね」

見知らぬOLはチキンバーガーにかぶりつく。スマホでSNSをする振りをしながらカイルは時間を確認する。予定の場所には“ジャンプ”を用いれば十五分程度で向かえるが、念のため早くに着いておこうと腰を持ち上げる。

「もう行くの?」

「パチ屋行く」

「学校行った方がいいわ」

「うるせー」




 現場は治安の悪さを象徴するスプレーアートに囲まれた工業地帯の一角だった。カイルはバーガー屋でとっさに取った不良の態度らしくスプレー缶を途中で購入した。缶をシャカシャカ振りながら壁を探す振りをしているとグローブ・ウォッチがゴミ漁りをしながら近付いて来る。

「てめえ次バカしたらただじゃ済まねえぞ!」

調査対象のギャングたちがアジトから四、五人で言い合いをしながら出て来る。カイルは顔を見られないようにしながら控えめにスマイルマークを描き、ギャングが十分離れたのを確認して目的の扉に近付く。

ウォッチは先に扉に辿り着き鍵穴を覗いている。その横にそれとなく立ってオレンジは口を開いた。

「防犯カメラとか確認しなくていいのか」

「街のカメラなら親父のが何とかしてくれる。気を付けるのは私有のカメラだが、今回は先に俺が探しといた。このギャングどもは自分でカメラを付けない。……部屋の中にもカメラはねえな。おめー、針金持ってねえか」

「鍵なら俺が開ける」

「ほー? ピッキング出来んのか?」

「魔法使いだ」

「ああ、成る程。任せる」

カイルは黒い大理石で出来た短い杖、ワンドを拳に忍ばせると鍵穴に手を近付ける。

「“私は全ての錠の主、私はお前の真の鍵”」

カチリ、と音がして鍵が回る。オレンジはどうぞ、とドアノブを示した。

「便利だねぇ魔法使いってのは」

「魔術と魔法で防犯されてる扉には効かない」

「そうだろうな。……扉を開けて動く仕掛けもなし。行くぞ」

「ん」

 二人は音を立てず屋内に侵入する。ウォッチは扉を閉めると人差し指と親指で瞼をグッと広げ扉を観察する。

「爺さんの能力?」

「そうだ。一度見たら空間ごと写真のように記憶出来る。超記憶じゃなく魔眼の一種さ。色々な角度で見ておけば後で間取りが描ける」

「なるほど」

「おめえはまず扉の位置と数覚えろ。方角と絡めて覚えろよ。その次は窓だ。同じようにな」

「了解」

それとなく歩幅で距離を測りながらカイルは玄関からリビングへ向かう。安い事務所にあるようなローテーブルの上では放置された吸い殻が灰皿に山盛りになっている。

「アジトにしては地味と言うか……」

「ここは本格的にアジトを構える前の仮拠点だ。あいつらは下っ端も下っ端。見つかってもボスは知らん振り出来るわけよ」

「トカゲの尻尾か」

「その通り。よく知ってるじゃねえか」

「刑事ドラマでそんなん見た」

「はっは、なら本物は初めてか」

量子オレンジはリビング横のダイニングキッチンを見る。食べたものは食べっぱなし、ゴミは山積みとやりたい放題だ。

「リビングは覚えた。そっちはどうだ」

「特にこれと言ったものは。子供が通れそうな小窓が東と南に一つずつ。勝手口が東向きに一つ」

「よしよし、親父の言う通り筋はいいな。ゴミは山積みか。証拠品だらけだな。缶ビール一つ拝借しろ。素手で触るなよ」

「オーケイ」

ハンカチを被せ、ひしゃげたビール缶をゴミ袋の中からさらう。

「これもボスに渡すのか」

「指紋と唾液が出りゃ犯罪者記録から探せるからな」

「なるほど」

オレンジプリントの濃灰色パーカーのポケットに缶をしまいウォッチと隣の部屋に移ろうとした時だ。ガタ、と床下から音がして二人は身動きを止める。

「……ネズミか?」

ウォッチは唇の前で指を立て床下の収納を指す。収納扉に何も仕掛けがないのを確認すると、ウォッチは控えめに扉を開ける。事前に調べた限りでは存在しなかった地下室を見つけ、二人は顔を見合わせる。

「どうする?」

「もちろん調べる。行くぞ」

オレンジが頷くとウォッチはゆっくり扉を持ち上げ、階段をそろそろと降りる。

 地下は物入れよりは広く、机や椅子が置かれている。本来ならあるだろう建物の土台はくり抜かれ、コンクリートが剥き出しの粗い壁になっている。

「……ここを本拠点にするつもりだな」

「工事中ってことか」

再びガタ、と音がしたため二人は身構える。ウォッチは地下室を記録しつつ音がした方を探る。老人は横に長い冷蔵庫を見つけ、オレンジに示す。

ウォッチが顎で示した通りにカイルはワンドを握ったまま冷蔵庫を探る。魔術的封印や要素はないため安全なことを伝え、そっとフタを持ち上げた。

「んーっ」

中には十歳かそこらの少女が酸素ボンベと共に閉じ込められていた。二人は目を見開いてすぐ少女を抱き起こす。

「しーっ、しっ。俺たちゃ怪しいもんじゃない。お嬢ちゃんいい子だから声出すなよ、いいな?」

少女はボロボロと泣きながら首を縦に振る。カイルがボンベの吸引口と縄を外すと少女は青年に抱きついた。

「うっうっ……」

「どうする?」

「本来なら下調べだけでとっとと逃げるんだが、冷蔵庫か……。放っとくと死んじまう」

「ボスに聞くか?」

「そうしよう」

オレンジは少女を抱きかかえウォッチの先導で地下から出る。ウォッチは急いで残りの間取りを調べ、勝手口から外へ出る。

「この子どうしたらいい?」

「ひとまず飯屋に連れてけ。体力回復させろ。俺は親父に指示を仰ぐ」

「すぐ警察行かないのか?」

「親父の指示次第だ。五番街のダイナーで待ち合わせよう。ケチャップの看板の店だぞ。行け!」


 カイルはすぐ能力を使い五番街に降り立った。少女を地面に下ろし、顔や服、髪型を確認する。上品な藍色のワンピース。顔立ちは優しく、金髪。瞳はグリーン。

「パパ、ママ……」

「お家の場所分かるか?」

「ボストン……」

「あー、ここサンセットヒルシティなんだ」

「うぇえ、うぇ……」

「な、泣かないで。とりあえずご飯食べよう。な? お水も飲もう」

少女が首を縦に振ったのでカイルは彼女をおんぶし、遠くに見えるケチャップの看板を目指した。


 ダイナーで少女にスパゲティとロイヤルミルクティを与えウォッチを待っていると、老人は己の主人である黒髪のデイヴィットを連れてやって来た。

「お手柄お手柄」

「ひとまず泣き止んだんだが、この通りでよ」

カイルは己にしがみついて離れない少女を指す。

「予想通りだったな。お嬢さん、ジェシーだな? おうちはボストンだろ?」

「うん」

「お父さんとお母さんが探してた。すぐ帰ろう。おじさんとおいで」

少女はカイルに乞うような目を向ける。青年は少女の目を見てしっかり頷いた。

「この人は俺の親戚のおじさんなんだ。怖い人じゃないよ。大丈夫」

「うん」

カイルはデイヴィットに少女を引き渡す。魔の王は慣れた様子で少女に跪いた。

「よろしく。俺はデイヴィット。ジェシー、すぐ帰りたいか? 電車乗るか?」

「おうち帰る……」

「分かった。よしよし、すぐおうち帰ろう」

デイヴィットは少女を抱きかかえる前に懐から札束を筒状にまとめたものを二つ出す。

「ご苦労」

カイルが半月は暮らせそうな額を受け取り驚いている間にデイヴィットは早々に店を出てしまった。

「おう坊主、俺たちもさっさと出るぞ」

「お、おお」


 青年は空き缶拾いをするグローブ・ウォッチの隣を歩く。金をポケットにしまおうとして、空き缶を入れたままだったことに気付く。

「しまった、缶どうしよう」

「ここに空き缶拾いがいるじゃねえか」

「混ぜろっての?」

「そうだよ。何で缶にしたか分かってなかったのかお前」

「そこまではさすがに」

カイルは証拠品をウォッチの持つカートに忍ばせる。

「なあ、一回の報酬ってこんなに出るのか?」

「おうよ。俺たちはそれぞれ月二、三回親父の手先として働く。危険を冒して一ヶ月暮らせる額にするならこのくらい必要だろ?」

「ああ、まあ……。実を言うともっと子供の小遣いレベルだと思ってたから驚いてる」

「一回の額にしては少ない方だ。報酬が出たからおめぇ、その金でスケボーでも買いな」

「どうして?」

「不良の振りするなら徹底しろって話だよ」

「ああ、なるほど。分かった」

「親父から次の指示があるまでは待機だ。クソどもの空き缶は俺が運ぶ。おめぇは自由にしてろ。飯食ってもいい、買い物しててもいい。ただ指示はすぐ受け取れるようにしとけ」

「了解。じゃあまた」

「おうよ」

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