第3話-5

 しばらく待つとイザードが杖や何やら小道具をたくさん抱えて戻ってくる。彼は持ってきた道具の中から白い石の塊のようなものを取り出すとカイルに握らせる。

「何これ、石鹸?」

「古い地層で発見された遺物だ。魔力の吸収と排出が恐ろしいほど早い物質で、今の君にはぴったりの物だ。それを持っていれば空想結界内と似た動きが出来るはずだから試しに立ち上がってみなさい。ライン氏は彼の補助を」

「わかりました。さ、頑張って」

「そんな石一個で立てたら苦労しない……」

だが魔術師の目論見通り、カイルはすんなり立つ。これには驚愕より呆れが先に来る。

「ええ……」

「さすがイザード先生!」

「うむ、だがそれはあくまで一時的に吸収と排出を早める物。実際の君の魔力生成と吸収速度とは違うから使いすぎると疲れるぞ」

「なるほど」

カイルが石を返却するとイザードは次の物を出す。時空魔法使いカイルに差し出されたのは黒い鳥の羽のような物だった。

「これは?」

「不死鳥の羽だ」

「不死鳥って火の鳥?」

「そうだ。羽に向かって息を吹いてみて」

「ふっ」

羽は揺れるだけで何も起こらない。

「違ったか。では次はこれだ」

魔術師は貝と見間違うほど立派なウロコのようなものを取り出す。

「あー、これ何確かめてんの?」

「魔力には属性が存在する。主に四大元素、火水雷地のどれかだが己に合わない要素からの魔力吸収は厳しい。ウロコを弾いてみなさい」

「これは何のウロコなんだ?」

「竜のウロコだ」

指でウロコを弾くものの、特に反応はない。カイルはイザードにウロコを返す。

「雷でもなし」

「ドラゴンって本当にいるのか」

「乱獲で数が減りすぎて近年は巧妙に隠されている。それでも密猟は絶えん」

「どこの世界でもそんな話ばっかりなんだな」

続けて人魚の涙、紫の溶岩を試してみるものの特殊な反応は起こさず静かなままだ。

「四大元素ではない、と。では次は風だな」

「風って主な要素じゃないのか」

「風と言うのは気圧差による大気の不均一から発生する現象だ。四大元素の火水雷地以上にに左右され、目に見えない。目に見えない力と言う意味では古来から神の吐息や精霊に喩えられてきたのだが、まあそれは今はいい。風ならこれだ」

魔術師は羽で作られた団扇を取り出す。

「これの素材は?」

「小型化した竜の羽だ。振ってみなさい」

ぱたぱたと目の前を扇いでみるものの、特に変化らしきものはない。

「これも違うな。そうなるともっとマイナーな素材になるが……」

魔術師イザードはあれもこれもと道具を出すが、カイルの魔力属性はわからないまま。イザードが持つ最後の道具が取り出される。それは小粒の石で、黒かった。

「これが最後だ。これでもなかったら専門の機関に行って調べた方がいい」

「これは何なんだ?」

「隕石だ」

「隕石?」

「手の平に置くぞ。ライン氏は離れて」

「えっ? はい」

真っ直ぐ伸ばしたカイルの手の平に隕石が置かれる。イザードはすぐ距離を取り、ケリーを背に隠して頑丈そうな盾を取り出す。

「そ、そんなヤバイの?」

「条件によっては爆発するのでな」

「爆発!?」

パチパチッと音がしてカイルは隕石を見る。隕石は様々な色の光を放出しながら彼の手の平の上で踊る。隕石の欠片が完全になくなるまでそれは続き、最後には静寂がやってきた。

「星属性か、珍しい」

「ほしぞくせい」

固まった表情で鸚鵡おうむ返しをしたカイルを見てケリーはぷっと吹き出す。

「星属性は厳密には地球の外、宇宙空間に含まれるエーテルを吸収出来る者たちを指すのだが、その場合地球の魔力と相性が悪かったりする」

「えー、つまり?」

「君は親戚に宇宙人がいる可能性が高くなった」

「……MIBみたいな話になってきたな」

イザードは盾をしまい記録をつける。

「宇宙人とは言っても映画で見るぬるぬるのタコやイカみたいな者ではない。魔法、魔術界隈で言う宇宙人とは地球外の神や精霊を指す」

「……もう一回?」

「よその星々の神でもなく、宇宙空間を悠然と歩いている神だ。宇宙飛行士がよく目撃しているが地球では秘匿されている」

「待った待った話のスケールがデカすぎてついていけない」

「カイル・キーン。君は宇宙の夢を見たことは?」

「いや、特にそう言うのは……」

「そうか。しかしそうなると……まず本部と君の後見人に連絡だな。あとは指示を仰ぐ」

魔術師イザードは道具を片付けてさっさと戻って行ってしまった。残されたカイルとケリーは顔を見合わせる。

「……俺、魔法使いで宇宙の神の子孫?」

「映画みたいね」

「そうだな」


 とんでもない話の後だからか魔力の使いすぎか、カイルは夕食をいくら口に入れても物足りなかった。食べっぷりの凄さを見た周囲の年間クラスの青年たちや、同席したイアン、トムは驚いている。

「カイルいっぱい食べるね」

「すげー腹減った。チーズバーガーあと五十個いけそう」

「流石にそれは食べ過ぎだよ」

「僕のパン一個あげる」

「自分で食え」

「お腹いっぱいなの」

「じゃあもらう」

自分の手からパンを食べたカイルを見て、イアンは満足そうに微笑んだ。




 四人前の夕食を食べ終えたカイルは早々に眠りにつく。彼はまた空想結界内にいた。膝を抱え宇宙遊泳をするようにただ回転していると様々な可能性と選択肢がステンドグラスのように輝く。

(空想結界じゃなくて、ここは宇宙なのかもしれない)

直感に近い理解だったがそれで十分だった。可能性の海が閉じた空間から開かれた空間に変化する。遠くで星が輝き、カイルは胎児のように丸まったまま宇宙を漂う。

(遠いな)

青く美しい故郷が見えている。カイルの体は地球から離れて行くが彼は気にしない。

(このままどこに行くんだろうか)

突然背後が明るくなる。そこには太陽ですらない、赤く輝く巨人が立っている。


カイルはの太陽の瞳を見た。



 収集されたカイルのデータを受け取ったデイヴィットは朝一番にある場所へ赴いた。そこは一族でも直系との数人しか知らない、人間たちが住む世界とは異なる場所。生物はおろか魔法生物もいないその場所は精霊の道の更に奥、世界の裏と呼ばれた。

デイヴィットは黒い石が立ち並ぶ円状の建造物の中心に向かうと、片膝をつきある者の降臨を待つ。

「“久しゅう御座います、我らの王よ”」

黒い石の台座の上にいつの間にか赤い髪、赤い革のロングコート、銀の鎖をジャラジャラつけた若い男が座っている。

「よお息子」

「“先日保護した者が貴方様の流れを汲む者でして、ご報告を”」

「顔は見た。星にしては小さすぎる」

「“死の間際に宙と繋がったようです。両親兄弟以外の親族は判明しておらず、地球上で人と混ざり永く眠っていたようです”」

「それなら無理もねーな。で? 報告だけじゃねーだろ?」

「“星の上の星の子供に、貴方様から贈り物を”」

「んなこと言われてもさー、星にしちゃ小さいんだって。あれじゃ俺からの仕事は任せられないし、危なっかしくて。目醒めたところで一代しか保たねーだろ。ああ、解った。じゃあこれだ」

恒星の王は自身の髪を一本引っ張りぷちっと抜く。神の毛髪は赤色の細い鎖に変わる。

「腕輪でも首飾りでも作ってやんな」

「“王のご慈悲、確かに承りました”」

「その仰々しいのやめない?」

「“貴方様に砕けた態度を取ると父上にも失礼ですので”」

「あっそ、まいいけど」




 黒髪のデイヴィットが全ての予定を変更し異能力者養成所に着くと、屋内競技場は熱気に包まれていた。完全に回復したカイル・キーンが瞬間移動能力者相手に一人でバスケットの試合をしていて、その点数差は凄まじい。快気祝いもあるのだろう。観客である職員たちもポップコーン片手に両方のチームを応援していた。静かに入ってきたデイヴィットに気付き、ジーン所長がそっと寄って耳打ちをする。

「朝起きたらすっかり回復していて」

「知ってる。恒星の王がカイルに会ったと」

「やはり私たちの親戚でしたか」

「小さくても星だし、魔力生成に関してはやんちゃする程度なら問題ないとの王の見解だ。残り時間は?」

「あと二分くらいかしら」

「じゃあ逆転は難しいな」

「まだわからないわ」


 バスケットの試合を終えたカイルは一度シャワーを浴び、そのまま所長室に呼び出される。

「よー、オレンジ」

「だから、オレンジじゃない」

「じゃあ魔法使いカイル・キーンにお土産だ」

魔王はソファに腰掛けた彼に恒星の王の髪と橙色の鉱物から作られた、オレンジの輪切りのネックレスを渡す。

「……だからオレンジじゃない」

「解りやすくていいだろ?」

「まあ……」

「それ、飾りはオマケ。鎖の方が大事だから覚えておけよ」

「鎖がメインなのか? 変わってるな」

「首にかけてみりゃ解る」

言われた通り頭を通してみると、カイルのダークブラウンの髪が一瞬ふわりと持ち上がる。

「あ」

カイルは夢の中と同じ気配を感じ取った。恐ろしく、輝かしい炎の巨人。

「解ったろ?」

「ああ。あの人の贈り物か」

「お前が会ったのは我々火の一族が由来とする太陽の、さらにご先祖さまだ。神々の王だよ」

「ワォ」

部屋の中にジーン所長とデイヴィット、そしてカイルのみだと言うことを確認して魔王は黒い石の杖を取り出す。

「さて、お前の詳しい話なんだがこれに関しては盗み聞き厳禁でな」

デイヴィットは杖を所長室の扉へ向ける。カチリと音がして空間が閉ざされる。

「“ではまず我々の子孫と生物の違いだが”」

「それ何語だ? いや待て、初めて聞いたのに何となく意味がわかるの何でだ?」

「“俺が喋ってんのは火の一族のみが使ってる独自言語。要は神語”」

「オゥ……」

「“魔法使いを含め、まだ生物の枠に囚われている人間の体内生成した魔力はあくまで自分の物。故意に吸い出さない限り体外には放出できない。一方、我々のような人ならざる者、特に星を由来に持つ神々の末裔やら何やらは体内生成した魔力の余剰を外部に放出している”」

「えー……つまり?」

「“星として目醒めたお前は今心臓と肺を動かすだけで魔力をガンガン生み出してる。ちょっとした原子炉だ。厳密には魔力炉と言うが”」

「それ平気か? メルトダウンしない?」

「“仕組み上しない。今のお前はエネルギー生成炉として稼働してるがまだ生物の範囲だし、我々と違って爆発的な魔力生成じゃない。もっと穏やかだ”」

「神さまって魔力生成して周りに配ってんのか……」

「“細かく言うと神ってのは星の機構として動いてるからエネルギー生成炉の端末でもあるって話。エネルギー生むだけが神の条件じゃない。まあそこは置いといて。今後お前は魔力を配って歩く側で外からの吸収は必要なくなる。吸収に回らないとヤバイ場合は今渡した贈り物が命綱になる。失くすなよ”」

「わかった」

「“では次。お前の親戚なんだがある程度遡っても恒星の王、神々の王たる御方の実子に当たる筋はまだ見つけられてない。恐らく神代まで遡らないと直接の由来に辿り着けんだろう。ご先祖さまは人間と交わったあと人として生きることを選んだんだろうな。人間文明の中に埋もれて久しいからお前は相当久しぶりに星として目醒めた子になる。キースも条件は一緒だからお前のように目覚める可能性はあるが、ほぼないと言っていい”」

「兄弟でスーパー・パワーを持つ日は来ないと?」

「多分な。後は……何話しておけばいいかな、ジーン?」

「そうですね……。所長としましてはリハビリは成功しましたしこのままなさって構いません」

「あー……それならもうしばらく居たい」

「ほー? なんで?」

「友達出来たし……」

「ほほー?」

「ニヤニヤすんな!」

デイヴィットはにやけたまま肩を竦める。

「まあ異能力を鍛えるならここは最高の場所だしな。好きなだけ勉強していけ」

「……ありがとう」

年相応に頬を染めたカイルを見て、魔王は満足そうに目を伏せた。




 量子オレンジ。時空魔法の使い手カイル・キーンはそう呼ばれるようになった。リハビリ必須だったにもかかわらずたった三日で完全回復し、年間クラスの五体満足の生徒たちと張り合えるほどになった彼はエージェント・シーでちょっとした英雄扱いだ。

一日ごとに講義と筋トレを繰り返すスケジュールに慣れた頃にはカイルは今まで以上のポテンシャルを発揮出来るようになり、コーチたちの代わりに不良ごっこにハマるお坊ちゃんたちを捕まえたり意識高い青年たちに就職先を聞かれたりと忙しくも充実した日々を送っていた。

それと反するようにトム・ワッツはカイルを避け始め、今まで以上に競技場の端で過ごすようになってしまった。


「トム」

「わ、びっくりした。あー、何? カイル」

「飯行こう」

 オレンジの名ですっかり定着したカイルは数日ぶりにトムに声をかけた。トムは屋外競技場の端っこでボールを弄んでいて、先ほどの“授業”でもほとんど上の空だった。

「俺と? 他にも声かけられる人いっぱいいるじゃない」

「初日に俺に声かけたのお前だろ」

「そうだけど……」

「話したいついでに飯に誘ってる」

「あー……わかった。行くよ」

トム・ワッツは渋々と言った感じでカイルについていく。カイルは車椅子でわざと溝にはまった場所に行くとトムを引き止める。

「俺ここでタイヤ嵌ったろ」

「あー、あったね。そんなこと」

「助けてくれって言ったらお前は助けてくれたよな」

「まあね。困ってたから」

「これはヒーロー活動していた経験者としての話だが、年間クラスの中じゃお前が一番ヒーローの素質がある」

トムはカイルが慰めてくれているのだと思い、苦笑いをする。

「俺が? 冗談? ああいや、慰めてくれてる?」

「本当にそう思う」

「ええ、でも……」

「聞け。街には色んな奴がいる。いい奴も悪い奴もいるだろ」

「まあね」

「街には高いビルに住む企業マンもいるし、橋の下で余命間近の爺さんや婆さんが転がってる。そいつらが全員揃って“ヒーローだ”って言ってくれる奴はどんな奴だと思う?」

「そりゃ、スーパー・パワーな異能力者じゃない?」

「違う。ヒーロー活動ってのは地味だ。すごーく地味だ。街中のゴミを拾って歩くのと変わらない。毎日コツコツ、汚れを取りながら歩く。橋の下に住む爺さんに毎朝おはようと声を掛ける。車椅子で生活してる誰かの荷物が転がったら代わりに拾ってやる。些細なことだけど、その瞬間爺さんや車椅子の奴にとっては相手が救世主に見える」

カイルが一生懸命語りかけるとトムは俯いていた顔を上げる。

「華やかなスーパー・パワーがあるかどうかより、そっちの方がずっと難しい。忙しいから困ってるのを無視したり、急いでるから動けない奴を見ないように道を引き返したりする。でもお前は困ってる奴がいたら助けようと思うだろ」

「まあ、ね」

「俺は雇い主が決まってる。私兵だ。仕事としては地味だぞ。街中に紛れて存在を把握されないようにこっそり護衛をする仕事だ。大手を振って俺がヒーローだとは言えない。街中のゴミを拾う作業だ。わかるか?」

「うん……」

「でも俺はそれでいい。雇い主を護るついでに街中の爺さんに声を掛ける。ベビーカーが重そうな親がいたら代わりに押してやる。俺は俺の街に帰る。そしたらお前の住む街ではヒーローになれない。そこにはいないから。だからさ、お前はお前の街で小さなお助けヒーローをしてくれ。毎日が難しかったら週一回でいい。ちょっとずつだけど街の人はお前を知ってくれるよ。いい奴だって」

カイルは友人の肩を掴む。二人は視線を交える。

「戦場で戦うだけがヒーローじゃない。毎日寄り添ってくれる隣人だってヒーローなんだ。だからトム、お前は立派なヒーローだよ。俺を助けてくれたじゃないか」

トム・ワッツの瞳には涙がにじんでいる。

「俺にしてくれたように、街に帰っても誰かの車椅子を押してくれよ。ヒーロー」

「うん、うん」

カイルはトムを引き寄せ、抱きしめる。トム・ワッツは友人の肩で静かに涙を落とす。

「ありがとうカイル」

「礼を言うのはこっちだ。ありがとう」

二人の青年のやり取りをジーン所長が物陰から見守っている。彼女は微笑むとその場から立ち去った。

「さ、飯食おうぜ」


 カイルこと量子オレンジの卒業式は派手なパーティと化した。カイルはほんの一ヶ月の学生生活を終え、様々な能力者と友人たちに別れを告げサンセットヒルシティに帰って行った。

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