第3話-4

 屋内競技場の隅でリハビリを続けていると年間クラスの面々が屋外から戻ってくる。数人は屋内で引き続き訓練なのだろう、カイルのいる競技場に入って来た。

「少し休憩しましょう。お水取ってくるから待ってて」

「ん」

ライン介護士はジャージに着替え競技場を出ていく。カイルがベンチに座って足を揉みながら彼女を待っていると目の前にボールが転がってくる。

「取ってくれ」

今朝方就職先がどうのと言っていた青年たちだ。端っこにはトムもいるし、他の少年少女もいる。バスケットボールを持ち上げたものの、すぐ返す気になれずカイルはボールを弄ぶ。

「おい返してくれよ」

カイルはボールを持ったまま空想結界に飛んだ。一分先の未来にボールだけを送り自分は元の時間に戻る。戻ったカイルはボールなんぞ持ってない、と両手を広げる。青年は首を振ってコートに戻る。

「おい! 新しいボールくれ!」

丁度ケリー・ラインが戻って来たので近付かず待つようカイルは彼女を片手で制する。何もない空間からバスケットボールが落ちて来てカイルの手に収まると、ケリーはワオと言った。

「物だけも送れるのね」

「そうらしい。今初めてやった」

「応用を発見するのはいいことよ!」

「アンタ何でも褒めるな」

「褒められた方がやる気が湧くでしょう?」

「まあな」

ボールを見つめ、想像を働かせる。物だけ送れるなら何もない場所から標的の頭を潰せる。歩いている相手の胸に突然ナイフを生やして殺せる、と。

(私兵にするって言ってたが、どこまでさせる気なんだか)

デイヴィットは殺しも生かしもする。私兵にするとは言ったが自分に何を任せるかは言っていない。人を助けるために人を殺す。もしかしたら、その覚悟も必要なのではないかとカイルは考えた。




 リハビリは午前だけ、講義は一時間だけと言うゆるいスケジュールをこなしたカイルはイアンと公園にいた。

「イアンも何か超能力は持ってるんだろ?」

「ブーケがそう言ってたけど……」

「……まさかまだ一度も使ったことないのか?」

「うん。僕はなにができるの? って聞いたけど詳しく教えてもらえなくて」

「あー、そっか」

「何で教えてもらえないんだろう」

「んー、まだイアンの年じゃ難しいんじゃないかな」

「難しい?」

「イアンは算数できるだろ?」

「うん」

「ハイスクールになると算数が数学っていう科目に変わるんだ。算数を覚えた上でもっと難しいことを習う。きっとイアンの超能力は今の年で覚えるには難しいんだよ」

「そっか。じゃあ早く大人になりたいな」

「大人ねえ……」

気持ちは高校生のまま成人を過ぎたカイルは複雑な気持ちだ。大人ってどこからが大人なんだろう? 高校生活最後の年、彼はそんなことを考えていた。

「俺たちは案外、大人になった振りをしてるだけかも」

「ん?」

「世の中には子供っぽい大人もいるんだ」

「そうなの?」

「結構」

「そっか」

大人になってもいいことがある訳じゃない。その事実をカイルは少年に伝えることは出来なかった。




 公園の散歩から戻ったカイルは介護士ブーケを探しイアンの超能力を聞こうと思っていたが、思わぬ横槍が入る。

「よお新入り」

ガムを噛みながら現れたのはカイルが嫌いなチャラチャラした青年たち。FBIだのなんだのとはしゃいでいたメンバーとはまた違う顔触れのため、カイルは無視を決め込み通り過ぎようとする。もちろん彼らはすぐ車椅子を包囲しカイルを逃さない。

「おいおいどこ行くんだ」

「うぜぇぞ、去れ」

「ママによしよしされるクラスなんだろ? ど〜んな能力なんだ? 教えてくれよ!」

彼らは乱暴に車椅子を引き倒す。カイルは倒れる瞬間空想結界に逃げ込み、数秒後に飛ぶと己の足で立ってサングラスの青年を殴る。

「痛ぇ!」

「こいつ一瞬消えたぞ!」

瞬間移動者テレポーターか!?」

 後ろから羽交い締めにされたカイルはそのまま空想結界に飛ぶ。カイルにしがみつくことしか出来ず宙ぶらりんになった青年は慌てる。

「なんだここ!」

カイルに蹴落とされた青年は直後尻餅をつく。カイルはその直後に現れ青年に尻からダイブする。

「ぐえっ!」

「こら! 何してるの!」

「やっべバレた!」

近くにいた介護士やコーチが駆けつけ、青年たちははしゃぎながら逃げて行った。転がされたカイルは体の違和感に気付く。

「キーンさん! 大丈夫!?」

「何とか……」

ケリーに支えられながらもカイルは自分の足で立った。バランスを取るには危うい足取りだとしても、だ。

「キーン、あなた立てたわ!」

「あ、ああ。本当だ。クソみてえな連中のおかげか?」

試しに一歩踏み出したカイルは足に上手く力が入らず体勢を崩す。介護士たちに支えられたため怪我はなかったが、一瞬の奇跡だったらしい。

「あー、歩けると思ったのに」

「立っただけでもすごいわよ! 明日からもっと頑張りましょ!」

「そうだな。さっきの馬鹿どもに感謝しないと」


「一瞬立ったぁ? ハッハッハ! そりゃいい! 一週間ぐらいで出てこれるかもな!」

 思わぬ出来事だったためカイルはデイヴィットに報告を入れる。

「クソみてえな連中に礼を言いたいが今コーチどもと全力で追いかけっこしててよ」

「不良ごっこしてる連中の顔と親は把握してる。異能力にかこつけて暴れるからそこに突っ込まれた訳よ」

「何だ、筋金入りの問題児か」

「全員が善人の世界はねえからな」

異世界の養子と同じ発言をしたデイヴィットのおかげで、カイルは朝の出来事を思い出す。

「今朝レイが来た」

「ほん? そりゃ初耳だ」

「……この世界のレイじゃない」

「あー、解った。あっちか。俺にはなんか言ってたか?」

「よろしく伝えてくれ、と」

「そ。じゃあ特に問題なさそうだな」

「……聞かないのか?」

「何を?」

「俺があいつと何を話したか」

「聞かねえ。俺に直接話が飛んでこないなら俺には関係ない話だ」

「割り切ってるな」

「門番の任期はやたらながくてよ。暇にもなるのさ。だから影響範囲を限りなく抑えた上でのちょっかいなら黙認される。他の世界にいる門番も同様だ。そうしねえと幾ら俺たちでも気が狂っちまうからよ」

「息抜きか」

「そう言うこと」

「息抜きは大事だってコーチも言ってた」

「そうだろ? そういや、そこの娯楽施設には行ったか?」

「いや、まだ」

「行っとけ。俺が遊び道具たっぷり用意しといたからよ」

「知ってる。聞いた」

「そうかい」

会話が切れたのに受話器を置こうとしないカイルを気にして魔王は声を掛ける。

「どうした?」

「……アンタの兵士になると言っただろ」

「そうだな。その約束だ」

「俺が人殺しをする必要は、あるのか?」

「ない」

「……悩む時間ぐらいくれ」

「殺しが出来る奴と出来ない奴の違いは把握してる。お前は必要なら人殺しが出来るタイプだが、させる気はない」

「何故」

「出来ると向いてるは別物だからだ。お前は人を殺せる。必要ならな。だが殺人者には向いてない。そう言う奴に裏の仕事をさせるとどこかで歪む」

「……歪む?」

「主に精神的にな。お前を歪めてまでさせる仕事はない。ヤベエ仕事はヤベエ奴にさせる。その施設にいる不良どもなんて可愛過ぎて子猫キティに見えるぐらいヤバイ、マジもんの奴らにな」

「……恐ろしい話だ」

「そうだろ。お前が夜寝られなくなると困るしこの話は終わりだ。必要なもんはあるか?」

「今は足りてる」

「わかった。リハビリがしんどくて悲鳴上げるなら倒れる前に俺に全部聞かせろよ」

「分かったよ。じゃあ、また」

「おう」




 カイルはおやつの時間を返上して自ら訓練をしたいとラインに要請し、その願いは聞き届けられる。魔術師イザードも呼び出し二人のコーチが見守る中、屋内競技場の一角でマットを広げカイルはまずその上に寝そべる。

「さっき馬鹿どもと絡んでて気付いたことがあるんだ」

「ふむ、聞こう」

「多分なんだが、空想結界? だっけ、能力発動中は俺は下半身麻痺から解放されてるみたいなんだ」

「ふむ?」

「一瞬立てたのはそのせい?」

「予想では。だから今確かめてくる」

カイルは空想結界内に飛ぶ。可能性や未来を選択しない状態で試しに体を動かしてみる。予想通り、この空間では彼の体はまともに動いていた。

(やっぱり)

浮いたままランニングの動作をしたカイルは数秒後の未来に飛ぶ。足を肩幅に広げ着地すると、彼は空想結界内の名残りから己の力で立てた。

「やっぱりあっちだと足が自由に動いた」

「どう言う理屈かしらね? イザード先生、何かわかります?」

「いや?」

「プロだろ! そんな即断でいいのか!?」

「君の能力はまだ調査中でわからないことが多すぎる。これとは言い切れん」

「魔術の先生がわからないんじゃ私は尚更わからないわ」

「くそー、回復のヒントになると思ったのに」

怪我をしないよう膝から転がり、カイルはマットに寝そべる。

「見ていてやるから何度かやってみたまえ。他にも何かわかれば仮説も立てられる」

「オーケイ」

カイルは数秒ごとのジャンプを行い、立ったり転がったりを繰り返す。ラインとイザードは外から見て気付いたことをバインダーに記録していく。カイルは足を肩幅に広げたまま二人を見る。

「何かわかった?」

「君が現れる瞬間、姿がブレて見える。ライン氏から見ても同様だ」

「ブレる?」

「年齢も性別もわからないぐらい輪郭がはっきりしない瞬間があるの」

「うーん、何だろ……存在確定前だからかな」

「……今なんと?」

「え? 存在確定前だから?」

イザードは持ってきた魔術書の中から何かを探し始める。

「その口振りだと君は選択した時空間に降り立つ前、瞬間があるようだ」

「あー、そうだけど」

「なるほど。ではやはりこれは超能力ではない、時空魔法だ。君は魔法使いだよ」

「え?」

「は?」

イザードの思わぬ言葉にケリーとカイルは驚く。

「いやいやいや! デイヴィットも超能力者って言ってた!」

「本当かね? 彼は単に時空魔法の領域だと言ったのでは? あった、ここを読みなさい」

イザードは立ったままのカイルに二冊の学術書を見せる。

「えーと……超能力による空間転移及び時間転移では基本未来にしか進めない。……それは俺も同じだ。やろうとしたことはあるが過去には遡れない」

「ではこちらは?」

「超能力とは自身のみに作用し、他者に与えられないものを言う」

「君は昼間の喧嘩で喧嘩相手ごと空想結界に飛んだそうだね」

「……あ、あれ他者に能力を付与したことになんの?」

「他人を巻き込める時点で超能力とは言い難くなる。ただ超能力も千差万別、定義に囚われないものもある。次はここだ」

もう一方の学術書を見たカイルは思わず目を見開く。

「魔法使い、魔術師、超能力者の違いは魔力の吸収範囲と速度でも変わる。待った、スーパー・パワーって魔力関係あんの?」

「続きを読むといい」

「魔法使いは大気や地面、自然から星の力、マナ、魔力を吸収出来、体内でも生成出来る者。魔術師は周囲からの吸収よりも体内生成した魔力に頼る者。超能力者は能力発動時にのみ魔力を体内生成し、回復には数分から数時間かかる。へー、能力者に休息が必要なのこう言うことなのか」

「他者を巻き込んだ上での能力発動、能力発動時に空想結界に飛ぶ。ライン氏の報告では人のみに限らず物の転送も出来るようだな?」

「出来る。今日初めて知ったけど」

「うむ。そして転移先では存在が確定するまでほんの一瞬だが空白の時間が存在する。これは時空魔法、いわゆる時間旅行時の着地の瞬間、魔法使いに必ず発生する現象だ。時間魔法の弱点でもある」

「弱点……」

「存在確定前に邪魔が入ったり、世界から異物と認識されると時間と空間の外に飛ばされる」

「あっ!」

思い当たる節を思い出してカイルは思わず手を叩く。

「転移先の消失ってそう言う!」

「うむ、時空間の外に飛ばされたらもちろん生き物は死ぬ。そして空想結界と言うのは異世界の一種。ここでは術者本人の物とは別だが術者にしか影響を与えない特殊な魔力が満ちている。君が魔法使いなら周囲に潤沢な魔力があれば肉体の回復に使える。全て説明がつく」

「オゥ……」

「ごめんなさい、つまり?」

「カイル・キーンは体内生成の魔力を肉体の回復に使いすぎ、常に枯渇していて能力が使えなかったようだ。そうなれば話は早い。道具を持ってくるからライン氏とここで待っていなさい」

魔術師イザードはそう言うと競技場を早歩きで出て行く。残されたカイルはケリーに手伝ってもらってマットの上にゆっくり転がり体を伸ばす。

「魔法使いだったのか俺……」

「超能力って魔力要るのね〜。じゃあ私も瞬間移動の直前魔力を生んでることになるわ」

「……走り込みの予備動作がそうなんじゃないか? 体動かして魔力作ってる……」

「なるほど! そう言えば長距離を移動する時は助走もたくさん必要だわ」

「世界の不思議が一つ減ったな」

「そうね! ……それ面白い言い方ね?」

「父さんがよく言ってた。“知識が増えると言うことは、世の中の不思議が一つ減ることだ”って」

「ふうん」

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