第2話-7

 デイヴィットが女給に再びチップを握らせると女給は部屋を出ていく。

「“本題だが”」

「“はい”」

お冷やを飲んでいた狩人は思わず水を吹き出しそうになる。

「“狩人だ。ポジション的にはお前たちの更に下の調査員になるが、協力してやってくれ。活動範囲はボストンとその周囲。多分この近辺まで及ぶ。今日は顔見せだ”」

「“畏まりました。サポートはお任せください”」

「ど、同族か?」

「“日本に渡った我が一族の末裔だ。日本は元々太陽信仰なうえ、多神教だったからうちの一族と相性が良くてすんなり馴染んだ。日本人と混ざりすぎて外見は完全に人間だが、神の末裔としての血筋は濃い。ちなみに日本の王族はうちとは別の太陽の化身を先祖として持つ”」

「“我らが王のお連れ様にお会い出来て光栄でございます”」

「よ、よろしくお願いします……」

「“宜しくお願い致します”」

「“藤美也は元々王族の端に属していた一族で、そのうち直系の王族を守る諜報員として活動するようになった。要はニンジャ”」

「ニン……!」

大声を出しそうになったハントは口を覆う。

「本物!」

「そうだ」

「すげえ……」

「“こちらの方々は忍者が好きですね”」

「だって最高にかっこいいから……」

「“有り難う御座います”」

「わぁ、ニンジャの作る飯食ったのか俺……すげえ……。美味かったし最高の思い出だ」

「“感動しすぎて顔がゆるゆるだぞ狩人”」

「“喜んで頂けて心から嬉しゅう御座います”」


 忍者による懐石料理を堪能した狩人は魔王と再びボストンへ舞い戻る。

「次は誰に会うんだ?」

「“<紫の子>に。だがその前に待ち合わせがある。多分もう着いてると思うんだが……ああいた、あそこ”」

デイヴィットが手を振ると青い髪の若者がそれに応える。

「やあデイヴィット」

「よおレイ」

「いいなー懐石。俺も行きたかった」

「時間が合わなくて残念だったなー。間に合ったら一緒に行ったのに」

その青年に近付いたハントは目を丸くした。南国の海を思わせる鮮やかな髪にマゼンタの瞳。典型的な火の一族だったがその美貌は今日見た顔に似ていた。

「本当に。“よろしく狩人。黒き王の新しい手駒よ”」

「レイ・ランドルフ・ローランドだ」

「……<揃いの青>に似てる」

「それ褒めてる?」

「ああっ悪い! 褒めてるんだ! 顔が綺麗だから!」

「からかわれたんだよ」

「やめてくれ心臓に悪い」

レイはあどけない顔でにこりと微笑む。

「“人間がそう思うのは仕方ない、俺たちは神の写し。神は善きもの、美しいもの。俺はデイヴィットのはとこの息子。はとこ甥ってやつ。あと”」

「……同族なら同類だろ?」

「“レイと俺は一族の中でも貴重な部類で他の奴とは若干ポジションが違うんだよ”」

「“ぼかしてもどうせバレそうだし言ってしまうけど、俺たちは門番候補と呼ばれる。神様としての太陽の化身に精神構造が近い部類”」

「“神の末席として名前があると思えばいい”」

「そんな貴重な甥っ子と会っていいのか」

「貴重だろうが一般人だよ」

「“一般人!? 散々戦場を掻き回しておいてよく言うよ!”」

「だって暇で」

デイヴィットに促され三人はようやく歩き出す。

「さりげなく物騒な話聞こえたんだが?」

「“レイはそんじょそこらのうちの一族と同じにしちゃいけない。何てったって戦場にふらっと現れて楽しそうだね、何してるの? 俺も混ぜてよ。って戦況を乱して、あー面白かった。またねーって家に帰る。茶でも飲みに来たように。綿密に計画を立てて作戦通りに動く<揃いの青>と<三つ葉>が可愛く思えるぞ”」

「あんたの一族そんなんばっかかよ……」

「そんなに褒めないでよ」

「“褒めてるが褒めてねえんだよなぁ。こいつは俺の義理のはとこ、ハドリーがお気に入りだから善良な市民に留まってるだけで本来は俺と同質。冷酷だし冷静だし人間に対する庇護欲もない”」

「“デイヴィットと俺が同質? まさか。嘘はついちゃいけない。デイヴィットは生物に優しいし情がある。あと言い訳するなら人間は可愛いと思ってる”」

「“こいつの言うは牧場で毛艶の良い牛を見てつってる部類。何度も言うがそれは可愛がってるんじゃない。食欲だ”」

「“細かいね。どうでもいいじゃないそんな些細ささいな違い。所詮人間は人間だろうに”」

「ほらな、こっちが本性」

「こわ……」

探偵は思わず青年から距離を取りデイヴィットに寄る。

「俺が怖い? ほんと? きみ可愛いね」

「うひぃやめてくれ」

「“これからボストンの手駒に加えるんだから脅かすな”」

「つまらないの。ちょっと味見するくらいいいじゃない」

「ダメだ許さん」

「ちぇっ」


 一行はボストン中心部の主要な交通機関から逸れ隣町に近付く。

「あー、で……<紫の子>に会うために何故彼を?」

「<紫の子>は俺よりもレイの信奉者なんだ。大ファンなんだよ。顔見せればそれだけで機嫌が良くなる。正直チョロい」

「あー、そう言う……」

「<紫の子>未だに名前が覚えられないんだよね。何だったっけ?」

「着いたら名札を見ろ」

「大ファンなのに可哀想だな……」

 <紫の子>の拠点は古びた工場の一つだった。廃工場にも見えたが散乱している機械類を見るに何とか動いているらしい。インターホンがないため三人は工場にそのまま乗り込む。

中では従業員が何やら箱詰めをしていてその様子を見ながら三人は奥の事務所へ進む。

「タバコか?」

「表向きの仕事はな」

「あー、本業は別なんだな……」

事務所では従業員もとい部下が所長らしき人物と相談か何かをしていたが、トップの男はツナギ姿で髭面に濃い化粧をしており、レイの顔を見ると飛び跳ねる。

「ヤダ!! レイ様じゃない!! 待って朝からお化粧直してない!! あんたはいいわ持ち場に戻りなさい! 今すぐ!」

「また濃ゆいキャラ来たな……」

<紫の子>は手鏡を出すとちょちょっと化粧を直し、小さな事務所から出て来ると魔王の手を取り恭しくお辞儀、そしてレイに対しては手を取って跪く。明らかに態度に差があるので、狩人は本来なら王の機嫌を損ねるのではないだろうかと目の前の光景を眺める。

「レイ様、ご機嫌麗しゅう」

「久しぶりだね。いい子にしてた?」

「ええもちろん! それにしても黒王とご一緒なんて……何か大事なご用?」

「俺はおまけ。我らの王の話を聞いておあげ」

「ええ、ええ! もちろん。さ、ささ。事務所じゃ狭いですからあたしの部屋に」

 <紫の子>はご機嫌を丸出しにして腰を振りながら工場の奥のいかついエレベーターに一行を招く。エレベーターは地下へ潜り、表からは想像出来ない豪奢なロビーにたどり着くとその口を開いた。

「地下にこんな場所が?」

「“<紫の子>のアジトだ。昔はレイも頻繁に出入りしてた”」

「“もうだいぶ来てないや。この酒臭さと消毒臭さが懐かしい”」

「そうなのか」

「“酒臭い!? ごめんなさいね! また掃除するわ!”」

「“好意だよ、好意”」

「“それならいいけど! それでその子耳がいいわね”」

「“腰を落ち着けたら改めて紹介するが、狩人ハントだ”」

「“ああ、なるほどねー。それでお耳がいいのね”」

 <紫の子>の拠点であるロビーからはたくさんの扉がついた長い廊下があり、その突き当たりにオーナーの部屋がある。<紫の子>はもちろん三人をオーナー部屋に通した。

「……ホテルみたいだ」

「“みたい、じゃなくてホテルなんだよ”」

「“ここは核シェルターとしても機能する知る人ぞ知る高級ホテル。俺はここに預けられてたことがあって、ここから学校通ったりしたよ”」

「ほお。でもなんだってこんな寂れたところに……」

「“こんなところに高級ホテルが眠ってるなんて誰も思わないでしょう?”」

「まあ、確かに……」

 <揃いの青>が座ったような高級ソファに促され、魔王と狩人は柔らかい革に尻を沈める。レイは愛想を振りまくつもりだろうか、それとも当たり前なのか。王たちの正面に座った<紫の子>の膝に横向きで座った。

「ま〜! レイ様がこうしてくれるの十年振りよ!」

<紫の子>は膝上のレイをぎゅっと抱きしめ濃い髭面で頬擦りをする。

「相変わらず髭伸びるの早いね」

レイは猫でも構うように<紫の子>の顎をちょりちょりと撫でる。

「そ〜なのよ〜。朝きちんと剃っても昼過ぎにはもうこれ。イヤんなっちゃう。レイ様たくましくなったわね〜細マッチョ♡」

「毎日筋トレしてるよ」

「えらいわ〜」

話を催促するように三人は魔王を見る。デイヴィットはソファの肘掛けを使って頬杖を付いていて、周りを見つつ思考を巡らせている。そんな中レイが口を開く。

「“ここなら外に漏れないし大丈夫でしょ。喋っちゃったら?”」

「“程度がある”」

「“全体が見えないと判別つかないでしょ”」

「な、何の話だ?」

デイヴィットは肘をついたまま横に腰掛けている探偵に顔を向ける。

「“まあ盗み聞きは出来ないだろうし良しとするか。今日<三つ葉>と<揃いの青>に会っただろ”」

「ん? ああ。ありがたいことにな」

「“実を言うと信用ならん順から紹介させた”」

「げえ!?」

ハントは思わず腰を浮かせる。

「おいおい外での会話と矛盾するぞ!」

「“誰が聞いてるかわからんから適当なこと言っただけだっつの”」

「“まあ、黒王さまなんて言ったの?”」

「“お前はレイの顔見ればご機嫌になりやすいからチョロいとは言った”」

「“まあ! でもその通りよ”」

ほらな、と王は頬杖の掌を広げる。ハントは周りの顔を見比べる。

「……<三つ葉>の爺さんが一番信用ならねえって?」

「“<三つ葉>は俺の親父の代からボストンを牛耳ってる。親父の腹心なんだよ。親父とは反りが合わんって言ったろ?”」

「ああ、確かに……。でも穏健な保守派って」

「“保守すぎる”」

レイはわざとらしくエヘンと咳払いをする。

「“若様、そちらは既に決まっております”」

「“似てる似てる。おかげで戒律の改善には苦労した”」

「そっちか〜……」

探偵は思わず頭を抱える。

「……<揃い>の青は?」

「“<揃いの青>は本当に俺を慕ってはいるが別の男を主人としている別派だ。双子よりその主人が面倒くさくてな。いつ寝首をかかれるか。要注意って感じだ”」

「ああ……」

彼は? とハントは手の平で<紫の子>を示す。

「“この子は俺の騎士。つまり俺が主人。俺はデイヴィットの腹心と言うか……いや腹心とは言い難いな。なんだろ?”」

「騎士?」

「“精神的な意味で兄弟かな俺とレイは。俺たちは神の末席として名を持ち、門番候補と呼ばれる。年々弱体化する神の末裔の中で原初の門番、つまりに成れる可能性があり統治者候補の中で優先度が高い。その門番候補が生まれると周囲、特に血縁が近い他の門番候補が気付く。レイの場合は俺が気付いた”」

続けていいか? とデイヴィットは狩人の顔を見る。ハントは黙って頷く。

「“門番候補は生き物に成り下がった一族の者より神に近い。そう言う神様然としてる連中を現代に馴染ませるには苦労するんだ。だから俺たちには特別な教育係と特別な護衛がつく。教育係は司書と呼ばれ、護衛は騎士と呼ばれる”」

探偵は声を出さずにああ、と口を開けて頷いた。

「“この<紫の子>テディは俺の騎士として長年仕えてくれて、数年前に任を解かれたんだ。好みのタバコを作って暮らしたいって。つまり工場は趣味なのさ”」

「……あんたその人の名前覚えてないって」

「フルネームがなんかややこしいんだよね」

「テッド・テディ・テリーよ」

「ああ、そう。テッドが一番最初だった。でもいつもテディって呼んじゃうんだ。髭あって熊みたいだからさ。<熊騎士テディベア>、可愛いでしょ?」

「レイ様にカワイイって言われたら痺れちゃう♡」

レイは再び己の騎士の髭を愛でる。

「ああ覚えにくいって名前の順序か。それならわかる」

狩人は何かを思い出して魔王の顔を見る。

「ん?」

「……あー、ニンジャは?」

「“ああ、藤美也フジミヤの一派は俺たち直系の血筋を代々守る専属の護衛だ。諜報員としても働いてる。王を守る護衛とは別の派閥だからあいつらは俺を裏切ったりしない。信用していい”」

「ああ、そっか。わかった」

「フジミヤのご飯美味しいよね」

「めっちゃくちゃ美味かった……」

「フジミヤに今度ピザ作ってもらいなよ」

「あのニンジャピザも作れんの!?」

「うん、フジミヤの作るトマトソース最高だよ。酸味も甘味も丁度よくて。一番美味しいのはマルゲリータ。こればかりはイタリアンピザとアメリカンピザの争いは脇に置いといて欲しい。シンプルなんだけどフジミヤの腕がよくわかるよ」

「聞いてるだけでよだれが出るな……」

ハントが思わず口を片手で押さえると周囲は穏やかに笑う。

「“で、だな”」

「あ、おう」

「“<紫の子>テディのこのホテルだが、緊急用の避難所として使っていい。請求は俺に飛んでくるから費用の心配はするな”」

「マジで!?」

「“大マジよ。壁は厚いし会話の盗み聞きもない。情報漏洩にも厳しいから隠れ家としては最高ランクだ”」

「“御贔屓ごひいきのほどよろしくお願いしま〜す♡ 王様直々に褒められると照れちゃうわ”」

「“照れとけ照れとけ。物騒な話だが、<三つ葉>と<揃いの青>は近辺の魔術師と魔法使いはおよそ見張ってる。<揃いの青>からは一方的に知られてたろう? てことは住所も割れてる。身の危険を感じたらテディに真っ先に連絡取れ。匿ってくれる”」

「あいつらほんとおっかねえ……」

「はっはっは。その感覚は間違いじゃねえってことよ」

デイヴィットはさて、と膝を叩く。

「“テディ、彼に部屋を”」

「“案内するわ。いらっしゃい”」

「もう!?」

「“部屋番号と鍵は固定だから覚えておいて貰わないと。こっちよ。鍵、失くさないでね。誰かに鍵を見せるのもナシ”」

「ああ、わかった。大事に持ち歩くよ」

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