第2話-6

 <揃いの青>は敬愛する王とその手下を優美な手付きで革のソファに誘う。

「あー、月並みな感想で悪いんだが……」

「なぁに?」

「すげー美人。どっちも」

「あら、ありがとう」

「可愛いでしょ?」

「うん、可愛い。正直なところ母国語で話さなかったら全くわからなかった」

<揃いの青>は社長としての革張りのソファに同時に丸い尻を置く。

「“親切なご挨拶をどうも。それで? 仕事の斡旋でも?”」

「“今日は顔見せとお試し。追々お前たちの足にする”」

「“そんなこと言って、爺やが先じゃないのか?”」

「“いや、お前たちの方が先だ”」

「ほんとに?」

「信じていいの? パパ」

「“もちろん”」

「“じゃあ一件頼めそうなものがある”」

双子は鍵付きの棚から黒い封筒を持ち出し探偵に差し出す。ハントが封筒を開けるも中には薄っぺらい食玩の指輪が入っていただけで他には何もなく、彼は両手を広げわからないと首を振る。

「これは?」

「可哀想な幼稚園児が大事なイヤリングを失くした」

「ママからもらったお気に入りのイヤリングだったのに」

「ああ、可哀想な話だが……」

「“俺たちが扱うのは虚言きょげん妄言もうげん。いま聞いた言葉が依頼内容だ、よく考えろ”」

「何かの暗喩か」

探偵は指輪をじっと見る。

「……この指輪とイヤリングはお揃いだった」

双子は黙って頷く。

「一緒のはずの大事な片割れがない。……一緒だった物が引き離された。母親からもらったイヤリングだから……母親は己の命。イヤリングは命の次に大事な物」

双子はまた黙って頷く。

「命の次に大事な、一緒だった物が引き離された……」

探偵が推測している間、デイヴィットはウェイターに差し出された飲み物を飲んでいる。

「可哀想な幼稚園児は……依頼者と仮定して、」

双子は首を横に振る。

「あー、それも喩えか。……イヤリングも指輪も身に付ける物だ。肌身離さず持ってた大切な物だったのに片方だけ失くした。いや、奪われた」

女の振りが上手い双子の男児はまたも頷く。

「肌身離さず……少なくとも二つ揃って意味がある物……」

デイヴィットは口を挟む為に人差し指を立てる。双子はどうぞ、と掌を向ける。

「イヤリングと指輪だと言うことを忘れてる」

「ああ、そこからか」

「大ヒントだ。女児なら指輪はまずどこに嵌める?」

「左の薬指」

「そう、結婚指輪の真似だ。ママの真似だな」

探偵は指輪を両手でつまみ、長考に入る。

「……母から娘へ。つまり代々受け継ぐ物。それでいて二つ揃って意味があり、肌身離さず持ち歩く物。指輪とイヤリングは宝石箱に仕舞う。そして宝石箱自体も大事だから誰にも見つからない場所に仕舞う。だが宝箱は勝手に開けられ、イヤリングだけが奪われた」

「「続けて」」

「普段は厳重に保管し、持ち歩く時は肌身から離さない、代々受け継ぎ命の次に大事な物。……権利書、じゃない。鍵?」

「「何の鍵?」」

「……普通なら金庫だが、ここまで来てそんな直球な喩えではないと思う。……いや、違う。指輪はある。結婚は契約、契約の証である指輪が鍵だ。盗まれたのは鍵と揃わないと効力を発揮しないパスワードだ」

「「“では何のパスワードだ?”」」

「えーっと……」

「母から娘へ、だ」

「女性に関する物……? 母親……母体……」

「女から女にしか受け継がれない物だ」

「女性だけにあるもの? 子宮……うーん二つ揃ってるのは卵巣だが……いや胸か?」

ハントはなおも考えたが両手を上げた。

「ダメだ、ギブアップ」

双子はがっかりしたのか天を仰いだ。

「もう少しだったのに」

「全くの部外者で最初にしては上々だから」

「「六十点」」

双子はにっこりと微笑む。デイヴィットは飲み物を飲み終えグラスをウェイターに回収させる。

「初回で五十点以上なら合格ラインだ」

「ああ、よかった……」

「可愛いお猿さんの知能テストは一応合格」

「今回は初回サービスしてあげる。“母から娘へしか受け継がれないものはX染色体とミトコンドリアDNA”」

「“とある研究所にあったヒトのDNAを用いた化学兵器そのものと、その開発者が睡眠中に襲撃され目玉が片方盗まれた”」

「えっぐ……」

「“だが化学兵器は濫用されないよう片目の網膜スキャンでは解除できない。両目が必要だ。それを知らないどこぞの馬鹿が開発者のもう片方の目玉を盗みに来る”」

「……それじゃ護衛の仕事だろ?」

「“先走るな。馬鹿を捕まえるのはうちの可愛い娘たちがやる”」

ハントは思わず閉まっている扉の向こうを見ようと身を捻る。

「あの美女ども荒っぽいことすんの?」

「“ただの可愛い娘と思ったか? まさか”」

「“俺たちは全員でチームだ。警備員も含めて端から端まで信用出来る手練れしかいねえよ”」

「恐れ入った」

「“開発者はそこの病院で入院中。護衛も娘たちがしてる。お前がするのは開発者の家へ向かい、母親と娘に何か託していないか洗いざらい聞いてくることだ”」

「母と娘じゃん。あ、代々受け継がれるから親から子へ? 特に娘に話を聞けって意味?」

「“おお、最後は自分で気付いたな。上々だ”」

「“双子の最初の言葉を聞いてたろ。虚言と妄言だ。指示を鵜呑みにしてはいけないし指示そのものも疑えと言う意味だ”」

「オゥ……すげえ独特な指示方法だな。これ勘違いが生まれたりはしないのか?」

「“そんな馬鹿は”」

「“こうよ”」

双子はお互いの首に水平にした手を当て横へ引く。仕事が出来ない者はこの世からご退場願うらしい。ハントは思わず身震いをした。

「おっかねぇ!」

「“あっはっは、可愛いねえ坊や。いいところのお坊ちゃんだったんじゃないか?”」

「“狭いアパートが嫌なら言いな。地元の不動産屋に口聞いていい物件紹介してやる”」

「……今の言葉は素直に受け取っていいのか?」

「今のも意味は二重三重だな」

「うわぁなんて言われたんだ? あとで考えるよ……」




 閉店間際のBARを出た狩人は魔王に連れられ再びボストンを歩く。

「<揃いの青>に気に入られるとは上手いことやったな」

「あれ気に入られたのか?」

「可愛いお猿さんは褒め言葉だ」

「ああよかった……。……あ!」

「ん?」

「肝心の捜査対象の詳細を聞き忘れた!」

「“封筒と指輪は受け取っただろ”」

「これに書いてあるのか!?」

「“読み方は<三つ葉>の時と一緒だ。うちの一族なら紙はまず炙る。指輪も失くすな?”」

「ホッ、よかった……。わかった、大事に保管する。……ああ、これも宝石箱か。なるほど、一つの指示に相当な情報量詰まってるな」

「そ。飯に行こう! ちょっと移動するが昼には間に合う」

「あんたのお勧めなら遠出でもいいさ。紹介相手がいるか、いいところなんだろ?」

「“ご明察。今回は両方だ。日本料理は好きか?”」


 探偵はBARから離れ懐石料理の店にいた。日本食自体が初めてだったハントはボストンから少し離れ寂れた路地裏に息を潜めるよう佇んでいた上品な店を見て驚く。

「マップだけ見てたら見つけられる自信がない」

の店だ。この店の常連が連れて来ないと入れない。路地もそれとなく迷路になってる」

「ああ、惑わすタイプの部外者避けか」

「そう言うこと」

 デイヴィットが暖簾を潜って引き戸を開けるとさっと店員が出てきて膝をつき、お辞儀をする。

「いらっしゃいませ」

「いつもの席で頼む」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

玄関先で靴を脱いでスリッパを履く際、デイヴィットはまた耳打ちをする。

「この店の従業員は店主も含め全部日本人だ。誇り高い奴らだから大陸と一緒くたにしてとか呼ぶと静かにキレるぞ」

「き、気を付ける」

「そうしてくれ」

 店員に案内されデイヴィットはお得意様の一番いい部屋に通される。部屋には和服にエプロン姿の女性店員が控えており、二人が椅子に座ると緑茶を淹れ始める。

「日本食だけど机と椅子なんだな」

「膝の悪い客もいる。そう言うお得意様に正座は辛いだろ」

「あー、セイザがわからんがなるほど」

「来た時に店員がした姿勢だ、足を畳んで床に座る状態。膝と腰が悪いとあの姿勢は辛い。俺は年老いたクソ親父に連れられてこの部屋に来た。だからずっと椅子と机だ」

デイヴィットの言葉で狩人は思わず彼の顔を見る。そうだ、人ならざる者だろうが血縁関係がある。ならば魔王の親もいたはずだ。

「……家族の話を聞いても?」

「兄弟が下に四人。弟と妹がいる。弟どもは馬鹿だが可愛い。妹は両方賢いし可愛い」

「ああ、そう」

父親に触れないあたりあまりいい親子関係ではなかったのだろうと感じ、探偵は続きを催促するのをやめた。

「失礼いたします」

障子戸は一度控えめに開かれ、間を置いて大きく開かれる。中年から初老の女性が盆を持って静かに客に歩み寄る。探偵は従業員ではないな、と感じ女主人に相当する人物だろうと見抜く。

「お通しでございます。ご注文は如何なさいますか?」

「何食べたい?」

「あー……日本食が初めてなので何がいいやら……」

「じゃあ俺のお勧めを?」

「お願いするよ」

「オーケー。肉の寿司、炙りで二皿。今日のお勧めは?」

「本日の昼は焼き鮭定食、もしくはとんかつ定食。もちろん懐石もご用意できます」

「ハント、飯に時間使って大丈夫か?」

「大丈夫だ。予定は空けてきた」

「ならせっかくだし懐石で。んー……<桜>がいい。午後も仕事があるから酒はなしで」

「かしこまりました。少々お待ちください」

女将が部屋から出て行ったところで探偵は魔王に顔を近付ける。

「メニューがない」

「ねえよ。ここの料理長は日本食を含めイタリアンもフレンチもほぼ大体作れる。客は食いたい物を言う。すると想像通りの美味い物が現れる」

奇術師マジシャンかよ」

魔術師ウィザードが言うと面白いな」

 程なくして料理長自ら、女将と一緒に顔を出し肉寿司の炙りとフルコースの前菜に相当する向付が運ばれる。

「料理長の藤美也累フジミヤ ルイ。女将はさっき来たが藩胴早菜ハンドウ ハヤナ

「よろしくお願いいたします」

「初めまして……」

「お初にお目にかかります。寿司を炙りますので前を失礼」

料理長によって皿の上の寿司が炙られ、肉が焼けるいい香りがする。

「はぁー……最高の香りだ」

「そうだろ? ここに来たらまずこれ食わないとな。箸使ってもいいが寿司は手で摘むのがいい」

「素手でか?」

「リブステーキ食うのと一緒よ」

「なるほど!」

探偵はデイヴィットを真似てお手拭きで手を綺麗にし、寿司を掴む。

「いただきます」

「イタダキマス? イタダキマス……」

ハントは本場の握りをゆっくり口に入れる。

「……すげえ! これが肉か!?」

「柔らかくて美味いだろ」

「最高だ!」

料理長と女将は満足そうににっこり。

「お口にお合いのようで宜しゅう御座いました」

「初めての日本食がこれだと他で食える気がしねえ……」

「肉寿司だけでそんな満足してると後々やばいぞ」

「マジかよ……。ああ、うまい。あと百個食える」

寿司を食べ終えたデイヴィットは女将に探偵を示す。

「魔術探偵ハント、イングランド王室に仕えてたらしい。耳はいいし腕は立つ。困ったら頼っていい」

「どうぞご贔屓に」

「ああ、出来ることなら色々引き受けるよ」

「ありがとうございます。では料理をお楽しみください」

「おう、ありがとなー」

女将は料理長共々持ち場へ戻り、部屋には女給だけが残る。

「肉も美味いがこのナムルっぽいものも美味い」

「もやしな」

「モヤシ? ナムルと一緒か?」

「大豆から出た芽のことだよ、野菜。それは和え物って言うんだ。材料は同じだがナムルじゃない」

「なるほど? ……美味い」

「美味いしか言わねえな」

「本当に美味いんだ。驚くぐらい」

「そりゃ連れてきた甲斐がある」

 通しの冷奴やもやしの和え物などで口を慣らしたハントは向付に箸をつける。

「サシミだっけ?」

「お、知ってるじゃねえか。そう、刺し身だよ」

「生魚よく食えるよな日本人って……うま」

「さっきから幸せそうだ」

「幸せだよ」

「そりゃよかった」

デイヴィットに食べ方を教わりつつハントは食事を進める。

「主食に味がないから味のあるものと口で混ぜるのか。独特だな」

「ジャンクフードかメインディッシュの考えの俺たちからすると不思議だよな」

「おう」

「気に入ったんならまた連れて来てやるよ」

「あー……次からは自分で来るぞ? 高そうだし金貯めて……」

懐石を口に運びながらデイヴィットは首を振る。

「一人で通いたいなら話が変わる。新規客が常連に上がりたいなら常連が五回以上連れて来ないとダメだ」

「えっ」

「この店もそうだが、日本の高級店で一見さんお断りってのは基本、常連がこいつなら大丈夫って連れてくる口コミ方式なんだよ。客は査定されんの」

「ええ……」

「で、店側が一人で来ても大丈夫そうと判断して初めてその店に通う資格を得る。この店では自分専用の湯呑みと名前入りの箸を用意される。これ俺の箸、名前入ってるだろ?」

デイヴィットは己が使っている箸をハントに見せる。漆塗りの箸には小さく朱塗りでデイヴィット・ドム・デイモンと英語で書かれていた。

「うへぇ、そんなシステムなのか……」

「店側が店の質を保つためなら悪質な客は断れるんだ。酒が絡んだ瞬間暴れる客はもちろんのこと、食い方が汚いとか話題が毎回下品とかでもダメ」

「厳しいな」

「本物でも詐称でも予約取りゃ入れるフレンチの方が楽だろ」

「そうだな」

白飯を始めとする一式を食べ終えたハントはじっと茶碗を見る。

「……物足りない」

「懐石はフルコース、会席料理と同じで段々腹を満たす方式なんだ。一個ずつは少ない。主食とスープはお替わりが来る」

「ほー」

「飯と汁物は腹が十分いっぱいになったらその場でお替わりを断る。じゃないとまた足される」

「ああ、ワインのグラスに手をかざすアレ」

「そう言うこと」

まるで食べ終わるのを見ていたように次の料理が運ばれる。デイヴィットが言ったように主食と汁物はお替わりを勧められたため探偵は遠慮なく次をもらう。

「薄……」

「それは煮物って言う」

「ニモノ」

「濃い味付けにするのもあるが、それはだし汁で煮た物。煮る、物、で煮物だ」

「へえ。……あんた、よく知ってるな」

「クソ親父に散々叩き込まれた。日本も含めて外国へ赴いた時、その国の最上級の作法が出来ないんじゃ笑われるし足元掬われる。後継者なら隙を作るなって昔からの方針だ」

「厳しそうだな」

「厳しかったさ。ただ、おかげでよそでは絶対に恥を掻かない。そう言う意味では感謝してる」

「へえ……でもなんだな」

「個人的に性格が合わないんだよ根っから。俺は己の足で現場に出るのが大好きで、親父は自分の城で部下が報告してくるのをグラス傾けて待つタイプ」

「ああ、そりゃ合わん」

「だろ? おかげで若い頃は揉めに揉めたね」

「大変そうだ。……それ俺が聞いていいのか?」

「うちの一族の内部事情を知らなさすぎるから話せる」

「ああ、わかった。雑談として聞くよ」

「“賢いな狩人”」

 数々の料理を胃に納め、ハントは段々腹が張ってくる。最後にようやく甘い物が提供される。

「すごい量だった」

「そうだろ。この後緑茶が出てくる。懐石ではこれが本来のメインだ」

「食事がおまけなのか?」

「日本の緑茶は濃い。空きっ腹で飲むと胃が傷つく。懐石は美味い茶を飲むために生まれたオードブルだったが、会席料理と混ざって今は色んな懐石が存在する。この後くる茶は非常に苦い。口の中に菓子の甘さを残しておけ」

「わかった。えっと……」

ハントは頬の裏にあんこを留め、茶を待つ。濃茶が届きデイヴィットは自分の碗だと狩人に茶器の底にある名前を見せる。

「名前入りか」

「これが持てて初めてこの店のお客ってことだ。……うん、相変わらず美味い。女給、チップだ。取っとけ。あと料理長もう一回呼んでくれるか。礼が言いたい」

「かしこまりました」

「……本当に苦い」

「その苦さを味わうんだ。大人の楽しみだろ?」

「なるほど。苦いが独特の香りがいい」

「茶の楽しみ方がわかってるじゃねえか。常連になれるかもな」

「そうだと嬉しいが……。金貯めなきゃな」

「この店なら馬鹿みたいに高くはない。お、藤美也」

料理長が再び顔を出し丁寧にお辞儀をする。

「美味かったよ。連れも満足してる」

「ありがとうございます」

「本当に美味しかったです」

「ありがとうございます。お客様にご満足頂けることが何よりの喜びです」

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