第2話-5

 魔術探偵が魔王と再びタッグを組むことになったのはそれから一ヶ月後のことだった。デイヴィットは待ち合わせの駅で今時路上では煙たがられる細長いタバコを片手にハントに手を振る。左手にはどこかで買ったらしいパン屋の袋。

「“よう、狩人”」

元宮廷魔術師は一瞬己の耳を疑い、デイヴィットを指差しながら近寄った。

「俺の間違いじゃなかったら今あんたの言う魔族語が聞き取れたんだが」

「聞き取れるだろうな」

「なんだって?」

サンセットヒルシティの魔王はボストンでの相棒の腕を引いて歩き出す。

「名前がハント、ならご先祖は狩人だ。調べたらお前は未婚、両親を失ったが伯父一家に引き取られたから苗字変更はなし。狩人の名を持つ奇跡使い、魔術師には三通りいる。目がいいタイプ、耳がいいタイプ、鼻がいいタイプ。魔力線が見えないから目の可能性はなし。そんで目の前の怪しい出来事をとは言わない、聞き込みが上手い。だから耳だろうなと」

「おいおい待て待て、あんた最初から俺に聞かせる気で魔族語を目の前で喋ってたってのか!?」

「己の由来に気付かない人間は多い。特に“魔術師”は“世襲”のくせに“沽券がどうたらで張り合い”ばっかり。“ありふれた名字だろうが家柄が代々続いてようがなかろうが由来は由来だ。耳がいい狩人なら何度か慣れさせればうちの一族の言語ぐらい聞き取れる。普通人間には聞き取れん言語だが、うちの一族の言葉独特の特性でまああれこれって理屈”」

「んだそれ……」

隣を歩く魔王の観察眼を畏れハントは彼から距離を取る。

「“伊達に魔王じゃねえってことよ”」

「いや、まあ……それは先月思い知ったが。で、でもなんでわざわざ慣れさせた? あんたたちの会話丸聞こえになるぞ」

「これから仕事を回すってのにうちの爺様たちの話が聞き取れないんじゃ仕事に差し支えるだろ」

「そこまで見越して……?」

「王だからな」

探偵は諦めにも似た溜め息をこぼす。

「ああ、自他共に認める魔王の意味がわかってきた。あんたは人を見る目があって気位が高い。だが威張らない」

「“威張ってる”ぞ?」

「一般人には優しいだろ」

「それは俺を知らなくていい世界の住人だからだ。そろそろ着く」

 デイヴィットの言葉に辺りを見るも、そこはボストンの中でもあまり治安の良くない場所で、野良猫もそろりそろりと歩くような場所だった。

「なんだってこんなところに」

「先にお前を<三つ葉>に紹介させて仕事を回してもらって、その後協力を仰ぐ」

「<三つ葉>ってつまりこの辺りの長老か!?」

「そうだ」

デイヴィットは呼び鈴をぐっと押し込む。デイヴィットの同族、それも一地域の長と言われる相手を前にする覚悟がまだだったハントは思わず姿勢を正した。

「そんな緊張しなくていい。“おーい、俺俺。オレオレ詐欺のピザ屋。いや、今日はパン屋だ”」

「“相変わらずだな”、どうぞ」

ロックが外れる音がしたのでデイヴィットはドアノブに手をかけ、頭を傾けハントを室内に誘う。狩人はおそるおそる悪魔の家に足を踏み入れる。


 悪魔の家は物が多いながらも小綺麗で、早々に人懐こい三毛猫が探偵の足にすり寄る。

「悪魔が猫飼ってるのか……」

「可愛いだろ。久しぶりだなヒューストン」

「ヒューストン?」

「もう一匹黒猫がいたがそいつはボイジャーだった」

「ああ、ええと。人工衛星か」

「宇宙探査機と宇宙基地局な」

 リビングに入ると杖をついた老人が何とかキッチンに立ち、来客のために飲み物を用意しようとしている。

「あー、いい、いい。自分でやる」

デイヴィットは老人とハグし、頬同士のキスをする。

「パンには紅茶だろう?」

「そうだけどよ。腰痛えんだから無理すんな」

元は青かっただろう白髪の老人はおぼつかない指で探偵を指さす。

「“例の?”」

「“そうです、魔術探偵。名前が狩人ハンター。耳がいいから会話は聞き取れてますよ。な、狩人ハント?”」

「あ、ああ」

三つ葉と呼ばれる老人をソファに促し、デイヴィットは自らティーポットを取り出して紅茶を淹れる。

「“ほうほう、なかなかだな”」

「“俺から貴方に新しい足として推薦したい”」

「“王の勧めとあれば断れんな”」

「ええと、よろしくお願いします」

ソファに腰を落ち着けた三つ葉は一息ついて狩人にニンマリと微笑む。

「“よろしく若人わこうど。さ、座って。耳がよくて探偵なら聞き込みが得意なのかな?”」

「ええと、それなりに」

「“では二件任せよう。そこのタンスの上から二段目の引き出しに手紙が二通入ってる。出してくれるか”」

「ええ、はい」

三つ葉の指示通り引き出しを開くと先月までの請求書に紛れて白い封筒が二つ姿を現す。老人のところに持って行くと彼は机には置くなと人差し指を立てる。

「“右と左に一つずつ持って”」

「こう、ですか?」

「“そうだ。軽いのはどっち?”」

「えっ」

ハントは中空を見ながら封筒の重さを感覚で測る。

「……左でしょうか」

「“軽いと思った方を先に任せる。その辺のペンを使っていいから順番を書いて。まず軽いと感じた方をこなして、続けられそうだったらもう片方もやってみなさい”」

「わ、わかりました。もし受けたくない場合はどうしたら?」

「“その時は開けずに私に返しなさい”」

「承知しました。では……お引き受けします。中を見ても?」

「“もちろん。ちなみに、封筒の重さは左右一緒だよ”」

気の良さそうな老人はぱちっとウインクをした。狩人は彼の茶目っ気を見て、ああ王と同族なのだなと感覚的に理解する。デイヴィットは紅茶を淹れ終え盆を持って二人の元へ戻る。

「“今さらっと魔術師としての技量を試された”」

「えっ?」

「“魔術習い立ての頃にカードを伏せたまま内容を当てるやつやらなかったか?”」

「あー、子供の時家でやったくらいだが……」

「“それと似たようなことだよ”」

「なるほど」

妙に固い封筒の中身を取り出すと手紙とは言うものの白いカードが入っているだけだった。狩人は表面を光に照らしてみたり透かしてみたりするが、文章らしきものは見当たらない。

「……どうやって読むので?」

「“ライターは持ってるかな?”」

「はい。……あ、炙るのか」

「“ご明察。さすが探偵なだけある、察しがいい”」

「“まだひよっ子ですけどね。育て甲斐がある”」

手紙は炎を受けても燃え切らないようコーティングされているらしく、炙ると独特の香りがする。狩人は浮かび上がった茶色の文字を黙読する。

「行方不明者の捜索?」

「“うむ。我が一族に属する子だったのだが学校帰りに攫われたらしく戻って来ていない。探す前にもっと情報が欲しいと言うことで若いのに任せようと思っていたところだ。代わりに頼むよ”」

老人はそう言うと年季の入った財布を取り出し名刺をハントに握らせる。

「<三つ葉>から、と言えば親も近所の者も怪しまず話を聞かせてくれる」

「承知しました」

三つ葉はにっこりと微笑む。

「“狩人なら犯人を捕まえるまで進められるかも知れんな”」

「“それは期待していいと思いますよ”」

「よかった。では吉報を待っているよ」


 紅茶とパンで空きっ腹を満たしたハントは再びデイヴィットに連れられ、次は地下に広がった数少ない繁華街に足を踏み入れる。

「あんたらの一族ってこう、アンダーな職業多い?」

「どうしてもな。表社会で伸び伸び暮らしてるのは一般人、本職は裏よ」

「あー、やっぱり。……じゃああんたは? 表でも社長だよな」

「CEOと言え。俺は隠れる必要がない」

「おっかねえ……。次は誰に会うんだ?」

「“<揃いの青>に”」

「おいおい立て続けに別のボスかよ」

「“挨拶が<三つ葉>だけじゃあいつらが嫉妬して邪魔しに来る。縄張り争いしてるのは本当なんだ”」

「おっかねえ。頼むから三つ葉の爺ちゃん長生きしてくれ、俺の平穏のために」

「一族でもそう思ってる奴は多い。“<三つ葉>は保守穏健派だがやる時はやる。<揃いの青>は近年頭角を現した有能な若手だが出世を急ぎすぎて俺が俺がと出張りがち”」

「あー、よそでも聞く話」


 デイヴィットは夜中から昼前まで営業が続いている一軒のBARの扉を潜る。派手なタトゥーにギラギラのトサカ頭の門番がいるがデイヴィットの顔を見るとさっと横に避ける。

「大ボス、後ろのは?」

「“これからお前たちのボスに紹介したい人間の新入り”」

「“承知しました。”ほら、失くすなよ」

門番は黒地に黒文字のカードを手渡してくる。名刺のようだ。

「どうも」

デイヴィットは門番から離れ、店員がいない位置に着くとハントに耳打ちをする。

「“自分から<揃いの青>に<三つ葉>の話をするのは禁止。匂わせるのもダメだ”」

「わ、わかった……」

「いい子だ」

 デイヴィットがホールへ足を踏み入れると近くの店員から遠くの店員まで女性たちが彼を歓迎する。手を振ったり投げキッスをしたりして。デイヴィットは彼女らに挨拶をしながらカウンター横の真っ黒で重そうな扉まで進む。

「人気者だな」

「“ここの連中は自分のボスが大好きなだけ。そのボスが俺を大好きだからサービスしてくれるってだけだ。笑顔の下では嫉妬まみれで唾を吐いてる”」

「本当におっかねえな」

 番兵により扉が開かれるとデイヴィットは両腕を広げる。

「“我が子たち!”」

「「パーパ!」」

全く同じ顔の、化粧は強いがあどけない雰囲気の女主人が大喜びでデイヴィットに飛びつく。

「おーおー、今日もべっぴんだ。両方」

「私の方が可愛いって言って」

「私の方を可愛いって言って」

「そう言ったらもう片方の為に泣くだろ」

「「そうよ。だって二人で一つですもの」」

<揃いの青>は同時に美しい顔を狩人に向ける。

「誰?」

「迷子のお猿さん?」

「ボストンを根城にしている魔術師だ。“名は狩人ハント、耳がいい。話は筒抜けだから気を付けな”」

「“なら俺たちの会話も聞き取れるな”」

「“噂は聞いてる。ガールズバーは好きか? 探偵”」

ハントは英語と母語で話し方がガラッと変わった双子を見て唖然とする。

「どうなってんだ」

「こいつらは女の格好するのが好きなだけ。“”」

「やあね、まだ取ってないだけ」

「女の格好で男を掘るのが好きな癖によく言うよ」

「女の子も好きよ。肌が甘いから」

(バイかよ……)

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