第1話-8
翌朝。日曜日だがデイヴィットはCEOとして会議に出席するために薄紫色のシャツに袖を通していた。残りの身支度を整えに爺やが寝室を訪れる。その後ろには控えめに顔を出すエヴァンジェリンの姿が。清楚な白シャツとプリーツスカートを履いたエヴァはデイヴィットが黒い炎の姿でいたため一瞬驚いたが、勇気を出して声をかけた。
「お、おはようございますデイヴィット……さん」
「呼び捨てで良いっつったろ。敬語も要らねえ。お、は、よ、う」
「お、おはようデイヴィット……」
「それで良い」
デイヴィットが爺やにネクタイを締めて貰っていると電話が鳴る。彼は番号を確認し、衛星経由で受け取る。
「ピザは?」
「やー、今朝までにお届け出来ればと思ったんですが難しそうです」
ハッキングチームのリーダーは眠そうな声でパキパキと背骨を鳴らした。彼の周囲には睡魔に負けた泊まり組と、徹夜などお手の物な夜型人間たちがモニターの前で目を光らせていた。
「カメラじゃ見つからないんだろ」
「そうです。さすが魔祓い師。透明マントでも持ってんのかなー?」
「うっかりカメラの前に映れば上々と思ってたんだがやはり難しいな。作戦変更だ。監視の人数を減らして片っ端から警察に魔祓い師の黒い情報をじゃんじゃん流せ」
「ああ、情報の横流しはもうやってるっす」
「仕事が早いな。さすがだ」
「お褒めに預かり光栄でございまーす」
「引き続きよろしく」
「はぁい」
デイヴィットは通話を終えたスマホをベッドに放り投げた。
「ピザ?」
「ん? ああ、ピザ屋にピザを頼んだんだよ」
「……大きいパソコンがいっぱい並んでるピザ屋さんなの?」
「げ、通話相手の周りを視たのか?」
(想像以上の視力だな……)
「んーと、後で説明する。今日は俺は会社で会議だからな。爺やと家で大人しくしてろ」
「はい……」
「……不満そうだな」
エヴァは俯いてスカートの裾を指先でいじっている。
「だって、説明してくれないから……」
「当たり前だ。お前には関係ない」
「……関係なくないもん」
「関係ない。お前は、もう何の心配もせず、何の苦労もしなくて良い。後は大人に任せろ」
少女は目を丸くしてデイヴィットの顔を見上げる。子供は子供らしくしていろ、と。孤児院では逆だった。早く大人のように謙虚に振る舞えと強いられた。デイヴィットはちょっとしたやり取りでエヴァの苦痛を消し去ってしまった。まるで魔法のように。
「? 何だ」
「……ううん、何でもない」
エヴァンジェリンは嬉しそうに目を細めて頬を持ち上げた。デイヴィットは笑顔の意味がいまいち分からず、眉間にシワを寄せた。
デイヴィットは人の姿になり黒い髪をワックスで整え、エレベーターを降りて会議室へ直行する。我ながら自宅の真下に会社を作ったのは天才だな、などと考えながらドアを開く。会議室には秘書がすでに準備を終えて待っていた。他に人影はない。
「おはようございます、CEO」
「おはよう。繋いでくれ」
秘書がノートパソコンのキーボードを叩く。すると椅子の上に重役たちが現れる。全てプロジェクターによるリアルタイムの投影だ。
「お集まり頂いて嬉しく思う。日曜の朝なんでな、とっとと始めてとっとと終わらせる。では議題だが──」
会議室の片付けを秘書に任せデイヴィットはそのまま早足にビルを出て、衛星を使いハッカーたちに電話をかける。
「はい、こちらスリーナンバーズピザ」
「メシ買ってそっちに向かう。何が良い」
「おーいみんな、朝飯奢ってもらえるってよ〜。何が良い〜?」
「
「カシューチキン!」
「俺エッグロール」
「中華だな、わかった」
中華屋へ向かったデイヴィットは馴染みの店主に片手を上げて挨拶すると注文を口にした。
「
注文した料理を待ちつつデイヴィットはまた電話をかける。今度は警察だ。
「おはようデイヴィット」
「おはよう署長。幼児誘拐犯は見つかったか?」
「いや、物的証拠を集めながら警官と刑事に見張らせているがまだ引っかからない。でも街の外には出てないはずだ。橋には検問を敷いた」
「そうか。まあ無理もない。見つけたら俺に直接連絡しろ。殺すなよ」
「わかった」
「引き続き頑張りな。じゃ」
大量の中華料理を抱えデイヴィットは工場近くの廃コンテナハウスを訪れた。
「差し入れだ」
「サンキュー!」
ハッカーたちがデイヴィットの手から料理を受け取って部屋の端にあるテーブルに並べ出す。悪魔はようやく変身を解いて己のタバコに火をつけた。
「で、状況は?」
「まだ何も変化なしっすよ」
エッグロールを頬張りながらリーダーは自分のモニターをデイヴィットに向ける。
「警察署を出て五番街の教会に逃げ込んだところまでは映ってた。でもそれっきりだ。地下道に逃げたんじゃねえかと思ってそっちも探したんだが居ない」
「地下に逃げたらネズミが見つけてるはずだ。そっちから連絡はない。まだ地上にいるだろう」
「やっぱ透明マントっすか」
「マントじゃないだろうが似たような方法は使ってるだろうな」
「魔法使い相手じゃなあ……」
「ぼやくな。その先は魔術専門に追わせる。お前らはそのまま続けろ」
「へーい」
熱い視線を感じデイヴィットは右手に振り向く。するとキースが固い表情のままオレンジチキンを頬張りデイヴィットの顔を見ていた。
「何だ」
「ぐ! い、いえ!」
「ああ、キースはデイヴィットのそっちの顔初めてか」
「ああ、そう言う事か。あ、KK。お前昨日の事故大丈夫だったのか?」
「ふぁい!? なななんでそれを!?」
「事故を見てた奴から聞いたんだよ」
情報提供者は事故のきっかけを起こしたオレンジ本人。ただ、彼はキースとデイヴィットがとうに顔を合わせている前提で報告をした。
(推測するに先を見て、俺とキースが顔を合わせるところを観測していたか……。色々情報を伏せられてるなとは思うが、今のところ無害だしな、
「で、具合はどうなんだ」
「だだ、大丈夫です。あの、膝すりむいただけなので……」
「そうか。なら良い」
デイヴィットは目頭を指で押さえる。エッグロールを食べ終えたリーダーがちらっとその様子を気にする。
「徹夜っすか」
「いや、しっかり寝たが昨日から動きっ放しなんでな。ぶっちゃけ予定外のイベント多くてキレそう」
「手駒総動員してますもんねえ……」
「まだ目と足しか動かしてないがな。これから手に連絡だ」
「結局総動員じゃない」
「そうなんだよ。あー、お気に入りのバーの酒が恋しい……」
「行きゃ良いっしょ」
「この騒ぎのなか顔を合わせたら巻き込む自信があるから、行かない」
「なるほど」
「デイヴィットにもそう言う巻き込みたくない相手がいるのね」
「当たり前だ。俺を何だと思ってんだお前ら」
「魔王」
「魔王様」
「そうだよ。もっと崇めな」
「ハレルー」
「ハレルーゥ」
「はいはい、ありがと」
コンテナハウスを後にしたデイヴィットは一度己の居城へ戻った。
「ただいま……」
「お帰りなさいませ」
「朝メシ食うわ……」
「すぐご用意いたします」
悪魔の姿に戻って客間のソファに足を投げ出しているとエヴァがその顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「いんや、疲れた」
その言葉に少女は悲しそうな顔をする。
「仕方ない、敵を捕まえるってのは大変なんだよ。いつもな」
「いつも?」
「別にこれが初めてじゃない。何回かこう言う経験はしてる。ただまあ、ここのところは平和だったからな。久しぶりってだけだ」
「……ごめんなさい」
「謝るな。お前が言って良いのはごめんなさいじゃなくてありがとうだ」
「……うん、ありがとうデイヴィット」
「どういたしまして」
笑顔になったエヴァの頭を撫で、彼女を抱えるとキッチンに向かう。
「おや、ダイニングにご用意いたしますのに」
「いや良い。面倒くさい」
調理補助用の椅子を二つ引っ張ってきて腰掛ける。しかし体の小さいエヴァはキッチン台から顔が見える程度だったのでデイヴィットはキッチン台の上にエヴァを座らせた。
「おやおや、お行儀が悪いですよ」
「毎回じゃねえんだ、良いだろ?」
「仕方ありませんね。さて、エヴァ様にはデザートをご用意しましょう」
「うん!」
爺やはサンドイッチを作り始める。片方はデイヴィット用にマスタードをたっぷり塗ったハムサンド。エヴァには残り物の生クリームと果物を挟んだデザートサンドだ。
彼は手際良く皿に用意したサンドイッチを真後ろにいる二人に出す。デイヴィットは頭を人の姿に変え、悪魔と少女は同じタイミングでそれぞれのサンドイッチを口に入れる。
「あ〜、これこれ。辛っ」
「お味はどうですか? エヴァ様」
「美味しい!」
「それは何よりです」
スティーヴは二人の食事を見守りながら紅茶を淹れる。
「デイヴィット、一口ちょうだい」
「あ? 辛いぞ?」
「うん!」
「後悔すんなよ。ほら」
「あーん」
エヴァはピリピリッと言う音が頭に響いたかのような衝撃に驚きつつ、口に含んだパンからこれ以上マスタードが飛び出ないよう細心の注意を払って飲み込んだ。
「……辛っ!」
「だから言ったろ?」
「でも美味しい!」
「そりゃそうだろ。爺やの作ったメシは最高だからな」
悪戯っぽくニヤリと笑ったデイヴィットの表情を見てエヴァはもっと顔を明るくした。
「うん、朝ご飯も美味しかった! 昨日のチョコも!」
「だろ?」
「うん! ねえデイヴィット! 私のも一口あげる!」
「え!? あ〜甘そうだな〜」
「あーん」
エヴァンジェリンがあんまりにも嬉しそうに差し出すので、デイヴィットはふっと笑った。
「あーん。……あんまい」
「おいしい?」
「美味いよ」
「えへへ」
仲良く食事をする主人と少女を見てスティーヴは終始ニコニコとしていた。
間食を終えたエヴァはデイヴィットの膝の上で寛いだ。これまでどこか心に隙間風が吹いているような寂しさを感じていた少女は、今はそれを感じず満腹感とデイヴィットの身体の温かさを満喫していた。こんな日がずうっと続けばいいのに、と彼女は知らずに願っていた。
「ああ、そうだ」
スマホを
「エヴァ、このままここに住むだろ?」
「うん! 住みたい……住める?」
「住んで良い。その件でな、ちょっと真面目な話があるんだが」
「う、うん」
「形式上、一緒に住む場合は養子縁組ってのをやらなきゃならん」
「ようしえんぐみ……って何?」
「俺とお前が家族になりますって言う書類を書いて、街のお偉いさんに出すんだよ。ああ、俺じゃなくて市長って奴にだ」
「家族……お父さんと娘になる話?」
「そう。ただ俺結婚はしてないからな。独身の父親だ。それでも良いなら書類出してくるが……」
「うん。……そのしょるい出したら一緒に住めるの?」
「そうだ」
「うん、じゃあどくしん? でもいいよ」
「おう、わかった。じゃああれだな、申請だけ出しておいて裏……いや、今回は合法的に行くか」
エヴァを膝に抱えたままデイヴィットはスマホに何やら忙しく打ち込み始める。
「ねえねえ、爺やも家族?」
「ん? ああ……いや、爺やは執事っていう仕事でな。形式上は家族じゃない。一緒に住んでるけどな」
「爺やとも家族が良い……」
「大丈夫だよ、あいつは俺を育ててくれたし。家族みたいなモンだから」
「爺やにこの話して良い!?」
「良いぞ」
「やったぁ!」
デイヴィットの膝から飛び出してエヴァはスティーヴの元へ駆け込む。ほとんど会話が聞こえていた爺やだがエヴァが嬉しそうに話すのを改めて聞いて笑顔になる。爺やにも頭を撫でてもらい、エヴァはスティーヴと抱擁を交わした。
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