第2話-3

「それで……うちに?」

「この探偵疑い深くてなぁ」

 一行は探偵を加え一度テイラーの自宅兼工房に戻り、再び紅茶を飲んでいる。

「まあ、ハント・ハントはいいところに仕える魔術師だったからね……」

「H・ハントとしか聞いてなかったんだがそんな名前なのかこいつ」

「ハント・ハントはあだ名だ。ヘイデンだ!」

「ヘイデン!?」

デイヴィットはあざとらしく両手を上げた。

「ワオ! 俺の義理のはとこと同じ名前だ! それなら親しげにヘイデンって呼ぶわ」

「ハドリーおじさんと同じ名前だね」

「偶然とは言え知ってる名前だとなんか嬉しいよな〜」

「そうだねー」

「……この悪魔随分ゆるいな」

ヘイデン・ハントが耳打ちをするとテイラーは軽く頷く。

「デイヴィットさんは敵対しなければ品のいいおじさんだよ」

「敵対したらヤバイってことか」

「サンセットヒルシティの支配者デイモンだよ。前に話したじゃないか」

「あのか!?」

「お、魔王とは褒めてくれるじゃねえか。嬉しいね」

「だからコンビニ行く感覚でポンポン魔術使ったんだなあんた……」

テイラーは二組の客の顔を見比べ重たい前髪の向こうで視線を彷徨わせる。

「どうしたテイラー」

「詳細な顧客情報を僕から言ってしまうのは本当は控えたいのですが、信用問題なので」

「この場で必要だと思うならお前の信用は落ちはしないさ」

「……デイヴィットさんがそう言ってくれるなら。ええと、まずハントの紹介を。彼、イングランド王室に三年仕えてた魔術師で腕は相当立ちます」

「ほう!」

デイヴィットは愉しそうに両頬を持ち上げる。

「お、おいテイラー!」

「そしてデイヴィットさん、デイヴィット・ドム・デイモンさん。太陽の化身の末裔です。昔から一神教とは仲悪くてと思って突っ込んでいった魔祓い師の数は露知らず。もちろん全員返り討ち。それから執事さんのスティーヴ・サイモンさん。スティーブさんはデイヴィットさんの親戚です。この子はエヴァンジェリンさん。です」

「星見……!?」

ハントは思わずといった形で腰を上げる。デイヴィットは彼の反応を見て手を叩いて笑う。

「欲しい反応全部くれるなヘイデン!」

「星見なんて千年に一度いるかいないかだろ!?」

「そうですね。僕も直接会った星見はエヴァさんが初めてです」

「私の目、そんなにきちょーなの?」

「貴重だぞ〜。フツーの奴が欲しいですって神様におねだりしてももらえないモンだしなぁ」

「うーん、そっか」

「だから魔力線が視えたのか……」

話している途中なのにエヴァは唐突に眠気を覚え、不意に船を漕ぐ。デイヴィットはさりげなく彼女を懐に招いて背中を優しく叩く。すると少女は温かさに誘われるまま意識を手放してしまった。

「……寝たのか?」

「突然ですね。どうしたんでしょうか」

「疲れたんだろうよ。まだ訓練前だから力の制御が出来てねえんだ。今日はしょっちゅう眼鏡掛けたり外したりしてるしな」

「お嬢様は爺がお預かりして邸宅へお戻り致しましょうか?」

「そうしたいところだが、起きた時に自分だけ帰されたって知ったら泣きそうだなぁ……」

「……それならここで寝かせておくのはどうですか?」

「いいのかテイラー? お前工房に人入れるの嫌じゃなかったか?」

「ここなら僕とスティーヴさんで面倒見れますし、邪視避けも張ってるから酷く疲れることもないと思うんです。後はやはり個人的にも星見は興味ありますしもうちょっと様子を見たいかなと……」

「なるほど。で、俺がこの街でウロつく分にはすぐ合流できる距離にいられる。合理的だな」

「……よそ者はさっさと帰っていい」

「は? お前は魔力線見えねえんだろ? さっきの事故二件は意図的に誰かが起こしてる。ってことはまずない。エヴァの星見は役立つが本人の消耗は激しいし俺は娘をこれ以上事件に巻き込みたくない。なら、必然的に魔力線が見える俺が有用だ」

ハントはつらつらと並べられた理屈に圧され、顔を引きつらせる。

「悪魔の方がこき使われてやるって提案してんだ。魔術師としては楽だろう?」

「……見返りは」

「ん?」

「悪魔との取引だ。タダって訳にはいかないだろう」

「っほー……後から馬鹿でかい請求されても困るって顔だな」

デイヴィットがニンマリするとハントは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「んー、悩むな……報酬……」

思いついた、とデイヴィットは人差し指を立て今日手に入れた請求書をハントに見せる。

「ほんじゃ、うちの娘の眼鏡代ってのは?」

金額を見た探偵は口をさらに引きつらせたが、ややあって頷く。

「……これで手を打とう」

「じゃ、事件解決まで宜しく。

デイヴィットの不敵な笑みに探偵は盛大な溜め息をもって是と答えた。




 黒髪のデイヴィットは腰まである黒い石の杖、ステッキをつきながら“赤毛の魔術探偵ハント”の隣を歩いている。ボストンの一角、ただ人が通り過ぎるだけの一般道をデイヴィットは観光地でも歩くように注意深く観察しながら足を動かす。

「見当はあるのか」

「そう遠くない距離で同じ様式の魔力線が同じ数、似た高さに配置されてたなら作りかけの魔法陣じゃねえかと思っててな」

「俺もそう思った」

「さすが宮廷魔術師」

「……王室お抱えだったのは実情一年だし俺は合わなくて辞めたんだ。口に出されるのも嫌だってあいつわかってたはずなのに……」

「どれくらいの実力があるかってのを端的に述べるなら最良だと思ったんだろ。“合わなくて辞めた”? 具体的には?」

「……魑魅魍魎ちみもうりょうが居すぎなんだよ」

「なるほど、疲れた常識人が嫌味と胃液を吐きながら逃げてきたと」

「うるせえ!」

「お、あったぞ」

「あ!? どこに!?」

「そこのコンビニの前……って、もう遅かったか」

信号が変わり二人はコンビニの前に駆けつける。ロードバイク、洒落た自転車と歩行者がぶつかったらしく人だかりが出来始めている。

「……ふむ、別に対象が死ななくてもいいのか」

「でも血は出てる」

「出血と、タイヤか。車輪なら……運命の輪か?」

「同じ車輪で血か呪いを回収するならともかく、轢いたタイヤも対象者の関係性も今のところバラバラだぞ?」

「そこなんだよなぁ……」

二人は唸りつつも周囲を調べる。血液を回収している装置はないか、発動原因となった魔法陣はないか、など。だがしかし魔術師と悪魔が欲する情報はその場になく、彼らはさらに首を捻ることになった。

「魔法陣だと思うんだがなぁ……」

「止まって考えてても仕方がない。次を探そう」

「そうだな……」


 一方、眠りの園にいたエヴァは工房机横のソファに戻って来る。彼女が体を起こすと職人は手を止めて少女の様子を伺った。

「私、寝てた……?」

「疲れたのだろうと、デイヴィットさんが仰ってました」

「……デイヴィットは?」

「ハントと二人で調べ物に向かいました。エヴァさんを巻き込みたくないからって。君は僕とスティーヴさんとここで待機です」

テイラーの言葉を聞くと少女はわかりやすいほどに頬を膨らませる。

「私だって役に立つのに……」

「君に血を見せたくないんですよ」

「わかるけど……」

「わかってるなら大人しく待ちましょう。君は賢いですから、待てますよね?」

「……うん」

「……君の不満もわかりますよ。彼に守られてばっかりじゃなくて、お返しをしたいんでしょう」

「うん」

「残念ながらデイヴィットさんは部下に任せて自室で寛いでワインを飲んでいるタイプじゃないんです。根っから戦士なんですよ」

「戦士?」

「はい、軍将の方が合ってるかもしれませんが……。事件や、争い。そういった事が起きると手持ちの有用な駒を、自分も含めて使えるだけ使うんです。チェスと一緒です。チェスはわかりますか?」

「うん、一回デイヴィットとしたことある」

「デイヴィットさんは自他共に認めるキングです。本来なら兵隊ポーン騎士ナイト、他の駒に守られながら慎重に動くポジションですが、彼はその場その場で状況を見極めて自分の立ち位置を変えるんです」

テイラーは机の上にあった小さな石や置き物を駒に例えてエヴァの前で動かす。

「思うに、今回のキングはエヴァさん、貴方です」

「私!?」

「はい。スティーヴさんが騎士ナイト女王クイーン、僕は戦車ルークです。デイヴィットさんは兵隊ポーン、ハントは僧侶ビショップ。僕たちはエヴァさんを保護して、デイヴィットさんは前線におもむく。今エヴァさんに出来ることは自分の身を守りながら兵隊であるデイヴィットさんの動きを見守ることです」

遠回しなテイラーの説得に少女は肩を落とす。

「じゃあ、お留守番なのね」

「はい」

「うん、わかった……」

主人の養女をそばで見守っていたスティーヴの持つスマートホンが震える。

「はい」

「エヴァは起きたか?」

「はい、お起きになられました」

「代わってくれ」

「かしこまりました。エヴァ様、デイヴィット様からです」

少女が電話を耳に当てると恋しい声が優しくも疲れた様子で彼女の名を呼ぶ。

「エヴァ、起きたか」

「うん。そっちどう? 怪我してない? 大丈夫?」

「おう、元気よ元気。あーっとな、調べ物は俺とハントでしてるからエヴァはテイラーたちと待ってて欲しいんだ」

「うん、わかってる」

「およ? やけに聞き分けがいいな?」

「トールさんがね、今回は私がキングでデイヴィットはポーンなんだって」

「……ははあ、なるほど。確かに、その通りだ。そしたらな王様、ちっと手伝って欲しいんだが」

「うん。何すればいい?」

「事故があった場所を地図にメモして欲しいんだ。現場を調べるのは俺とハントでするから、記録係だな」

「うん、わかった」

「ありがとな。じゃあ、地図あるかな……」

「トールさんに聞いてみる」

「おお、頼むわ」

エヴァは通話をスピーカー状態にし、デイヴィットにも聞こえるよう言葉を発する。

「トールさん、デイヴィットが地図欲しいんだって。書き物をしてもいい地図ある?」

「地図ですか。ええっと……あ、ネットから画像持ってきて印刷しましょう」

「お願い。……デイヴィット聞こえた?」

「聞こえた聞こえた。さすがエヴァ、スピーカーにするとは賢いな〜」

「えへへ」

テイラーが印刷した地図のコピーにエヴァは事故の場所に加え何と何がぶつかったか、被害者の怪我の具合などを書き加えていく。

「最初の事故の人、死んじゃったの?」

「いや、死んでない。重傷らしいがな」

「ん、よかった」

「その記録見て、テイラーや爺やと一緒に何か気づいた事があったら連絡くれ」

「うん、わかった。……デイヴィット」

「ん?」

「気をつけてね」

「おう、怪我しないようにするよ」


 デイヴィットとハントは続けて他の魔力線を探し、四カ所目にたどり着く。既に野次馬が集まっており現場の状態は凄惨せいさんだった。

「うわ、次は血だらけか」

「自動車と歩行者……また車輪だ」

「車輪でくってのは共通してるっぽいな。だがこれじゃ近寄れん」

「ほかへ回って落ち着いた頃戻ってこよう」

「うーん、残念だがそれしかねえな」

 二人は続けて五カ所目を探し当てる。だが魔力線の薄さから、事故は既に終わっているようだった。

「聞き込むしかねえか……」

「その辺は任せろ、得意だ」

「ああ、探偵だもんな」

ハントは近隣住人に話を聞いて回り、わかったことをメモしながら悪魔を連れて似たような場所をウロついた。

「……変だな」

「ああ、変だ。規模が小さいとは言えここだけ三回も車輪による事故が起きてる」

「……うーん、わからん。ひとまずエヴァたちに報告しよう」


 デイヴィットは電話をかけ、記録係に詳細を伝える。

「赤ちゃんの三輪車に足を轢かれた人がいたの?」

「ハントの聞き込みじゃそうだった。痛えってんで病院行ったら足の指が折れてたんだとよ。魔力線の位置も最後だけ妙に集中しててな。円形の魔法陣かと思ったんだが地図で見る限りはどうだ?」

「うーん、円じゃないと思います……」

「だよなぁ……」

地図に示された場所を繋げてもせいぜい楕円にしかならず、そして三つは近場に集中しているため形が歪で全員首を傾げる。

「魔法陣じゃないなら何だ……?」

「うーん、なんでしょう……。セフィロトの木でもないし……」

エヴァはふと眼鏡を外し天井を見つめる。

「トールさんの部屋からだとお空見えない?」

「え? ああ、すみません結界を張っているので星見でも外は見えないかと……」

「デイヴィット、これ私見たことある」

「どこでだ!?」

「お空で。あのね、このままだとわからないんだけど下から透かすと右と左が逆になるでしょ?」

「ん? おう……おいちょっと待った! まさか星座か!?」

「うん。これぎょしゃ座だよ、多分」

「サンキューエヴァ!! でかした!」

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