第1話-6

 その頃、ピザの注文を受けた者たちはデイヴィットが送って来た神父の情報を洗い出していた。事故の後そのまま顔を出した無傷のキースがおろおろする中、リーダーがオンラインとオフラインの仲間全員を集め、説明に入る。

「黒の王から直々に注文だ。円形のパンピザ。サイズはXL。トッピングはブラックオリーブ増量。ピーマンとオニオンはデフォルト。サラミは全体に載せられるだけ載せる。トマト抜き。エビ載せだ。対象は魔祓い師。ただ表のリストには名前がない。恐らく教会の裏部隊だ。武器を所持してるだろうから生身で見かけた場合は気を付けろ。外に出かける時は都度俺に報告。他は片っ端から通報だ。細かい情報は送ったデータで確認。では解散!」

古参のハッカーたちは早々に通信を切りモニターから消えていく。リーダーは新人のキースを手招きし改めて説明をする。

「まだ仕事の手順を説明してなかったからな。よく聞け。わからなければ何度でも質問しろ」

「う、うん」

「ここでは基本ピザ屋の振りして依頼を受け取る。ピザの形、大きさ、具でどんな依頼なのか決めてる。そこは軽く説明したな?」

「う、うん。聞いた」

「今回は円形。円の場合は包囲網。誰かを一箇所に追い込めって指示だ。サイズは最大のXL。これは街全体って意味。ブラックオリーブは監視カメラ。ピーマンやオニオン、野菜のトッピングは嫌われやすい者、つまり政治家や議員のこと。サラミは犬のおやつ、警察の隠喩だ。まとめると、街中の監視カメラを総動員して相手を追い込む。政治家や議員には一切知らせない。街中の警察官が協力態勢だから見つけた場所から一番近くの警官と刑事に連絡する。……ここまで大丈夫か?」

「う、うん。トマトとエビは?」

「トマトは流血。トマト抜きは危害を加えるなって意味だ。エビは、相手が食いつきそうな偽の情報を流すかどうか。今回は相手が探してる子供がいる。偽の目撃情報を流して相手を混乱させるぞ」

「わかっ、た」

「キースも街中の監視カメラをモニターで確認しててくれ。俺は魔祓い師の情報をさらに引き出してくる」

「アイアイ、サー」

「よし、じゃあ作業するぞ」




 魔祓い師たちは警察署を追い出された後、近くの教会に駆け込んでいた。普段なら万人を受け入れるために開いている正面の扉は固く閉じられている。中ではこの教会の司祭と七人の魔祓い師が口論をしていた。

「要求はわかりました。しかし残念ながら、あなた方にして差し上げられる事は何もございません」

「何故! 先ほども申し上げた通り我々には重要な……」

「敵に回した相手が悪すぎる、と言っているのですよ彼は」

神父たちの会話を遮りながら白い一枚着のオリーヴが現れる。

「貴方は……?」

「私の説明は後で。まずこの地の生誕からお話ししましょう。ここは古来から、あの世に最も近い場所の一つです」

「何ですって?」

「サンセットヒルシティ。ここは白い肌の者が訪れるよりも昔から、地に落ちた太陽を拝する事が出来る場所でした」

オリーヴが司祭のすぐそばの椅子に腰掛ける。

「太陽は人類によって様々に神格化、擬人化されましたが、この街の太陽はそれらの概念が持ち込まれる前のもの。つまり我々の概念には属さないです。この太陽は恒星の王と呼ばれる原始宇宙の光の末裔。それが降り立った地上。それがこの場所なのです」

魔祓い師たちはお互いを見合わせる。

「恒星、つまり我々の頭上に輝く太陽は言ってしまえば人格は持っていません。しかし宇宙を構成する物の一つとして意志を持っています。意図は不明ですがこの太陽はやがて地球に人類が生まれる事を識って、星の内部に己の分身を送り込みました。この炎の知性体は後年、<火の一族>と呼ばれるようになります。……あなた方が対峙した黒い悪魔はこの<火の一族>の末裔です」

「!?」

「白い肌が持ち込んだ神話によって<火の一族>は悪魔に分類され弱体化してしまいました。しかし、元を正せば彼らは太陽の化身。つまり……」

「あの悪魔が古い神だとでも言うのですか!?」

「端的に言ってしまえばそうです」

「そんなふざけた事があってたまるか!」

魔祓い師の一人が激昂し、立ち上がる。

「仕方がないのです。誕生に関しては我々の方がずっと後なのですから。これで司祭と私の言いたい事がわかりましたね? 子供の事は諦めて、あなた方は街から出なさい」

「あの娘は千年に一度の逸材! ただの千里眼ではない! 星見なのです! そう簡単に諦められません!」

「千年待てば再び生まれるでしょう?」

「何……」

「星見であれば他の地域にもいます。あの子供は諦めなさい。火の一族の領主に匿われては誰も手は出せません」

憤った魔祓い師の一人がオリーヴの前に立ちはだかる。

「古い神が何だ。所詮は異教! 我々からすれば悪魔には違いない! あれを押しのけて、我々は星見を取り戻します!」

「……ふむ、なだめるつもりが逆効果でしたか。あの男とあなた方では格が違いすぎるのですが……。まあ、もうお好きになさい。忠告はしましたよ」

オリーヴは魔祓い師の横を通り閉ざされた大扉をすり抜けて出て行ってしまう。躍起やっきになった魔祓い師たちは天使を見た奇跡などすぐに忘れて作戦を立て始めた。


 日没を迎えデイヴィットは会社のデスクでキーボードを叩き会議用のファイルを作成していた。

「日が落ちても仕事ですか」

「昼間忙しかったからな。三十分だけ残業だ」

「なるほど」

いつの間にか入り込んできたオリーヴを気にせずデイヴィットは当たり前に会話をする。

御使みつかいたちに忠告をして来ました。貴方は古い神の血筋で、格が違うから戦うのはお止めなさいと」

「ほお、珍しく仕事したのか」

「ただ、逆効果だったようです。人間と言うのはどうしてああも愚かなのでしょう」

「どうせお前が最後に要らねえこと言ったんだろ」

「星見だそうですね、あの娘」

「そうらしいな。昔はたくさんいたが現代じゃ珍しい」

「千年に一度の逸材だと言ったので千年待てばまた出てくると言ったのです」

「だから、それが余計なんだよ。お前はもう少し人の心を掴む訓練をしろ。正しい事しか言わねえから相手の神経逆撫ですんだよ」

「貴方の言う事は基本聞く気がないのですが確かに、もう少し人の心に寄り添う努力はした方がいいやもしれません」

「聞く耳持たねえなら失せろ」

「上等な葡萄酒を頂けたら帰ります」

「はっ!」

デイヴィットは鼻で笑うとパソコンの電源を落として天使を手招く。オリーヴは後ろ手を組んだまま大人しくついて行き、デイヴィットと一緒にエレベーターに乗る。エレベーターは地上五十階から百階を目指し加速する。

「あの御使いたちは貴方の家の玄関にすら辿り着けないのでしょうね」

「そりゃお前の感傷か?」

「いいえ、予測です」

「まあとっくに追い込み漁は始まってるからな」

「可哀想な子供たち」

「そう思うなら酒なんか飲んでないで助けてやれ」

「我々は見守るだけです」

「そうだな、お前らはどの事象にも基本干渉しない」

「はい。……そう言えば、侵入者に時空干渉をする者がいますね。取り締まらなくて良いのですか? 統治者として」

「あー、オレンジか。あいつはなぁ……ちょっと難しいな」

「何が難しいと?」

「説明要るか?」

「暇つぶしに聞きたいですね」

「酷え天使」

 到着のベルが鳴りエレベーターは口を開く。玄関では主人の帰りを予期した爺やが待っていた。

「いらっしゃいませオリーヴ様」

「こんばんは、スティーヴ」

「また葡萄酒だとよ」

「かしこまりました。すぐお持ちいたします」

オリーヴは客間に入ってすぐ中を見渡す。

「星見はどこですか」

「なんだ、会うのか?」

「一応、観測をしておきたいので」

「へーへー」

 キッチンに向かった爺やにエヴァの居場所を聞こうと顔を出すと少女は爺やのすぐそばで皿を拭く手伝いをしていた。

「お、丁度いい」

「あ、お、おかえりなさい」

「ただいま。んーとな、お客さんが来てるんだが、お前に会いたいとよ」

「私に……?」

「爺や、エヴァンジェリンの飲み物も用意してくれ」

「かしこまりました。エヴァ様、お手伝いありがとうございます」

「はい」

「さ、おいで」

「はい……」

 手を引かれエヴァはデイヴィットと客間に入る。

「オリーヴ」

オリーヴが振り返る。彼女が振り向いた瞬間エヴァはすぐさまデイヴィットの後ろに隠れてしまった。

「それが星見ですか」

「おう、そうだ。どうしたエヴァンジェリン?」

「……人間じゃない」

「さすが星見、目が良いですね」

「こいつはオリーヴ。天使だよ」

「天使さま……?」

デイヴィットに手を引かれエヴァは恐る恐るオリーヴの元へ寄る。オリーヴは膝を折り少女と視線の高さを合わせた。

「初めまして、星見の娘よ」

「天使さまは、顔がないんですか……?」

そう、エヴァンジェリンにはオリーヴの顔が見えなかった。いや、ないのだ。顔がある位置にはただ穴と、内側には星空が広がっている。

「はい、我々にはかおと呼べる部位は存在しません」

「で、でも……天使さまは優しいお顔をしてるってシスターが……」

「エヴァ、目の良いお前と普通の人間じゃ見える物が違うんだ。普通の人間にはな、天使は綺麗な顔をした人間に見える」

「そんな……」

「我々天使の頭は人間が持つ良い心を映す鏡なのです。しかし星見の貴方はその鏡の向こう側が見えてしまう。故に我々天使にはかおがないとわかるのですよ」

「あ、あの……ほしみって何ですか?」

良いタイミングで爺やが飲み物を届けに来る。

「ま、その話もしなきゃだな。座って話そう」

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