第23話 最終決戦3

「うおおおおおおおりゃああああああああ!!!!!」


 俺の背後から快活な女の咆哮が轟いた。


 声の主は俺の真横を疾風の如く通り過ぎていく。そして盾と競り合っている魔王の手に足をかけると、そのまま腕を駆け上がっていった。


「魔王、打ち取ったり!」


 無防備になった魔王の脳天へと、莉愛がヘビィアックスを叩き込んだ。


 もちろん、たかだか戦士の一撃で打ち取れるほど魔王はやわじゃない。だが頭部へのダメージは魔王とて無視できないくらいの効果はあったらしい。足元が揺らぎ、大剣を押し込む力が弱くなる。


「チィ! 仲間を呼びやがったか!?」


 安全圏まで上昇したカレンが悔しそうに狼狽しているが、どうやら予想外の出来事に判断力を失ってるようだな。俺に仲間と連絡する余裕なんて無かっただろ。ただ単純に、莉愛は一面を覆いつくす闇に異常を感じ取って駆けつけてくれただけだ。


 俺は魔王の背後に着地する莉愛へと、称賛の言葉を送った。


「莉愛、助かった! んで、ちょっと教えてくれ! この闇の中、どうやったらお前みたいに普通に動けるんだ!? 戦士にそんなスキルは無かっただろ!」


「えっ? んー……気合い?」


「脳筋かよ!」


 むしろ、これ以上ないくらい説得力はあるけれども!


『違うよ。莉愛ちゃんはアレで移動速度が制限されてる状態なんだ』


「それを脳筋って言うんだよ!」


 んなアホみたいなやり取りしてる場合じゃないっつーの!


 言ってるそばから魔王の大剣に禍々しい漆黒のオーラが纏わり始める。闇属性を付与しやがったか。ゲームシステムではナイト固有の光属性と相反するため、純粋な強化扱いになるんだろうが……果たして現実世界で属性関係はどう影響するのか。


「紅葉の奴、一人で突っ走りやがって……って、なんかここら辺、動きにくくね?」


「く、黒田君。怖いよ。迂回しようよ……」


 タイミングが良いのか悪いのか、背後から黒田と山城さんが追い付いてきた。


 今はどうにもならない。ひとまず防御に専念だ!


「二人とも、俺の真後ろから出るなよ!」


「へ?」


 瞬間、魔王が闇を纏った大剣を横に薙ぎ払った。


 衝撃波が生まれるのと同時に、足元の闇が津波となって襲ってくる。魔王が持つ全体攻撃の一つ、《闇奔る波ダーク・ウェーブ》だ。


 回避方法は二つ。予備動作を見て魔王の背後に回るか、盾役の真後ろに隠れるか。


 すでに後ろにいる莉愛は射程圏外。残る二人は俺が守る!


「うおおおおおおおお!!!!!」


 盾を構え、押し寄せる闇圧に耐える。


 ダメージは……ほとんどない。だが鎧の隙間から侵入してきた闇の粒子が徐々に身体を蝕んでいく。なるほど、ゲーム内のキャラはこうやってデバフを感じてるわけか。こりゃ攻略動画を観ただけじゃ分かんねえな。


 闇の津波が治まり、俺は全身に起こっている異変を実感した。


 気分が沈む。身体が思うように動かない。剣や盾を持ち上げる気力も起きない。


 おそらく今の一撃で負けていた。戦う気力を失い、あとはいいように弄ばれるだけ。盾を使用しない素の防御力だと三撃耐えればいい方だ。


 けど、その仮定はもう終わった話。


 俺はさっきまで完全に忘れていたよ。エタファンはパーティプレイを推奨してるってな!


「山城さん、弱体解除を! それと闇耐性が上がる補助魔法をお願い!」


「は、はひ!」


「黒田は弱体魔法とスリップ魔法を! 攻撃魔法はまだ撃たなくていい!」


「あ、ああ……」


「ナイト! うちは!?」


「攻めて攻めて攻めまくれ!」


「りょーかい!」


 足元の闇をものともせず跳躍した莉愛が、背後から魔王へと斬りつけた。


 さて、指示は出したがしっかり動いてくれるか。莉愛はともかく、黒田と山城さんは急な異常事態で未だ事情が呑み込めていない可能性もあるし……。


『大丈夫。魔法やスキルのコマンドはゲームと同じようにできるはず。あとは実際に身体を動かすだけ。そこはみんなを信じよう』


「……分かった」


 アロネの言う通り、心配するまでもなかった。


 追撃を繰り出そうとする魔王の動きが急に鈍くなる。一呼吸置いて、《闇奔る波》による俺のステータス異常が解除。続いて闇耐性上昇の強化魔法が付与され、魔王に麻痺の弱体効果が入った。


 ああ、同じだ。俺の視界には入らずとも、二人ともいつものパーティプレイ通りに動いてくれている。黒田が、ゲームに慣れていない山城さんを無理やりフォローしているところとか特にな!


「ナイト! 何やってんの!? タゲ固定して!」


「分かってるよ! お前の火力が高すぎるんだ!」


 気づけば、魔王は背後から攻撃している莉愛の方を見ていた。


 ここでタゲを取られちゃナイトの名が折れる!


「おいおい、どっち向いてんだ木偶の坊! お前の相手は俺だろう!?」


 スキル《挑発》を発動。瞬時にして俺のヘイトが上がり、魔王は再びこちらに向き直った。


「小癪な!」


 上空からカレンが弓を構える。が、もう一人じゃない俺に同じ手が通用すると思うか?


「黒田! 怪獣鳥を狙え!」


「オーケー、任せとけ!」


 黒田の持つ杖から上空へ向けて稲妻が奔る。


 即射出、即着弾の矢を遠距離から撃てる狩人でも、もちろん弱点はある。弓を引き絞らなければ威力が出ないこと。またその際、キャラの移動ができないこと。同じ射程の黒魔導士にとっては良い的だ。


「くっ」


 雷系の魔法は見事怪獣鳥へと命中した。一撃で倒せるほどのダメージが出ているわけではないものの、怯んだ怪獣鳥が体勢を崩す。


「今のうちだ! 一気にトドメを刺すぞ!」


「あいあいさー!」


 魔王とて一体のモンスターに違いはない。戦う時の基本的な戦略は同じだ。


 すなわち、弱り始めたら各々の最強技を一気に叩き込む!


「《皇帝の聖剣》!」


「《剣斬無双》!」


「《メテオ・プロミネンス》!」


 魔王の周囲に現れたのは六本の白い剣。頭上には轟々と燃え盛る小さな太陽。それらが容赦なく襲い来るのと同時に、ヘビィアックスによる十五連撃が放たれる。


 決着はついた。戦闘開始の時と同じく、力尽きた魔王は静かに地に伏せる。足元を這う闇も海水が蒸発するように大気中へと消えていった。


「や……やった……?」


 倒した、よな?


 いや、まだだ。魔王を倒したからといって終わりじゃない。遠方に耳を傾けてみれば、モンスターによる破壊活動は未だ続いている。俺たちの真の敵はカレンなんだ!


「カレン! 魔王は倒した! これで俺たちに敵うモンスターはいないと証明されただろ! 観念して降りて来い!」


「…………」


 表情を失くしたカレンが、怪獣鳥の上から俺たちを睨み下ろす。


 このまま空に逃げられたら追う手立てがない。と焦っていたが、俺の心配とは裏腹にカレンはゆっくりと高度を下げてきた。怪獣鳥の背から跳ぶと、魔王の亡骸の横に降り立つ。


「いやに潔いな。矢頭の身体だから俺たちが手出しできないと思ってるのか?」


「ふふ、そうね。でも、あのまま逃げなかったのは別の理由があったからよ。魔王ですら敵わないと証明されたからこそ、貴方たちは何としてでもここで殺しておかないとね」


「……?」


 矛盾してないか? と、反射的に思った。


 切り札が通用しなかったからこそ、今は逃げて体勢を立て直すべきでは?


 まさか……奥の手があるのか?


「その顔、気づいているのか気づいていないのか、はっきりしないわね。けど、驚くようなことをするつもりはないわ。だって、すでに貴方たちがやってることですもの」


「――ッ!?」


 カレンが魔王の死骸に手を触れる。


 塵となって消えたオークとは違い、何故か遺っている魔王の死骸に。


「貴方たちが己のステータスを上限一杯まで引き上げてるのと同じく、魔王の能力値も最大限まで上げさせてもらうわ。これもテストの一環。どこまで強くなるか、見物ね」


 なんてことはない。さっきアロネと相談した通りになったってだけだ。


 二人は同じことができる。ならカレンだって、モンスターのステータスを弄る発想に至るのは当然だ。


「な、なあ。矢頭の奴、何やってんだ? ってか、何でお姉言葉なんだ?」


 後ろから黒田が不安げに訊ねてくる。


「今から魔王をパワーアップして復活させるんだとよ」


「はあ!? そんなん絶対無理じゃん!」


 莉愛をして無理と言わせる。余裕に見えた今の戦いも、意外とギリギリだったのだ。


 通常、魔王戦は最大六人パーティで挑むことになる。ストーリーを進めていれば一応いつでも戦うことができるのだが、勝算が出てくるのはパーティの平均レベルが八十前後だそうだ。それで五分五分といったところらしい。


 俺たちは今、ステータスがカンストしている。だからこそ四人で犠牲も無く倒せた。


 では、魔王側のステータスが設定可能限界値まで上がったとしたら?


 今と比べての上昇幅までは分からない。だが、誰の目から見ても明らかだ。六人いて、ジョブバランスが良いパーティで、何人か犠牲を出さない限り、勝てるわけがない。


「絶望を露わにした、その表情。いいわね。私も嗜虐的な一面が無いわけじゃないけど、敵がそういう顔をするのは好きよ」


 嘘つけ。コイツ絶対、自ら進んで他人を嬲るような性格してるだろ。


 などと内心で毒づいている間にも、カレンは魔王に向かって宣言した。


「さあ、再び立ち上がりなさい、魔王エンドレス・シャドウ。貴方の威信に泥を塗った輩へと復讐をするのでえええええええええぇぇぇぇ!」


 瞬間、カレンが発狂した。


 頭を押さえ、恥も外聞もなく叫び声を上げながら悶絶し始める。


「ああああああああああ頭があああああああ痛いいいいいい。頭が割れるうううううう。き、貴様ああああああ何をしたああああああああ!!!!!!???」


 俺たちの仕業だと瞬時に気づいたのは、さすがだと言いたいところだが。


 もし聞こえてなかったら別にいいや。くらいの気持ちで、俺は静かに告げた。


「ウイルスだよ。お前は今、魔王から侵入してきたウイルスに頭を犯されているんだ」


「ウイ……ルス、だとおおお!?」


「アロネの言葉を伝えてやるよ。お前が魔王を召喚することは分かっていた。敗北した後、ステータスを引き上げることもな。だからアロネは魔王がゲームの中にいるうちからウイルスを仕込んでいたんだ」


「は、はああああああああああああああ!?」


 今まさに脳を浸食されている激痛は、汗や唾液など、カレンの顔から体液という体液を垂れ流させる。おそらく言葉を発することもままならないだろう。


「だ、だだだだだったら最初から……」


「魔王を無力化できるようなウイルスにしとけばよかったって言いたいのか? それじゃあダメだ。矢頭を助けられない。魔王が不審な動きをしたら、お前は警戒するだろうからな。だから俺たちの鬼門は、自力で魔王を倒せるかどうかだった。お前を何の疑いもなく魔王へ触れさせるために」


「くそっ、くそっ……」


「カレン。お前の敗因はゲームを捨てたことだ。知らなかっただろ? 昨日のエンシェントドラゴン、召喚されていた時刻はゲームの中から姿を消してたんだよ。つまりリポップする通常のモンスターとは違って、世界に一体しかいない特殊なモンスターは、召喚される個体が固定されてたんだ。アロネがウイルスを仕込んだ後にゲームへ戻ってたら、お前は気づいていたかもしれないな」


「くそがああああああああああああああああーーーーーーあ……」


 突然、カレンの動きが止まった。まるで糸が切れたマリオネットのように、その場に力なく崩れ落ちる。


「矢頭!」


 今の倒れ方、受け身すら取れていないようだった。


 つまりカレンが事切れたか、それとも……。


「おい、矢頭! 大丈夫か!?」


「ナイト……君?」


「お前、矢頭だよな?」


 駆け寄り、再度問いかける。今の矢頭の顔に、性悪女が入っている禍々しさはない。


 息を荒げながらも、矢頭は喉の奥から無理やり謝罪の言葉を絞り出した。


「ごめん。無意識に介入する程度じゃ、スマホの電源は切れなかった。カレンは……エタファンの中へ戻ったよ」


「やっぱりか!」


『ナイト。ボクが追いかける。ここはお願い!』


「ああ、任せた」


 アロネが俺のスマホからエタファンへと移動していった。


 今のやり取りで悟ったのか、矢頭は安心したように大きく息を吐き出した。休ませてやりたいのは山々だが、今のうちに訊いておきたいこともある。


「矢頭。何でお前がカレンと手を組んでたんだ?」


「そ、それよりも、急いだ方がいい。ま、間に合わなくなる……」


「間に合わない? 何がだ?」


「僕の予想だと、モンスターもキミたちの装備も、もうすぐ消えてなくなってしまう。その前に、怪我をしている人たちをできるだけ多く治すんだ」


 言われて、気づいた。


 ここからは見えていないだけで、カレンが召喚したモンスターによる負傷者はかなりの数に上っているはずだ。俺たちに魔法があるうちに、街の人たちを助けろってことか。


「回復魔法は俺と山城さんしか使えない。二手に分かれるぞ。莉愛、山城さんの護衛を頼む」


「うん、分かった!」


「あ、ちょっと待って」


 急いで駆け出そうとする俺たちを、立案者の矢頭が止めた。


 一刻を争う事態なんだが。まだ何かあるのか?


「悪いけど、少しでいいからナイト君と二人で話しがしたい。いいかな?」


「…………」


 矢頭から俺と二人きりで話をしたいなんて言われたのは初めてだ。


 俺は莉愛と目配せした後、矢頭のお願いに仕方なく応じた。


「分かったよ。少しだけな。俺は一人でも大丈夫だから、莉愛は二人を連れて行ってくれ」


「……うん」


 名残惜しそうな返事をしてから、莉愛は黒田と山城さんを連れて駆け出した。


 その背中を見送った後、俺は矢頭へと向き直る。


「人払いは済ませたぞ。で、話ってなんだ?」


「実は――」


 語り出した矢頭が、ゆっくりと口の端を吊り上げた。

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