第22話 最終決戦2
「アロネ。カレンの話は、本当なのか?」
否定してくれれば、どんなに楽だったことか。
俺の期待とは裏腹に、アロネは顔を伏せたままゆっくりと首肯する。
心臓が、跳ねた。
「どうして、そんな……」
『ボクは……自分の身体が欲しかっただけなんだ』
「――ッ!?」
不意に向けられたアロネの顔を見て、俺はついつい息を呑んでしまう。
普段は感情を表に出さない少女の目尻に、薄っすらと涙が溜まっていた。
『『エターナル・ファンタジア』は、ボクにとって鳥籠のようなものだった。外に出られないのはもちろん、味も、匂いも、感触も無くて、目にしている物だって人工的に作られた風景でしかなかった。そんな中、聞こえてくる声だけは本物だった』
まるで己の罪を告白するかのように、アロネはポツリポツリと言葉を紡いでいく。
『たくさんのプレイヤーが笑い合ったり、叫び合ったり、励まし合ったり、喜び合ったりする光景を、ボクはずっと陰から眺めていた。人間って楽しそうだなって思って……とても羨ましかった』
だから――ボクも人間になりたかった。
震える声で、アロネは自らの欲求を口にした。
『ボクが肉体を求めたことと異世界を召喚するに至った理由がどう結びつくのか、だよね? うん、大丈夫。ナイトの想いはちゃんと伝わってるよ』
考えがまとまらず返答に窮する俺の疑問も、アロネは汲み取ってくれたようだ。
『理論的に考えて、異世界が存在するのは疑いようのない事実だった。召喚魔法が実在することもね。そこでボクは考えたんだ。もし仮にゲームの中に異世界を召喚できたのなら。さらに召喚した世界を何事もなく元に戻すことができたのなら。データを実体へと変換できる何よりの証明になる。ボクは異世界を元に戻す時に便乗して、自分の肉体を得るつもりだった。だから試したんだ。一縷の希望に縋って、できたらいいなくらいの軽い気持ちで……』
そして実際に異世界は召喚された。本来ならすぐに帰すつもりだったのだが……。
『カレンに権限を奪われて、それもできなくなった。あとはナイトも知ってる通りだよ』
二年に及ぶ追いかけっこの末、アロネは俺を隠れ蓑とした、か。
『カレンは悪い奴だ。異世界の人たちを犠牲にするのも厭わないし、現実世界にモンスターを召喚して破壊活動をするのも、ボクは絶対に許せない。けど、ボクはカレンを真っ向から責めることもできそうにない。だって、すべてはボクの我が儘から始まったことだから』
異世界の人たちにも、街の人たちにも、そしてナイトにも、多大な迷惑をかけた。
だから――、
『ごめんなさい』
言い訳をすることもなく、アロネは俺に向かって頭を下げた。
腹の奥底から、言い知れない感情がせり上がってくる。
この感情は何だ? 怒りか? 同情か? それとも落胆か?
いいや、どれも違う。これは悔しさだ。俺はアロネに頭を下げさせたことが悔しいんだ。
だってアロネが何をしたって言うんだ? ただ人間になりたいと願っただけだろう? そりゃ事情も知らず巻き込まれた異世界人は災難だったさ。でも、生きてりゃ多かれ少なかれ誰だって迷惑かけてるし被ってもいる。アロネが特別ってわけでもない。
にもかかわらず、だ。
カレンに全責任を押し付けることもできるはずなのに、アロネは自分が悪いと責任を感じてしまっている。
俺がその身を賭しても護ってやると誓った少女が、たった一人で責任を負おうとしている。
だったら! 唯一の味方である俺が支えてやらないでどうするんだ!
「知ってたよ」
その言葉は自然と口から出てきた。
「全部、知ってた。アロネが人間に憧れてることも、自分の身体を欲しがってることも、プログラムを弄って異世界を召喚したことも。全部な」
『えっ、でも……』
当然、アロネは否定するだろう。彼女は常に俺の思考が読めているのだから。
けど、俺は決して嘘を付いているわけじゃない。前後は逆になってしまったが、思い起こせば当たり前のことだった。
俺と感覚を共有し始めてから見せてくれた、数々の顔。
初対面で甘い物をねだってきたり、人間の身体の不便さが面白いと胸を弾ませたり、学校に行くだけで気分が高揚すると言ったり。
人間になりたいと口にしたことはなかったけど、人間に対して特別な想いがあるのは明らかだった。
そんな彼女の頭に、肉体を手に入れられるアイデアが降って湧いたわけだ。
試す。俺なら絶対に試す。どんなに成功率は低くとも試さないわけがない。
アロネに非はない。己の身体を渇望する者にとって、それは当然の行動だったのだから。
「全部知ってて黙認していた俺も共犯者だ。お前が自分を責めるって言うんなら、その責任、俺にも分けてくれよ」
『ナイト……』
「そんな顔するなよ。それに俺は取り返しがつかないほどの事とは思っちゃいないしな」
事実、アロネは自分の失敗を挽回しようと奔走していた。
ゲーム内の居場所を削られつつも、アロネは決して異世界人を削除しようとはしなかった。彼らを見捨てることも容易だっただろうに、無事に元の世界へ帰すことに固執していたのだ。肉体を手に入れる機会を先延ばしにしてでも。
正直、称賛に値すると思う。
己の行いを悔い改め反省し、自分のことを後回しにして他人を思いやる。普通の人間でもなかなか実行できるものではない。
そういう意味では、アロネは人間以上に人間だった。
「ま、こう言ってる俺も猛省しなくちゃだけどな。アロネ、少しでも疑うようなこと思って悪かった。ごめん。俺は騎士失格だ」
『ううん、そんなことないよ。ナイトを信じていなかったのはボクの方だ。本当のことを言ったら見限られるかと思って……怖かった。ごめんなさい。ナイトはそんな人じゃないって知ってたはずなのに……』
「んじゃ、お互い様だな」
『……うん』
さて、これで俺たちを仲違いさせる謀略は失敗に終わったわけだ。
だが窮地を切り抜けられたわけではない。魔王は未だ大剣を振り上げたまま静止しており、その傍らでカレンはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。俺がカレンの勧誘を蹴ったら、即座に攻撃を命令するだろう。
「アロネ、いくつか訊きたいことがある。街で暴れてるモンスターって、まさにアロネが望んだ通り、データから実体への召喚が叶ったってわけだよな? アロネ自身は現実世界に来ることはできないのか?」
『実は装備を召喚する際に試してみたんだ。けど無理だった。カレンが自力で元の世界に帰れないように、ボクも何かしらの制限を受けてるんだと思う』
「なんにせよ、権限を取り戻すことに変わりはないってわけか。ならカレンと同じように、アロネがモンスターを召喚することは?」
『まさか魔王と戦わせるの? 『エターナル・ファンタジア』の中で魔王より強いモンスターはいないから、それこそ数の暴力に頼ることになると思うけど……正直、素直に従わせられるか自信がない。失敗したら、今より被害が大きくなっちゃうよ』
「いや、数体だけでいいんだ。プレイヤーのステータスをカンストさせたように、モンスターの能力数値を最大限まで引き上げられれば」
『うん。それなんだけど……』
アロネが口ごもった瞬間、頭の中に俺の知らない情報が満ちた。アロネが自分の考えをインストールしたのだ。
なるほど。これがアロネの策略か。
賭けてみる価値はある……というか、俺はアロネが思っている以上に『来る』という確信があった。
未だ怪獣鳥の上で傍観しているカレンを、俺は睨み上げた。
「あら、どうやら話し合いは終わったようね。どう? 寝返る気になった?」
「なるかバーカ。お前に協力するくらいなら死んだ方がマシだ」
「そう。なら死ね」
刹那、動画の再生ボタンを押したが如く、一時停止していた魔王が動き出した。
予備動作無しの一撃は変わらず重い。叩きつけられた大剣を盾で防ぐも、そのまま圧し潰されそうな重量がのしかかってくる。現に俺の両脚は震え、今にも闇の中へと沈んでいきそうだった。
俺の体力とステータスとしてのHPにどのような因果関係があるかは知らないが――。
やはり、敵わない。頑丈なばかりで火力に乏しいナイトでは、魔王に勝てるはずがない。
そう……一人ならな!
「……何を笑っているの?」
カレンが訝しげに問う。その顔に、先ほどまでの笑みはなかった。かろうじてミンチになり損ねている俺に余裕があるのが気に食わないみたいだ。
「何をって? そりゃ笑うだろ。自分の予想がこんなにも早く的中すりゃさ」
「は?」
「アロネと対話する時間をくれて助かったよ。おかげで俺は死ななくて済みそうだ」
「何を言って……」
「いいか、カレン。一つ教えてやる。俺たちが住む世界にはな、こういうピンチに陥った時に必ず決まった展開になる、いわば『お約束』って言葉があるんだよ。お前が下らない勧誘で時間を無駄にしている間にも、その舞台は着々と整えられていた!」
「だから貴方は何を言ってるの!?」
「正義のヒーローは遅れてやってくる……もとい、仲間の窮地に必ず駆けつけるのがヒーローってやつなんだ!」
カレンが激昂し、俺が高らかに宣言したその時だ。
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