第21話 最終決戦1

「おおおらああああああ!!!」


 市街地を駆けながら、俺は襲い掛かってくるオーク数体を斬り伏せた。ライトソードで真っ二つにすると、死体は塵となって消える。実体を得たといっても、決して生物になったわけじゃないってことか。挙動もゲーム内とまったく同じようだったし。


 そのまま足を止めず、俺は上空で旋回している怪獣鳥の元を目指した。


「なあ、アロネ。カレンはどこに向かってるんだ?」


『たぶん、どこにも行かないよ。街の様子を窺ってるだけだ』


「そうなのか?」


『カレンはテストと言っていた。召喚したモンスターの戦力を確認するって。だからカレンの目的は破壊そのものなんだと思う』


「くそっ!」


 この街を更地にするつもりか? ふざけやがって!


 災害の音に混じり、ようやく救急車や消防車、そしてパトカーのサイレンも聞こえてきた。けど警察機関だけでモンスターを制圧するのはまず不可能だ。自衛隊が出動したとしても、それまでにどれだけの被害が出るか想像もつかない。


「空にいるカレンを引きずり降ろす算段とかあるのか? ナイトも聖属性魔法があるっちゃあるけど、黒魔法よりかは射程範囲が狭いぞ。上に逃げられたら届かなくなる」


『たぶん大丈夫。とにかく今はできるだけカレンの近く、目立つ場所まで走って。カレンがナイトを見つけたら降りてくると思うから』


「何で断言できるんだ?」


『カレンは元の世界に帰るつもりだ。でも最初からそれができるなら、矢頭君の身体を乗っ取ったりモンスターを暴れさせるなんてまどろっこしいことはしないはず。やっぱりカレンには権限が必要なんだよ。この騒ぎに乗じて、ボクらを殺すつもりだったんだ』


「なるほどな。俺がモンスターに対抗できる力を持っちまったから、奴が直々に殺しに来るってわけか」


 そしてアロネの言葉通りになった。


 すでに避難しているのか、人気の無くなったコンビニの駐車場から空に向けて魔法を放つ。するとカレンを乗せた怪獣鳥が、ゆっくりと俺の元まで降りてきた。


「ふうん。私と同じように、術式だけ自分で作って、召喚自体は他人の身体を使って行ってるってわけか。ホント、忌々しいったらありゃしないわ。こんな短時間で、天才であるこの私のマネができるようになるなんて」


「お前……」


 カレンが矢頭の顔で悪態を付く。


 忌々しいのはこっちの方だ。俺の友人を弄びやがって!


 剣を構える。カレンは未だ怪獣鳥の背の上。斬りつけるには遠い。魔法は射程圏内だが、向こうも対抗策を考えていないとは思えない。ここは少し相手の出方を窺うべきか……?


「ねえ、アロネ。貴方も聞いてるでしょう? 早く権限を寄こしてちょうだいな」


「ここまで街をめちゃくちゃにしといて権限を寄こせだと? ふざけるな!」


「ふざけてなんかいないわ。召喚権限さえ手に入れば、私は元の世界へ帰れるんですもの。貴方たちを殺す理由もなくなる。口惜しいけど、テストもやめてあげるわ。もちろん譲渡のやり方も教えるから、アロネを削除する必要もない」


「…………」


 アロネ、どうする?


『ごめんね、ナイト。異世界の人たちを騙してたカレンを今さら信用なんてできないよ』


「俺も同じ意見だ」


 剣を持つ手に力を込め、俺はカレンを睨み上げた。


「その眼。それが答えってわけね。残念だわ。なら貴方たちを滅ぼすとしましょう」


 交渉が決裂したことを残念がる様子もなく、カレンは俺の方へ手の平を向けた。


 魔法か? いや、何が来ようと俺は耐えるのみ。そして街を護るためにも、矢頭の身体を取り返すためにも、刺し違えてでもカレンを屈服させてやる!


 だがカレンの行動は俺の想像をはるかに超えていた。


 カレンの手から、闇色に染まった一滴の滴が落ちる。それは地面を打つのと同時に、瞬く間に辺り一帯へと広がっていった。


 地面も、建物も、電柱も、空と人間以外のすべてが闇に包まれる。


「出でよ、我が下僕。魔王エンドレス・シャドウ!」


「なっ!」


 エタファンをプレイしたことがあるなら、誰もが一度は耳にする名。しかし実際に相対したプレイヤーは全体の三十パーセントにも満たないだろう。事実、俺も未だに攻略サイトでしかお目にかかったことはなかった。


 魔王エンドレス・シャドウ。


 五メートルはあろう巨大な魔人が、渦巻く闇からゆっくりと出現する。


 禍々しい漆黒の鎧を身に纏い、無限の闇を生み出す最強の魔族。『エターナル・ファンタジア』においては北の大地で君臨し、世界征服を虎視眈々と狙っている……という設定のモンスターだ。


 失念していた。雑魚も魔王も結局は同じデータに過ぎず、かつエンシェントドラゴンのようなゲーム内に一体しか存在しないモンスターを召喚できることも証明済み。ならば、カレンが最強と謳われる魔王を呼び出すのは当たり前じゃないか!


 俺に、奴が倒せるのか?


 思案している余裕はなかった。魔王は人の言葉を操る数少ないモンスター。本来なら魔王戦に入る際に前口上があるらしいのだが、目の前の魔王は俺を敵と見做すないなや、いきなり襲い掛かってくる。気づけば人の身丈ほどもある大剣が眼前に迫っていた。


「ぐっ」


 反射的に盾を構える。腰を落とすのと同時に、激しい衝撃がやってきた。


 重い。ただの一振りが重すぎる!


 レベル六十程度のステータスだったら、今の一撃で瀕死状態まで追い込まれていただろう。最高の防御力を誇るナイトですらコレなのだ。《永遠》を冠するゲームのラスボスは、やはり伊達ではない。


 さらに二撃目、三撃目と、圧倒的な力を誇示するように大剣で圧し潰すだけの攻撃が続く。


 今はなんとか耐えられているが、反撃する余地がない。このままではジリ貧だ。


 一度距離を取って体勢を立て直そうか……というところで気づいた。


 地面を覆いつくす闇が足元に絡みついている!


「チッ」


 思い出した。魔王と戦うフィールドも辺り一面に闇が蔓延っており、移動速度に常時デバフが掛かるらしいのだ。プレイヤーは皆、普段よりも動きが制限された状態で最強の敵と戦わなければならないのである。


 回避は期待できそうにない。こうなったら一か八かだ。


 俺は魔王の連撃の隙を狙って、魔法を唱えた。


「《皇帝の――》」


「させると思う?」


 真横から衝撃。魔法発動がキャンセルされる。


 見れば、怪獣鳥に乗ったカレンが弓を構えていた。


「くそっ!」


 そういえば矢頭のジョブは狩人だったな。


 ナイトを貫通できるほどの攻撃力は無いものの、こちらの射程圏外から即座の射出が可能。魔法発動までの詠唱中に射ることで、俺の魔法を完璧に抑え込むって戦略か。


 この状況は……非常にマズい。


 魔法は封じられ、移動も満足にできず、さらにここは敵地のど真ん中。奴の号令一つで周囲のモンスターを集結させることだってできるだろう。そうなりゃ対処のしようがない。


 ……詰んだか?


『ナイト?』


 大丈夫。心配するなって。俺はまだ諦めちゃいない。


 負けてもコンテニューできるゲームとは違う。死んだらそこで終わりなんだ。だったら死ぬまでがむしゃらに足掻いてやろうじゃないか!


「?」


 残り少ない体力でどう切り抜けようか打開策を練っていると、違和感を覚えた。


 大剣を振り上げた魔王の動きが……止まった?


 盾の端から前を窺う。魔王の頭上を旋回しているカレンの姿が目に入った。


「おい、何で攻撃してこないんだ?」


「いえね、ふと思ったのよ。貴方を殺したところで意味はあるのかって」


 そう言って、カレンは「ふふ」と意地汚い笑みをこぼした。


「私の目的は召喚権限を得て元の世界に帰ること。貴方やアロネを殺すことは、そのための過程でしかない。そうでしょ?」


「……異世界人から聞いたぞ。お前は国を追われてるんじゃないのか?」


「ええ、そうね。最初はこの世界に留まるつもりだったわ。けど知ってしまった。『エターナル・ファンタジア』っていう究極のリソースをね。だから世界を滅ぼすの! 無限の軍勢を率いて、私を侮辱した奴らに復讐するのよ!!」


「…………」


 虫唾が奔る。


 もしカレンが異世界人とともに大人しく元の世界に帰ると言うのなら、アロネの方から権限を譲渡する……という選択肢もなくなった。絶対に奴を帰してはならない。異世界人を守ろうとしていたアロネのためにも。


「話を戻すわね。私の目的は権限を奪うことであって、貴方たちを殺すことではない。そして狙いはアロネであって、貴方ではない」


「同じことだろ?」


「いいえ、全然違うわ。貴方を殺した瞬間、アロネは『エターナル・ファンタジア』の中に逃げ込んでしまうかもしれない。それでは振り出し……いえ、引きこもられでもしたら、権限を奪う機会も永遠に失ってしまう。それでは困るの」


「……何が言いたいんだ?」


「貴方、ナイトとか言ったわね。私と協力しない?」


「は?」


 意味が分からなかった。


 もちろん前半部分は理解できる。事実、俺は心の中で「危なくなったら逃げろ」と何度もアロネに呼びかけていた。権限を欲しがるカレンが懸念するのも当然だ。


 けど、俺がカレンの方に寝返る理由には繋がらない。コイツ、交渉が下手すぎるだろ。


「俺とお前が手を組んで、アロネに権限を渡せって説得するのか? バカじゃねえの? 俺もアロネと同じで、お前のことなんて一ミリたりとも信用してねえんだよ」


「私の今までの行いを顧みれば妥当な判断ね。ならアロネの信頼度を下げるまでよ。教えてあげましょうか、この惨状を引き起こした張本人を」


 カレンがさらに醜悪な笑みを見せる。


 するとアロネの身体がビクッと震えた。


「どうした?」


『ナイト。カレンの言葉に耳を傾けちゃダメだよ』


「……?」


 とは言っても、滔々と語り出したカレンの声は勝手に耳へと入ってくる。


「貴方が事の始まりをどう聞いているのか、私は知らない。けど、その様子だと真実は聞かされていないのでしょうね。いったい誰がゲームの中に異世界を召喚したのか」


「誰が? ゲームのプログラムが召喚術式になってたんだろ?」


「そんな偶然、あると思う?」


「…………」


 言われるまでもない。俺も最初は信じられないと一蹴した。


 だが事の発端がどうあれ、俺はアロネを信じることにしたんだ。今となっちゃ、最初がどうだったかなんて関係がない。


「単刀直入に言うわね。アロネよ。アロネが意図的に異世界を召喚したの」


 話の流れからして、その名前が出てくることは何となく予想していた。


 事実無根の戯言を、俺は鼻で笑う。


「バカ言え。お前も知ってると思うけど、この世界に魔法は存在しないんだ。いくらAIだからって、知らないものを実現できるわけないだろ」


「そう。だからアロネは試したのよ」


「試した?」


「『百万回に一回しか起こらないことは必ず一回目に起こる』だったかしら? 矢頭がよく言っていたわ」


 俺も聞いたことがある。


 想像もできないような超常現象は起こってからじゃないと認識できない、みたいなことを矢頭は言ってたっけ。確かその後、アロネもそれを引用して異世界召喚について説明してくれたはずだ。


 ……それが何だって言うんだ?


「アロネはね、『百万回に一回しか起こらないことを百万回試した』のよ」


「……は?」


「この世界では『無限の猿の定理』って言うらしいわね。無限の時間さえあれば、猿がランダムでタイプライターを叩いても、いつかはシェイクスピアの名作を打ち出すことができる。アロネはそれと同じことをやった。ゲームの運営を維持したまま、一文字一文字プログラムを変えていったの。プログラム全体が召喚術式になるようにね」


「んな……バカな」


 途方のない労力の大きさに、ついつい言葉を失ってしまった。


 そんな神業、本当に実現可能なのか? いや、それこそカレンの言う『無限の猿の定理』と同じく、理論上は不可能ではないのだろう。


 けど、半年だ。アロネに自我ができてから異世界が召喚されるまで、約半年しかなかった。存在するかも定かではない召喚術式を完成させるまで文字の総当たりを試行するには、あまりにも時間が短すぎる。


「もちろん私も向こう側から少し手ほどきをしてあげたわ。さすがに穴だらけだったからね。でも大まかな術式を構築したのはアロネ。異世界を召喚したのも、貴方を巻き込んだのも、この惨状を生んだのも、すべてアロネが発端だった!」


 カレンが嬉々として声を上げた。


 先ほども言ったように、俺はもう発端なんて気にしていない。俺の街に未曽有の大災害を呼んだのはカレンだ。どう足掻いても、この事実は覆らない。


 だが、今の話を聞いて少しも動揺しないほど俺の精神力は成熟していなかった。


 アロネが俺に隠し事をしていた。この小さな事実が、俺の心を蝕んでいく。


「しょ、証拠がないだろ。アロネがやったっていう証拠が」


「いいえ、あるわ。貴方は少しも疑問を抱かなかったの? 仮にゲームのプログラムが偶然にも召喚術式になっていたっていうのなら、アロネが権限を持っているのはおかしいと思わない?」


「あっ……」


 そうだ。その通りだ。


 権限が召喚魔法に関する何かだというのであれば、それを持つに相応しいのはプログラムを書いたプログラマーであるはず。アロネが権限を持っているということは、召喚者であるという何よりの証拠。


「なんで、アロネが……」


「さあ? それは本人に訊きなさいな。そして私にも教えてちょうだい。自分で呼び出しといて、必ず元の世界に帰すと息巻いている自分勝手な理由を」


 カレンの言葉はもう耳に入っていなかった。


 隣に立っているアロネを一瞥する。

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