第20話 アロネの献身

 エタファンに戻ったアロネは、己の持てる能力をフル動員させた。


 事は一刻を争う。ナイトが絶命するまで、もう何秒もない!


 急げ、急げ、急げ!


 もちろんアロネも闇雲に動いているわけではない。乏しいながらも当てはあった。


 先ほど出現した怪獣鳥やジャイアントトロールは、ナイト以外の人間にも視えていた。つまり現実世界へ召喚される際、データが本物へと置換されたということになる。


 ここで疑問。召喚できるのはモンスターだけなのか?


 そんなバカな。と、アロネは否定する。


 魔法もキャラクターもモンスターも、すべて同じデータにすぎない。モンスターが召喚できたのなら、ゲームの中に存在するすべてのオブジェクトに適用できるのが道理。例外はないはずだ。


 だからアロネは賭けた。ナイトの命を救うために。


 解析、解析、解析!


 先日のエンシェントドラゴンと同様、召喚されたらしきモンスターはゲームの中から消失していた。ぽっかりと開いたその穴から、アロネはハッキングを試みる。


 どのような方法でモンスターを召喚したのか。その理論を解析し、再構築。


 そして――演算終了。カレンが作ったと思わしき召喚術式を、すべて理解した!


 その間わずか三秒。術式を組み上げたアロネは、即座にナイトの頭へと戻ってくる。


『よかった。まだ生きてる……』


 とはいえ虫の息だ。今にも命が終わろうとしていることは、アロネの方にも伝わっていた。


 試している余裕はない。ぶっつけ本番だ。


『ナイト。ごめんね』


 脳に刻まれているプログラム領域を拡張。右腕のみ、一時的にアロネの主導下に置く。


 手の平を内側に向け、彼女は魔法を唱えた。


『『女神の祝福・大キュアレスト』』


 その瞬間、ナイトの身体が柔らかな白い光に包まれた。まるで光自体に治癒能力でもあるかのように、瞬く間に怪我が治っていく。


 回復魔法は成功だ。


『やった!』


 心臓を始め、すべての臓器が正常に動き出したのを確認し、喜びの声を上げるアロネ。


 しかし――、


『ナイ……ト?』


 何故か脳だけが回復しなかった。


 いや、他の臓器と同じく正常に機能しているはず。なのに、ナイトは意識を取り戻さない。


『ナイト、起きて!』


 呼びかけても反応はない。


 頭の中で喚き騒いでも、主導権を得た右腕で腿を抓ってみても。


『なんで……』


 ふと、アロネは気づいた。ナイトの呼吸が普段より弱々しくなっていることを。


 ナイトの命を救うためだ。背に腹は代えられない。


 右腕に続き呼吸器官の主導権を握ったアロネは、肺一杯に空気を吸い込んだ――。






 ここ最近、毎朝のように起こしてくれる女の子の声が聞こえたような気がした。


 ゆっくりと瞼を開ける。唇が触れ合いそうなほど間近に、銀色の少女の顔があった。


「アロ……ネ?」


『おはよう、ナイト』


 今にも泣き出しそうに瞼を震わせた銀色の天使は、笑顔で俺を迎えてくれた。


 ぼんやりする頭、それと不自然に凝り固まった身体に鞭打ちながら、上体を起こす。


「俺……何してたんだっけ?」


『ナイトはマンションの十階から落ちたんだよ』


「マンション……?」


 アロネの視線に釣られるようにして、空を見上げる。地べたに座り込んでいる俺の側に、天を衝くほどの巨大な建物が聳え立っていた。


 そこで、ようやく思い出した。


 態度を豹変させる矢頭。街の至る所で起こった爆発。隣の部屋から現れた緑色の化け物。


 洪水のように押し寄せてくる記憶は、俺の信念を奮い立たせた。


「そうだ。アイツらを助けに行かないとッ……」


『待って!』


 躊躇なく踏み出された俺の足は、一歩目でアロネに止められてしまった。


『ナイト。お願いだから少し冷静になってほしい』


「あ、ああ、分かってる。俺が駆けつけたところで何もできないって言いたいんだろ? でも囮くらいなら……」


『その前に、自分の姿を確認してほしいんだ』


「?」


 言われるがまま自分の身体を見下ろしたところで、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「何だこりゃ!?」


 白銀のアーマープレートに小手にレギンス。マンションから落下する前に身に着けていたナイト専用装備と同じ物だ。


 だが、一目で判った。これは本物だ。エタファンから受信したデータによって視覚化されている幻影ではない。紛れもない実物だった。


『ナイトの怪我を治すために回復魔法を召喚した時、ついでに装備の方も召喚したんだ。ステータスもカンストさせてあるから、これでモンスターとも戦えるはず!』


「回復魔法? そうか。だから十階から落ちても無傷だったんだな?」


 アロネが情報を逐一インストールしてくれているため、理解は早かった。


 俺が意識を失っている間、アロネは一度エタファンの中に戻り、カレンと同じ方法で回復魔法と装備を召喚したってわけか。


 真実を知った途端、恐怖が全身を駆け巡った。アロネが数秒でも遅れていたら、俺は間違いなく死んでいたのだ。今さらビビッて足が竦んでしまう。


 でも今は莉愛たちを助けに行かないと!


 アロネにお礼を言いつつ、震える足を無理やり酷使する。しかし、またもアロネに引き止められた。


『違うよ。ナイトが向かうのはマンションじゃなくて街の方だ。カレンを追って!』


「何でだよ! アイツらを見捨てろって言うのか!?」


『ううん、そうじゃない。むしろみんなは安全だ。ボクが組み立てた召喚術式をデータとしてスマホに送ってるから、みんなも各キャラの装備を召喚できてるはず!』


「えっと……つまり?」


『ナイトと同じように、莉愛ちゃんは戦士、黒田君は黒魔導士、山城さんは白魔導士の装備で身を固めてるってこと。全員がカンストしたステータスを持ってるから、ジャイアントトロール程度じゃ後れは取らないよ!』


「つっても、いきなりあんな怪物が現れたら普通の人間は身が竦んで動けなくなるだろ。いくら装備が優れてるからって……」


 あっ、いや、莉愛は事情を知ってたか。しかも荒事には即座に対応できるタイプの人間だ。


 めっちゃ説得力あるな!


『それよりもナイトは早くカレンを追いかけて。カレンを何とかしないと、被害は大きくなる一方だよ!』


 耳を傾ければ、未だに災害は続いていた。


 人々の悲鳴。モンスターの咆哮。工事現場のような倒壊音がそこら中から聞こえてくる。


 アロネの言う通り、こっちを早く止めないとヤバい。どんどん被害は広がっていく。


 でも……。


 一歩踏み出すも、俺の足は地面に縫い付けられたように止まってしまった。


 ビビッてる? それとも莉愛たちが心配で後ろ髪を引かれている?


 いや、どちらも違う。俺は誰かを護るためなら命を投げ出しても構わないと思ってるし、莉愛のことは自分以上に信頼している。躊躇ってしまったのは、俺如きが死地に赴いて何かが変わるのか? と疑問を抱いてしまったからだ。


 俺が世界を救う? はんっ、バカ言え。俺にそんな大役が務まるものか。俺はどこにでもいる一般ピーポーだぞ? それに莉愛にも言われたじゃないか。俺に正義のヒーローは似合わない。大切な誰かを護るだけの騎士に徹しろって。


『それはナイトが弱かったからだよ。でも、今のナイトにはみんなを護る力がある!』


「……そうだったな」


 ただ一人、この災害を止める方法を知ってる俺が動かないでどうするんだ!


 一度だけマンションを振り返る。黒田と山城さんは任せたぞ、莉愛。


 そうして俺は世界を救うべく、混乱が渦巻く街中へと駆け出していった。

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