第19話 協力者の炙り出し2

「うぐっ」


 矢頭が呻き声を上げる。これは……どっちだ?


 いや、矢頭の仕草や手応えなど、結果を確認するまでもなかった。イースドラゴンを攻撃した時と同じように、矢頭の頭の上で『10』の文字が跳ね上がる。誰彼構わず無差別に魔法で攻撃した時には見られなかった反応だ。


 つまり矢頭は今、俺のスマホを通してエタファンと通信している!?


「な、何で……」


 疑問の波が押し寄せ、俺は剣を振り下ろした姿勢のまま硬直してしまった。


 その間にも、矢頭はよろめきながら一歩一歩後退する。まさに斬られた部位である肩を手で押さえ、額に汗を浮かばせながら。


「矢頭……まさか、スイッチを……?」


 苦悶の表情を露わにしながら、矢頭は忌々しそうに呟いた。

 なんだ? コイツ今、自分の名前を自分で口にしなかったか?


「……えっと。矢頭? 一応訊くけど、演技とかじゃ……ないよな?」

「ふふ」


 斬られたフリだけなら俺の小芝居に付き合ってくれていた可能性もあったが、頭の上に出たダメージ表記は誤魔化しようがない。確認の言葉は、そうであってほしくないと願う俺の願望が無意識のうちに出していたものだった。


「やるじゃないか。学校に行けばボロが出ると思って休んでたけど、まさか休んだことで逆に怪しまれるとはね。やっぱり十日程度じゃあ完璧に常識を学ぶのは無理だったわけか」

「は? お前、何言って……」

『待って、ナイト』


 制止するアロネの声は酷く震えていた。

 そして信じられないことを口走る。


『あれは矢頭君じゃない。……カレンだ』

「カレン?」

「おや、アロネは即座に理解したようだね。そうさ、私はカレン。協力者である矢頭の肉体を奪って現実世界へと舞い降りたのさ!」

「……は?」


 ダメだ、マジで理解が追い付かない。


 まず、カレンの協力者は矢頭で間違いなかったってことだよな? で、今はカレンが矢頭の身体を乗っ取っている? そんなこと……できるのか?


『……できる、よ』


 アロネが小さな声で肯定する。視覚化している彼女は、俺と眼を合わせようとせず俯くばかりだった。


「ナイト、どったの? 帰るよ。……ナイト?」


 呆然としていると、俺が付いてきていないことに気づいた莉愛たちが戻ってきた。俺と矢頭の間に漂う物々しい雰囲気を感じ取ったのか、三人とも部屋の入り口で立ち止まる。


 すると矢頭……いや、矢頭の肉体に入ったカレンが窓を開け放った。


「本当はもっと念入りに準備をしたかったんだけど、バレちゃったんなら仕方ないわ。どのみち私の予定は狂わない。実行に移すのが少し早まっただけ」


 言いながら、カレンはベランダへと出る。

 そして両腕を大きく広げた。


「何をする気だ?」

「テスト」


 カレンが醜悪な笑みを浮かべた、その瞬間だった。


 地上十階から一望できる俺たちの街。その至る所で小さな爆発が起こった。太鼓を叩いた程度の音だったが、数が多い。聞こえただけでも実に三十発以上。同時に、各地から悲鳴や破壊音が轟き始める。


「な、何をした!?」

「だからテストだって言ってるでしょ。元の世界へ戻る前に、『エターナル・ファンタジア』から召喚したモンスターの戦力を確認しておかないとね。今日は学校を休んで、街の至る所に召喚魔法陣を描いておいたのよ」


 奴が自分の正体を明かした時以上に戸惑った。まったくもって意味が分からない。

 だがアロネだけは何とか状況に追いついているようだ。


『昨日のエンシェントドラゴンみたいに、カレンが『エターナル・ファンタジア』からモンスターを召喚したんだ! 理由は分からないけど、街中で暴れさせるつもりみたい!』

「なんだって!?」

「ほう? その反応から察するに、アロネは大方の状況を把握できているようね。手間が省けたわ。後はアロネに聞きなさいな。私は退散させてもらうから」


 そう言って、カレンはベランダの手すりに足を掛ける。

 そのまま躊躇うことなく向こう側へと飛び降りていった。


「バカ野郎! ここ十階だぞ!?」


 慌ててベランダに駆け付け、手すりから身を乗り出して真下を覗き込む。

 カレンは地面に落下してはいなかった。巨大な鳥の背に乗って、悠々と大空を舞っている。


「あれは……怪獣鳥かいじゅうちょうか!?」


 間違いない。あれもエタファン内に登場する鳥型のモンスターだ。キャラを乗せて飛ぶという話は聞いたことないが、カレンが自在に操っているようにも見える。


「ちょっ、ナイトッ……!?」

「おい! 矢頭が落ちたぞ!」


 状況を追い切れていなかった他の三人も、矢頭が飛び降りたという事実だけは目にしていたようだ。莉愛と黒田は俺と同じくベランダへと駆け寄り、山城さんは部屋の中で口元を押さえて絶句していた。


 ただ非常事態に足が動いた二人も、一変した風景を目の当たりにして言葉を失ってしまう。


 街の至る所から上がっている黒い煙。逃げ惑う人々の悲鳴。響き渡るクラクションの音。そして何よりパニック映画やゲームでしか聞いたことのない怪物たちの咆哮が、そこらかしこから轟いていた。


 まるで世界の終焉だ。

 瞬きも忘れるほど絶望に浸っていた黒田が、ようやく言葉を絞り出す。


「何が……起きてるんだ……?」

「モンスターだ。エタファンから出てきたモンスターが暴れてるんだよ!」

「はぁ!? ナイトお前、ふざけてる場合じゃ……」


 行き場のないストレスをぶつけてくるような感じで、黒田は真実を述べた俺に食ってかかってくる。だが、その言葉も最後まで続くことはなかった。


「キャアアアアアア!!!」


 室内から山城さんの悲鳴が聞こえ、俺たちは咄嗟に振り返った。

 山城さんの視線の先。寝室らしき部屋の扉から、緑色の怪物が顔を覗かせていた。


「なっ……」


 全体的な見た目だけは人間と同じだ。しかし肌が深い緑色をしており、異様に分厚い脂肪が全身を覆っている。身に着けている物はこん棒と腰蓑のみ。


 現実離れした光景に目を疑ってしまったが、間違いない。コイツもエタファンに登場するモンスター、ジャイアントトロールだ!


 カレンはあらかじめ寝室にも魔法陣を描いてたってことなのか!?


 デカい図体にとって人間用の扉は小さすぎるのか、通り抜けるのに苦戦している様子。頭や肩が枠に突っかかっているにもかかわらず、無理やりくぐろうとしているため、部屋全体が揺れている。そして最終的に壁を破壊することで、リビングへと足を踏み入れてきた。


 トロールが目指す先は、肉食獣に追い詰められたウサギのように震えている山城さんだ。


「山城さん!」


 俺は反射的に駆け出していた。

 その行動が功を奏したかどうかは分からない。が、少なくとも俺の目的通りとなった。

 山城さんへ向いていたトロールの足が急に反転し、俺の方へと襲い掛かってきたのだ。


 まさか……俺にタゲが移ったのか? 声を出したことでヘイト値が上がったから? 行動パターンはゲームと一緒なのか?


 考えている余裕はない。今度はこちらに向かってくるトロールの対処法を考えないと。


 だが、ここが屋内だったことが災いした。唐突に現れたトロールとの距離があまりにも近すぎたのだ。


 一歩踏み込み、トロールがこん棒を薙ぎ払う。


 回避行動など取れるわけもなく、持っている盾を咄嗟に構えたのだが……何も意味を為さなかった。


 当然だ。俺が手にしている盾は、エタファンから通信しているデータに過ぎない。データとして出現したモンスターの攻撃は防げても、実体として召喚されたトロールの一撃を防御できるわけがないのだ!


 盾を貫通したこん棒は、俺の腕を小枝のようにへし折っていく。


 それで終わりではなかった。想像以上の衝撃は、体重六十キロ以上はある俺の身体を、まるで野球ボールのように軽々と吹っ飛ばした。


 そして、今の俺には運もなかった。


 床から離れる足。開け放たれた窓。地獄の底へと向けて、全身が浮遊感に襲われる。


「ナイト!」


 気づけば目の前に大空があった。莉愛の顔がゆっくりと遠のいていく。

 死ぬ。と、本能的に悟った。だってここ、十階だもんな。


 高速で駆け巡る思考。死ぬ前に走馬灯が過るのは、危機から脱する方法を過去の記憶から探し出そうとしているという説があるらしい。しかし今の俺には必要がなかった。だって、どう足掻いても俺はもう助からないのだから。


 というわけで、俺が考えるべきことはただ一つ。

 俺、スマホの電源って入れてたっけ?


 ……ああ、大丈夫だ。直前までキャラの武器や防具を装備してたんだから、ちゃんとスマホはエタファンと通信しているはず。アロネの逃げる道は生きている。


 なら後は頭を守るだけだ。


 アロネが危機を察して、すでに俺の頭から脱出してくれたのならいい。けど、まだ逃げていないのなら、俺は少しでも永く生きないと。五秒だ。地面に叩きつけられた後、何が何でも五秒間だけ生き延びてやる。アロネを逃がすためにも、即死だけは回避しない――とッ!!?


 衝撃。意識的に頭を庇っていたためか、『死』は腹からやってきた。

 高圧電流が流れたような痛みが全身を駆け巡る。


 身体が動かない。呼吸ができない。思考がめちゃくちゃに混乱している。激痛で脳が裂けそうだ。たぶん、すべての臓器がぐちゃぐちゃになってるんだろうなぁ。


 でも大丈夫。まだ生きてる。俺はまだ生きている。

 アロネ。今のうちにエタファンへ逃げてくれ……。


『ナイト! 大丈夫!? しっかりして!』


 バカ野郎……何してんだ。早く逃げろ!


『でも、ナイトが……』


 俺はあと数秒で死ぬ。その前に、アロネだけでも……。


『…………』


 混濁する意識の中では、それが何秒だったのか正確に測ることはできなかった。

 沈黙していたアロネが、ゆっくりと頷いたのが聞こえた。


『……うん、分かった。ボクが……ボクが必ずナイトを助けるから!』


 アロネの声が途切れるのと同時に、頭の中が軽くなったような気がした。

 ああ、アロネが逃げてくれた。アロネだけでも生かすことができた。

 安堵した俺は、激痛に任せるがまま確実に訪れる『死』の中へと落ちていった――。

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