第18話 協力者の炙り出し1

 矢頭が一人暮らしだってことは知っていた。でもまさかマンションとは思わないじゃん?


 最寄りの駅から徒歩数分。コンビニ、スーパー、ドラッグストアも数分圏内。バス停に至ってはエントランスの目の前という立地。至れり尽くせりすぎんだろ。高校生が一人で住んでいい物件じゃねえよ。憧れるけどさ。


 今日、矢頭は学校を休んだ。んで放課後、俺たちはお見舞いにやって来たというわけだ。


 メンバーは俺と莉愛と黒田と山城さん。いつもエタファンでパーティを組む面子だ。


 名目上はお見舞いだけど、俺にとっては矢頭が協力者なのか見極めるための偵察でもある。もちろん莉愛には事前に説明済み。他の無関係な二人を連れてきたのは、万が一にも的中していた場合、こちらが疑っていることを悟られないようカモフラージュするためだ。


 三人ともマンションを見上げながら絶句していたので、俺は見舞いに行こうと誘った言い出しっぺとして、地図担当の莉愛に訊ねた。


「えーっと、莉愛さん? 本当にここが矢頭様のご自宅で間違いないのですね?」


「動揺して敬語になってんじゃないわよ、気持ち悪い。住所は間違ってないはずだよ。このマンションの十階が矢頭君の下宿先」


「迷い虎の莉愛って異名が伊達じゃないってのは幼い頃から知ってるからな」


「んじゃあ、うちに任せんなよ。住所は間違いないっつてんだろ」


 やべぇ、マジギレさせちまった。怖いよぉ。


 俺と黒田が足元から竦み上がっている中、山城さんが「まあまあ」と莉愛を宥めてくれる。あぁ~、山城さんマジ天使。本当に連れてきて良かった。二人きりだったら偵察前に殺されてたかもしれないからな。


「とにかく入ってみようぜ」


 ゲームキャラみたいな黒田のセリフを合図に、俺たちはマンションへと足を踏み入れた。


 オートロックのマンションを訪問すること自体が初めてなので、インターホンを押すだけでも戸惑ってしまう。だが俺たちの意気込みを嘲笑うかのように、矢頭の部屋からの応答はなかった。


「留守かな?」


「もしくは高熱で動けないとか?」


 俺と莉愛が話している後ろで、山城さんが電話を掛ける。


「スマホの電源も切ってるみたいだよ」


「じゃあ病院とかかもな」


 黒田が一人で納得する。が、俺はどうしても考えずにはいられなかった。


 電源を入れていないのは、アロネが矢頭のスマホからモンスターを送り込むことを警戒しているとか。いや、まさかね。


 どちらにせよ、事前連絡せずに来たことが仇となったようだ。


 途方に暮れる四人。


 とその時、ようやくインターホンから反応があった。


『もしもし』


「電話かよ!」


 小声で黒田がツッコむ。危ねぇ、被るところだった。


「もっしー! 矢頭君、お見舞いに来たよ」


『お見舞い? 別に病気とかはしてないんだけど』


「うん、声は元気そうだね。ほら、今日学校休んでたから心配になっちゃってさ」


『ああ……』


 莉愛の言葉で訪問理由に合点がいったと言わんばかりの嘆息だった。


「もし都合が悪ければ今日は帰るけど……」


『……いや、よかったら上がっていってよ。部屋の番号は分かるかい?』


「うん。……うん?」


 当たり前だ。じゃなきゃインターホンは繋がっていない。ボケてんのかな?


 莉愛が首を傾げている間にも、オートロックが解除されたようだ。


「き、緊張するぜ」


「初めて入るダンジョンじゃないんだから」


 黒田のボケにツッコミを入れるも、俺も決して緊張していないわけではなかった。


 もし本当に矢頭が協力者だったら? 俺はどうすればいい?


 日中、そればかり考えていた。


 理由を聞く? 説得する? もし応じなかったら? っていうか、カレンが許すか?


 しかも相手には明確な殺意がある。もちろん全力で抵抗するが、俺の方は相手を害するつもりなど一切ない。それが友人なら尚更だ。だから話し合いで解決できなかった後どう行動するべきか、俺は未だに決めかねていた。


 ただ当然ながら、この悩みは矢頭が協力者だという前提の話。奴が無関係なのが一番いい。


 それを証明するための方法もあるんだろ? なあ、アロネ?


『無いよ』


 マジですか。


 危うく狼狽が表に出そうだった。ちょうどエレベーターに乗ったところだったので、さすがに誤魔化しきれなかっただろうな。


『前にも言ったと思うけど、相手の中にカレンがいるかどうかなんて、こっちからじゃ判りっこない。だからナイトがたまにボクの姿を目で追っているように、矢頭君の些細な仕草で判断するしかないんだ』


 けど、矢頭が何か別のものが視えてる、聞こえてるかもしれないからって、頭にプログラムがあるって証明にはならないよな?


『うん。本来ならエタファンアプリと通信して、モンスターが視えたりダメージを負って痛みを感じたりするはずなんだけど、矢頭君はそんな素振りを見せたことはなかったし……』


 アロネの声が徐々に萎んでいった。単純に自信がないのだろう。


 今の言葉だって俺が否定に使った内容そのままだったし、矢頭を疑った根拠も何かあった日に学校を二回休んだだけ。しかも矢頭は俺の友人だ。疑問をそのままにしておけないのがプログラムの本質とはいえ、アロネは俺に対して罪悪感を抱いているに違いない。


 なら俺のやることは決まっている。俺はアロネが満足いくまで矢頭を調べ上げるだけだ。


 アロネと話している間にも、エレベーターは十階へと到着した。


 地上十階ともなると、けっこうな高さだ。俺たちが通う高校の辺りまで、何の障害物もなく見渡せる。俺も特別高所恐怖症というわけでもないが、あんまり下を覗きたくはないな。あ、いかん。とあるゲームで天空から大落下した時を思い出して玉ヒュンしてしまった。


「いらっしゃい」


 部屋から出てきた矢頭は、特に体調が悪いようには見えなかった。


 あえて言えば寝不足気味っぽい。普段よりも覇気がなく、気怠そうに前屈みになっている。けど、俺たちの中で寝不足は別段珍しいことではない。ゲームしているうちに日を跨ぐことなんて頻繁にあるからな。


「お邪魔しま~す」


 案内され、続々と矢頭の部屋へと入っていく。


 リビングは割と普通だった。広さは俺の部屋と同じくらいで、家財道具もテレビ、ソファ、テーブルと一般的な物ばかり。余計な装飾品などもなく、とてもシンプルに彩られた内装は、几帳面な性格が滲み出ているように整理整頓されていた。


 ただ寝具が一切無いところを見るに、隣に寝室もあるみたいだからな。やっぱ高校生が一人で暮らす物件じゃねえよ。どんなブルジョアだよ。俺も住んでみたいなぁ。


『ナイト。感動するのもいいけど、矢頭君から目を離さないでね』


 物珍しさから室内を見回していると、アロネに叱られてしまった。


 そりゃそうだよな。アロネは自分の意思で見たい物を見ることができない。俺がカメラ役に徹しないといけないのだ。正直すまんかった。


「適当に座っててよ。何か飲み物を用意するからさ」


「あ、お構いなくぅ」


 矢頭の気遣いに、莉愛がいつものノリで返す。


 つーかコイツ、事情を知ってるはずなのに態度が変わんねーな。普通にすげえよ。俺なんて意識しすぎて未だに矢頭と会話できてねえし。俺は乙女か。


 そんなこんなで、矢頭が用意してくれたジュースと見舞い品として持ち込んだお菓子を広げて、のほほんとした歓談が始まった。


「矢頭君。今日はどうして欠席したの?」


 おおっと。意外にも山城さんがぶっこんできたか。


 俺としては助かるけど、隣に座っている黒田がめっちゃ睨んでやがる。体調を心配してるだけなんだから、それくらい許してやれよ。


「ん、何となくだよ。ちょっと寝不足だったからさ」


「どうせ徹夜でゲームでもやってたんじゃねえの? 自己管理ができねえなんて、だらしねえ奴だなぁ」


「はは、痛いとこ突くね。実はその通りなんだ」


 ここぞとばかりに矢頭の株を下げようとする黒田。しかし矢頭は己の落ち度を認めることによって好感度を保つ。純粋な山城さんは病気じゃなくて良かったと安堵し、黒田は悔しそうに爪を噛んだ。なんだよ地獄絵図かよ。


「あっ、そうそう。夜遅くまで起きてたんなら、矢頭君はドラゴン見たんじゃない?」


「ドラゴン?」


 おお、ナイスだ莉愛。自然とドラゴンの話題に持っていったな。


 もし矢頭がエンシェントドラゴンを召喚した張本人なら、少なからず動揺が表に出るはず。俺はわずかな仕草も見逃さないよう、悟られないように矢頭を凝視した。


「ドラゴンって、もしかして朝のニュースでやってた謎の飛行物体のこと? あれ、やっぱりドラゴンだったんだ。僕は見てないなぁ。何とか流星群みたいに事前に報道とかあれば別だけど、いきなり真夜中に一分間ってのは、さすがにね」


 矢頭の回答は至極まっとうなものだった。


 当然と言えば当然だわな。ずっと起きてたからといって、天体観測でもしていない限り、普通は意味もなく夜空なんて見上げたりはしない。徹夜でゲームをやってたんなら尚更だ。


 特に不自然なところはなかった。プログラムを刻まれた人間だけが知っているようなことを口走ったわけでもない。やっぱ杞憂だったかな。


 まだ完全に疑いが晴れたわけではないが、俺は肩の力を抜いた。


 と、その時だった。


 違和感。ほんの些細な違和感が、俺たちの周りを包む。


 コンコンコン、コンコンコン。


 音だ。リズムよく刻まれる小さな音が、唐突に鳴り響く。


 その発生源は、この場にいる誰もが気づいていた。テーブルの上に置かれている矢頭の人差し指が、忙しなく表面を叩いている。


 まさかコイツ……イラついてるのか?


 違和感の正体はこれだ。おおらかな性格の矢頭が苛立っている姿など、今まで一度も見たことがない。だからこそ、みんな戸惑っているのだ。微妙に空気が悪くなり、自然と会話も途絶えてしまう。


「あー……。矢頭君もまだ体調が万全じゃないみたいだし、急にお邪魔して迷惑だろうから、早いけど今日はお暇しましょうか」


 莉愛が目を泳がせながら言った。コイツが動揺してるなんてレアだ。


 ただまあ、アポ無しの訪問だったからな。矢頭が不機嫌になる理由もよく分かる。俺も同じ立場だったら心の底で舌打ちくらいはするだろうし、責められはしねえな。


「そうかい? 僕は別に構わないから、ゆっくりしていけばいいのに。エタファンの話もしたかったし」


 よく言うよ。未だコツコツ叩いてんのに。まさか無意識なのか?


 黒田と山城さんも莉愛の意見に賛成みたいだ。居たたまれなくなった表情をありありと感じさせたまま立ち上がった。


「ごめんね、矢頭君。急に訪ねちゃって」


「いや、いいよ。心配してくれてありがとう。明日はちゃんと学校行くからさ」


 そのまま完全に帰る流れとなったのだが……。


 ただ一人。俺にしか視えない少女は、驚愕の眼で矢頭を見つめていた。


『……モールス信号だ』


 は?


『モールス信号だよ、ナイト。矢頭君が指で奏でていた音がモールス信号になってたんだ』


 んな馬鹿な。


 だとしても、モールス信号なんて解読できねえぞ。アロネは分かるのか?


『ううん、ボクだって知らないよ。でも三年も生きてれば、一番有名なやつくらいは嫌でも覚えちゃうよ』


 一番有名なやつ?


 矢頭の指はすでにテーブルから離れているため、さっきの音を記憶から呼び起こす。


 けっこう規則正しいリズムで、短い音と長い音をずっと繰り返していたような気もする。


 繰り返し?


 まさか……SOSか!?


『うん』


 アロネが頷く。モールス信号なんて、むしろそれしか知らないもんな。


 だが、どうして矢頭が助けを求めてくるんだ? 特に危険に晒されてるようには見えないけど……水面下では何か起こってるのか?


 そもそもなんでモールス信号なんだ? 口では言えなかった? まさか盗聴されている? いや、俺を含め誰も気づかなかったとはいえ、音量も仕草もあからさま過ぎる。盗聴相手に気づかれるリスクの方が高いだろう。


 ……そういえば、一人だけいたな。異世界人のカレンなら、モールス信号どころかSOSの意味すら知らないかもしれない。けどアロネと同じように、矢頭が助けを求めようとした時点でカレンに伝わっているはずだ。どうせバレるのであれば、わざわざ暗号にするんじゃなくて普通に口に出せばいいだけなのに。


 なんだ? 意図も意味も何も分からんぞ?


『ねえ、ナイト。お願いがある。ボクのために黒歴史を一つ増やしてくれないかな?』


 はっ、バカ言っちゃいけねえよ。今までどれだけの黒歴史を作ってきたと思ってんだ。今さら一つ二つ増えるくらい訳ないさ。どうすりゃいい?


『この前みたいにナイトに装備をさせるから、剣で矢頭君を斬ってほしい。もちろんレベルは最小限に抑えるけど、少しは痛みがあるはずだから』


 矢頭の反応を見るんだな? オーケー、任せとけ。


 アロネが合図すると、俺の身体が見慣れた鎧に包まれた。現代日本のマンションの一室にはそぐわない、コスプレじみた格好。だが俺以外の奴らはまったく反応がないし、矢頭にも視えている様子はない。


 今までと同じだ。俺のスマホと矢頭が通信していない何よりの証明。


 だが無駄になると分かっていても、俺は躊躇いなく実行する。なんせアロネに頼まれちまったんだからな。


 それに失敗したとしても、どうせ俺が恥をかくだけ。それってデメリットでもなんでもなくないか? 一番バカにしてきそうな莉愛は事情を知ってるし。


 一列に並んで退室していくみんなの最後尾で、俺は振り返った。


 友人を見送るため立ち上がった矢頭と、正面から向かい合う。


「矢頭、悪いな」


「うん?」


 そして何も告げずに俺はライトソードを振りかぶった。


 反射的に仰け反る矢頭。当然、ここまでは普通の反応だ。いきなり殴られそうになったら、誰だって咄嗟に防御姿勢くらい取るだろう。


 俺たちの狙いはここからだ。


 攻め込むのではなく、剣先が触れる程度に袈裟斬りにする。端からは俺が殴りかかって空振ったように見えるはずだ。矢頭が清廉潔白なら、ただビックリするだけ。


 終わった後、何をバカなことしてるんだと蔑むような目で見られることを期待して、俺は矢頭を……斬った。

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