第15話 異世界人との交渉3

「村長の話、どう思った?」


 大通りに戻ったところで作戦会議だ。

 俺は二人に所感を訊ねた。


「あの話を聞いた限りじゃ、カレンって奴は絶対に元の世界に戻る気なんてないでしょ。だって帰ったら、また逃亡生活っていうか隠居生活が始まるわけでしょ?」

「だよな」


 俺たちの共通認識はそれだ。状況からして、カレンに帰る気があるとは思えない。

 それでもなお、異世界人がカレンを信じているのが不思議でならなかった。


「それに先週のメッセージだっけ? うちの見立てじゃ、カレンってめっちゃプライドが高いんだと思うよ。ありゃ大人しく村で隠居できるような性格じゃないわ」

「根拠は?」

「んー……女の勘ってやつ?」

「勘かぁ」


 根拠薄いなぁ。でも不思議と納得してしまっているのも事実だった。

 ふと、莉愛が疑問を漏らす。


「カレンにとって、こっちの世界に召喚されたことは予定調和だったのかな?」

「予定調和?」

「だって国から追われる身だったんだよ? なのにいきなり異世界に召喚されるなんて、超ラッキーすぎない? もちろん行き先がゲームの中だったのはアンラッキーだけどさ。偶然すぎて、何か作為的なものを感じるな」

「言われてみれば……」


 自分の世界から逃げ出したいと考えていたカレン。エタファンのプログラムは、そんな彼女が滞在する村をピンポイントで引き当てたってことか? んな馬鹿な。どんな確率だよ。


「逆とかどうだ? ゲームのプログラムがカレンたちを召喚したんじゃなくて、実はカレンが村ごと異世界に移動できる魔法を使ったとか」

「あー……なるほどね」


 俺の提言に、莉愛も思わず膝を打つ。

 だがアロネは即座に否定した。


「ううん。プログラムが召喚魔法の術式だったってのは間違いないよ。ただ……もしかしたら召喚魔法は相手側の承諾が必要なのかもね」

「承諾?」

「ボクも召喚魔法についてはまったく知識がないから予想でしかないけど……莉愛ちゃんが言ったように、あのプログラムがカレンを召喚するなんて、あまりにも偶然すぎると思うんだ。だからプログラムがカレンを呼んだんじゃなくて、カレンが呼びかけに応じたってこと。……んー、ごめん。上手く言語化できないや」

「いや、言いたいことはだいたい分かったよ」


 例えるなら釣りみたいなものだろう。


 ゲームのプログラムは池に垂らした釣り針。どこか特定の異世界を狙ったわけではなく、何でもいいから獲物が掛かればいいという、いわばフリーの術式だった。それを見つけたカレンという魚が釣り針に食らいついたのだ。自分が他の世界へ逃げるために。


「でも、これでカレンが頑なに権限を返さない理由が判明したね。ボクを信用していないんじゃなくて、信用しているからこそ返せないんだ。元の世界に送り返されたら困るから」

「なるほどな。つまり全権があれば異世界人を帰すってのも嘘か」

「たぶんね。自分の防御壁にしていたことからも、カレンは彼らがどうなろうと知ったこっちゃないのかもしれない」

「酷い話だ」


 村長は恩を仇で返すような卑劣な真似など言語道断と言っていた。が、まさか自分たちが信頼しているカレンに裏切られているとは……なんともやりきれないな。


 ただ、この事実を異世界人に告げることもできそうにない。カレンを妄信している彼らに否定的な言葉を送るのは、ただただ反感を買うだけだ。


「カレンは元の世界に帰る気はない。ならカレンの目的って何だ? どうして権限を手に入れようと躍起になってるんだ?」

「権限については、ボクが勝手に送還しないようにするためで間違いないと思うよ。ただ目的となると……たぶんだけど、カレンにとってもゲームの中に召喚されたことは予想外の出来事だったんじゃないかな。ほら、あっちの世界ってテレビゲームとかなさそうだし」

「確かに」

「仮にカレンの思惑が上手くいっていたとしたら、本来なら召喚先の世界を自由に闊歩できていたはず。だからカレンの目的は現実世界での受肉だ。ボクの想像の範疇を越えるけど、カレンは何らかの方法で肉体を手に入れようとしているんだと思う」

「受肉、か」


 的を射ている……というか、むしろ正解はそれしかないような気がしてきた。

 カレンはゲームから抜け出して、現実世界で肉体を得て自由を謳歌したがっている。


 では、どういった方法でそれを実現するのか。

 それは不明だ。カレンは腕利きの魔法使い。きっと俺たちの想像を絶する方法を知っているに違いない。


 などと考えていると、唐突に莉愛が「あっ」と声を上げた。


「どうした?」

「分かっちゃったかもしんない。カレンが何をしようとしてるか!」

「ほう? 一応、聞いてやるよ」

「カレンはアロネちゃんと同じで、誰かの頭の中に入ってるんでしょ? なら、その人に自分自身を再召喚してもらおうとしてるんじゃない!?」


 目から鱗の発想に、言葉に詰まってしまった。


 再召喚? 協力者が? そんなこと、できるのか? いや、たった今、俺自身が結論付けたばかりだ。カレンは俺たちの想像を超えてくるはずだ、と。


「だとしても、協力者ってのは俺たちの世界の人間だろ? 魔力なんて持ってないぞ」

「そもそもプログラムだって魔力とかないでしょ」

「あ、そっか」


 召喚魔法に魔力が必要でないのは実証済みか。


 しかもカレンは専門ではないとはいえ、召喚魔法に精通していた人物だったらしい。協力者に指示して正確な術式を作ってもらうくらいならできるだろう。

 ……なんだか莉愛の突拍子な意見が現実味を帯びてきたな。


「ちょっと待て。だったら協力者の脳にプログラムを刻む必要はなかったんじゃないか? ゲームの中からそのまま召喚してもらえばよかっただろ」

「もしかしたら、それ自体が嘘なのかもね。カレンがゲームの中にいない、協力者を得たってのは事実だろうけど、プログラムを刻んだってのはカレンの口からしか確認を取れていないわけだし」


 アロネの言葉に、俺は戦慄する。


「じゃあ先週の時点でカレンはすでに肉体を得てたかもしれないってことなのか!?」

「「…………」」


 俺も含め、誰もが絶句してしまった。


 カレンは魔王討伐を任されるほどの魔法使い。魔法とは無縁の世界で生きてきた俺たちにとっては、その実力は計り知れない。場合によっては指先一つで未曽有の大災害を引き起こすこともできるんじゃないか?


 最悪な結末に想像が至ってしまい、背筋が凍った。

 動かなくなった俺と莉愛を見て、アロネが首を横に振る。


「ここで話し合ってても意味はないよ。全部予想の域を出ないから。今のところ大きな異変は起こってないみたいだし、ボクたちは一刻も早くカレンを捕らえることに専念するだけだ」

「あ、ああ……」

「ボクはゲームの中でできることがないか再度考えてみる。二人は引き続き、現実世界で協力者の捜索を頑張ってほしい」

「分かった」

「任せといて」


 今後の方針も決まり、本日は解散となった。

 だが数日後、俺たちは身をもって思い知ることになる。英雄とまで称えられたカレンが現実世界に降り立った、その意味を。

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