第14話 異世界人との交渉2
裏口から出ると、そこは先ほどと同じく迷路のように入り組んだ路地になっていた。
「ナイト。こんな所、来たことある?」
「ないよ」
そもそも男の家の中を通過しないと来られない構造になっているのだ。よほど探索好きのプレイヤーでもない限り、こんな何もない奥まった場所を訪れることはないだろう。
少し進むと、また同じような袋小路に民家の入り口があった。
先ほどと大して違いのない間取り。だが広めのリビングには数人の村人が集まっており、その全員がどう見ても友好的ではない目つきでこちらを睨んでいた。もしゲームの中じゃなかったら、即座に殴りかかってきそうな物々しい雰囲気だ。
誰も言葉を発しようとしないため、恐る恐るも俺が話を切り出す。
「あ、あの」
「まず何よりも先に問いたい。カレン様はもうこの世界にいないのだな?」
「…………」
一人だけ椅子に座っている、この中で一番の年配者が食い気味に言った。おそらく彼が村長なのだろう。
ここは嘘を付いても仕方がない。莉愛と顔を見合せた後、俺は正直に答えた。
「はい。おそらくカレンもプレイヤーの脳にプログラムを刻んでゲームの世界から抜け出したんだと思います」
村人たちから失望の声が上がった。肩を落とす者、頭を抱える者、悪態を付く者もいる。
その中で村長は最も冷静だったが、意気消沈している様子はありありと伝わってきた。
「カレン様は我々に何も告げずに行ってしまわれたというわけか……」
落胆する理由もよく分かる。彼らはずっとカレンを信じて従ってきたのだ。なのに一人だけ外界へ抜け出し、なおかつ説明もないともなれば、裏切られたと感じてしまっても仕方のないことだろう。
「あの……どうして急に話し合いの場を設けてくださったんですか?」
「知れたこと。長くカレン様が行方をくらませていることで、我々の中からも不安や不満を抱く者が出てきた。お主らなら何かを知っているだろうと思って呼んだにすぎん。……まさかお主らがカレン様を亡き者にしたわけではあるまいな?」
「違います。もしそうなら、すでにアロネが権限を取り戻してあなた方を元の世界へ帰してるはずです。カレンは今もどこかで生きています」
「確かにな。我らが何事もなくここに居ることこそが何よりの証明、か」
言葉の端々に棘が感じられるな。まるでカレンが破れたらアロネは自分たちを消しに来ることを疑っていないような言い方だ。
どちらにせよ、カレンが存命していることには納得してくれたようだった。
「それでお主らの要件は何だ? 話くらいは聞いてやる……と言いたいところだが、どうせAIの少女もこの会話に聞き耳を立てているのだろう? 顔を見せぬのはどういう了見だ? そのような礼儀知らずに語ることはないぞ」
アロネの姿は見せるだけでも反感を買うと思って隠れてもらっていたが、許可が出たのなら躊躇う必要もない。名前を呼ぼうと口を開く……が、それよりも早くアロネは俺たちの横に立っていた。
村人たちから驚きの声が上がる。その次は無言の攻撃だ。
畏怖、怒り、敵意など、様々な負の感情がこもった視線がアロネを貫く。
しかしアロネは一切気後れすることなく、無表情のまま頭を下げた。
「話し合いに応じてくれてありがとう。心の底から感謝するよ」
何となくだが、アロネが頭を下げたことにより村人たちの憎悪が緩和したような気がした。おそらくアロネの容姿が大きな要因だろう。忌々しい相手とはいえ、年端も行かない少女の素直な謝意を見て何も感じないほど、彼らも人間性を失っていないのだ。
ただもちろんのこと、すべての異世界人が態度を軟化させたわけではない。何人か、むしろ逆上した輩もいる。お前に心などあるものかと汚い言葉を吐いてくるほどだ。
この暴言には、さすがの俺もカチンときた。が、沸き立つ怒りをぐっと抑え込む。ここで激昂してしまったら、話し合いの場が台無しだ。
そこはアロネの方が随分と大人だった。
まるで暴言は耳に入っていないかのように、飄々とした態度で告げる。
「ボクからの要望は一つだけ。カレンから権限を取り戻したら、ボクは絶対にキミたちを元の世界へ帰すと約束する。だから次にカレンが戻って来た時は、みんなで説得してほしい」
アロネの要望を聞いていた村人たちから罵詈雑言の嵐が巻き起こった。「嘘をつくな!」「信用できない!」「お前は間違いなく俺たちを消す!」「そっちが権限を返せ!」と、異常なほどの拒絶感を示している。
だがしかし、ここでも村長だけは一人冷静だった。
ゆっくりと手を上げ、喚き散らす村人たちを制す。
「聞け、皆の者。彼女を信用するしないの前に、一つ確認しておきたいことがある。AIの少女よ、お主はカレン様から権限を取り戻さずとも、我らを消すことができるな?」
ギャラリーがざわめいた。耳を疑っている様子。
それもそのはず。カレンは『アロネが全権を手にすると自分たちを削除できるようになってしまう』と説明していたのだ。未だカレンが権限の半分を所持しているのに、アロネに削除を可能とするほどの能力があるはずはない。完全に寝耳に水である。
「村長! どういうことですか!?」
「よく考えてもみよ。この世界での我々は、どうしようもないまでに無力。今まではカレン様がいたからこそ、こ奴の能力を防いでくれていたのだ。が、カレン様はもういない。こ奴の攻撃を阻む者はいないのだ。この世界においてほぼ万能であるAIならば、我らの存在を消すことなど容易くできるだろう」
「…………」
リビング内が静まり返った。
正確にはカレンがいようがいまいがアロネなら簡単に削除できたのだが、これは言わない方がいいだろう。言ったところで混乱を招くだけだ。
それに、この様子だと自分たちが防御壁になっていたことも知らなかったみたいだ。証拠も無しにこの事実を暴露することは、逆にこちらの信用を落としかねない。見た限り、それだけ彼らはカレンのことを妄信しているようだった。
「どうだ? 違うか?」
「うん、その通りだよ。ボクはいつでもキミたちを削除することができる」
「――ッ!?」
息を呑む音が聞こえるほどに、誰も彼もが押し黙った。
当然だ。いわば銃口を突き付けられているようなもの。アロネの気分次第で、自分たちは簡単にこの世から消えてしまう。誰も文句など言えるはずがなかった。
「やはりか」
肩を落とした村長がギャラリーを諭す。
「少なくとも、今のこ奴に我らを消す意思はない。そこは信用してもいいだろう」
異論のある者はいなかった。
これはチャンスだと、俺は畳みかける。
「じゃあカレンに説得を……」
「図に乗るなよ、小僧。それとこれとは話が別だ。我らは未だカレン様を信じておる。そっちのAIの少女よりもな。自分たちを信用してほしいと言うのであれば、それに足る証拠を持ってこい」
いつ消されてもおかしくないのに、肝が据わってるな。村とはいえ、さすがは長か。
チラリとアロネを一瞥する。もちろん相手に信用してもらえるような証拠など持ち合わせていないだろう。そもそもの話、『絶対に元の世界に帰す』なんてのは実際に権限を取り戻すまで証明できないのだ。それまでは、どうあっても口約束程度にしかならない。
だが意外にもアロネは躊躇うことなく首を縦に振った。
「うん、分かった。後でとある物を渡すから、ボクを信じるかどうかはそれを見てから考えてくれればいい。判断はキミたちに委ねるよ」
「とある物?」
俺は聞いてないぞ? 何を渡すんだ?
「うん、とある物。まだ準備できてないから、後日ね」
「?」
詳細を言わない? 俺に隠すような物なのか?
問い返そうとするも、村長の嘆息が割って入った。
「まあいいだろう。信用に値するかどうかは、それを確認してから決めることにする」
少しばかり煮え切らない最後だったが、まあ双方が納得してるなら構わないか。
ひとまず話はまとまったな。後日アロネは自分を信用させられるような何かを持って行き、異世界人たちに判断してもらう。たったそれだけだが、約束を取り付けられただけでも今までと比べれば大きな前進だ。
今日のところは退散しよう。長居は迷惑になるだろうし、俺たちも次の作戦を考えないと。
村長たちに挨拶し、立ち去ろうとする。
すると今まで黙っていた莉愛が唐突に口を開いた。
「ねえ、村長さん。個人的に気になることがあるんですが……訊いていいですか?」
「……なんだ?」
「どうして皆さんは、そんなにカレンのことを信頼してるんですか?」
確かにな。と思うのと同時に、それは質問してまで気になることか? とも思った。
『凄腕の魔法使い』という漠然とした肩書ではあるが、異世界人からすれば、カレンはちゃんとした実績のある人物らしい。しかも比べている対象が、同じ世界で名を馳せていた有名人と自分たちを災害に巻き込んだ世界のAI。どっちを信頼するかなんて明白だろう。
俺の想像通り、村長をはじめとする異世界人たちが少し困ったような顔を浮かべた。何を当たり前なことをと、呆れているようにも見える。
「……お主らにカレン様の素性を教えてやる義理はない。それはカレン様に対する裏切りにも繋がるであろう。が、あのお方が為した偉業と、その後に降りかかった悲劇は、お主らの耳に入れるのもよいかもしれんな」
そう言って、村長はおとぎ話でも話すかのように語り出した。
「かつて我々の住む世界では魔族の王が君臨していた。魔王は魔族を統べ、やがて人間を滅ぼさんと軍勢を率いて侵略してきたのだ。この災禍を乗り越えるべく、我ら人間の王は世界で名を馳せていた腕利きを集め、魔王討伐を命じた。その一人がカレン様だ」
『言っちゃ悪いけど、よくある話だよね』
『お前それ絶対に口に出すなよ?』
言いそうで怖いなコイツ。
平和な世界で暮らしている俺たちだから月並みな話といえるが、彼らにとっては魔族に支配されるかどうかの瀬戸際だったんだぞ? 俺が村長の立場でそんなこと言われたら、たぶんブチギレると思う。
「数年の時を経て、カレン様たちは無事魔王討伐に成功した。世界に平和をもたらした英雄として、皆から崇め奉られていたのだ。が、そこで悲劇は起こる。国王に仕える神官の元に、神からの託宣があったのだ。貴様らが英雄と崇めている人間たちは、後に世界を混沌へと導く存在になり得る、と。それからカレン様たちは、国を追われるようになってしまった」
『ナイト。これって……』
『ああ』
ありきたり。実にありきたりな話だ。
強大な力を持つ魔王を討伐した人間たち。これほどの脅威はない。味方の間はまだいいが、仮に裏切られでもしたら、魔王以上に世界に災厄をもたらす存在になることは誰もが想像できるだろう。事実、今の日本にはそんな感じの創作物が溢れているし。
しかしカレンや異世界人が置かれている現状を照らし合わせると、一つの事実が浮かび上がる。莉愛も俺と同じ結論に至ったようだ。
ただ情報を整理する前に、まずは話の結末に耳を傾ける。
「国王の判断はあまりにも理不尽すぎる。カレン様たちは世界を救った英雄なのだぞ? 託宣があったからといって脅威と見做すなど言語道断! 恩を仇で返すような卑劣な真似などできない我々は、村でカレン様を匿うことにした。できれば他の英雄方も助けたかったのだが……それは叶わなかった」
熱のこもった村長の演説に、周りの村人たちが賛同するように頷いた。
彼らがカレンを妄信する理由に納得がいった。『村』というくらいなのだから、真っ先に魔族の被害を被る地理にあったのだろう。自分たちが滅ばなかったのは、カレンを始めとする英雄たちのおかげ。これ以上に他人を信頼できる材料も、なかなかない。
だが……。
「カレン様を匿い始めて約一年後、村ごと突然この世界に召喚されたというわけだ。それからのことはお主も知っているだろう?」
「…………」
言葉が出なかった。
なんていうか……彼らは誰一人として気づいていないのか? それとも、疑う余地もないほどカレンを信じ切っているのか?
どう返答しようか迷っていると、アロネが頭を下げた。
「話してくれてありがとう。カレンの生い立ちは分かったよ」
「ふん」
「一つ訊きたいんだけど、カレンは召喚魔法の心得もあったのかい?」
「召喚魔法専門の魔法使いではないが、多少の心得はあるはずだ。なんせ攻撃魔法を使わせたら右に出る人間はいない……おっと」
口が滑っていることに気づいたようだ。村長は手で口を覆うと、シッシッと追い払うような仕草を俺たちに向ける。
これ以上は何も語ってくれないだろうなと悟った俺たちは、お礼を言って踵を返した。
その背中に、村長のもの悲しそうな一言が突き刺さる。
「食事も睡眠も排泄も必要のないこんな身体、もううんざりなんだよ」
「うん。その気持ち、すごくよく分かるよ」
返すアロネの声もまた、どことなく哀愁が漂っていた。
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