第13話 異世界人との交渉1

 俺の黒歴史なんて聞いたって大して面白くはないぞ?


 あれは確か小学校五年生か六年生くらいの頃だったかな。いわゆるガキ大将を気取っていた男子児童が、同じクラスの女子に執拗にちょっかいかけてたんだ。見ていたクラスメイトが先生にチクることはあっても、誰も自分から注意しようとはしなかった。ガキ大将は体格がデカかったし、みんな自分が標的になるのを恐れていたしな。


 そんな中、見かねた俺は止めに入った。当時はまだ、騎士としての誇りがあったのだ。


 まさか真正面から反抗してくる奴がいるとは思わなかったのか、ガキ大将はたじたじ。その様子を見ていた取り巻きもビビってしまい、しばらく女の子に手を出してこなくなった。


 周囲からは称賛の嵐。羨望の眼差しを向けられ、俺も鼻が高かった。

 そう、そこまではよかったんだ。

 俺も幼かった。騎士としての役目を果たせて、調子に乗っちゃったんだろうなぁ。


 一度完膚なきまでに叩きのめせば、今後一切女の子に手を出さなくなるのではと考え、ガキ大将に決闘を申し込んだ。で、結果は惨敗。自分の正義に力が伴っていなかったのだ。


 その後、ガキ大将の標的が俺に移りそうだったのを莉愛が阻止。ガキ大将もろとも何故か俺も一緒にボコボコにされ、事態は集束した。


 ああ、今でも覚えてる。その際、この前みたいに莉愛に説教されたっけな。『アンタは弱いんだから喧嘩なんかするな! 護るだけにしろ!』ってさ。


 それからだったな。俺が己の信念を表に出さなくなったのは。


 自分の無力さを思い知らされ、力が無ければ誰も護れないという現実に打ちのめされた。無力な自分には誰かを護る資格がないと、その信念に負のイメージを刻んでしまったのだ。


 まあ、こんな感じで俺の黒歴史に新たな一ページが足されたわけである。

 な? つまらなかっただろ?






『……ナイト? 大丈夫?』


 優しく囁かれるような声が脳内に響き、意識が現実へと浮上した。

 瞼を開ければ、見慣れた銀髪の少女が視界に入る。


「アロネ、か。おはよう。今、何時だ?」

『午後六時くらいだと思う。もうすぐ夕食の時間だよ』

「そっか」


 ベッドの上で気怠い身体を起こす。

 アロネの言った通り、壁掛け時計の針は綺麗な一直線を描いていた。


『大丈夫? 全身が不快感でいっぱいだよ』


 アロネが顔を覗き込むようにして心配してくる。

 あー……そうだったな。俺と感覚を共有してるから、この気怠さもダイレクトに伝わっちゃうんだった。


「ああ、大丈夫だよ」


 という強がりもアロネには通用しないんだけれども。


 大丈夫なわけがない。俺は今、正体の知れない誰かに命を狙われているんだ。いつどこで襲われてもいいよう常に気を張っているためか、精神力は徐々に削られていった。アロネは心配いらないと言ってくれているが、たとえ自室でも気を休められたことはない。


 故の寝不足。今日も学校から帰ってきた瞬間、意識の糸が切れた。二時間くらい死んだように仮眠していたみたいだ。


 カレンがゲームの中からいなくなって、すでに一週間が経過していた。


 その間、不気味なほど平穏だった。スマホからモンスターが現れることも、カレンの協力者がアクションを起こすことも、ゲームの中で異常事態が発生することも、何もなかった。


 もちろん、異世界人を元の世界へと帰せるような能力がアロネに戻ったわけでもない。カレンは権限を所持したまま未だに生きているということだ。


『ごはん、食べに行こう』

「ああ」


 重い身体を無理やり稼働させ、台所へと向かった。


 この一週間、俺はただただ奇襲に怯えていただけではない。俺たちは俺たちなりにできることをやっていた。


 まずカレンのいなくなったエタファンの世界において、アロネの活動を阻む者はいない。少し時間はかかったものの、ゲーム中に張られている罠を解除することは容易だった。これでアロネは異世界が召喚される前と同様、エタファンの中を自由に歩き回れるようになった。


 それに加え、カレンの防御壁になっていた一三二人の異世界人のデータを書き換えた。たとえ今後カレンが舞い戻ってきても、再び彼らを防御壁に使うことはできなくなったそうだ。


 ゲームの中での二人の立場は完全に逆転した。


 二年間アロネが逃げていたように、ゲームの中に戻ってきたからといって即座にカレンを捕縛できるわけではない。しかしアロネも罠を張った。ゲーム内に居場所を失ったカレンは、アロネと同じく逃げ続けるしかなくなったのだ。


 ただ、現実にいる協力者とやらの手掛かりは何一つ掴めていなかった。


 当然だ。相手は脳にプログラムを刻まれているだけの一般人。しかも一方的にこちらの素性を知っている。何か特別なアクションでもしてこない限り、あちらの情報を得ることはできないだろう。


 一応、思いつくことは全部試してみた。


 モンスターを出現させて反応を示す人がいないか観察してみたり、下級黒魔法で近くの人間を片っ端から攻撃してみたり、以前アロネが俺にやったように、エタファンから引っ張ってきた装備データを周辺へ拡散させてみたり。


 だが、ダメ。まったくといっていいほど手応えがなかった。


 モンスターは俺の側でしか出現させられないため効果が薄く、放った魔法は誰も彼もを素通りし、装備データに至っては脳のプログラムなど関係ないのか、俺の視界に映るすべての人間の身体に装備されてしまっていた。


 結論。こちらから何かを発信して手掛かりを期待するのは難しいということだ。


 というわけで協力者のことは一旦諦め、俺たちは別の所からアプローチすることにした。


 夕食を終え、すぐさま自室へ戻る。

 莉愛と午後七時からエタファンで会う約束となっていた。


「やっほー。寝過ごさずに来れたね。偉い偉い」

「……なんで俺が昼寝してたって知ってるんだ?」

「えー。昼間さ、死ぬんじゃないかってくらい眠たそうにしてたじゃん?」

「なるほどな」


 まーた熟年夫婦みたいな直感を発揮したのかと思ってたら違った。どうやら俺が思っている以上に体調不良に見えるらしい。心配させないように気をつけないとな。


 莉愛との待ち合わせ場所は《レイスレイド王国》の城下町だった。


 エタファンには三つの大国があり、初めてログインしたプレイヤーはその中から出身国を選ぶ。そのうちの一つがレイスレイド王国だ。


 国の中心には天を衝くほどの巨大な城が聳え立っており、そこから放射状に主要な大通りが延びている。城下町にはレンガ造りの民家が隙間なく密集し、石畳の通りには露店を開いているところも少なくない。


 身も蓋もないことを言ってしまえば、いわゆる『中世ヨーロッパのような街並み』というやつだ。実際に似ているかどうかは置いといて、ラノベやアニメが好きな俺と莉愛は、迷うことなくレイスレイドを出身国としたのだった。


 余談はさておき、俺たち二人は目的地へとキャラを進める。

 向かうは裏道。建ち並ぶ民家によって複雑に生成された路地裏を歩いていく。


 にしても、よくもまあこんな細部まで作り込んだものだ。今のところミッションやクエストで訪れることもないみたいだし、適当な壁でも配置しておけばよかったのに。これが開発者のこだわりってやつなのか。


 空の狭い路地裏を進んでいくと、やがて袋小路に突き当たる。あるのは民家の中へと続く扉のみ。宿屋でも武器屋でもないその普通の民家こそが、俺たちが目指していた目的地だった。


 ノックや呼び鈴などのコマンドもないので、そのまま遠慮なくお邪魔する。

 するとリビングで座っていた男が、俺たちを見るなり憂鬱な顔を露わにした。


「……お前たちか」


 うんざりと肩を落としてため息を吐く。


 反応からも分かる通り、このキャラは普通のNPCではない。初日、アロネを追い詰めていた異世界人の一人だ。


 そう。俺たちはカレンのいなくなったゲームの中で、異世界人との接触を試みていた。


 アロネは必ずあなたたちを元の世界へ帰します。そう彼らを説得し、信用を得られれば、いずれカレンが戻って来た時に交渉が有利になると考えたからだ。


 もちろん簡単に上手くいくとは思っていない。しかし協力者の捜索が行き詰っている現状、やれることは小さなことでもやっておいた方がいいだろう。


「何度もすみません。でも、俺たちも諦めるわけにはいかないんです。どうか話を聞いてください」

「…………」


 村人服の男は黙ったまま目を細めた。こちらを一切信用していない顔だ。


 カレンが外に出た一週間前から毎日のように足を運んでいるものの、結果はご覧の通り。話し合いに応じるどころか、ほとんど無視に近い状態で突っぱねられている。


『今日も無理っぽいね』


 その場で佇んだまま返答を待っていると、隣にいる莉愛からメッセージが届いた。


 あくまでもこちらは話を聞いてもらう立場にある。あんまり食い下がっても心証を悪くするだろうという莉愛の提案により、滞在時間はあらかじめ決めておいた。


 一週間も応じてくれない頑固者に多少の苛立ちは覚えるも、ここは素直に踵を返す。


「……また来ます」

「待て」


 退散しようとしたところで呼び止められた。ここを訪れるようになって初めてのことだ。

 立ち止まる俺たちを睨みつける男は、複雑そうな表情をしていた。


「お前たちを村長の所へ連れて行く。ついてこい」

「村長?」


 問いかけには答えず、男は黙って立ち上がった。


 レイスレイドは王国だ。国王はいても村長なんて肩書のキャラはいないはず。つまり彼の言う『村長』とは、異世界から召喚された村の長を指すのだ。


 何も言わぬまま家の奥へと進む男の後ろを、俺と莉愛はついて行く。

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