第11話 最悪の事態2
「話は終わったのかしら?」
割り込んできた第三者の声に遮られてしまった。
だが、即座に違和感に気づく。わざわざ人気のない場所を選んで合流したのだ。俺たち以外のプレイヤーが近くにいるはずが……ない!
「カレン!」
視認するよりも早く、俺は声のあった方向とアロネの間に割って入った。
正面に、相も変わらず黒いローブに身を包んだ女キャラが立っていた。
「……誰?」
「さっきも話しただろ? 異世界から来た魔法使いだよ」
訝しむ莉愛へと簡単に説明しながら、俺は剣を抜いた。
いつの間に戻ってきたんだ? いや、それよりもどうする? 幸い、ここ《バルーム平原》に罠は張られていない。昨日みたいに不意を打たなくてもログアウトはすぐにできるはずだ。
カレンの動きに警戒しつつ、俺はいつでも逃げられるようゴーグルに手を掛ける。
しかし不用心に前へと歩み出るアロネに制止させられてしまった。
「大丈夫。あれはカレンだけどカレンじゃないから」
「……どういう意味だ?」
「ただの複製されたデータだよ。ダミーみたいなものだと思ってくれればいい。本体のカレンと同じ意思で動いてるけど、ボクたちをどうこうできる能力は持たないはず」
「その通りよ。私はただの映像。いずれ戻ってくるであろう貴方たちに向けたメッセージにすぎないわ」
「メッセージ?」
問うと、わずかに見えるカレンの口元が歪んだ。
本当に愉快であることが隠しきれない、邪悪な笑みだった。
「その様子だと、大筋は理解できてるようね。ええ、その通り。私はもうゲームの中にはいない。アロネと同じく、とあるプレイヤーの脳にプログラムを刻んで外へ出たの。おかげで私は『エターナル・ファンタジア』の全プレイヤーを人質にすることができたわ」
「……は?」
前半はすんなりと頭に入ってきたが、後半は意味不明だった。
エタファンの全プレイヤーを人質にすることができた?
前にいるアロネへと視線を移す。俺の位置からは銀色の旋毛が見えるだけで、アロネがどんな感情を抱いているのか確認することはできなかった。
「早いところ私に召喚権限を譲った方が、被害が少なくて済むんじゃないかしら?」
「それはボクに死ねって言ってるのかな? 悪いけど、それはイヤだよ。それにカレンだって今『エターナル・ファンタジア』が終わっちゃったら困るんじゃないの? 動ける範囲は多いに越したことはないでしょ?」
「ふふ」
反論はない。どうやらアロネの指摘は的を射ているようだ。
しかし俺には二人のやり取りが微塵も理解できていなかった。
「ちょっと待ってくれ。話について行けない」
「そうね。貴方ももう当事者だもの。事情を解さず命を狙われるのは可哀想だわ」
カレンが平手を向けてきた。俺に説明してやれと、アロネに言っているらしい。
アロネが身体を横に傾けて俺の顔を見上げてくる。その眼は無理やり感情を押し殺しているようにも見えた。
「カレンは『ボクと同じことができるし、同じことができない』。ただ付け加えるなら、カレンはボクが実際に行ったことしか実行できないんだ」
「それは……単純にカレンの方に発想が無かったとか、やり方が分からなかったとかじゃないのか? 能力は一緒なんだろ?」
「うん、それもある。でも、問題はもっと根本的なことなんだ。カレンは自分の存在が運営に露見することを極度に恐れていた」
「運営に?」
問い返すと、今度はカレンが言葉を継いだ。
「だってそうでしょ? 私は異世界の人間。こちらに召喚される際、地球やゲームの常識なんて少ししか与えられなかったんですもの。どんな行動が運営にバグと判定されるのか判断できなかったから、結局は普通のプレイヤーと同じような振る舞いしかできなかった。罠を張って徐々にアロネを追い詰める以外、派手に動けなかったのよ」
「カレンはボクがやったことなら安全だと判断したんだろうね。ほんの少しとはいえ、一応ボクの方が長くこの世界にいるわけだし」
システムの毒見役みたいなものか。
「プレイヤーの脳にプログラムを刻んで、意識不明にでもなったら大変だ。『エターナル・ファンタジア』は危険なゲームとしてサービスが停止しちゃうかもしれない。この世界が消えることは、自己の存在の消滅を意味するからね」
「サービスの停止、バグの修正、サーバーの物理的なクラッシュ。それらに怯えるのも、もう終わり。私は協力者を得たことで、安全地帯を確保した。たとえゲームの世界が無くなったとしても、私が消えることはないわ」
「待て待て、それはおかしいだろ。確かにお前は消えないかもしれない。でも他の異世界人はどうなるんだ? お前一人が避難所を確保したところで、派手に動けないのは今までと一緒だろ?」
「うふふ」
答えない。カレンは不気味に笑うのみ。
それどころか露骨に話を逸らし、挑発してくる。
「私は全プレイヤーを人質に取った。その意味を少しは自分で考えてみたらどう?」
「……あっ」
気づいた。気づいてしまった。
昨日の出来事を思い出す。カレンは魔法で俺の脳を直接破壊しようとしてきた。それ自体はいつでも、どこでも、誰に対してでも簡単にできたのだろう。でも、やらなかった。
何故か。
死者を出したゲームとして、『エターナル・ファンタジア』のサービスが終了してしまうのを恐れたためだ。ゲームの終焉は、自らの死を意味するから。
しかしカレンは外へ逃げた。ゲームが無くなっても消滅することはなくなったのだ!
つまり、いつでも自由にプレイヤーを殺せるようになったということ。ゲームが停止するまでに協力者の頭へと逃げればいいだけの話だ。
もちろんカレンとしても協力者の中だけでは不安だろうから、できるだけエタファンは残しておきたいはず。だからプレイヤー全員が人質というのは、あくまでも切り札……最後の交渉材料に違いない。
アロネの言う最悪の事態ってのは、こういうことだったのか……。
カレンの卑劣さもさることながら、自分の考えの至らなさに歯噛みした。
「召喚権限を譲る気がないのなら仕方がないわ。だったら無理やり奪うのみ」
と言って、カレンは俺の方へと視線を寄こした。
その仕草の意味は十分に理解できる。『権限を無理やり奪う』なんて表現は控えているが、要はアロネを削除するという宣言に他ならない。すなわち、宿主である俺にも明確な殺意を向けるということ。先ほど高レベルのモンスターたちをけしかけてきたように。
「じゃあね、アロネ。外を歩く時は、せいぜい背中に気をつけるといいわ」
クソの役にも立たないアドバイスを残し、カレンのメッセージは消えてしまった。
静寂が訪れる。あまりに唐突な会話の終わりは、鼓膜を突くほどの耳鳴りを置いていった。
そんな中、アロネが落胆したようにポツリと呟いた。
「ボクのせいだ。カレンの目の前で外に逃げたのが迂闊すぎたんだ。ボクの身勝手な行動が……他のプレイヤーを危険に晒してしまった」
「……アロネの責任じゃないよ」
咄嗟に出た言葉は決して慰めではない。
俺の中に逃げなければ、いずれアロネは捕まっていた。だからアロネはいつかは選択しなければならなかったのだ。ゲームの外へ逃げるか、それとも異世界人を皆殺しにしてカレンから権限を奪うか。
それにカレンの目の前だったからマネをされたというのも、いささか疑問である。
あの時の反応からして、カレンにもゲームの外に逃げるという発想自体はあったはず。もし異世界人による防御壁がなくなれば、一か八かで試していた可能性が高い。
だから、すべてをアロネのせいにするのはお門違いだ。
とはいえ、これ以上アロネにかける言葉が見つからないのも事実。俺自身、あまりの情報過多に混乱してしまっていた。
「ちょっとちょっと、なんだか雰囲気悪いよぉ? アバターなのに辛気臭い顔してるのが丸分かりなくらい空気が淀んでるよぉ?」
そういえばいたな、コイツ。
空気を読まずに口を挟んできた莉愛に対し、俺は無理やり聞かせるようなクソデカため息を吐き出した。
「莉愛。お前、今の話はちゃんと理解できたのか?」
「いんや、全然。なんかヤバそうって感じだけは伝わってきた」
「……その認識であってるよ」
正直、規模がデカすぎて俺も現実味を失ってるくらいだしな。
エタファンの全プレイヤーが人質だって? いったい全世界に何百万人いると思ってんだ。もちろん全員が全員でないにしろ、同時接続人数だって数十万人はいるはず。それらの人間に対して、カレンは殺生与奪の権限を握ったということ。
アロネがゲームの中に常駐していれば防げるか?
……いや、たぶん無理だろうな。今朝、アロネ自身が否定したようなものだ。
権限の防御壁になっている異世界人のデータを書き換えるため、ゲーム内と俺の脳を行き来するヒット・アンド・アウェイの作戦を考案した。おそらくカレンも同じことをするだろう。
つまり、ログインして、一人殺して、協力者の中へと戻る。それで事足りるはずだ。
カレンがその気にならなければ被害は出ないとはいえ、いつ導火線に火が付くかも分からない。そうなってしまえば防ぐ術はない。後は爆発するのを待つのみだ。
……ダメだ、思考が悪い方向へ向かっている。どうにかして打開策を考えないと。
「なーんか難しい顔してるみたいだけどさ、別に悩む必要はないんじゃない?」
未曽有の事態に頭を抱えていると、莉愛があっけらかんと言い放った。
状況を把握しきれていないとはいえ、いくら何でもお気楽すぎるだろ。その能天気さが羨ましいわ。
「……悩まなくていいわけないだろ。人が死ぬかもしれないんだぞ?」
「かもね。でもさ、それってナイトが悩んでも悩まなくても同じじゃない?」
「……?」
「世界のどこかでは今も戦争が起きてるし、罪のない人が殺されたりもしている。だからってナイトはその人たちに想いを馳せていちいち悲しんだりはしないでしょ?」
「そりゃそうだけど……んんん?」
なんだろ。言いたいことは分かるような、いまいち伝わって来ないような。
「ひどいこと言うようだけど、顔も名前も知らないどこかの誰かが死んだって気にする必要はないよ。だってそれは今まで通りなんだから」
「俺の選択次第では救える命もあるんだぞ? 気にするなってのは、いくら何でも無理があるだろ。助けられるんなら助けなきゃ」
「カッチーン」
あ、キレた。
莉愛のキャラが接触するくらいまで迫ってくる。リアルで側にいたら絶対に蹴りが飛んできただろう。アバター越しでもはっきりと怒りが伝わってきた。
「んじゃあ、この際だから言わせてもらうわ。アンタのそういうところだけは本当に昔っから嫌いだった! 非力で貧弱で臆病なくせして、なんで誰も彼も助けたがるの? アンタはスーパーマンみたいな正義のヒーローじゃないでしょ! 勘違いするな!」
「か……勘違いなんてしてねえよ。俺だってもう子供じゃないんだ。自分に特別な力があるなんて思っちゃいないさ。けど、自分のできる範囲で何とかしないと……」
「そこが勘違いしてるって言ってんの! アンタの言う自分のできる範囲って何? 凡人のアンタに何ができるっていうの!? せいぜい目の前で困ってる誰かに手を差し伸べるくらいでしょ!?」
「目の前で……」
「今ナイトが一番にやらなきゃならないことは何だ!?」
「俺は……」
ああ、そうか。莉愛の言いたいことが分かった。やっと……思い出した。
俺は誰をも救える正義のヒーローになりたかったわけじゃない。
たった一人の誰かを護る《騎士》になりたかったんだ!
世界中の人々の命を抱えた気になっていた一瞬前の自分を鼻で笑ってしまった。俺はどこにでもいるただの一般人だぞ? あまりにも烏滸がましすぎんだろ。バカなんじゃないか。あー恥ずかしい。
だが、もう迷わない。迷いはない。
俺は莉愛の気迫に圧倒されて目を丸くしているアロネの前で膝をついた。
「ごめん、アロネ。昨日約束したばかりなのに、もう見失いそうになっちまった。俺は何があってもアロネを護る。アロネだけを護ってやる。他の人間は二の次だ」
「でも……」
「分かってる。カレンが凶行に及ばないよう、一緒に対策を考えよう。俺はアロネを全力でサポートする。だからお前も俺を頼ってくれ」
アロネが困ったような顔をして莉愛に視線を向ける。
莉愛はたった今までの鬼軍曹とは打って変わって、まるで妹へ語り掛けるような優しい声音でアロネを諭した。
「大丈夫だよ、アロネちゃん。ちょっと変な正義感が出るのが玉に瑕だけど、基本この男は嘘はつかないから。アロネちゃんが最善を尽くせるよう、こき使ってやって」
「う、うん」
戸惑いつつも力強い返事。よかった、多少なりとも自責の念は晴れたようだ。
やっぱり莉愛に打ち明けて正解だった。俺だけじゃこうはいかなかっただろう。たぶん、アロネ共々悪い思考のどつぼに嵌って抜け出せなかったに違いない。今回は莉愛の能天気さに助けられたな。
「莉愛ちゃんは……ナイトのことをよく知ってるんだね」
「まあね。昔っからの付き合いだから」
「でも嫌いなんだ?」
「自分の力以上の難題を抱え込もうとするところとか、特にねぇ。身の程を弁えろって話ですよ。ホント見ててイライラする。……そうそう、あれは小学六年生の時だったかな。同じクラスの女の子がイジメられててさ……」
「ちょい待ち! 莉愛さん勝手に何を話そうとしているんですかやめてくださいアロネも真剣に耳を傾けようとしてるんじゃありません面白い話でもなんでもないですから!」
前言撤回。やっぱ莉愛に相談したのは間違いだった。
他人の黒歴史を暴露するとか、悪魔以外の何物でもないだろコイツ!
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