第10話 最悪の事態1
莉愛の提案により、俺たち二人は俺の家へと移動することになった。
しっかりと腰を据えて話し合いができる場所であるのと同時に、何が何でも俺を逃がさないという莉愛の意思が感じられるチョイスだ。もし俺が誤魔化したりでもすれば、日が暮れても居座るに違いない。
正直、今は閉鎖的な空間に入りたくなかったんだけどなぁ。またあのモンスターたちが現れたら咄嗟に逃げられやしない。アロネの『大丈夫だから』という説得が無ければ、たぶん駄々こねてたと思う。
「久々にナイトの部屋に入ったけど、あんまり変わってないね」
「二ヶ月前に来たばかりじゃねえか。そんな劇的に変わるわけないだろ」
漫画貸してぇ。あ、でも持って帰るの面倒になったから、やっぱここで読むわ。
って言って何時間居座ったんだよ。俺の部屋は漫画喫茶じゃねえっての。そんなんだから彼氏できないんだぞ。
「なんだかムカつくこと言われたような気がするけど……まあいいや。じゃあ話して」
「ああ……」
遠慮なくベッドに腰掛けた莉愛へと、俺は一昨日からの出来事を丁寧に説明した。
説明してる間、莉愛は終始難しい顔をしていた。そして今ここに至った理由まで話し終えたところで、片眉が露骨に吊り上がった。
「……AIの女の子……ゲームの中に異世界が召喚……魔法使いがスマホを通してモンスターを送り込んでいた……だって? その話をうちに信じろって言うの?」
「無理があるのは承知だよ。証拠もないし、俺だって未だに半信半疑なところもあるし。でも全部本当のことだ。嘘偽りはない」
「別にナイトが嘘を言ってるとは思ってないよ。ナイトはそんな下らない嘘はつかない」
そのセリフ、昨日も聞いたな。俺に対するコイツの信頼度は何なんだ?
ただ、それと同時に次の言葉も思い出す。莉愛は一昨日の出来事を夢だったんじゃないかと疑っていた。
「ナイトは嘘を言っていない。けどアロネちゃんって子も現実に現れたモンスターも、ナイトが自分の妄想を信じ切ってるだけなのかもしれないじゃん?」
「そりゃ……」
その通りだ。というか、端から見たらこれ以上に的を射た指摘はない。
だって、すべては俺の頭の中だけで完結している現象なのだから。
「よし、帰る!」
「急だな」
「そのアロネちゃんって子はゲームの中ならうちとも会話できるんでしょ? なら、少なくとも人工知能の女の子が存在するって証明にはなる。だからゲームで合流しましょ」
「いや、罠が張られてるからアロネはおいそれとエタファンには戻れないんだってば」
『ううん。たぶん、大丈夫』
視界の端に立っているアロネが、独り言のように呟いた。
はっきり言って、彼女の言葉を鵜呑みにはできなかった。アロネは未だに、今にも吐きそうな青い顔をしているのだから。
「……大丈夫だってさ」
「じゃあ十分後にログインするね。合流場所はそっちに任せるから」
と言って、莉愛はさっさと部屋から出て行った。元から『思い立ったが吉日』という言葉を具現化したような女だ。アイツの行動力の高さに今さら驚きはしない。
それよりも……。
「アロネ? さっきからどうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
『うん。気分というか……最悪な事態になっちゃったかもしれない』
「最悪な事態?」
アロネの様子がおかしくなったのは、イースドラゴンを倒した後だ。魔王城のモンスターが現れたことに、何か不都合でもあったのだろうか?
『外界にモンスターが現れたのは『エターナル・ファンタジア』のスマホアプリとナイトの脳が通信していたから。この前提は覆らない。でもそれはナイトのスマホだけに限らないんだ』
「五十メートル先にアプリをインストールしている誰かがいたってことだろ?」
芝の広場では数人の子供が遊んでいた。それに付き添いの大人も。
モンスターをこちらへ送る場合、おそらく最初はスマホ端末の近くでしか出現させることができないのだろう。仮に離れた位置まで飛ばせるのなら、昨日のイースドラゴンと同様、俺の至近距離で出現させて不意打ちすることだってできたはずだ。
だから、あの辺りにいた誰かのアプリと俺の頭が通信していたことになるが……。
あれ? 俺、何か忘れてないか?
『うん。ナイトが忘れてるのは、自分のキャラクターのログアウト座標までモンスターを連れてこなくちゃいけないってことだと思う』
「……そうだったな」
自キャラがログアウトした位置、もしくは同じフィールド内までモンスターをおびき寄せなければデータを送信することはできない……というのがアロネの予想だった。そのためには、モンスターが徘徊する戦闘フィールドでログアウトする必要がある。
先ほどは魔王城に巣食うモンスターが勢ぞろいだった。つまりアプリと連携しているアカウントのキャラは魔王城にいるということ。
スマホの電源を入れ、エタファンのアプリをインストールし、魔王城でログアウトする。
いたのか? その条件を満たしたプレイヤーが、あの少人数の中に?
そんな偶然……あり得るのか?
「じゃあイースドラゴンは?」
『あれは昨日のデータの残滓だと思う。途中で強制的に切断しちゃったからさ。ほら、戦闘態勢に入る時の咆哮も無かったし、必殺技のファイアブレスをいきなり撃ってきたし。カレンはまず様子見で、残ってたイースドラゴンのデータを送ったんじゃないかな?』
「様子見?」
『うん、様子見。魔王城のモンスターを送る前に、イースドラゴンがどんな挙動をするのかカレンは確認したかったんだ』
「……?」
微妙に掴めない話の流れに、少しだけ困惑してしまった。
どういう挙動も何も、イースドラゴンは昨日と同じように俺を襲ってくるしかないだろう。だって俺だけにしか視えていないのだから。
『その後の魔王城のモンスターについてはナイトの想像通りだよ。キャラクターが魔王城でログアウトしてるからモンスターを送ることができた。でも違うんだ。逆なんだよ、ナイト』
「逆?」
『うん。カレンにとって、どのアカウントがナイトの近くにいるのか分かるはずがないんだ』
「あっ……」
アロネの言う通りだ。簡単なことを見落としていた。
俺のアカウントが俺の所持するスマホと紐づけられていることは容易に想像がつく。だから俺が現実のどこにいようと、ログアウト地点からモンスターを送るだけでよかった。
しかしスマホの電源を切ることによって、そのルートは絶たれてしまう。
次にカレンが考えるのは、他の人間のスマホを通してモンスターを外界へ送り出すことだ。
だが、ゲームの中にいるカレンには分かるはずがない。
現実の俺が今どこにいるのか。どのプレイヤーが近くにいるのか。
モンスターを送り出したとして、しっかりと俺を襲える範囲にいるのか。
カレンが現実世界に舞い降りて、俺の周囲を観察でもしていない限り。
『結論を言うね。カレンはボクと同じように、プレイヤーの脳に刻んだんだ。自分の人格だけが入り込める小さなプログラムを』
「――ッ!?」
不意に今朝のアロネの言葉が蘇った。
『カレンはボクと同じことができるし、同じことができない』
アロネが俺の脳にプログラムを刻む光景をカレンは間近で見ていた。なら、カレンだって他のプレイヤーに同じことができても不思議じゃない!
『たぶん、そのプレイヤーは積極的にカレンに協力してるんだと思う。さっきも姿が見えないように木の後ろとか物陰に隠れてたんだ』
「イースドラゴンで様子見ってのは、そういう意味だったのか……」
自分の宿主に襲い掛かる危険性も考慮し、まずは都合よくデータの残っていた一匹だけを送り出した。そしてイースドラゴンが脇目も振らず俺を攻撃したのを確認して、魔王城の軍勢をゲームから引っ張り上げてきたってわけか。
「なんで……そいつはカレンに協力してるんだろうな?」
『それは考えても仕方がないよ』
確かにその通りだ。いくら考えても憶測の域は出ない。
それよりも、未来のことに思いを馳せて戦慄する。これから先、俺は正体不明の誰かに命を狙われ続けるってことなのか?
鬼の顔をした莉愛に睨まれた時とは比べ物にならないくらい血の気が引いていった。
『今の推測を裏付けるためにも、一度『エターナル・ファンタジア』の中に戻りたいんだ』
「……わ、分かった」
考えたいことは多々あれど、今はアロネの言うことに従うのみだ。
莉愛との約束もあるし、早速ゲームの準備をする。ただヘッドセットを装着しようとしたところで気づいた。
「ゲーム中にモンスターが襲ってくるってことは……ないよな?」
『うん? うーん……』
アロネさん? なんで黙るんですか? 怖いんですけど!
『まず、ログインしてるからナイトのスマホから出てくることはないよ。だから電源は入れたままにしておいて。次にカレンの協力者だけど、こっちも難しいんじゃないかなぁ。さっき追って来なかったところを見ると、スマホが通信できる範囲は百メートルくらいなんだと思う』
「家の外からでも十分届く距離なんだが?」
『距離はね。でも、たぶん大丈夫だよ』
そう言って、アロネは説明を始めた。
『『エターナル・ファンタジア』のモンスターは基本的に壁をすり抜けられないし、壁越しにプレイヤーを視認することもない。だから家の外でモンスターを呼び出しても、部屋の中にいるナイトを認識できないはずだ』
「あー……分かる気がする。今までそんなモンスターは会ったことないもんな」
『それに洞窟みたいなダンジョンだと、空間以上のモンスターは配置できないようになっている。この部屋だとゴブリンみたいな小さなモンスターは入って来れるけど、ドラゴンや巨人族はまず無理だろうね』
「なるほど」
『結論としては、カレンの協力者が何らかの方法で……例えば電源の入ったスマホを部屋の中に投げ込みでもしない限り、モンスターは現れたりはしない』
「つまり窓はしっかり閉めとけってことか」
『うん。だから、たぶん大丈夫だよ』
「…………」
さっきから『たぶん』が多くね? あんまり不安が払拭されてないような気もするが。
まあ今の俺にはレベル一〇〇のナイトの防御力がある。それにアロネの回復魔法も。なので死ぬことはないだろう……たぶん!
一抹の不安を抱きながらも、俺はVRゴーグルを装着した。
タイトル画面が目の前に現れる。
『莉愛ちゃんとの合流場所って決まってないよね?』
「そうだな。できれば人気のない場所がいいけど……どこにしようか」
『なら《バルーム平原》でいい? 座標はB-2辺り』
「何かあるのか?」
『何もないんだよ。クエストで訪れることもないし、レアアイテムを落とすモンスターがいるわけでもない。もちろんカレンの罠もね。それに加えて地形が少し複雑だから、人目を避けて密会するにはもってこいの場所なんだ』
「分かった。じゃあ頼む」
『うん』
コントローラーを操作し、タイトル画面からログインする。いつも通り視界が暗転した後、俺は急斜面の丘に囲まれた平原の真ん中に立っていた。
確か俺の最終ログアウト場所はイース遺跡だったはず。どういう方法でキャラの座標を移動させたのかは知らないけど、こりゃ完全にBAN対象だな。運営に見つからなきゃいいけど。
「……アロネ?」
側にいるアロネに呼び掛けても応答がなかった。ぼんやりと空を見上げている。
しばらくかかりそうだったので、俺はメニュー画面から地図を開いた。現在地はバルーム平原の左上辺り。アロネが言った通り、隣接するエリアへと向かう道からは大きく離れているので、滅多に人は来ないだろう。
「莉愛は……まだログインしてないみたいだな」
さすがにこの数分じゃ無理か。
と、微動だにしなかったアロネがついに口を開いた。どことなく声が震えている。
「……やっぱりだ」
「どうした?」
「ゲームの中に……カレンの気配がない」
「マジか」
すべてはアロネの予想通りだったってわけか。
カレンもまたプレイヤーの脳にプログラムを刻み、現実世界へと飛び出した。これもアロネから権限を奪い取る作戦の一環なんだろうけど……何だ? 何かが引っかかる。
アロネがゲーム内に戻ってくることは十分予想できたはずだ。カレンがいなければ、ゲームの中にいる異世界人は完全に無防備になってしまうだろう。権限を護るための防御壁といい、いくら何でもアロネの良心に委ねすぎなんじゃないか?
……カレンは本当に彼らを異世界へ帰すつもりがあるのか?
「今のうちに魔王城でログアウトしてるアカウントを調べられないのか?」
「一応リストは作ったよ。でも無駄だと思う。アカウント情報の擬装くらいしてるだろうし」
「そっか」
協力者の手掛かりは無し、か。いや、それでもいくらか推測はできる。
アロネが俺の中に入って、まだ二日しか経っていない。その間にカレンは協力者を得たわけだ。そして先ほど俺たちの前に現れた。
つまり時間的にこの近辺に住んでいる可能性が高い。キャラ名だけでも判れば、そこから芋づる式に素性を探れるかと思ったんだけどなぁ。
などと考えてる間にも、莉愛から『リアたんインしたお』とメッセージが届いた。
すでにパーティに勧誘されていたので承諾する。そこで気づいた。俺と莉愛のキャラ名の下に、Aroneの文字が表示されている。
「えっ。ちょいちょいちょい、このAroneって子が件のAIの女の子なの?」
「そうだよ。はじめまして、莉愛ちゃん。よろしくね」
「うっそ、マジだったの!? めちゃくちゃ可愛い声してるじゃん!」
お前は興奮しすぎて、めちゃくちゃJKらしくない声になってるけどな。
「二人とも、ボクのことはひとまず普通のプレイヤーとして扱ってほしい」
「づえっ!? しかもボクっ娘!? ヤダヤダめっちゃタイプなんですけど! マジでAIなんですか!? ナイトの隠し子とかじゃないよね!?」
「そこは妹だろ」
「つまり、おばさんたちの隠し子!?」
「どこに隠す必要があるんだ。バカなこと言ってないで早く来い」
「行く行くすぐ飛んで行く!」
戦士が飛べるわけないだろ。
待っている間、質問の嵐だった。何歳だとか、どんな見た目してるだとか。さっき俺が説明したことばかりじゃん。コイツ、どうせ俺の妄想だと決めつけて話半分で聞いてたな?
ただ好きな食べ物を聞かれた時に、甘い物と答えたことについては俺も嬉しかった。俺の財布も泣いた甲斐があったってもんだ。
「やっほー、到着ぅ。馬で来た!」
「見りゃ分かるよ」
つーか、さっきから声デカいなコイツ。一回本気で怒られろ。親に、近所に。
という俺の心配も余所に、アロネを見た莉愛はさらなる叫び声を上げた。
「ギャアーーーー、マジもんの美少女やないですか! うーん、ゲームの中じゃなかったら抱きついてクンカクンカしてたのにぃ!」
「お前、マジで逮捕されるようなことしてないよな?」
ノリはいつも通りだけど、ここまで危うい発言されるとね。幼馴染として心配だよ。
標的になっているアロネが本気で困惑したような視線を向けてきたので、俺はさっさと話題を変えることにした。
「で、これで信じてもらえるか?」
「そうだね。AIの女の子がいるってのは信じるよ。うちもそっち方面の理解が無いわけでもないし。ただ異世界が召喚云々ってのは、ちょっとねぇ……。逆にナイトはどうやって信じたのさ?」
「俺は……」
何を根拠に信じたのか。なんて問われるとは思わず、少し言葉に詰まってしまった。
けど、迷うまでもない。俺はアロネの話を信じているわけじゃなくて、アロネ自身のことを信じているんだから。ただ、それだけの話。護るべき対象が真摯に話してくれたことを無条件に信じてやるのが騎士ってものだろう?
頭の中で考えをまとめ、莉愛の問いに答えようとしたところで――、
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