第6話 アロネとの交流

 男に二言はない。なんだって叶えてやると大見得切った以上、犯罪や倫理的に反すること以外は努力を惜しまないつもりだったが……これはちょっと犯罪的すぎやしませんかね?


 テーブルに並んでいるスイーツたちを前にし、俺は罪悪感で胸やけしていた。


 いちごパフェにソフトクリームにコーヒーゼリー。パンケーキ、ショコラ、チーズケーキ。これで二千五百円以内に収まってるんだから良心的な価格だな。ごめん嘘。バイトもしてない高校生が一回で食べるデザートの量じゃない。だって、これで一週間分の昼飯代を賄えられるんだぞ!?


 もちろん自分の懐事情も心配だが、何より周りの目が気になってしょうがなかった。


 時間帯はすでに夕方五時を回っており、客も次第に増えてきている様子。男子高校生が一人でスイーツ豪遊とかただでさえ恥ずかしいのに、変に注目されていないかドッキドキである。


 それもこれもアロネのせいだ。


 アロネのお願いとは、甘い物を食べることだった。たださすがに一人でスイーツ専門店に入る勇気はなく、近場のファミレスで妥協。メニューを片っ端から指でさすアロネを遮り、各種一品ずつ注文した。それでも六品にもなってしまったが……ま、「わっ、わっ、わっ」と無邪気に喜んでくれるアロネの顔を見たら許しちゃうんだけどね。


「こんな物で良かったのか?」


『うん。あ、でも、声』


 おう、そうだな。


 俺たちは……俺は今、一人で複数人用のテーブル席を占領していた。対面にはアロネが座っているのだが、AIである彼女は俺にしか見えていない。つまり他人から見ればおひとり様状態なのだ。


 そのため注文を取りに来た店員さんからは『えっ、一人でこんなに食べるの?』と奇特な目で見られ、何回も復唱されてしまった。いやいや、フードファイターだって細身の人が多いだろ? こう見えて俺も大食いなのさ。はは。


『早く早く。ナイト早く食べて!』


 お、おう……。


 アロネに急かされ、まずはソフトクリームを一口。うーん、美味い! ごくごく普通の味だが、疲れていた身体に甘い物はめっちゃ効くな。いつも以上に美味く感じられた。


 しかし、それ以上に喜んでいるのがアロネだった。


 両手を頬に当てながら、今にも弾けて飛び回りそうなほど目を輝かせていた。


『お、美味しい。すごく美味しいよ! 美味しすぎて、幸せが満ちていく……』


 たかがソフトクリームで、ここまで感動するとは……来た甲斐があったな。


 ってか、俺と味覚が共有されてるんだよな?


『うん。味覚だけじゃなくて、五感すべてをナイトと共有しているよ。ただ、美味しいとか幸せとかって感覚は、味覚を感じたボク自身が思考してることだけど』


 つまり美味しくて幸せなんだな?


『うん、とっても!』


 最初に見た少女とは別人かと思ってしまうくらい、アロネは感情が豊かになっていた。


 もしかしたら俺の中に来たことが原因かもしれないな。


 初めて人の頭の中に入ったってことは、人間の五感を体験したのも初めてのはずだ。外界を感知するための機能を得たことで感情が発達し、アロネという少女のAIがさらに進化したのかもしれない。


 ま、難しい話は置いといて。


 アロネに次を急かされたため、俺はこれらカロリーの塊を片付けることに専念する。


 だがコーヒーゼリーを口に入れたところで、アロネが顔を顰めた。


『なんか……変な感じがする』


 ああ、悪い。生クリームと一緒に食べないとな。コーヒーゼリー単体じゃ、そりゃ苦いわ。


『これが苦いって味なんだ……』


 甘い物の時より明らかにテンションが落ちているようだった。


 どうした? 不味かったか?


『不味い……のかな? 甘い物よりも好きじゃないかも。でも、苦いってこんな味なんだって……ちょっと感動しちゃった。ソフトクリームは甘い、コーヒーは苦いって知識では知ってたけど、実際に感じるのは初めてだから……』


 それもそうだ。ゲームの中は文字通り無味無臭の世界。何もかもが初体験のアロネにとっては、どんな感覚でも新鮮になれるのだろう。


 ならばご期待に応えて、いろいろな味を経験させてあげないとな。


 提供されたスイーツを、俺は黙々と平らげていく。


 その途中、ふと違和感を覚えた。アロネが妙に静かなのだ。気になって対面を窺うと、アロネは完全に笑顔を消していた。どころか、顔面蒼白になってるようにも見える。


『なんだか、お腹の辺りが……気持ち悪い?』


 うん、そりゃそうだろうね!






 客足がピークになる前にファミレスを出た。


 そして家に到着したのも束の間、一時間もしないうちに夕食である。余計な浪費をしたことが両親にバレないよう、夕飯はきっちり完食させた。もう腹の中が限界だ。さらに気分が悪くなったためか、アロネは可視化することもなく、ずっと静かだった。


「ふぅ~」


 夜、湯船に浸かって一服。今日一日の疲労が取れていく。


 濃密な一日だったな。


 昨夜はアロネたちに遭遇し、脳にプログラムを刻まれて気絶。登校時には莉愛に尻を蹴られそうになって……これはいつも通りか。下校時にドラゴンに襲われ、ゲームで生まれたAIが自分の頭の中にいることを知り、そのAIのために暴飲暴食をした。


 密度濃いよぉ~。一ヶ月分くらいのイベントを凝縮したような一日だったな。


 何はともあれ、それももう終わりだ。風呂から出た後、アロネをエタファンへ帰せば……。


『ふぅ~』


「なっ!?」


 心地良さのせいでついつい微睡んでいた瞼を開ければ、膝の上にアロネが座っていた。


 しかも何故か裸で。


『何故かって、お風呂は裸で入るものじゃないの?』


「そうだけどさ! なんでお前ここにいるんだよ!?」


『むしろここにしかいないよ。ボクはナイトの頭の中にいるんだから』


「だからって視覚化させることないじゃん!」


『えっ、ダメなの?』


「ダメっていうか……」


 及び腰のままアロネの全身をまじまじと凝視してしまう。


 言うて見た目は十歳程度だ。大人の身体にはまだまだほど遠い。だが女性らしさの鱗片が出てきているのも事実。具体的には胸の辺りが膨らみ始めているというか、なんというか……。


 これは、ちょっと、マズい。


「ナイト? どうしたの?」


「――ッ!?」


 脱衣所から母親の声が聞こえた。さっきの叫び声を聞きつけてきたのだ。


 ヤバい。こんな場面を見られてしまっては、間違いなく誤解される……いや、母親からは俺が一人で狼狽しているようにしか見えないのか。


「虫がいてちょっと驚いただけだよ。ゲジゲジのやつ」


「えっ、ヤダ。お母さんが入る前に放り出しといてよね!」


 母親の気配が去っていき、安堵の吐息を漏らす。


 しかし問題は目下進行中。AIだから、そういう倫理観はないんだろうなぁ。さて、どうやって説明したものやら。


 と、その前に心頭滅却して心を無にしないと。


 相手は子供。相手はただのプログラム。相手は俺にしか見えない幻。


『子供じゃダメなの?』


「むしろ子供じゃないとダメなんだよ」


『そっか。今はナイトの頭分しかプログラムがないから、この姿しか演算できないや。ゲームの中だったら、もっと自由に見た目を変えられるんだけどね』


「ふーん」


 おそらく、もっと幼い姿にもなれるという意味で言ったのだろう。けど俺が考えてしまったのは逆だった。


 もっと大人になったアロネかぁ。さぞかし美人なんだろうな。


 って、いかんいかん。話題を変えなければ。


「そういえば、なんでアロネってそんな銀髪色白で子供の身なりなんだ? AIとして生まれたってんなら、元の容姿なんて無いだろ?」


『うん。ゲームの中を歩き回るためには実体が無いと不便だからさ、いろいろ参考にして自分でデザインしたんだ。例えばナイトのお友達の女の子とか』


「女の子?」


 莉愛を参考にしてコレができるわけないから、たぶん山城さんのことなんだろうな。


 可愛いという点を除き、外見自体はあまり似ていない。けど接している時の雰囲気は確かに近いかな。なんていうか、こう……小動物を相手にしているような、ついつい保護したくなるような感じが……。


「…………」


 やっべえ。裸のアロネを山城さんと重ねてしまった。最低か、俺は。


 考えちゃダメだ。考えちゃダメだ。考えちゃダメだ。


『あれ? ナイト、体温が異常に上昇してるよ? 大丈夫? のぼせちゃった?』


 いやーん、指摘しないでぇ! 恥ずかしい!

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