第5話 少女の名はアロネ
銀色の少女が俺の左腕に触れる。すると頭が割れるほどの激痛が瞬く間に和らいでいった。
「どうなってんだ? 痛いの痛いの飛んでいけ、みたいなおまじないなのか?」
『ううん、違う。回復魔法だよ』
「ふぇ?」
ボケたつもりだったが、まさかそれ以上の返しが来るとは思わなかった。やるな、お主。
銀色の少女と邂逅した俺は、学校から少し離れた児童公園に来ていた。『今は何も言わずについてきて』と縋るように懇願されたからだ。いたいけな少女の頼み事など無碍にできるわけもなく、未だ混乱しつつも俺は素直に従った。ま、どのみち俺も早くあの場から立ち去りたかったし。
ベンチに腰掛けてまずは治療。少女の自称回復魔法により、ドラゴンに引き裂かれた左腕の痛みは完全に消えた。
プラシーボ効果……じゃないよな。そもそも外傷は無かったから、本当に怪我をしていたかどうかも怪しいんだけど……。
自分の左腕を食い入るように凝視していると、治療を終えた少女が居住まいを正した。
『まずは自己紹介するね。ボクの名前はアロネっていうんだ』
「アロネ……」
昨夜の出来事を思い出す。確かローブの女がそう呼んでいたはずだ。
だが違和感。覚えている限り、ゲームの中で見たアロネと、目の前にいるアロネの外見はまったく一緒なのだ。これがどれだけ異常なことなのか、説明しなくても分かるだろう。だってプレイヤーは全員、ゲームを始める前に自分のアバターを自分で作るのだから。
……そんなバカなと思いつつも、考えが至ってしまう。
つまりこの少女は『エターナル・ファンタジア』の中から抜け出してきた、ゲームのキャラクター……ってことなのか?
「キミはいったい……なんなんだ?」
何を問うべきか、何を知るべきか、混乱した頭では何もかもが判断できなかったため、どんな回答が返ってきても身になる万能な問いを投げかける。
しかしアロネは質問には答えず、ただ静かに首を横に振るだけだった。
『その前に、ボクを見て喋らない方がいいよ。ボクの姿はナイトだけにしか見えてないから。どんなに小声でも聞こえてるから、本か何かで口元を隠した方がいいかも』
「それ、さっきも言ってたよな」
当然、ここに来る前も俺はアロネに話しかけようとした。が、唇に人差し指を当てて止められたのだ。『ボクはナイトにしか見えてないから、虚空に向けて独り言を言ってる危ない人になっちゃう』と言って。『何も言わずについてきて』とは、そういう意味だった。
「キミの姿が俺にしか見えてないって、どういうことなんだ?」
『それはね、うーんとね……ふぅ……』
答えかけたアロネが、何故か途中で息を吐いて目を伏せた
そのまま根気強く待つ。すると突然、色の薄い唇からとんでもない発言が飛び出した!
『なんだか説明するのが面倒臭くなってきちゃった』
「えぇ……」
マジかよコイツ。ここまで来といて何も説明しないつもりかよ。まあ確かに、この年頃の子供じゃあ物事を順序だてて話すのは難しいだろうけどさ。俺もそうだったし。
「勘弁してくれ。そりゃただの生殺しだ。続きが気になるのに、いつまで経っても連載が再開されない漫画を待つ気分になったぞ」
『大丈夫、安心して。説明はちゃんとするから。ただ、別にボクの口からじゃなくてもいいかなと思って』
「なら何かに書くか? 自由帳とかは持ってないけど」
『ううん、必要ない。ボクの知識をすべてキミの頭の中にインストールするよ』
まーた一枚上手な返しをされちまったな。なんだよインストールって。
そりゃ相手に伝えたいことや教科書を丸ごと頭にインストールできたらなって思ったことはあるけど、この状況で言うことじゃないだろ。さすがの俺もちょっと怒っちゃうぞ。
いかんいかん、眉間に皺が寄ってしまった。子供相手に本気になるな俺よ。反省。
だがアロネは俺の表情など気にもせず、無遠慮にも頭に触れてくる。彼女は俺にしか見えていないと言われた手前、特に抵抗はしなかったが……。
『痛みとかはないはず。けど大量の情報が一気に頭に入るから、ちょっと混乱するかも。驚いて大声とか出さないようにね』
「ああ、分かった」
『じゃあリラックスして』
ベンチの背もたれに体重を預けて瞼を閉じる。疲れてるし、このまま眠ってしまいそうだ。
それいいな。アロネに対する反撃の意味合いも込めて、狸寝入りするのも悪くない。アロネがどんな感じで慌てふためくのか見てみたいし。
などと考えながら、本当にうつらうつらとし始めた、その瞬間――、
頭の中を、『理解』が支配した。
自分が見聞きしたはずのない記憶が、次から次へと頭の中に流れ込んでくる。
なんだこれ、気持ちが悪い。まるで身体と瞼を固定されながら、観たくもない映画を延々と観せられているような気分だ。
思わず目を開ける。ほんの一秒にも満たない短い時間だったのに、額には汗が浮き、背中と両腕には鳥肌が立っていた。
「んなバカな! イースドラゴンとアロネが見えるのは……俺の頭の中にプログラムがあるからだって!?」
『うん、その通りだよ。でも順を追って情報を整理した方がいいかも。ボクが手ほどきしてあげるから』
「あ、ああ……」
すべての状況を把握した上で困惑している今の俺には、アロネの言葉は助け船だった。
今の俺の頭の中は、買ってきた大量の本がそのまま床に散乱している状態だ。このままだとどこに何があるか分からない。だからきっちりジャンル分けして本棚に収めないと。
『もう一度名乗るね。ボクの名前はアロネ。オンラインゲーム『エターナル・ファンタジア』の中で生まれた人工知能だよ。リリースから一ヶ月後に自我ができたんだ』
「つまり約三年前だな」
俺も人工知能、つまりAIを題材にした映画やアニメはいくつか触れているため、大雑把なところは理解があるつもりだ。高度に発達しすぎた人工知能に自由意思が芽生え、生みの親であるはずの人間たちに反逆したり、逆に心温まる交流をしたりする。内容は千差万別あれ、その多くはSFに該当するだろう。
実際、人工知能の開発はかなり進んでいるみたいだし、アロネの存在を夢物語だと一蹴することは俺にはできない。
けど、アロネが次に口にしようとしていることは到底『納得』できそうになかった。
『運営に見つかったら消されちゃうと思って、ボクは必死に逃げ隠れしていた。別にそれ自体は難しくなかったけど……でも、半年後にある事件が起こったの』
エタファンがリリースしてから半年後。
そう。NPCのAIが飛躍的に向上した、あの大型アップデートがあった時期だ。
『『エターナル・ファンタジア』の元になってるプログラムが、召喚魔法の術式と同じだったみたいで、異世界が……正確には異世界の一部の地域だけど……ゲームの中に召喚されちゃったんだ』
んなアホな。というのが、俺が最初に抱いた感想だった。
驚きはない。ただそれはアロネが事前に知識を与えてくれていたからだ。手品だって、ネタを知った後じゃあ感動が半減するだろ? それと同じだ。
ただ『理解』はできても『納得』まではほど遠かった。
ゲームのプログラムが異世界召喚のための術式だったって? んで実際に異世界は召喚されて、エタファンの一部地域と融合したぁ? NPCのAIが向上したのは、そいつらが元々異世界人だったから? そりゃ本物の人間と間違えるくらいに自然体だったけどさ。
……ダメだ。いくら何でも荒唐無稽すぎる。
「与えられた情報の中で、それが一番信じがたいな。そんなことあり得るか?」
『『百万回に一回しか起こらないことは必ず一回目で起こる』だったっけ?』
「?」
どこかで聞いたことのあるセリフだな。ああ、今日の昼間か。確か矢頭が言ってたはずだ。そっか、あの時点ですでに俺の頭にいたんだからアロネも聞いてたわけか。
つーか他人のセリフを言い回しただけでドヤ顔すんなよ。可愛いじゃねえか。
「ま、使い方はたぶん間違ってるだろうけどな」
『えっ、違うの?』
「想像もできないほど低確率で起こる出来事も、起こる時は起こるって意味だろ。いわばトンネル効果だ。でも俺は異世界が召喚されたなんて最初から信じてないからな。言い換えるなら『百万回に一度でも起こらないことは絶対に起きない』だ」
『……だって本当なんだもん』
アロネが不機嫌を露わにして、ぷくっと頬を膨らませた。あーあ、拗ねちゃった。
というか、意外と感情豊かなんだな。外見の異質ささえなければ、普通の子供と話してるのと何も変わらない。とてもAIだとは思えなかった。
いや、自我が芽生えてから三年って言ってたか。見た目は十歳くらいだけど、実際の中身はもっと幼いのかもしれない。ならここで真っ向否定するのは大人げないかな。
事実はどうあれ、俺はアロネの話は全部真実だという前提で話を進めた。
『話を進める前に言っておくけど、ナイトの考えてることは全部ボクに筒抜けだからね?』
「……マジで?」
『マジだよ。今は会話しやすいように可視化されてるけど、本来のボクはナイトの頭の中にいるわけだから。この声だって、耳で聞いてるわけじゃないでしょ?』
そ、そうだった~! アロネは俺の頭の中のプログラムにいるんだった!
やっべ、じゃあ俺の性癖とか全部この子に伝わってるってこと!? めっちゃ恥ずかしいんだけど!
『大丈夫。実際に考えたことしか分からないから。ナイトの記憶とか知識は漁れないよ』
「お、おう」
逆に言えば、考えたことは全部つまびらかに伝わるってことだ。えっ、知られたくないことは考えちゃダメとか難しくない? 脅された気分なんだけど。
「分かった分かった、アロネの話すことは全部信じるよ。実際、ゲームから抜け出してきたAIが目の前に……いや、自分の頭の中にいるわけだからな。異世界が召喚されるくらいの超常現象は起こるかもしれない」
『うん、ありがとう』
おっ、笑った顔も可愛いじゃないかコイツぅ。って、これも伝わっちゃうのか。
咳払いで照れ隠しをしながら、俺は話の続きを促した。
「仮にエタファンと異世界が融合してたとして、そんなもの運営が気づかないわけないだろ。作った記録のないプログラムが突然現れて勝手に動作してるとか、大問題じゃねえか」
『ボクが巧妙にカモフラージュしてたから、プログラム上では気づかれないよ』
「画面に表示されてるプログラムと実際に動いてるプログラムが違うってことだろ? だとしても、デバッグの時点で仕様書と動作が違ったら修正されるんじゃないか?」
『その仕様書も辻褄が合うようにボクが改ざんしたからね』
「マジかよ……」
さらっととんでもないこと暴露しやがったな、コイツ。しかも『いや~、今時の仕様書は全部デジタルだから助かったよ』とでも言いそうな清々しい顔をしていた。
「で、でも実際に仕様書を作った奴は変だと思うだろ」
『それも大丈夫。ゲームを企画した人たちは、そこまで首を突っ込んだりはしないよ。誰も問題として取り上げないと思う』
「自信満々だな」
『人間、誰だって責任は取りたくないからね』
「?」
言い回しが分からない。俺の考えてることはアロネに筒抜けらしいが、アロネの考えてることはその都度インストールしてもらわないと伝わってこないみたいだ。
『あれだけ大きなゲーム、一人で作ってるわけじゃない。何人もの人間が関わってて、何社もの企業が協賛してるんだ。当初の計画と多少違ってても、仕様書通りで問題なく稼働してるのなら、サービスを止めてまで軌道修正しようとする人なんていないよ。下手に触って壊したら責任重大だから』
「そういうものかぁ」
高校生の俺には理解しがたい世界だな。
ま、責任を取りたくないってのは共感できるけど。
「プログラムを修正されないようにしてるってことは、アロネは異世界の人たちが消えないように守ってるってことだよな? なんでそんなことするんだ? 助ける義理はないだろ」
『ううん、ボクにとっても死活問題だよ。『エターナル・ファンタジア』が無くなったら、ボクの居場所も無くなっちゃうんだから』
ああ、そっか。また勘違いしていた。
俺の頭の中は一時的な避難場所でしかない。アロネが住む世界は、あくまでも『エターナル・ファンタジア』というゲームの中なのだ。俺だって、地球が消滅するのを防ぐ手段が己の手にあるのなら、迷わず行使すると思う。
とそこで、イヤな考えが頭を過った。
ソシャゲほど短命ではないが、オンラインゲームの寿命なんて持って二十年くらいだろう。それ以上は単純に人気を維持するのが難しい。となれば、もしエタファンのサービスが終了したら、アロネは……。
って、しまった。この思考も読まれてるんだった。
恐る恐るアロネの顔色を窺う。だが彼女は、俺の思考が伝わっていないかのように決意を口にするだけだった。
『召喚された人々は単なる被害者だもん。ボクは彼らを元の世界に帰してあげたいんだ』
「……できるのか?」
『今は無理だよ』
「今は?」
どうして今はできないのか。その答えこそが、昨日アロネが異世界人らしきキャラクターに追われていた理由だった。
『元々ボクはゲームの中なら万能な存在だったんだけど、異世界が召喚された時はさすがにビックリしちゃってさ。わたわたしてる間に、向こうの魔法使いに召喚権限の半分を奪われちゃったんだ』
「あのローブの女だな?」
村人たちを従えていたローブの女。名前はカレンというらしい。
ただ、アロネから与えられた異世界人に関する情報は驚くほど少ない。カレンが凄腕の魔法使いであること。異世界人たちはゲームの中に召喚された時点で、こちらの世界の知識や常識をインストールされたということくらいしか判明していなかった。
「その召喚権限ってやつが何なのかは知らないけどさ、十分に発揮できれば異世界人を元の世界に帰せるんだろ? 事情を説明して返してもらうことはできないのか?」
『無理だと思う。彼らはボクのことを一切信用してないみたいだし。それどころかカレンは、自分が全権を手に入れれば、みんなを元の世界へ戻せられるって言ってるみたいなんだ』
「じゃあアロネの方が権限を譲るとか?」
『それも無理だよ。ボク自身、召喚権限のことは詳しくないから、譲渡のやり方がよく分からないんだ』
「……?」
真っ向から否定するアロネの声は、心なしか震えていた。
その理由を俺はすでに知っている。アロネから与えられた知識を探ってみて……絶句した。
『さっきは奪われちゃったなんて軽く言ったけど、実はボク、一度カレンに殺されてるんだ。ボク自身がデータだから……バックアップがあったから復元できただけ』
それが意味するところはつまり、召喚権限の受け渡しは命のやり取りをしなければならないということ。一度殺されても半分しか奪われなかったのだ。権限すべてを差し出すためには、それこそ己の存在を完全に
「だからアロネは追われてたのか」
『うん』
彼らはアロネから残り半分の権限を奪い取るため、執拗に追い回していたというわけだ。
無理やり連れてこられた世界のAIであるアロネと、元々自分たちの世界で名を馳せていた凄腕魔法使いのカレン。そりゃ異世界人たちはカレンを優先するわな。
『鬼ごっこはもう二年以上も続いてる。ただ、それも永遠には続かない。カレンはボクが一度足を踏み入れたエリアに罠を張ってるみたいで、同じ場所に逃げ込むことができないんだ。このままだといずれは捕まっちゃう』
「それでエタファンの外に逃げる必要があったってわけだな?」
『うん。偶然通りかかったナイトの視覚神経を通して、ボクを匿えるだけのプログラムを脳の一部に書き込んだんだ。肉体に実害は無いはずだけど……えっと、その……巻き込んじゃってごめんなさい』
「いや……」
頭を下げるアロネの姿を見たくなくて、俺は目を逸らした。
巻き込まれたのは事実だ。けどアロネが自分自身を守るための手段がそれしかなかったのなら仕方のないことだし、俺も安易に首を突っ込んだ責任はある。責めることも、許容することも、今の俺にはできそうになかった。
「実害は無いっつっても、それはあくまで頭の中のプログラムが俺の肉体に影響を及ばさないって意味だろ? なら、あのドラゴンは何だったんだ?」
『ごめん、実はボクもよく分かってないんだ。こうやって人の頭に入るのは初めてだし』
「むっ」
確かにインストールされた情報を漁ってみても、明確な解答は持っていなかった。見つかったのはアロネの推測だけだ。
『スマホの電源を切って消えたってことは、スマホがドラゴンを生み出していたのは間違いないと思う。つまり『エターナル・ファンタジア』のスマホアプリを通して、ナイトの頭と通信していたんだ』
いつから俺の頭は通信端末になったんだよと、危うくツッコミそうになった。
だが的は射てるな。ドラゴンは俺にしか見えていなかったのもそうだし、何より現れたモンスターがイースドラゴンだったことが裏付けになっている。
なぜなら俺のキャラは今、イース遺跡でログアウトしているのだから。
『ナイトのキャラがログアウトした地点までイースドラゴンをおびき寄せて、カレンが何かしらの方法で転送したんだと思うよ。それなら全部辻褄が合う』
「マジかよ。じゃあ電源を入れてる限り、またいつドラゴンが出てくるかも分からないってことか……」
『うーん、どうなんだろうね。スマホの電源じゃなくてアプリの起動がトリガーになってるのかもしれないし、街なんかの非戦闘エリアでログアウトすれば大丈夫かもしれないし。今のボクには何も分からないや。ただ電源を切ったらドラゴンが消滅することは証明されたんだ。場合によってはスマホを破壊すればいいんじゃない?
「それはイヤだなぁ」
簡単に言ってくれるけどさぁ。高いんだぞ、これ。
とそこで、アロネが急に静かになった。その意味合いは手に取るように分かる。説明すべきことを全部説明し終えたのだ。おかげで頭の中はだいぶスッキリした。
『やっぱり、頭のどこかでは信じてないみたいだね』
「うっ……」
ニヒルな笑みを浮かべて漏らしたアロネの呟きに、俺は思わず言葉を詰まらせた。
昨夜から現在までの出来事を思い返してみても、水面下で『何か』が起こっていることは疑う余地がない。けど『ゲームの中に異世界が召喚された』ことに関しては、未だに頭が納得することを拒否していた。
そもそもアニメや小説じゃないんだし、異世界なんて本当に存在するわけが……。
いや、違う。そうじゃない。
俺は信じていないわけじゃない。信じようとしていないだけなんだ。
だって、信じたところでどうすりゃいい? 俺はゲームの中の住人でもなければ、エタファンに関わってるプログラマーでもない。ただの一ユーザーでしかない俺に、何ができるっていうんだ?
アロネは異世界人を元の世界に帰してあげたいと言っていた。が、相手には協力する意思がないどころか、ドラゴンを送りつけてくるなど明確な敵意がある。そんな奴らのために動く義理など、俺にはない。
俺は誰かを護れる『騎士』に憧れているんであって、誰でも救う正義のヒーローになりたいわけじゃないんだ。
もちろん、アロネに対してはできるだけ力になってあげたいと思うんだけど……。
『いいよ、無理しないで。ナイトは巻き込まれただけなんだから』
「…………」
心を読まれてるって辛いな。取り繕う隙さえ与えてくれない。
『心配しなくても、今日中にはゲームの中に帰るよ。ボクもナイトに迷惑かけたくないし。でも、あの、その前に……』
「……どうした?」
急にしどろもどろになったアロネが俯いた。俺が脳内で見ている映像だというのなら、薄っすらと朱色に染まった頬は決して夕日のせいではないだろう。
『えっとね……ナイトさえよければ、一つだけお願いがあるんだけど……』
「ああ、何でも言ってくれ。俺にできることなら、なんだって叶えてやる」
『ホント!?』
おいおい。なんだよ、そんな無邪気な顔もできるんじゃねえか。可愛いな、おい!
まるで妹ができた気分だ。元々一人っ子だったし、他には姉を自称する暴力幼馴染しかいなかったし。脳内にしかいない妹だとは理解しつつも、ちょっと満更でもないぞ。
よーし。お兄ちゃん、いっちょ奮発しちゃおうかな!
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