第3話 パーティメンバー

「ぶわっはっはっは! そんじゃお前、昨日あのまま寝落ちしたってわけか。だっせぇ!」


 昼休み。昨夜の顛末を聞き終えた坊主頭が腹を抱えて笑い出した。弁当食いながらだったらぶん殴ってたところだな。唾だけじゃなく、米粒まで飛んで来そうな勢いだし。


 コイツの名前は黒田くろだ雄介ゆうすけ。これといって特徴の無い俺の友人であり、昨日のレベル上げパーティでは黒魔導士を担当していた。ちなみに坊主なのは野球部だからだ。


「黒田君、笑ったらダメだよ。勝手に解散しちゃった私たちが悪いんだから……」

「そ、そうだよな。言い出しっぺの紅葉が全部悪い」


 隣に座っている女の子に窘められ、黒田が慌てて責任転嫁した。


 彼女は山城やましろユキ。俺や莉愛のような、どこにでもいる普通の高校生……ではない。率直に申し上げると、めちゃくちゃ可愛いのだ。


 腰まで届く艶のある黒髪、陶器のように白く滑らかな肌。今をときめくアイドル的な華やかさではなく、無力な小動物みたいな愛くるしさを内包する少女だ。ただ少々人見知りが過ぎるせいか、ガラス玉のような瞳は常に伏し目がち。俺も今でこそ普通に面と向かって話せているが、最初は目を合わせるどころか顔も見てくれなかったもんな。


 馴れ初めとしては、高校一年の時にクラスで浮いていた山城さんを莉愛が無理やり誘い込んだのだ。『見て見てナイト! めちゃくちゃ可愛い女の子見つけた!』などと、かなり興奮気味に言って。今にして思えば、変な男たちから護るため牽制の意味もあったのだろう。


 で、これを好機と見た黒田が自発的にエタファンを開始。俺とは中学の頃から友人だったため、莉愛も特にイヤな顔せず招き入れたのだった。ホント、世渡り上手な奴なんだよな。


 えっ、何が好機なのかだって? そんなん決まってるだろ。黒田は山城さんのことが好きなのだ。それまで会話もしたことがなかった間柄としては、ゲームはお近づきになるための良い口実だもんな。ただ白魔導士の山城さんと並んでゲームがしたいがため、自分の性格に合っていない後衛職を選択したのはどうかと思うが。


 にしても黒田よ。正論とはいえ、堂々と莉愛が悪いとか言っちゃっていいのか? 転嫁先の莉愛がめっちゃ睨んでるんだが。


 とばっちりを受けるのも嫌なので、俺は見ないふりをして狩人に話を振った。


矢頭やとうはどう思う?」

「うーん、僕も聞いたことないかな。お遣いクエストや特定のモンスターを倒すためにイース遺跡に行くことはあるけど、襲われてる女の子を助けるイベントとなると、ちょっと……」

「記憶力抜群の矢頭でも知らないときたか」


 こりゃお手上げだな。


 矢頭はいわゆる超ハイスペック男子である。イケメン、小顔、高身長、IKKすべてが揃った容姿端麗さ。定期テストの順位は毎回上位に食い込むほど成績優秀で、所属しているサッカー部ではエースを任される実力があるらしい。さらに社交性も抜群。これで彼女がいないんだから、クラスの女子はそりゃもう気が気でないわな。


 なんでこんな学年のアイドルみたいな男が俺たちのグループに入ってきたのかは謎である。


 一年生の終わりごろ、俺たち四人がエタファンの話題で盛り上がってたところ、『僕も混ぜてよ』と言って輪に入ってきたのだ。エタファンはリリース直後からやっているらしく、特に悪い奴でもないため莉愛も歓迎したのである。ま、黒田は露骨にイヤそうな顔してたが。


 たぶんだけど、陽キャだらけのサッカー部ではエタファンをやってる奴がおらず、話題に飢えていたのだろう。いや、サッカー部が陽キャだらけってのは偏見だけどね。そしてゲームは陰キャしかやらないってのも偏見だけどね!


「もしかしたらナイト君が初めてイベントを体験したプレイヤーなのかもしれないね」

「そんなことあるかぁ? どんだけプレイヤーがいると思ってんだよ」


 可能性としては決してゼロではない。だがエタファンには現在、全世界で何百万人という人間がプレイしているのだ。自分が最初の発見者だなんて、宝くじで一等を当てるレベルの確率だろう。


「僕が昔読んでいた小説に、こんな一節があった。『百万回に一回しか起こらないことは必ず一回目に起こる』、だったかな」

「……どういう意味だ?」

「想像もできないほど珍しい超常現象は、起こってからじゃないと認識できないって意味さ。ナイト君は、まさか自分が新イベントの第一発見者になるとは夢にも思わなかった。だから困惑しているだけだよ。そもそも正規に実装されたイベントなら、誰かが必ず最初に体験するんだ。今回はそれがたまたまナイト君だっただけ。気にしても仕方ないんじゃないかな」

「んー? んー……」


 なんだか上手く言いくるめられた気がしないでもない。が、気にしても仕方がないという言葉には賛成だ。ネットで調べてダメだったら諦めよう。


 すると黒田が、名案が浮かんだが如く頭の上の豆電球を光らせた。


「夢! そうだ夢だよ。全部ナイトの夢だったんじゃねえか?」

「その発想はなかったわ」


 黒田の茶化しに、莉愛の目から鱗が落ちたのが見えた。

 この流れはマズいな。夢で片付けられちゃいそうな勢いだ。


「待て待て、嘘は言ってないぞ。俺は間違いなく見た。なんなら銀髪の女の子とか村人の顔とかはっきり思い出せる」

「誰も嘘だなんて思ってないよ。ナイトはこんなくだらない嘘なんか付かないだろうし。でも夢を現実だと思い込んじゃってるんなら、もうどうしようもなくない?」


 うーん、信頼してくれてるのは嬉しいけど分が悪いなぁ。実際寝落ちしてたわけだから説得力の欠片もないし、ぶっちゃけ俺自身も自信なくなってきちゃった。


 アレは本当に現実のゲームの中で起こった出来事だったんだろうか?

 記憶を掘り起こすため押し黙っていると、場を切り替えるため矢頭が手を叩いた。


「さて、この話題はここで終わりだ。昼の授業まで時間もないし、早いとこやっちゃおう」

「そだね。ほらほらみんな、ナイトは無視してスマホ出して」


 早々に話を切り上げ、俺以外の四人がスマホを取り出した。


 一応進学校なので、休み時間以外は電源を切っておかなければならない。もし授業中に音が鳴ったり電源が入っていることが発覚したら即没収。だから用事は昼休み中に済ませとかなきゃならないのだ。


 そして必ず街でログアウトせよと莉愛がこだわった理由がこれだ。


 エタファンにはスマホ専用アプリによる独自のサービスがある。本体のアカウントと連携することにより、キャラの操作まではできないものの、他のプレイヤーとアイテムの交換や売買ができるのだ。


 ただ条件として、自キャラが街の中……つまり非戦闘エリア内にいる時のみに限る。街の外でログアウトした場合、アプリを起動しても『キャラクターが非戦闘エリア外にいます』と表示されてログインはできない。


 昨夜は時間も遅くレベル上げの後すぐに解散したので、素材やアイテムなどの戦利品を整理する暇がなかった。それを昼休み時間中にやっちゃおうというわけだ。ま、未だイース遺跡にいる俺は参加できないんだけどねぇ。


「ナイト君には後で私のアイテムあげるから……」

「それは嬉しいけど……ちょっと悪いな」

「いいよいいよ。どうせ私、そんなに使わないし」


 やっぱ山城さんは優しいなぁ。莉愛とは大違いだ!!


 とにもかくにも、ここからは仲間外れの時間である。特にやることもなくなった俺は、真っ暗なままのスマホの画面に向けて一人寂しくため息を落としたのだった。

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