三年後
「うーん……」
私は布団の上で伸びをした。
ベーカー家での生活。霊術の修行。警備。除霊活動。ソフィアとの戯れ。ベンジャミンやクレアを始めとした軍の友人との交流。
それらを繰り返しているうちに、私はいつの間にか十歳になっていた。
今の私の階級はA級霊能者。世間一般から見たらこれは凄い事なのだろう。
しかし、私は早くも自分のポテンシャルに限界を感じ始めていた。
ここ二年ほどは強度の調整や命中率の向上を重視してきたとは言え、私が習得した上級技は、攻撃技の《
防御技はそんなに手を付けておらず、回復技はさっぱり上達しない。
その《槍嵐破》にしたって、完成度という意味ではアンドリューやネイサンには遠く及ばない。
《槍嵐破》は無数の霊力の槍を広範囲に渡って降り注ぐ技だが、私の場合は威力で言えば《
それに、発動速度などを考えれるならば、本来なら《槍嵐破》より威力が劣るはずの《
あのクソ神は、私には、
「神から預かりしチート能力はない」
と言っていた。
神がどこまで干渉出来るのか分からないが、おそらく、最初はある程度無理が効くよう早熟型になっていたのだろう。
だから、最近の成長スピードから考えても、私のポテンシャルは大方出し切ったと考えられる。
ただ、その状況に私はそこまで悲観はしていない。
何故なら、私には一つだけ異常ともいえるほど相性の良い技があったからだ。
《
要は霊力を使ったドーピングのようなものだが、《自己強化》の完成度に関しては、私はアンドリューやネイサンをも
《自己強化》は一部の地域では禁術とされるほど霊力の消費や肉体の消耗が激しい技で、その使用可能時間はネイサンで十秒、アンドリューでも二十秒ほどだが、私は一分以上は平気で使用出来るのだ。
霊力はともかく肉体に関しては、私は明らかに周囲より劣っている。にも関わらず《自己強化》がこれだけ出来るのは、コスパが良いからなのだろう。
詳しい事は知らないけど。
スピードのある上級霊や犯罪者に対して、おそらく《自己強化》を長く使えるというのは大きなアドバンテージになる。
いずれ私が世界を救った時、『アクセラレーター』なんて異名で呼ばれるかもしれない。むふふ。
もしこれがあのクソ神の仕業なのだとしたら、ちょっとは見直してやらないといけないな。
……いや、最初に死にかけたし、やっぱりいいか。
「よし」
頬を叩いてやる気を出すと、私は布団から出た。
――――――――
「おはよー」
振り向けば、予想通りの人物が片手を上げていた。
「おはよう、リリー」
挨拶を返してから、クレアは慌てて付け足した。
「手伝わなくて良いからね」
動きかけていたリリーの身体がギシッ、と止まる。
「わ、分かってるよ」
そう嘘ぶいてみせるが、リリーの身体と視線の先にあるのは掃除用具入れだけだ。
「もう、いつも言っているでしょ?」
「……心苦しい」
呆れたような表情を見せると、リリーは唇を尖らせた。
それでも一応諦めてくれるのは、クレアの事を思ってだろう。
クレアがリリーに掃除を手伝わせないのは、掃除がそもそも見習いの仕事だから、というだけではない。
リリーが入隊してから三年間。
最初は様々な事情により警戒されていたリリーだが、今ではすっかり軍の人気者になっている。
皆に警戒される事をリリーは悲しんでいたから、そんな彼女が人気者になるのはクレアとしても嬉しかった。
だが、可愛らしくて気配りも出来て霊術も強いリリーは、少々人気者になり過ぎてしまったのだ。
『リリー・ブラウン親衛隊』。
誰が結成して誰がそう呼び始めたのかは知らないが、それはリリーの熱狂的なファンの総称だった。
親衛隊の恐ろしいのは、以外にも男女比が半々という事。
男子から見たら天使だろうし、女子から見ても格好良くて憧れたり好きになるのは分かる。分かるのだが、リリーに掃除を手伝ってもらったくらいで怒るのはどうなのだろうか。
「正規隊員としての任務で疲れているリリーさんに雑用なんてやらせるな」
という彼らの主張は分かるのだが、その怒りは烈火のごとくという表現が相応しく、あれほど
その時はリリーが
「全く、人気者も困ったものよねえ」
「狂信を人気と呼んでいいものか……」
思わず感想が漏れ出たが、疲れた様子のリリーを見てクレアは話題を変えた。
「そういやあんた、明日はホワイト家の護衛なんだっけ?」
「そ。シエラにね。今日、この後会議があるからそこで色々決まると思うけど」
「シエラかー。私も何回か連れて行ってもらったけど、盛り上がりがミネスとは段違いよね」
「そうなのよ。あれだけ賑わっていて色々なものがあると、犯罪もそれ相応に多くなるのよね」
商業的な感想を述べるクレアに、犯罪の観点からリリーが返事をしてくる。
マルティネス商会の娘として経験(とコネ作り)のために軍に所属しているクレアと除霊や警備を毎日のようにしているリリーでは、視点が違うのも当然だ。
「責任重大じゃん」
「ソフィーだけは死んでも守る」
そう言ってリリーが握り拳を作った時、そのリリーを呼ぶ声が掛かる。
「リリー」
グレイスだ。
「もうすぐ会議だ。来い」
「分かりました」
リリーが一転して真面目な表情になった。
「じゃあ、クレア。また」
掃除ありがとね、と付け加えて、リリーはグレイスの元へ向かった。
「まあ、好きにはなるわな……」
クレアはその後ろ姿を見ながら呟いた。
――――――――
会議の結果、メンバーは私とグレイス、オーロラ、ヘーゼル、ジャクソン、トーマスの六人と決まった。
「リリー、ホワイト家の人達ってどんな人達なの?」
オーロラが聞いてくる。私がよくホワイト家の護衛をしているからだろう。
ソフィアとの相性もあるのか、ホワイト家は私を
「ま……旦那様も奥様も素敵な人達ですよ。旦那様は気難しい印象がありますけど話してみるとユニークな方ですし、奥様も気さくで親しみやすい方です。そしてソフィーは本当に可愛いです」
「旦那様って言い直したならご息女とか言いなさいよ」
オーロラに苦笑されるが、ソフィーはソフィーだ。
「取りあえず取っ付きにくくはないんだな?」
トーマスが聞いてくる。
「はい。王家といっても遠い分家ですし」
「良かったー」
トーマスが胸を撫で下ろした。
「俺気難しい人だと緊張しちゃうから」
「それ、司令とかは大丈夫だったんですか?」
「ん? 全然だ――」
「冗談抜きでビビっていたよな」
「ちょいちょい」
遮られたトーマスは遮ったジャクソンに抗議の声を上げるが、ジャクソンの口は止まらない。
「最初に名前呼ばれた時、声裏返っていたもんな」
「ちょ――」
「私も覚えているよ、それ」
今度は割と本気で抗議しようとしたトーマスだが、再びその言葉は遮られた。
「サラさん?」
そこにはサラが立っていた。
「面白そうな会話が聞こえてきたからね」
サラがトーマスに向かって笑いかける。
大方状況を見て、彼が弄られているのを察したのだろう。
「まあトーマスがアガリ症なのは置いておくとして」
サラが話題を変える。トーマスを助けたのか、追い込んだのか。表情を見るにおそらく後者だ。
「リリー、気は抜かないようにね」
いつの間にか真剣な表情になっている。切り替え速いな。
「ご息女と二人きりになる可能性もあるんでしょ? 最近はシエラでも犯罪増えてきているから」
「はい。有難うございます」
先輩からの助言に私は頷いた。
シエラでソフィーと二人きりになる事は初めてじゃない。だからこそ気を引き締めないと。
「私達も待機しているし、何かあったらシエラ軍より先に駆け付けるわよ」
私が緊張していると思ったのか、オーロラが励ましてくれる。
「《自己強化》でも使えんなら可能かもな」
「べー」
ジャクソンのツッコミにオーロラが舌を出し、その場は笑いに包まれた。
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