間話 ミネス軍でのちょっとした非日常
その日、私は娯楽室で日頃の愚痴をベンジャミンにぶちまけていた。
「この前ちょっと奮発して高いアクセサリー買ったら、子供にこんな金を持たせるなんて親の教育がなってない、とか商人が抜かしやがるんですよ! こっちはちゃんと自分で稼いだ金だっていうのに! どう思います⁉」
「ま、まあまあ。その人もリリーの実力を知ればすぐ見方を変えるって」
「ああ、色々やったら半額にするって言ってくれましたよ。七割は払いましたけど」
「もしかして、前に軍に大量のお菓子を差し入れしたのって……」
恐る恐る聞いてくるベンジャミンに、私は満面の笑みで答えた。
「はい! その余った三割で爆買いしました。って、そんな事はどうでも良いんですよ! そいつ、軍の制服みせたのにまだ信用しなかったんですよ! 本当にふざけてますよねそろそろ警備の時間ですね」
途中でベンジャミンの警備の出勤時間が迫っている事に気付いた私は、流れのままベンジャミンを促した。
「定期的に情緒不安定になるよね、リリーは……」
溜息を吐きながらベンジャミンが立ち上がった。
すでに用意してあった荷物を持って、娯楽室の扉へと向かう。
「じゃあ、行ってくる」
「はい。気を付けて下さいね」
「リリーも。あと、昼間動かないようにね」
「分かってますよ」
手を振ってベンジャミンを送り出す。
昼間動かないように、というのは、今日は私が休養日だからだ。
休養日とは、その日の日中は霊術の使用を禁じられる日だ。特に私は成長途中の肉体に負荷がかからないよう、他の人達よりも休養日が多めに設定されている。
もっとも、禁止されているのは日中だけのため、夜の除霊活動などは問題なく参加出来るが。
いつも修行をしている分、休養日は暇なので、書庫で本でも読もうかと娯楽室を出る。
すると、扉を出たところでオーロラと出くわした。
「いいところに!」
「え、ちょっと⁉」
何故か、出会い頭に腕を掴まれ、連行されていく。
「リリー。あんた今日暇よね?」
「え、ええ。まあ」
「なら手伝って!」
「何をです?」
「来れば分かるわ」
それから二分後、私は困惑してその場に棒立ちになっていた。
オーロラに連れてこられた修練場の反対にある中庭の広場には、多くの見習いの子供達が集っていた。
「えっと……どういう状況ですか?」
とオーロラに問えば、
「普段この子達を見てくれるヴァレンティ―ナ先生が病気になっちゃったらしくて、そのピンチヒッターよ」
という事だった。
ヴァレンティ―ナが普段やっている事は霊術の修行という名目ではあるが、ここにいるのは見習いの中でも更に幼い子達。中にはまだ幼稚園くらいの子もいる。
実際には修行は遊びの中に組み込む程度で、時間の殆どはレクリエーションで終わっているらしい。要は、ただの遊び相手兼監督役だ。
幼い子達にとってこの時間は人気らしく、中止というのは難しいらしい。
そこで、代役として子供好きのオーロラに白羽の矢が立ち、そのオーロラが、私が休養日という事を思い出してここまで拉致してきた。そういう事だろう。
「あっ、リリーだ!」
「あいつ、知ってるぜ! 魔法少女とか呼ばれているやつだろ?」
「リリー!」
見習いの子達が私を見てざわつく。
実際に顔見知りの子もいるし、そうでなくても自分と同年代の正規隊員なんてものがいれば気になるだろう。ちなみに魔法少女じゃなくて魔術師だけど。
私が本当にその年齢なら鼻の高くなるところだが、今の胸中はなかなか複雑なものだ。
別に嫌という訳ではないが、精神的に疲れるのは目に見えている。が、こんなキラキラした目を向けられて断る事など出来るはずもない。
恨みの籠った目を向ければ、オーロラは舌を出した。
私はそれを見て溜息を吐くと、子供達に目を向けた。
その純粋な笑みに自然と笑みがこぼれ、私は腕を天高く掲げた。
「よし、今日はお日様の元、沢山遊ぶぞー!」
子供達がおお―、と答え、修行という名の遊びの時間が幕を開けた。
「あー……」
子供達の姿が見えなくなると、私は近くのベンチにぐったりと腰を下ろした。
「疲れたー……」
隣に座るオーロラも足を投げ出して息を吐いている。
「はい」
目の前にコップが出される。
「有難うございます」
それを飲み干せば、少しだけ体力が回復したような気がした。
私達はそのまましばらくぐったりしていたが、少し回復してきたのか、オーロラが口を開いた。
「お疲れ、リリー。ごめんね。手伝ってもらっちゃってー」
「いえいえ。けど、あの子達体力お化けですね。流石に疲れました」
「本当ならあんたもあっち側の年齢なんだけどね」
「はは……」
オーロラの言葉を笑って誤魔化す。
流石に子供のフリをするのは抵抗があるよ。
「リリー」
オーロラが改まった口調で私の名を呼んだ。
視線を向ければ、いつも陽気な彼女らしからぬ真剣な顔をしていた。
「あんた、無理してない?」
「無理……ですか?」
「そう。確かにあんたはそんじょそこらの大人より大人びているけど、年齢的にはまだあの子達と変わらないくらいよ。それなのに、私はあんたが同年代の子達と一緒に遊んでいるのは見た事がない。遊んであげているのを見た事はあってもね」
オーロラの目を見ながら、内心私は驚いていた。
たまに同年代の子達と遊ぶ事で周囲の目を誤魔化しているつもりだったが、少なくとも彼女にはちゃんとバレていたようだ。
「だからリリー、正直に答えて。あんた、今ちょっとでも我慢してない? 皆から頼られて、期待されて、負担になってない?」
オーロラが覗き込むように聞いてくる。
この人は不器用な人だ。不器用で、とても優しい。
「有難うございます」
その声は、自分でも驚くほど穏やかな声だった。
「でも、本当に大丈夫です。ここでの生活は楽しいし、人から頼られたり期待されるのも好きです。それに、ここに来てから本当に良くして頂いていますし、結構自由にやらせてもらっています。むしろもう少し我慢した方が良いんじゃないかと思うくらいには、ね」
オーロラはこちらの真意を確かめるように暫くこちらを覗き込んでいたが、やがて溜息と共にその顔は離れていった。
「分かったわ。あんたを信じる。でも、変なところで我慢するのは許さないからね。困った時はどんどん周りを頼りなさい。ここにはあんたより長く生きてきた人達がいっぱいいるんだから。頼りないかもしれないけど、私もね」
「頼りないなんて、そんな事ないです。オーロラ先輩は色々私の事を気遣って下さってます。むしろ頼もしすぎますよ」
「全く可愛げがないねえ」
オーロラに頭をぐりぐりされる。
悪い気はしない。
「ほら、お姉さんを頼ってくれていいのよー? ベン先輩がいなくて寂しいですー、とか」
「なっ……⁉」
不意打ちに顔が赤くなる。
何でそんなに声真似上手いんじゃ、こら。
「前言撤回、可愛げあったわー」
再びオーロラに頭をぐりぐりされる。
前言撤回。悪い気しかしない。
「ふん。オーロラ先輩に男の影でも見えようものなら弄り倒してあげますから」
「じゃあ、弄り合いする?」
「……やめておきます」
絶望的に勝てる未来が見えなかったため、私は白幡を上げた。
「そういうところはまだ子供だね」
という笑いを含んだ声を無視して立ち上がる。
「オーロラ先輩」
「ん?」
私は振り向き、頭を下げた。
「有難うございます」
「はいよ」
頭を上げて目が合うと、オーロラはニコリと微笑んだ。
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