幸運

 ベーカー家の養子になってから一週間、私は改めて確信していた。

 ジャックとエマこの人達、めっちゃ良い人達だ、と。


「じゃあ気を付けてねー」

「頑張るんだぞー」


 このように軍に行く時は毎回のように見送ってくれる。


「はい。行ってきます!」


 それに、と私は馬にまたがりながら自分の手の中を見た。

 そこにある包みには、エマの作ってくれたバケットが入っている。これも初日からずっと、しかも今日は警備の仕事があるため朝早い出発であるにも関わらず、だ。


 最初はコネとか色々な事を考えていたけど、今ではジャックとエマの子供になれた事はとても幸運な事だったのだ、と自覚している。

 いつかサプライズでもしてお礼を伝えたいな。


 そんな事を考えていると、間もなくしてミネス軍本部に到着した。

 丁度そのタイミングで誰かが建物から出てくる。


「先輩!」


 ベンジャミンだ。


「やあ、リリー。今日は警備だっけ?」

「はい」

「ここのところ夕方勤務だったけど大丈夫?」

「体調でしたら万全です。起きる時間は変わりませんし」

「そうなんだ。今までは起きてから何をしていたの?」


 本部暮らしであるベンジャミンは首を傾げた。


「ジャ……じゃなくて、父様と母様と過ごしたり、あとはソフィーの相手をしたり、です」

「ソフィーって隣の家に住んでいる子だよね?」

「はい。もう本当に可愛いんですよ」

「そうなんだ。リリーがそんなに言うなら俺も会ってみたいな」

「浮気しないならいつでも良いですよ」

「絶対にしないから安心して」

「安心しました。あっ」


 私はそこでひらめいた。


「だったら是非うちに来てください。父様達にも先輩の事を紹介したいので」

「え? あ、ああ、うん。分かった」


 ベンジャミンが動揺した様子で頷いた。

 相手方の両親に会うって、そんなに緊張するかな。

 ……するね、確実に。


「あっ」


 そろそろ準備しなければならない時間だ。

 変な想像をして身を固くしている場合ではない。


「じゃあ先輩。私はそろそろ行きますね」

「ああ、うん。気を付けて」

「はい」




————————




 今日の私の巡回ルートは中心部から西にかけてだ。

 西部は中心部ほど市場などは多くなく、北部ほど住宅が多くなく、南部ほど土地が広くなく、東部ほど森が多くない。要は、様々なものがバランス良くあり、程よく賑わっているのだ。


 まだお昼前で人通りも多いため、霊術は使わず歩いて巡回をしていた私は、往来に人だかりが出来ているのを発見した。

 何やら騒がしい。


「ちょっとすみません」


 人だかりをかき分けると、二人の男が睨み合っていた。

 左の男が殴り掛かっていく。


「おらああああ!」

「やめなさい!」


 私は人だかりを抜け、二人に近付いていった。


「ああ⁉」

「何だ? このガキは」


 こちらを見て怪訝そうな顔をした二人が、次の瞬間には目を見開いた。

 周囲の野次馬も騒ぎ始める。


「お、おい、あいつまさか、ミネス軍の魔術師じゃねえか?」

「な、何⁉」

「黄色い髪の軍服を着た少女……特徴は一致している!」

「あいつ、空を飛ぶらしいぞ!」


 なんだか気付かぬうちに有名になっているらしい。


 それにしても魔術師、か。二つ名としては悪くない。

 それに、目の前の二人のようにその名で相手の戦意を喪失させられるのなら好都合だ。


「双方、両手を上げて」

「お、おう」


 素直に従う二人のポケットなどを調べるが、凶器は何も出てこない。


「で、何があったんですか?」


 事情を尋ねれば、二人は素直に話してくれた。最も、要領が悪く流れが良く掴めなかったため、何度か聞き直したりこっちで整理をする必要はあったが。


 その内容をまとめれば、ただの短気者同士の下らない喧嘩だった。凶器も持っていないし、周囲に被害はなし。捜査にも協力的。

 まあこれなら、わざわざ本部まで同行してもらう必要は――、


「強盗だ!」


 その時、背後から大声が響いた。


「え?」


 振り返れば、何やら大きな袋を持った男が走り出していた。

 フードも被っているし、明らかに怪しい。


「皆さんは動かないで!」


 喧嘩をしていた二人を《聖域セイクリッド・スフィア》で囲い、次いで強盗に視線を向ける。


「ラッキー」


 私は自然と口角が上がるのを感じた。

 逃走する強盗の周囲に人はいない。それなら、精度が多少悪くても問題ない。


「待ちなさい!」


 逃げる男の周囲に大きめの《聖域》を生成した。


「何⁉」


 中で男が立ち往生し、野次馬から歓声が上がる。

 私は正面に回り込んだ。男が反対側のきわまで後退するが、それは狙い通りだ。《聖域》で囲まれた男の左右と後ろに「コ」の字で大きめの《霊壁スピリット・ウォール》を生成する。

 これで《聖域》を解除しても、男が逃走するためには私を倒さなければならなくなった。


 本当なら《聖域》の中に小さな《聖域》を作って簡単に男を確保したいのだが、この世界では《霊壁》や《聖域》などの防御技は、外側からのみならず、内側からの干渉も防いでしまう。

 霊術は霊能者の手から放出された霊力が凝縮されて成り立つため、その霊力が目的地に届く前に《聖域》などによって通行止めをくらう、という原理だ。


 ただ、その防御技、今回で言えば《聖域》よりもかなり強い強度の技ならごり押しで発動させられるが、それは明らかに霊力の無駄遣いだ。


 だから、こんなちょっとばかり面倒な手段を踏まなければならない。

 これしか方法がないから仕方ないけど。


 《聖域》を解除すると、男は周囲を見渡した後、一目散にこちらに駆けていた。

 おそらく、私が技を発動するタイミングで止まるなり方向転換するなりするつもりだろう。


 私の手が発光すると、予想通り男は右に飛んだ。

 しかし、私が使ったのは《聖域》ではなく《霊弾スピリット・バレット》だ。


「なっ⁉︎」


 全速力で走りながら飛んだ男に予想外の《霊弾》を避ける術はなく、その身体は吹っ飛んだ。

 地面でもだえ苦しんでいる強盗から袋を奪った後に、その身体を《聖域》で拘束する。

 全身打撲くらいはしただろうが、まあ犯罪者なら仕方ないだろう。


「それよりも問題は」


 私は喧嘩をしていた二人組に向かって歩き始めた。


 強盗だ、という声がした時、この二人の表情の変化は顕著けんちょだった。

 十中八九、いや、確実にこの二人も絡んでいる。


 二人を囲む《聖域》を叩いた。


「あんたら、あいつの仲間だろ?」

「ち、違う!」

「俺達は関係ねえよ」


 男達はぶんぶんと首を振った。


「ふーん」


 その『俺達』っていう言葉がもはや自供しているようなものだとは気付かないようだ。


「馬鹿だね」


 私は目の前の二人の迂闊うかつさを笑いながら、巨大な《霊弾》を生成した。


「ひっ!」


 二人が情けない悲鳴をあげる。


「最後にもう一回だけ聞くけど、お前ら、あいつらの仲間か?」




————————




「ふう……」


 軍の修練場のベンチに腰掛け、息を吐く。


 やはり、二人は強盗の仲間だった。

 二人が騒ぎを起こして周囲の目を引いている隙に、もう一人が金を奪うという計画だ。


 確かにあの時は周囲の店のオーナーも多くは野次馬に加わっていたし、事実としてあの声がなければ誰も強盗に気付かなかった。


 強盗だ、と言ったのは誰なのだろう。


 犯人達を確保した後その場にいた者達に聞いたが、誰も情報を持っていなかった。

 捜査協力に感謝したかったし、単純に興味もあったから一度会いたいのだが……、


「まあ、仕方ないか」


 私は目を瞑り、その場で大きく伸びをした。


「お手柄だったね」


 頭上から声が降ってくる。

 目を開ければ、ベンジャミンが上から覗いていた。


「ああ、先輩」

「強盗を捕まえたんだって?」

「ええ、まあ」

「それは勿論凄いんだけど、それよりも君の周囲は良く事件が起きるね」

「確かに」


 ヤンキー七人だったり霊能具使いだったり強盗だったり……。


「私、不幸体質なんですか?」

「全部解決出来ているのを鑑みると、逆に幸運体質かもよ?」

「何ですか、それ」


 ベンジャミンの屁理屈に笑いながら、私はちょっとした悪戯を思い付いた。

 何気ない会話ではこっちが赤面する事が多いし、その仕返しだ。


「でも、確かに先輩に会えたっていうそれだけで、私は幸運体質だと言えますね」

「俺も本当にそう思うよ。君に出会えて本当に良かった」


 ……見事なカウンター。

 自分の頬に熱が集まるのを感じる。


「ったく……」


 それを誤魔化すため、下を向いて溜息を吐く。


「どうした?」

「大丈夫です」


 精神年齢ではだいぶ下の彼氏に翻弄ほんろうされている自分が情けないんです、などとは言えない。

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