養子 ―後編―

 ソフィアを寝かしつけ、マテオ、ヴィクトリア、ジャック、エマの四人で机を囲む。

 議題は勿論、一つだ。


 口火はマテオが切った。


「グレイスの話を断らなかったという事は、養子をとる事自体は反対じゃないんだろう?」

「ああ」


 ジャックが頷いた。


「血は繋がっていなくても自分の子供になるんなら平等に愛せる自信はあるし、子供は何人いても構わない」

「それに、早めに子供が欲しいのも事実だしね」


 エマが付け加えた。


「なら良いんじゃないか? リリーさんはあの場でお前達に任せると言ったんだし」

「ああ。向こうに関しては俺も心配はしていない。むしろ、両親のいない状況を考えれば、しっかりとした家庭で愛情をその身に受けるべきだとすらも思っている」

「なら何故だ? 別に強制をするつもりはないが、あの子は相当優秀な上に人間性もまともだ。言い方はあれだが、養子としてはあの子以上を探すのは難しいと思うぞ」

「だから、かもしれない」

「どういう意味だ?」

「うーんと……」


 ジャックが言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「怖い……かな」


 代わりに答えたのはエマだった。


「怖い? リリーさんが?」


 ヴィクトリアが聞き返した。


「いえ……リリーちゃんを、あの子をちゃんと子供として愛せるか不安なの。ほら、あの子、私なんかよりもずっとしっかりしてるから」

「ああ」


 ジャックも我が意を得たりとばかりに頷いた。


「子供というよりは、頼れる存在としてリリーちゃんを認識してしまいそうなんだ。愛せる自信はある。けど、ちゃんと親として愛してあげられる自信がないんだ」

「そうか……」


 二人の言いたい事は分かる。

 実際、犯罪者と渡り合ったりその後に軍の隊員と言葉を交わす姿は、とても子供だとは思えなかった。少なくとも、あの見た目とは釣り合わない。


 だが、これはマテオがすでに誰かの親だからだろうか。

 ジャックとエマの考えは、マテオには少し引っ掛かるものがあった。


 そしてそれは、ヴィクトリアも同じだったようだ。


「別に良いんじゃないかしら」


 独り言のように彼女は呟いた。

 エマとジャックがヴィクトリアを見る。


「必ずしも親が子より優れていなければいけないとは限らない。私は、ソフィアがリリーさん以上に賢くても無類の愛を注げる自信があるわ」


 エマが息を呑み、ジャックが目を見開いた。


「俺も同意見だ」


 妻を誇りに思いながらマテオは言った。


「家族があればそれだけ親子の関係がある。それがたとえどんな関係でも、親が子を子だと、子が親を親だと認識しているならば、そこに親子の愛情は成立すると俺は思う」


 マテオが言い終えたその場に沈黙が落ちる。


 数秒の後、ジャックがとエマが同時に息を吐いた。


「やっぱりお前らは凄いよ」

「凄く参考になったわ」


 二人が同時に立ち上がる。


「帰るのか?」

「ああ。とは言っても隣だけどな」


 ジャックが晴れやかに笑った。








「これから二人でしっかりと相談する。どのくらいかかるか分からないけど、決まったら真っ先にお前達に知らせるよ」


 そう言って、ジャックとエマは帰っていった。


「どうなるんでしょうね?」


 ヴィクトリアが呟いた。


「分からない。ただ、どう転がっても悪いようにはならないだろう」

「そうね」


 マテオとヴィクトリアは目線を交わし、同時にふっと笑った。




————————




 サラが廊下を歩いていると、リリーとグレイスが前からやってきた。


「二人ともお疲れー」

「ああ」

「サラさん。お疲れ様です」

「どうだった? ホワイト家との食事は」

「やばかったです」


 リリーが真剣な顔をする。

 そんなに変な家族だったのか、と思ったが、


「あそこの料理は美味しすぎました」


 と、リリーは頬をとろけさせた。


「ああ。あそこを貸し切りにするとは、流石はホワイト家と言ったところだろう」


 味を思い出したのか、グレイスの顔も緩んでいる。




 良い思い出があればそれを話したがるのが人間のさが


 それから二時間、いや、三時間以上は延々と料理の話をされたサラは、今後二度と高級料理店に行った後の二人には話しかけない、と天に誓った。


「これで太ったらあいつらのせいだ……」


 という愚痴と共に夜食を摘まみながら。




————————




 マテオ主催の食事会から三日後、ジャックとエマは本部にやってきた。

 要件は、


「リリーちゃんを養子として迎え入れたい」


 という事だった。


 向こうに任せると言っていたし、私はそれを素直に受け入れた。

 その際、ジャック達はいくつか約束をしてくれたが、その中で印象深かったものが一つある。


 それは、


『たとえ自分達の間に子供が生まれても、リリーちゃんをないがしろになんてしないし、平等に愛する事を誓う』


 というものだ。

 この言葉とそれを口にしている時のジャック達の顔を見て、私は確信した。

 ジャックとエマこの人達、めっちゃ良い人達だ、と。








 その日のうちに支度を済ませ、私は早速ベーカー家に向かう事になった。


「南の方は自然が多いんですね」

「ああ。ここはシエラなんかよりも不便な事は多いが、その分空気が綺麗なんだ」

「ですね」


 なかなか妊娠しないエマの身体を考慮して、空気の綺麗なミネス南部に移ってきたと聞いている。

 ……正直、二十代で五年も妊娠しないのは不妊症である可能性が高いと思うのだが、まあそんな事は言う必要がないだろう。


 そもそも、この世界に「不妊症」という概念があるかも分からないし。




 馬でゆっくりと移動して十五分ほどで、ベーカー家に到着した。

 馬で駆ければ五分、歩けば三十分ほどだろう。歩くとしたら少し遠いが、まあ問題ない範囲だ。


 それよりも驚きなのは、その家の大きさと土地の広さだった。

 家はちょっと小さめの屋敷くらいあるし、庭は体育館一つくらいは建てられそうだ。


「で、でかいですね……」

「まあ、確かに一般的にはでかいかもしれないわね。でも」


 エマが自分達の家より左側を指差した。


「あっちにもっと凄いのがあるわよ」


 私はそちらに目を向け……驚愕の声を出した。


「ええ⁉」


 そこにあったのは、ベーカー家の二倍はあろうかという家と庭だった。

 反対側から来たため気づいていなかったが……、


「こ、これがホワイト家ですか?」

「ええ、そうよ」


 ホワイト家の当主であるマテオは王家の血筋――といっても分家ではあるようだが――を引いているらしく、自身も役所のお偉いさんだ。

 これくらいは当然なのかもしれない。


「掃除だけでも大変そうですね」

「勿論使用人がいるわよ。十人くらいかな」


 十人の使用人。凄いな。

 でも待てよ。ホワイト家で十人ならもしかして、


「エマさん達も使用人を?」

「四人に交代で来てもらっているわ。それこそ掃除とかが大変だしね」

「そうですよね」


 やっぱりベーカー家もか。

 まあ、私は戦闘とかに興味があるタイプだから、使用人にはそこまで興奮はしないけど。


「噂をすれば、彼女が使用人のリーダー的な立ち位置のワンバックよ」


 エマが家の玄関を示す。

 そこからメイド服を着た女性が歩いてきた。


「旦那様、奥様。お帰りなさいませ」


 ワンバックが手を差し出し、ジャックとエマの荷物を受け取る。


「ああ、有難う」

「ワンバック、こちらが話していたリリーよ。今日から私達の娘になったの」

「リリー・ブラウンです。宜しくお願いします」

「ベーカー家で使用人をさせて頂いているワンバック・ライスと申します、これから宜しくお願い致します、お嬢様」


 ワンバックがお手本のような所作でお辞儀をするが、私はそれどころではなかった。


「お、お嬢様⁉」


 私が大声を上げても、三人はキョトンとしている。

 どうやら、使用人がその家の娘を『お嬢様』と呼ぶのは当たり前のようだ。


「リリー。どうかしたかい?」

「い、いえ。何でもありません」


 私は努めて平成を装い首を振った。が、内心は少し、いや結構昂たかぶっていた。


 前言撤回しよう。

 使用人というのも悪くない。どころか良いではないか。

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