我々軍の役目です

 目の前にいるフードを被った犯罪者は『霊力の籠っているものを斬りやすくなる』霊能具を持っており、戦闘経験も私より豊富だ。

 警備が来るまで待つという消極的な戦いでは持たない。


「《霊撃破スピリット・レイズ》も情報媒体メディアなしとは大した腕だな」


 フード男はすっかり余裕そうな表情だ。


「だが、このナイフの前にはちょっと強えくらいの霊能者なんて敵じゃねえんだよ」

「……じゃあ、これならどうかしら」


 私は二個同時に《霊弾スピリット・バレット》を放った。


 しかし、フード男はそれを予想していたようだった。

 一振りで二つとも斬られる。


「無駄だ。二発ともしっかり当てようと思ったら、どうしても俺が一振りで斬れる範囲内に放つ必要がある。その範囲外なら、一発避けて一発斬ればいいだけだからな」


 フード男が得意げに解説をする。勝ちを確信している様子だ。


「これを解いてくれ!」


 保護している民間人の男性が《聖域セイクリッド・スフィア》の内側を叩いた。


「それは出来ません」


 保護対象に心配されるとは、情けない。


「しかしっ」

「街の治安を守るのは、我々軍の役目です」


 私はフード男に正面から向かい合った。


「へっ」


 その口の端が吊り上がる。


「お堅い正義感が身を滅ぼすって事、その身に教えてやるよ!」


 フード男がこちらに一直線で向かってくる。


「教えてあげますよ」


 私は右手を前に突き出した。


「慢心が身を滅ぼすって事を」


 右手が光る。


「何度やっても無駄だ!」


 フード男はナイフを突き出すが、それはただ空を切った。


「うおっ⁉」


 その身体が宙に浮き、次の瞬間にはフード男は顔から地面に突っ込んでいた。

 私が足元に生成した小さな《聖域》を見事に踏んだのだ。

 転んだ拍子にその右手から離れたナイフを《聖域》で覆う。


 次に無防備な両肩に《霊弾》を撃ち込み、両腕を使えなくした。


「がああああ!」

「ちょっと、動かないでよ」


 痛みにわめく男のポケットを探るが、もう武器は持っていないようだ。

 まあ、今の腕で武器を扱えるとは思えないが、慢心は身を滅ぼすからね。


 そこで男にもう対抗手段はない事を確信した私は、その身体を《聖域》で覆った。

 予想通り、顔や腕から血を流した男は喚いて内側を蹴ったりするのみだった。


「お怪我、大丈夫ですか?」


 そう声を掛けながら、男性の《聖域》を解除する。


「ああ、助かったよ」


 その身体を見れば、小さい傷はあれど特に深いものはなさそうだ。


「それはこちらの台詞です。逮捕にご協力いただき、感謝します。貴方がいなければ、おそらく私は見失ってしまっていたでしょうから」

「じゃあ、お互い様という事にしておこう」


 男が穏やかな笑みを浮かべた。

 そんな顔をされてしまえば、私は苦笑を浮かべるしかない。


「時に」


 こちらを見つめる眼光が少し鋭くなる。


「何でしょう」


 私は身構えた。

 まさか別勢力の敵か、などと警戒してみるが、男性の口から出てきた言葉は全くの別物だった。


「間違っていたら申し訳ないが、君の名前はリリー・ブラウンというのではないか?」




————————




 リリーが厄介な霊能具を使う犯罪者を捕まえた、という話を聞いた時、クレアは大して驚かなかった。

 その程度ならリリーはやるだろう。そう断言出来るほどには感覚が麻痺していたからだ。


 そんな事よりも、クレアには差し当たって重大な事があった。

 リリーとベンジャミンの距離がいつもより近い。女の勘がそう告げていたのだ。


 一緒にいたスカイラーは首を捻るが、クレアは何か進展があった事を確信していた。


「リリー、ベン先輩。ちょっと良いですか?」

「ん?」

「どうした?」


 クレアが少し背伸びをすれば、察した二人が耳を傾けてくれる。ちなみに背伸びをしなければいけないのはベンジャミンに対してのみだ。


「何か進展したんですか?」


 直球で聞けば、


「なっ⁉」


 と二人は慌てふためき、クレアから目を逸らした。黄色と黒の髪の毛から覗く耳は全て赤い。


「やっぱり」


 その光景は、クレアの考えを前面的に肯定するものだった。


「あらら」


 と、スカイラーも口元を押さえている。


「……はあ、クレアに隠し事は出来ないわね」


 リリーが苦笑した。


「正解。私と先輩はお付き合いする事になったんだ」

「わあ、おめでとうございます」

「お、おめでとうございます……クレア、何で分かったの?」


 祝福の言葉もそぞろに、スカイラーが聞いてくる。


「なんとなく、かな? 雰囲気というか」

「へえー……」


 スカイラーがリリーとベンジャミンを見る。


「完全に無意識だったね」

「ですね」


 二人が頷き合う。


「特別隠したいわけでもないから良いけど、まさか一瞬でバレるとは」

「それだけ想い合っているって事じゃないですか?」

「まあそれは置いとくとして」


 ベンジャミンが赤い顔で強引に話題を変えようとする。

 これ以上はしつこいかな、と思ったクレアもそれ以上は追及しなかった。


「今日リリーが助けた人が、前に助けたソフィーって子の父親だったんだ」

「え? 凄い偶然ですね」

「ね。凄いよねー」


 リリーが他人事のように言う。


「という事は、お礼ももっと豪華になるんじゃない?」


 とんでもない高級料理とか、とスカイラーが目を輝かせる。


「かもねー……あっ!」


 突然リリーが大声を上げた。


「ど、どうしたの?」

「テーブルマナーとか、ちゃんと学んでおかないと! それじゃ!」


 リリーが嵐のように去っていく。

 一瞬の事すぎて、誰も反応が出来なかった。


「……テーブルマナーって、私達の年で出来ていないとダメなんですか?」


 不安になってクレアは聞いたが、


「まさか。俺もあんまり知らないし」


 という返事がベンジャミンから返ってきた。


「変なところで真面目だよな」


 というベンジャミンの呟きに、クレアとスカイラーは首を縦に振った。




————————




「……それでも、やる?」

「はい」


 一貫した態度を取る後輩を前に、オーロラは奇妙な気分になった。


 テーブルマナーを教わりたい。リリーはそう頼み込んできた。

 オーロラは一応一通りは身に付けているし、教える事は可能だ。嫌な訳でもない。


 しかし、現実問題として、厳格なテーブルマナーが求められるのは王家の直系相手などに限られ、リリーの食事相手のマテオ・ホワイトは分家だ。しかもリリーは七歳。七歳にそんなものは必要ない。

 そう説得してみせたのだが、リリーの意志は固かった。彼女の中ではテーブルマナーは必須のものとして根付いているようだ。


「分かった」


 そこまでの覚悟と意気込みがあるなら、オーロラとしても断る理由がない。それが可愛いリリーの頼みなら尚更だ。


「ただし、やるからには厳しくよ!」

「はい! 宜しくお願いします!」


 リリーが機敏な動作で敬礼をした。




――――――――




 その日、トーマスはリリーと一緒に警備をする日だった。

 リリーは最年少だがそこらの隊員より優秀な事は、前に一度一緒に警備をしているので分かっている。


 だから、その日もいつも通り二手に分かれて警備をするつもりだった。

 だが、出発の直前にオーロラから、


「今日、最初だけで良いからリリーと一緒に回ってくれない?」


 と言われたため、訝しく思いながらもトーマスはリリーと一緒に警備を始めた。








 結果は、オーロラの危惧した通りになった。

 巡回ルートを間違えたり、声を掛けなければ思案にふけるようにひたすら直進したり……、


 抜けているところのある隊員ならまだしも、とてもリリーがやるような失態だとは思えなかった。


 かと思えば、何かいさかいなどが起きた時はいつものように冷静に対処してみせたので叱るに叱れず、トーマスは帰ってからオーロラに尋ねた。

 有事の際はともかく、あの集中力が欠ける原因は何だ、と。


「テーブルマナーとか、その他諸々もろもろのたしなみの習得に気を取られている」


 オーロラからはそんな返事が返ってきた。


 なんでも、もうすぐ王家との分家との食事会があるため、そこに向けて猛特訓しているらしい。


「七歳がそこまで気張る必要はないんじゃないんですか?」

「私もそう思ったんだけど、リリーがどうしてもっていうから」

「こだわりますね」

「よねえ」


 どこかずれているところのある後輩に、二人で苦笑する。

 が、トーマスはふと心配になった。


「でもそれ、除霊活動は大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ」


 即答だった。


「テーブルマナーがどうの、って言い始めたのは数日前からなのに、貴方を含め誰も気付かなかったでしょう? それに、有事の際はともかくって事は、有事の際は大丈夫だったっていう事でもあるし」

「まあ、確かに……」


 本来なら納得すべきではないのに、トーマスは何故か納得してしまった。


 本当に不思議な少女だ。何故か信頼出来てしまうのだから。




 そして実際に、リリーは除霊活動ではいつも通りの活躍をし続けた。




————————





(大丈夫。オーロラ先輩と沢山練習したんだ)


 リリーは自分の胸に言い聞かせた。


 アニメやラノベの虫であるリリーにとって、テーブルマナーは必須の科目だった。

 貴族やお偉いさんは食事の作法で人を判断するのだ、という偏見が彼女にはあった。


 だから、リリーはマテオを前にして自己暗示を繰り返しているのだ。


「今日は貸し切りだ。そんなにかしこまらなくて構わない」


 というマテオの言葉が聞こえないくらいに、そしてそのマテオが困ったような顔をしている事には気付かないくらいには、リリーは緊張していた。

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