罪は重いですよ

 めでたく結ばれた私達は、それからウィンドウショッピングなどをしたりして時間を過ごした。


「あっ、ここ面白そうじゃないですか?」

「良いね。入ってみよう」


 足を踏み入れたのは情報媒体メディア専門店だ。

 勿論、そこに売られている情報媒体はもれなく高級品であるため、実際に買うつもりはない。


「《霊弾スピリット・バレット》ですら十五金貨……普段何気なく使ってますけど、情報媒体も高いんですね」

「だね」


 この世界の通貨は全ての国で共通であり、それらは全部で、

 ・ライアン金貨

 ・ライアン銀貨

 ・ライアン銅貨

 の三種類だ。

 感覚としては、

 ライアン金貨=一万円

 ライアン銀貨=千円

 ライアン銅貨=百円

 と、いったところか。


 だから、単純計算で言えば、情報媒体は一番簡単な《霊弾》ですら一つ十五万もするのだ。

 もっと難易度が上がればそれだけ値段も上がる。


「見て」


 ベンジャミンが二つの情報媒体を見せてくる。


「これらは?」

「《槍嵐破スピア・ストーム》と《雷撃砲ライトニング・キャノン》の情報媒体」

「おおっ」


 《槍嵐破》と《雷撃砲》。

 微妙な名前の技が多い中で、この二つは珍しく厨二心をゴリゴリにえぐってくるやつらだ。

 最も、難度の高い技なのでまだ練習もしていないが。


「お値段は?」

「千金貨」

「せ、千⁉」


 思わず大声が出てしまった。

 慌てて店内にいるもう一人の客――三十歳くらいの清潔感のある男性――に頭を下げるが、その男性は気にしていない、とでも言うように首を振った。

 良かった。変な人じゃなくて。


 にしても……、


「千ですか……」

「とんでもないよね」

「本当に……ん?」


 私の視線はある一つの情報媒体に吸い寄せられた。


「せ、先輩っ」

「どうした?」

「こ、これ。三千金貨です」

「ん……ああ、《自己強化アクセラレート》か」

「アクセラレート?」


 聞いた事がない名前だ。

 一応技は一通り目を通してあるはずだが……、

 と思っていると、ベンジャミンが説明してくれた。


「《自己強化》っていうのは、地域によっては禁術とするところもあるから、公式な文書とかにはっていないんだ」

「どういう技なんですか?」

「霊力を全身に巡らせて運動神経全般を高める、って技らしい。ただ、これは相当な霊力を消費すると同時に身体の消耗も激しい。酷使すると身体が壊れる事もあるみたいで、それが禁術とされている理由の一つなんだ」

「なるほど」


 要はドーピングのようなものか。

 ……なんか格好良さそうじゃない。


 それに、最近は忙しくて忘れていたけど、あのクソ神は犯罪組織だ何だと言っていた。

 そこに所属している霊能者と戦う時とか、《自己強化》は強力な選択肢になるだろう。


「先輩」

「ん?」

「《自己強化》の情報媒体って軍にあります?」

「あるけど……食いつきが凄いね」

「まあ、ちょっと」

「無理しそうだったら止めるからね」

「大丈夫ですよ」




 それから少し他のものも見てみて、私達は店を出た。


「やっぱりああいうのを見ると刺激になるね」

「ですね」


 私達が店を離れて数歩歩いた時、後ろが騒がしくなった。


「何?」


 後ろを振り返ると、さっきの店の店主が血相を変えて出てきた。


「強盗だ! 誰か捕まえてくれ!」


 その指差す先には、黒いフードを被った二人組が走っていた。

 そのうちの一人が右の路地に入り、一人は直進していく。


「右の奴は俺が追いかける!」

「左は任せて下さい!」


 私達は走り出した。


 今は、めでたく結ばれてからの最初のデートの最中だ。それを壊した罪は重いぞ。

 走りながら前の男に照準を合わせるが、その近くには一般人もいる。


「ちっ」


 私は出しかけていた《霊弾》を解除した。

 私の精度だと、この距離では一般人を巻き込みかねないからだ。


 しかし、どうする。

 足の速さでは男が上で、このままだと離されるばかりだ。

 それこそさっきの《自己強化》が使えればいいのだろうが、そんなのはないものねだりだ。今出来る事で何とかするしかない。


「……あっ」


 その時、私の頭に一つの策が浮かんだ。

 少し躊躇って、覚悟を決める。

 どうせ、何もしなければ見失ってしまうのだから、だったら僅かな可能性に賭けよう。


 《霊壁スピリット・ウォール》を空中階段のように生成し、それを駆け上がる。

 十分な高さになった時点で、私は後ろを向いて両手を突き出した。


 発動させるのは、《霊撃破スピリット・レイズ》。


「おりゃ、人間ロケット―!」


 最高出力の《霊撃破》がエンジンになり、私は狙い通りロケットのように空中を飛んだ。

 男との距離がぐんぐん縮まっていく。

 ――いける!


 私は《霊撃破》を撃ちやめ、下で走っている男に目を向けた。


「あれっ?」


 しかし、私の身体は私の想像を遥かに超えたスピードで斜めに落ち始めた。

 思った以上にスピードが出ていて、計算を誤ってしまったのだ。


「や、やばっ!」


 慌てて《霊弾》を三発ほど男に放って牽制してから、今度は身体を前に向ける。

 人がいないスペースに向かって《霊撃破》を放って減速し、私は何とか地面や建物に激突するのをまぬがれた。


「ふう……危なかったー」


 改めて《霊壁》を足場に上空から地上を観察する。


 おや。

 大分離されているのも覚悟していたが、男は意外にも近くにいた。

 というより、近くの路地裏で誰かと交戦していた。

 軍の者か、と目を凝らしてみれば、そこにいたのは先程の店にいた男性だった。


「はあ⁉」


 何が何だか分からないが、とにかく急がなければ。


 《霊壁》を足場に、直線距離で現場に急行する。

 

「ちっ、しつけーな!」

「犯罪を見過ごすわけにはいかないからね」


 男性がフード男と向かい合っており、フード男の手にはナイフが握られていた。


「そこまでです!」


 私は地面に向かって飛び降りながら、男性の身体とナイフを持つフード男の右手を、それぞれ《聖域セイクリッド・スフィア》で囲んだ。


「ミネス軍です! 武器を捨て、左手も上げなさい!」


 二人がこちらを向く。


「さっき追いかけてきてたガキか」


 フード男がにやりと笑う。

 見たところ情報媒体は持っていないし、自己完結霊能者セルフィッシュならこれまでの行動に説明がつかない。

 にも関わらず、目の前の男からは虚勢でない余裕が感じられる。


「お前には面白いもん見せてもらったから、お礼にこっちも面白いもん見せてやるよ」


 フード男がナイフの切っ先を《聖域》の内側に押し付けた。


「そんな事しても無駄よ」


 ただのナイフで、しかもその右腕は固定されておりろくに力も出せない。

 出来るとしても、せいぜい内側をなぞるくらいだ。


 そのはずだった。


「なっ⁉」


 私は目を疑った。

 ナイフの刃先が通った個所に、傷が走っていく。


 《聖域》が斬られたのだ。


「霊能具だ!」


 男性が叫んだ。


「ほう、良く気付いたな」


 フード男がナイフの刃を舐めた。


「これは霊力の籠っているものが斬りやすくなる、って特徴のあるナイフだ。おら、行くぞ!」


 フード男が斬りかかってくる。

 後退しながら《霊弾》を放つが、全てナイフで斬られる。


 どんどん間合いを詰められる。


「くっ……!」


 《霊撃破》を放つが、それもナイフによって切断される。

 ナイフに意識を持っていかれ、顔に迫っている左拳への反応が遅れる。


「がっ!」


 右頬に強い衝撃がきて、私の身体は吹っ飛んだ。

 咄嗟に地面に大きな《霊壁》を作ってアスファルトの地面に叩き付けられる事は逃れたが、それでも全身を強く打った。


 一瞬息が出来なかったが、すぐに立て直して男と対峙する。


 厄介なのはナイフだ。ならば、ナイフからなるべく遠いところを狙えばいい。


「攻撃パターンが単純だな」


 しかし、足元を狙った《霊弾》は避けるか切るかされ、ダメージを与えられない。

 《聖域》などで足止めをするが、そんなのはちょっとした時間稼ぎにしかならない。

 

 まずいな。

 一応《霊弾》で隊員は呼んでいるが、それを待つ余裕はないだろう。


 だったらやる事は一つ。自力で勝つしかない。

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