グレイスの妙案

 男達に手錠をかけ、空中に三つの《霊弾スピリット・バレット》を放って弾けさせる。

 これは電話のないこの時代の軍の連絡方法で、『信号弾しんごうだん』と呼ばれている。


 その数によって意味合いが変わり、


 一つの《霊弾》で「A級以上の憑依人間ひょうにんげんまたは憑依生物ひょういせいぶつを確認、応援求む」、

 二つの《霊弾》で「B級以下の憑依人間または憑依生物を確認、応援求む」、

 三つの《霊弾》で「犯罪者に対応中、応援求む」、

 四つの《霊弾》で「問題解決」、


 という意味だ。


 これを物見櫓ものみやぐらの隊員が確認して、相手と同じ数の《霊弾》を空中で弾けさせて情報が正確に伝わっているかを確かめる。


 本部のある東から三つの《霊弾』が見えた。

 すると、その次には南の方角から、さらに西の方角から同じ合図。南はサラ、西はそちらを巡回していた先輩のディランとオーロラだろう。


「三人で事足りるので、本部からは派遣しなくて大丈夫」


 だと伝えたいが、今の私にはそれを伝える術はない。

 三人が来た後、《霊弾》を四発放って本部の人達には帰っていただこう。


 連絡に関しては、携帯に慣れていた身としては不便極まりないが、まあそんな事は愚痴っても仕方がない。


「あの」


 後ろから声。

 振り向けば、あの三人がいた。


「助けていただき、有難うございました」

「本当に、何とお礼申し上げたらいいのか……」

「いえ」


 私は首を振った。


「任務ですから、警備として当然の事をしたまでです。それより、お怪我はありませんか?」

「はい。おかげさまで。ほら、ソフィーもリリーさんにお礼を言って」


 ソフィーと呼ばれた桜色の少女が、こちらを見てにっこりと笑った。


「お姉ちゃん、有難う! 凄く格好良かったよ!」

「どういたしまして」


 その頭を撫でてやれば、ソフィーはえへへ、と笑った。

 か、可愛すぎる。


「可愛らしい娘さんですね」

「そうでしょう? でも、実はその子、うちの子ではないのよ」

「え?」

「友達夫婦の子でね。今日は預かっていたんだ」

「そうだったんですか」


 良かった。複雑な事情じゃなくて。


「あっ、そういえば申し遅れました。私がジャック・ベーカー。こっちが妻のエマ・ベーカーです」

「ご丁寧に有難うございます。お二人は――」




 それからまったりと雑談――《聖域セイクリッド・スフィア》で拘束した七人を見つつではあるが――していると、間もなくしてサラとオーロラがやってきた。


「サラさん、オーロラさん。お疲れ様です」

「お疲れー」

「あれ、オーロラさんはディランさんと一緒じゃ?」

「ディランには最後の一巡してもらってる」

「ああ、なるほど」


 一巡も何も空から見れば良いのに、と思うが、勿論口には出さない。


「で、私達は何すればいい?」


 サラが聞いてくる。


「そこの人達の連衡を手伝って欲しくて。流石に一人は良くないので」

「ああ、オッケー……って、あんたこの人数、しかも霊能者を相手にしてたの⁉」

「はい。でも、全員がE級か、良くでもD級でしたから大丈夫でしたよ」

「……まあ、あんたなら大丈夫か」

「オーロラ、それは甘いわ」


 サラに頭を叩かれる。


「いたっ」


 オーロラをいさめながら私を殴るとは、高度な技術だ。


「ねえ、リリー」

「はい」


 サラの笑顔が怖い。


「相手の人数や戦力を確かめる余裕はあった?」

「は、はい……あ!」


 サラの言いたい事を理解した私は、咄嗟にサラから視線を逸らした。

 そうだ。七人もいたならサラを呼ぶべきだった。


「今気付いてどうすんのよ」

「いっ……!」


 先ほどよりも重い一発が飛んできた。


「次からは七人もいたらペアを呼びなさい」

「はい」

「分かったなら良い」


 サラの手が頭に伸びてくるが、今度は叩くのではなく撫でられる。

 恥ずかしいが、悪い気はしない。


「一週間後の検定、あんた何級になるんかね?」


 オーロラが男達を見ながら呟いた。


「さあ……C級にはなりたいですね」

「あのアッシャーにも勝ったんだし、Cは固いでしょ」

「ですかねえ」

「ああ……ん?」


 そこでようやく、サラとオーロラはソフィー達に気付いた。


「こちらの方達は?」

「そいつらに絡まれていた方々です。男性がジャックさん、金髪の女性がその奥方のエマさん、子供がお二人のご友人夫婦のご息女のソフィーちゃんです」

「リリーさんにはお世話になりました」


 ジャックとエマが頭を下げ、ソフィーもそれに倣う。

 マジで礼儀正しいな、この人達。


「そうでしたか。すみません、気付かなくて。申し遅れていましたが、私はサラ・ヒューズ。リリーと同じミネス軍所属です」

「同じくミネス軍所属のオーロラ・ヘイズです」


 サラに続いてオーロラも頭を下げる。


「もう夜で往来を歩くのは危険ですし事情もお聞きしたいので、皆さんには本部までご同行頂いて宜しいでしょうか」

「小さい子もいるのでそうして頂けると助かります」

「分かりました」




————————




 それからディランは比較的すぐにやって来て、大所帯で——とは言っても半数くらいは手錠をかけられているが——本部を目指す事になった。


 その道中はアクシデントもなく、私の警備初日は無事に幕を下ろした、はずだったのだが。




「ふん、貧乳が何よ! リリー、あんたこれ以上大きくなったら許さないからね!」

「揉むと大きくなりますよ、サラさん」

「じゃあやめるー」


 私の胸を揉んでいたサラがふらふらと離れていく。


「はあ……」


 思わずため息を吐いてしまう。


「お疲れ」


 肩を叩かれる。ベンジャミンだ。


「はい……」

「ははっ。いつもなら気丈に首を振るリリーでも、流石に疲れたみたいだね」

「笑い事じゃありません……」


 私は肩を落とす。


「まあまあ、主役が気落ちしたら駄目だよ」

「主役置いていかれているんですけど」

「リリーが入って嬉しいんだよ」

「お酒が入って楽しいんだと思います……ああ、すみません。八つ当たりしちゃって」


 私は自分が嫌な奴になっている事に気付いて謝罪した。ベンジャミンは悪くない。


「おら、リリー。一杯やるぞー」

「お引き取り下さい」


 どころか、ダル絡みしてくる酔っぱらいをこうして対処してくれている。

 ベンジャミンも面倒になってきているのか、眉間にはしわが寄り、対応も投げやりになっている。申し訳ない。


「本当に、いつもすみません」

「いや、これは仕方ないよ。リリーのお陰で俺も絡まれる回数いつもより少ないし」

「いつも飲まれないんですか?」

「元々お酒は好きじゃないしね。ネイサンさんなんかもそうだよ」

「そうなんですね」

「酒も好きじゃないし、仕事がある人以外が全員酔っぱらうのも良くないだろう、って」

「へえー」


 この飲み会では、現在進行形や明日に仕事のある者や、その他業務に支障をきたしかねない者はお酒を飲むのを禁じられている。現在サラに捕まっているグレイスなどがそうだ。


 ネイサンの馬鹿キャラは有名だが、意外と考えているらしい。


「まあ、いずれ皆寝るから、それまで頑張ろう」

「分かりました」


 私はよしっ、と気合を入れた。




 それから最終的に『皆が寝た』のは、日が上り始めるころだった。

 これでやっと解放される、と思ったが、


「自制出来ない馬鹿どもが」


 と舌打ちをするウィリアムと一緒にする片付けもなかなか精神的に疲れるものだった。




————————




「久しぶりに飲みたかったな……」


 昨日の飲み会でお酒が飲めなかった事をグレイスがぼやいていると、目の前の扉が開かれた。


「ふう……」


 息を吐きながらそこから出てきた金髪の女性に、グレイスは声を掛けた。


「災難だったみたいだな、エマ」

「ああ、グレイス。もー、なかなか大変だったわ」

「また方向音痴が原因なんだろう?」

「そうなのよ。二人揃って市場からの帰り道が分からなくなって、三歳のソフィーに分かる訳がないし、って迷ってたら、やからに絡まれちゃったわ。まあ、リリーさんがあっという間に助けてくれたけど」

「一対七だったか?」

「ええ。本当に凄かったわよ。何歳なの、あの子?」

「七歳よ」

「七歳⁉ ま、まあ、あの見た目ならそうか……」


 エマが自分に言い聞かせるように呟いた。

 まあ、リリーの実際の年齢は分からないため、七歳というのは対外用のいわば仮の年齢なのだが、それはいう訳にはいかない。

 ちなみに七歳というのは外見を他の見習いの子達と比較した結果だ。


「七歳であれなら親御さんも鼻が高いでしょうね」

「まあ、そうだな」

「あー、良いなー。私もあんな子が欲しいわ」

「ここはシエラに比べて空気が綺麗だ。ちゃんとやる事やれば、そのうち出来るだろうさ」

「だと良いけどねえ」


 エマが頬に手を当てた。


 グレイスの昔からの知り合いであるエマは、少し前までは夫のジャックと共に都のシエラに住んでいたが、最近になってミネスに引っ越してきた。

 その理由はエマにある。

 二人は結婚して五年、歳にして二十九歳になるが、一向に子供が出来る気配がないのだ。


 そんなわけで、ハイダ森などを含む自然の多いミネスに二人はやってきた。

 綺麗な空気の中で暮らせば子供が出来るかもしれない、という希望を持って。




 それから数言話してエマとは別れたが、リリーを羨ましいと言ったエマの表情が頭から離れない。

 グレイスの頭の中には、その表情を見た時からある考えが浮かんでいた。

 それは、『ジャックとエマがリリーを養子として取る』というものだ。


 ただ、これは双方に侮辱ぶじょくと取られかねないし、そうじゃなかったとしても前途多難な考えだ。

 そんな事はグレイスにも分かっているが、もしこれが良い形で実現したなら、まさに一石二鳥というやつだろう。


 散々迷った結果、グレイスは司令室の扉を叩いた。

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