逮捕します
見習いとして初陣をこなしてから一ヶ月。
ついに私は正規隊員になる事を許された。
ついに、とは言ったが、初陣から一ヶ月は異例のスピード昇格らしい。
その要因としては、私が転生してきた初日の出来事が影響している。
正規隊員になるためには、階級などには明確な基準がない代わりに、一つだけ必須の条件がある。
それが『
正規隊員は街の警備も担当するため、一人でいる時に憑依人間に遭遇する可能性がある。
その時にパニックにならないために、戦闘経験のない者は正規隊員には昇格出来ないそうだ。
まあパニックどころか、隊員としてはあの日のベンジャミンのように、その存在に気付いたら民間人に被害が出ないように率先して除霊に向かわなければならないんだけど。
————————
そんな訳で、私は現在、絶賛街の警備にあたっていた。
担当として割り当てられた、ミネスの中心部から北部にかけてを巡回している。
サラも同じところの巡回だが、二手に分かれているため、基本的には一人で行動する事になる。
中心部は市場や様々な店で賑わい、北部は住宅街などで建物が密集している。
時刻は昼過ぎで、私が本部を出発してからそこまで時間は経っていないが、私は早くも気疲れを感じていた。
「はあ……」
大方こんなガキがちょっとだけぶかぶかの軍服――あくまでちょっとだけだ――を着ている姿が珍しいのだろうが、道行く人々にじろじろ見られるというのは、なかなか精神的に疲れる。
「ん?」
その時、私は不安そうな顔でキョロキョロ周囲を見回す三人組を見つけた。
黒髪短髪でがっしりした身体の男性と美しい黄色の髪を背中まで伸ばした女性。そして、その二人の間で手を繋がれている桜色の髪の毛を持つ幼い少女。
「どうかなさいましたか?」
そう声を掛ければ、三人はこちらを振り向いた。
男性がおや、と声を出す。
「その制服という事は、君は軍の隊員さん?」
「はい。ミネス軍所属のリリー・ブラウンです」
「これはしっかりした子だ」
「若いのに凄いわねえ」
こちらを褒めてくれる二人の目に道行く人々のような好奇の目はなく、ただ純粋にこちらに賛辞を送ってくれているのだという事が分かった。
それはそれで恥ずかしい……、
じゃなくて、今は仕事だ。
「有難うございます。お困りのご様子だったのでお声掛けさせていただきましたが、何かお手伝いしましょうか?」
「ああ、有難う。実はミネスで一番大きな市場に行きたいのだが、何分こちらに来たばかりで道に迷ってしまったんだ」
「そうだったんですか」
よし、主要なものの地図は頭に入っている。
「でしたら、あちらの道を通っていただいて――」
市場までの道順を教えてやると、三人はお礼を言って去っていった。
「有難うお姉ちゃん!」
という少女のあの言葉だけで、今日一日頑張れる自信がある。
それからは特に何がある訳でもなく、私の警備初日は終わりに差し掛かっていた。
もう既に日は落ち、辺りは薄暗い。
最後に一巡しようと考え、私は妙案を思い付いた。
《
無闇に霊術は使うな、と言われてはいるが、これ以上暗くなったら見落とす可能性も高くなるから、と自分に言い訳をする。
前世に比べて大分視力の良い目を使って街を見回すが、特に異常は見られない。
それで終わりにしようかとも思ったが、高層の建物が並んでいる一角の様子が全く確認出来なかったため、一応確認に向かう。
すると、建物と建物の間に人影が見えた。
「こんな時間にあんな場所で……?」
明らかに怪しいので更に近付いてみると、声が聞こえてくる。
詳細までは聞き取れないが、あまり良い雰囲気ではなさそうだったため、私は《霊壁》を降りて地上から近付いた。
「おい。もしかしてこいつ、ホワイト家のご息女様じゃねえか?」
「そういえばこの髪の色……かもしれねえな」
「こりゃあでっけえ魚釣ったなあ」
聞こえてくる声は明らかに不穏だ。
周囲を警戒しつつ壁から顔を覗かせてみて、私は思わず声が出そうになった。
真っ先に見えたのは黄色と桜色。意識して見れば、あの男性らしき人もいた。
間違いない。昼間に道を尋ねてきた三人だ。
《
民間人が野蛮な奴らに襲われている。
だったら、私のやるべき事は一つだ。
「貴方達、そこまでですよ」
精一杯胸を張って近付いていく。
大丈夫。私なら出来る。
ちなみにこの時、私の頭にサラを呼ぶという選択肢は浮かんでいなかった。
「ああ?」
男達が怪訝そうな顔をして振り向く。
が、次の瞬間にはこちらを馬鹿にしたように笑い始めた。
「何だ、このガキは!」
「軍の制服着てやがるぜ!」
「こんなガキが街の警備とか、軍も人手不足みてえだなぁ!」
「霊にビビッてションベン漏らしてんじゃねえの?」
「ギャハハハハ!」
……覚悟はしていても、むかつくものはむかつく。
だが、怯む必要はない。
ざっとみたところ七人ほどか。
「
「おい、ガキ。あんまり調子乗ってんじゃねえぞ。さもねえと――」
近くにいた男が軽く蹴りを入れてくる。
女性が悲鳴を上げるが、この程度は問題ない。
その蹴りを《霊壁》で防ぐと、近くにいた三人を《聖域》で囲んだ。
「へ、こんなもん――」
男達の手が光る。
相手も霊能者か、と一瞬焦ったが、三人の手から放たれた《
「なっ⁉」
「んだこれ!
「破れねえ⁉」
先程の余裕そうな表情から一変、三人は取り乱し始めた。
「お、おい! あいつ結構上級者かもしれねえぞ!」
「ど、どうする⁉」
男達が浮足立っている間に民間人三人を《聖域》で保護する。
「お前ら、その程度で騒ぐな」
男達の後ろから、そんな言葉と共にロン毛の男が現れる。
「あ、兄貴……」
「すみませんっ」
他の者達のこの反応。
まず間違いなく私の目の前に立つこのロン毛がリーダーだろう。
「こいつは多少は霊術が使えるみてえだが、こっちはまだ四人いる。数でかかれば問題ねえよ」
「そ、そうっすね!」
「流石兄貴っす!」
ロン毛の言葉に触発され、他の三人もやる気を取り戻したようだ。
「やるぞ!」
「おお!」
一斉にこちらに手を向けてくる。
その手に作られるのは《霊弾》。
「避ければ民家に突っ込むぜ!」
それらが一斉に放たれる。
後ろが更地でも避ける気なんてないね。
私はそれを《
「なっ⁉」
驚愕の表情を浮かべる四人に、私は右手を向けた。
その前に《霊弾》が生成される。
「お返しよ」
それらは狙い通りに飛んでいき、ロン毛以外の三人を倒した。
ロン毛を狙わなかったのは、彼が唯一防御技で対応しようとしていたからだ。
「はっ。そんな《霊弾》で俺の《霊壁》は破れねえよ」
「かもね。じゃあ、これならどう?」
私は再び右手に霊力を集めた。
その技に、ロン毛が目を見開く。
「なっ……《
「最近出来るようになったばかりだから、加減間違えたらごめんねー」
私はウインクをしながら《霊撃破》を放った。
ロン毛は全力を籠めたようだが、《霊壁》と《霊撃破》では結果は最初から見えていた。
「ぐあっ⁉」
間もなくして《霊壁》を破った《霊撃破》は、ロン毛の意識を刈り取った。
「赤信号はやっぱり止まるべきよ」
まあ、この世界に信号なんてないけど。
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