二人

 翌日から早速、自己完結霊能者セルフィッシュを目指す特訓が始まった。


「僕自身が出来ないから断言は出来ないんだけど」


 ダニエルが少し申し訳なさそうに前置きしてから説明してくれる。


「前に後天性になろうとしていた時、司令を含めた四人の後天性の人達から聞いたやり方があるんだ」


 知り合いに四人も後天性自己完結霊能者いるのか。人脈あるな、この人。


「三人の答えは一致していた。実際に発動式を唱えて発動させて、身体の中の霊力を感じ取れ、だって」

「発動式……」


 情報媒体メディアが出来る前は、皆発動式を唱えて技を発動させていたという。

 情報媒体がないという事は自分の身体で全て完結するという事。

 そのアシスト役が発動式で、発動式のアシストなしでも技を使えるのが自己完結霊能者ってところだろう。


「先程四人と仰ってましたよね? もう一人の方は何か別の方法を?」

「うん。もう一人は情報媒体の中で流れている霊力を感じ取れたらしいけど、これはごくまれみたいだね。少なくとも僕は何も分からなかった」


 情報媒体に流れている霊力?

 ……もしかして、


「あの、先生」


 私は手を挙げた。


「ん?」

「私、なんとなく指輪の中の霊力、感じ取った事あるかもしれません」

「えっ、本当かい?」


 目を丸くさせるダニエルに向かって頷く。

 以前、様々な指輪の発光現象を詳細に観察していた時に、ふと何かを感じたのだ。

 言語化出来るほどしっかりとしたものではないが、もしかするとあれが霊力の流れだったかもしれない。


 だとしたら凄いな、私。


「ちょっと試してみても良いですか?」

「良いよ」


 右手の中指の指輪に意識を集中させる。《霊弾スピリット・バレット》を作っては消して、を繰り返していると、少しずつ何かを感じ取れるようになってきた。


「指輪と身体を一体化させる。そう言っていたな」


 なるほど。その発想はなかったな。


「やってみます」


 目を閉じて、霊力の流れをイメージする。

 身体の中心部で霊力が生成され、右腕に流れる。霊力は指先に向かって流れ、指輪に流れ込み、そして――、


「あっ!」


 生成されかけていた《霊弾》が弾ける。


「リリーさん?」


 ダニエルが近寄ってくるが、私の意識は自分の右手に集中していた。

 今、確かに流れを感じ取った。指輪に流れ込んでから《霊弾》になるまで、はっきりと。


「リリーさん、どうし――」

「先生」


 ダニエルの目を見て、私はにやりと笑った。


「見ていて下さい」


 指輪を外し、ポケットに仕舞う。

 ダニエルが息を呑んだ。


 目を閉じ、先程のイメージを再現する。霊力を右腕に集めて、手の平に送る。今度は指輪の中ではない。自分の中であの流れを再現するのだ。


「いきます」


 右手を突き出す。手の平が光り、その前に霊力が集まっていく。

 それはやがて球形となり、手の平を超えるサイズになったところで成長を止めた。


「はっ!」


 私はそれを、的に向かって思い切りぶっ放した。

 的が粉々になる。


「ふう……」


 息を一つ吐いた。たった一発霊弾を放っただけなのに、凄く疲れている。

 ただ、達成感は凄まじかった。最高だ。


 拍手の音が聞こえる。


「完璧だった」

「先生……」

「君は本物だ。自慢の生徒だよ」


 ダニエルが近付いてきて、頭を撫でてくれる。

 皮肉めいた言葉ではなく素直に祝福してくれたその言葉は、とても嬉しかった。


「ベン君にも報告してきたら?」

「なっ……」


 いきなり彼の名前を出され、狼狽うろたえる。


「おや」


 ダニエルが私の背後に目線を向けた。


「君が報告に行くまでもなかったみたいだね」

「え?」


 そちらを振り向けば、ベンジャミンが何やら抱えてこちらに向かってきていた。


「あ、先輩!」




————————




「さすがリリーだね」


 リリーが自己完結霊能者になれた、と聞いた時、最初にベンジャミンの口から出た言葉はそれだった。


「有難うございます」


 澄ました表情でリリーがお礼を言うが、口元のにやけを隠しきれていない。

 そこがまた彼女らしい。


 それにしても、とベンジャミンはリリーを見た。


 出会ってから階段を段飛ばしで登るように成長してきたリリーが、ついには自己完結霊能者にまでなったと思うと、なんだか感慨深い。


「どうしたんですか?」


 ベンジャミンがじっと見ていたためか、少し恥ずかしげに聞いてくるリリー。

 ベンジャミンが思ったままの事を言えば、彼女は、


「近所のおじさんみたいな事言わないでください」


 と苦笑した。




 それから少し話をした後、ベンジャミンは水を浴びるためにリリー達と別れた。


「これからもリリーはどんどん強くなるんだろうな……」


 そう呟くベンジャミンの中にあるのは期待と喜び、そして一抹の寂しさ。


(出会った当初は俺が守ってやらなきゃ、なんて思っていたんだけどなー)


 水を浴びながら、ベンジャミンはリリーと初めて出会った日の事を回想した。




————————




 その日、街の警備についていたベンジャミンは、巡回じゅんかいの最中に霊術特有の光を見つけた。

 現場に急行する間、その光は強くなったり弱くなったりしていた。術が安定していない証拠だ。


 現場に到着する直前、一際大きな輝きを放ち、次いで光は消えた。


 現場では、黄色い髪の少女が憑依人間の前に倒れていた。

 それを見た瞬間、ベンジャミンは憑依人間ひょういにんげんに《霊弾スピリット・バレット》を何発も浴びせた。


 相手はB級と、憑依人間の中ではかなり弱い方だった事も幸いし、ベンジャミンはグレイスとネイサンが助けに来るまで耐える事が出来た。


 二人が除霊を完了した時、ベンジャミンはまだ緊張している様子のリリーに声を掛けた。

 もう大丈夫だよ、と。


 その時のリリーのホッとした表情に、ベンジャミンの心は打ち抜かれた。




 それから実際に言葉を交わしてみて、彼女はとても賢いのだと分かった。

 そして、賢い彼女は、記憶喪失になっていても決して悲観的にはなっていなかった。


 しかし、ずっとリリーを見ていたベンジャミンは、彼女が時折不安そうな表情を浮かべている事に気付いた。

 その表情をするのは一瞬だけだったが、それが逆にベンジャミンの庇護欲ひごよくきつけた。

 俺がこの子を支えてやらないと、なんて思いが身体の中を駆け巡った。


 今は鳴りを潜めているが、霊能者の犯罪集団は全滅していない。

 リリーが敵でない保証などどこにもない事くらい、ベンジャミンにも分かっていた。

 それでも、彼はどうしてもリリーがこちらの敵であると考える事は出来なかった。




————————




 それでアンドリューになんとか掛け合った結果として今があるのだから、本当に感慨深い。


 回想から戻ったベンジャミンは、自分が自然と微笑んでいる事に気付いた。


「結構重症だな」


 ベンジャミンは苦笑いをして独りごちた。

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