スポットへ
「緊張しますね……」
「大丈夫だよ」
キョロキョロと周囲を見回す私の肩をダニエルがポンポンと叩いた。
私は今、街の東のはずれにあるハイダ森の中を歩いている。周囲にいるのはダニエルだけではない。武装をした集団だ。
全員が深海のような青色のマントを羽織り、マントの下は防刃性に優れた上下黒の訓練服だ。手には複数個の指輪を付けている。
別に皆が重婚している訳ではない。その指輪は情報媒体だ。
私の指にもついている。
右手の人差し指に《
今日は、軍の見習いとしての私の初陣。初めての除霊活動だ。
今、私達は『スポット』と呼ばれる場所に向かっている。そこは、一部の例外を除いて『霊が出現する唯一の場所』だ。
そう。前世の感覚とずれるが、この世界の霊のほとんどは街中などにむやみやたらと出現するような事はないのだ。
いや、正確には違う。
霊はそこいらにいる事にはいるが、スポットという場所に入る事で、初めて人間に害を与える存在になるらしい。
それまでは誰も感知、見る事も出来ず、『いないも同然』という事だ。
スポットで何らかの力を得ているのは間違いないのだが、その謎はまだ解明されていないという。
また、スポットの周囲には強力な結界が張られており、人も感知出来ないほどの霊は結界をすり抜ける事が出来るが、スポットで力を得てしまった霊は結界に阻まれて外に出る事が出来ない。
つまり、憑依人間や憑依生物を除いて、『人に危害を与える』霊はスポット内にしか出現しないという事だ。
この結界も、作動している原理は不明らしい。
そもそもスポットは四百年ほど前に出来たものらしいが、どうやって出来たものか、誰が作ったものかも分かっていないそうだ。
一説によると、その頃にあった人間が霊の一斉掃討を試みた戦い、
要するに、スポットが出現したお陰で街中で霊に襲われる事は殆どなくなったが、その肝心のスポットについてはほぼ解明されていない、という事だ。
……なんだか、スポットに関連した犯罪が起こりそうな気がしてならない。
また、霊はスポットにいればいるほど強くなる、という特徴がある。
この特徴の為に存在しているのが『軍』だ。
軍は、霊が活発になる夜にスポットに入り、毎晩のように除霊活動を行っている。
霊が強くなり過ぎたら、スポットの結界も破られるかもしれない。そうなれば、霊が街に流れ込むという
除霊活動は基本的にシフト制らしいが、今日は見習い――勿論私の事だ――がいるため、いつもより多めの人数が動員されているとこの事。有難い話だ。
「リリーは俺が知っている見習いの中、いや、隊員含めてもでもトップクラスに優秀だから、普段通りやればなんて事はないよ」
ダニエルの反対側からベンジャミンも励ましてくれる。
まあ確かに技の種類や威力でいえば、この軍の中でも下の方ではないと思うが。
除霊活動への参加を伝えられた時ははしゃぎもしたが、やはり未知のものへの恐怖はあるものだ。
軍全体が止まり、最後尾の私達も止まる。
アンドリューの指示で素早く陣形が整う。ベンジャミンとは一旦お別れだ。
「行くぞ」
そのアンドリューの一言で、私達は結界を潜ってスポットの中に入った。
結界内に入ってもすぐに霊が襲ってくる、という訳ではなかったが、それでもすぐに霊は集まり出した。
「手応えねえなあ!」
ネイサンが
レベルの低い霊は、《霊弾》に当たるとすぐに蒸発するように消えた。
霊は、ほとんどが人間に似た姿をしており、身体が半分ほど透けていた。
少々気持ち悪いが、この見た目をしているのは霊レベルの霊のみなので少し安心する。
それに、サイズが大きくなって人の見る影もない高レベルの霊でも、ネイサンやサラ、アンドリューがすぐに除霊してしまうため、なんだか実感が湧かない。
「リリーさん」
ダニエルが話しかけてくる。
「左斜め前方、一体の霊がいるの分かる?」
「はい」
「あれ、やってみよう」
「分かりました」
私はそれに向かって左の手のひらを突き出した。
その人差し指に嵌めてある指輪に霊力を込める。指輪が光って霊力が凝縮され、手の平サイズまで大きくなってところで、その霊力を解放した。
私の放った《霊弾》は真っ直ぐに霊に着弾し、霊は蒸発した。
「おめでとう。記念すべき除霊第一号だ」
「はい!」
なんだ、簡単じゃん。
その一撃で緊張が解け、私は勇んで二射目の準備に取り掛かった。
————————
「期待以上だよ。凄かった」
「先生の教えのお陰です」
私の初陣は、結構上手くいったと思う。
《霊弾》などの基本の技は勿論、何発か《霊撃破》も放ったが、それもちゃんと発射出来た自信はあった。
最初は緊張していたが、二体目からは楽しみながら除霊をしていた。
アニメとかラノベでしか存在しなかった事をやったのだと思うと、改めて嬉しさが込み上げてくる。
特に、あの霊が消える時の蒸発するようなエフェクトは最高だ。
「やっぱりリリーは凄いね」
「先輩」
隣にいつの間にかベンジャミンが並んでいる。
「技もそうだけど、状況判断力が凄いと思う。前の襲撃でも感じたけど」
「有難うございます」
アニメやラノベで戦術などを研究しまくった結果……かは分からないが、この世界ではよく洞察力などを褒められる。前世ではそんなだったんだけどな。
それからも雑談をしながら本部を目指していると、不意にダニエルから真剣な声色で名前を呼ばれた。
「リリーさん」
「は、はい」
自然と肩に力が入る。
「今日の落ち着きや実力を見て決めたよ。明日から、
「えっ……本当ですか⁉」
私は思わず大声を出してしまった。
「うん。前に、一人前の霊能者になったら目指す、という話をしたと思うけど、今日それが確かめられたから。ちょっとテストもさせてもらったし」
「テスト?」
一瞬何の事かと思ったが、すぐに一つの出来事に思い当る。
「もしかして、あの私が突然霊に囲まれたのってわざとですか?」
「そうだよ」
ダニエルはあっさりと頷いた。
除霊中、一度だけ私は霊に囲まれた。
その時は《聖域》に霊力を籠めて一気に敵を弾き、その
その後すぐに焦った表情のダニエルが走ってきたが、どうやらあれは演技だったようだ。
あの迫真の顔、役者にでもなれるんじゃないだろうか。
ま、あれはあれで気持ち良かったから許してあげるけど。
「あの時の君の手際の良さと表情で確信した。ああ、この子は大丈夫だって」
「嬉しいです」
平静を装いつつも、私の胸は高鳴っていた。
なにせ、一国に数十人しかいない特別な存在になれるかもしれないのだ。
絶対に自己完結霊能者になってやる。
そんな気持ちを込めて、私は拳を天高く掲げた。
————————
「ところで先生」
スポットから本部への帰り道、私はダニエルに話しかけた。
自己完結霊能者の話に浮かれて忘れていたが、一つ気になっていた事があったのだ。
「どうした?」
「その右手首に付けているもの、何ですか?」
ダニエルの右手首には、透明の宝石のような石がくっついたリングが嵌められていた。
「ああ、これ? これは《
「おお、これが!」
霊能具は、所謂アシストアイテムだ。
作れる人が限られているため希少なようだが、霊力を供給したり技の威力を上げたり、なんてものがあるのだそうだ。
最上級のレア物ならとんでもない効果があるのではないか、私はひそかに期待している。
それにしても――、
「情報媒体と言い霊能具と言い、綺麗ですね」
「確かに」
「これはどんな効果が?」
「自分の使う技の威力を上げる効果がある。見習いの子が除霊活動に参加する際、最初の何回かはその子の一番近くにいる者が付ける事になっているんだ。万が一の事があっても大丈夫なように」
「なるほど。それは安心出来ますね」
「まあ、リリーさんがすぐに自己完結霊能者になっちゃったら外すけど」
「貴重だから?」
「そう。壊れたりしたら大変だからね」
ダニエルが強化石を撫でる。
いつか、ミネス軍にある霊能具を全て使ってみたいものだ。
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