司令の思惑

 リリーの《霊弾スピリット・バレット》をアッシャーが《霊弾》で相殺そうさいしたかと思えば、アッシャーの《霊刃スピリット・ブレード》をリリーが《霊壁スピリット・ウォール》や《聖壁セイクリッド・ウォール》――《霊壁》よりも強度の高い霊力の壁。《聖域セイクリッド・スフィア》と同程度の強度の防御技――で打ち消す。


 勝敗はなかなか決せず、両者の息が乱れ始めた。

 双方が《霊弾》を避け、距離を取る。


「ちっ。こうなったら仕方ねえ」


 アッシャーが息を吐いた。

 何かをやろうとしている顔だ。


「ここまで戦った事、褒めてやるよ」


 アッシャーが両手を突き出した。

 その場にざわめきが広がる。

 それもそう。その両手に、とてつもない大きさの《霊撃破スピリット・レイズ》が作られたのだ。


「なっ⁉」


 ダニエルは目を見開いた。

 なんだ、あの大きさは。とても人に向けて良いレベルじゃない。


 しかもアッシャーはギリギリC級な事が物語るように、威力はあっても精度がない。


 ダニエルはリリーの後ろに《聖壁》を生成した。


「受けてみろ!」


 アッシャーの手から《霊撃破》が放たれる。


「リリー!」

「リリーさん!」


 その場にいた者皆がリリーの名を叫んだ。

 リリーが左手を前に突き出す。

 その手が発光し、《聖壁》がリリーの前に生成された。

 そこに《霊撃破》が飛来し、その力が拮抗する。

 全くの互角だ。


 その時、リリーがにやりと笑った。

 リリーの右手が光る。


「まさかっ!」


 目お見開いたアッシャーの横に、《霊壁》が横向きに生成される。


「がら空きよ!」


 《霊壁》がアッシャーの腹を横殴りにした。


「ぐあ!」


 《霊撃破》が途切れ、アッシャーが横腹を押さえる。


 リリーはゆっくりとアッシャーの方へ歩き出した。

 両の手の人差し指から指輪を取ると、代わりにポケットから取り出した二つの指輪をそこに嵌めた。

 リリーの両手が光り、二つの《霊撃破》が生成される。


 リリーが更にアッシャーに近付き、その目の前に立った。

 アッシャーは後退りをするが、間もなくしてその背中は二人を覆う《聖域》にぶつかった。


 その事に気付いたアッシャーが、震えながらリリーを見る。

 リリーは静かな口調で言った。


「私の攻撃を受ける覚悟が、貴方にありますか?」


 アッシャーは答えなかった。

 が、その震えた身体、怯えた目が何よりの返答だった。


 一つ息を吐いたリリーが、《霊撃破》の生成をやめる。


「私に勝ちたいなら、常日頃からの鍛錬が必要です。必死に修行に打ち込んでいれば、弱いものいじめなんてしている暇もなくなりますよ」


 リリーがアッシャーに人差し指を突き付ける。

 アッシャーはリリーを睨み付けるが、何かを言い返す事はなかった。




「気に入らなければ力でじ伏せる……選ばれし者だけに許される特権だな」




————————




「全く、君は何を考えているんだ」

「すみません……」


 目の前には、厳しい顔をするベンジャミンとグレイス。

 その後ろにはアンドリューやダニエルもいる。


 アッシャーとの戦闘を終えた私はグレイスに身体を拘束され、会議室に連行されたのだ。


 今思えば、アッシャーとの戦闘は最高だった。


 むかつく あのガキアッシャーらしめる事が出来たのもそうだし、三個の技の同時発動も試せたし、何よりあのヒーロー的立ち回りに戦闘後の見習いの子達からの称賛の目は堪らない。


 泣いているか弱い少女を背に庇い、その原因である横暴な男を懲らしめる。

 こんな想像を、アニメやラノベを見ながら何度した事か。


「おいリリー、聞いているのか」


 改めて先程までの自分に酔いしれていると、グレイスに睨まれた。すんません。


「どうせあの《聖域》も、お前が作ったんだろ?」

「げ、バレてましたか」

「私も戦闘途中で気付いたけど、ベンジャミンなんかお前が生成した瞬間に気付いていたぞ」

「えっ」


 ベンジャミンを見る。


「あのポケットに手を入れる動作、明らかに不自然だったからよく見てみたら、ポケットの中が少し光っているのが見えたんだ」


 あれま。観察力凄いな、この人。

 はっ。それとも愛の力で――、


腑抜ふぬけたツラをするな」

「いてっ」


 グレイスに頭をごつかれた。


「それでリリー」


 ベンジャミンが口調を改める。


「何で君はアッシャーとやりあおうと思ったんだ? 君ならあの戦闘を回避するくらい、わけないだろ? 実際にこれまではそうしてきたんだし」

「……ちょっと、頭に血が上っちゃって」


 少し迷って、私は正直に答えた。

 憧れた展開ではあったけど、あの時あの場では、ただ単にアッシャーにムカついていたのだ。


「へえ、リリーでも本気で怒る事ってあるんだね」


 ベンジャミンが何故か感心したように頷く。


「別に私、そんなに我慢強くありませんよ。それに、あのアッシャーに泣かされた子。スカイラーっていうんですけど、人一倍掃除とか頑張っている子なんです。流石にあれは許せないというか、許しちゃ駄目だと思いました」


 話しているうちに、再びアッシャーに対する怒りが込み上げてくる。

 スカイラーは、本当に良い子なのだ。


「リリー、目が座っているよ」

「あっ、すみません」


 ベンジャミンに指摘され、慌てて表情を和らげる。


「まあ確かに、あんなリリーの表情は初めて見たな。ベンにも黙っててください、とか言っていたし」

「あっ」


 グレイスに言われて思い出す。

 そう言えばそんな事も言ってしまったな。


「はい。あれにはびっくりしました」

「生意気言ってすみません。先輩」

「それは別に良いよ。人のために本気で怒れるのって素敵な事だと思うし」


 ……ああ。またこの人はこんな恥ずかしい台詞を堂々と。

 グレイスなどは微笑ましいものを見る目でこちらを見てくる。


「ただ」


 ベンジャミンの口調が少し厳しくなる。


「いくら君が優秀だと言っても、元から《聖域》を展開しつつ戦うなんて、万が一の事があれば他の人にも被害が出ていた可能性だってある。そこはちゃんと考えないと」

「はい」


 それはその通りだ。

 軽率な行動だったのは自覚している。


「お前も言えるようになったな」

「からかわないで下さい」


 グレイスのからかいにベンジャミンが不服そうな表情をしている。

 そんな二人は放っておいて、私はその後ろにいるアンドリューを見た。


「司令」

「何だ?」

「あの時、司令は私達が実際に戦う前からいらっしゃいました。何故お止めにならなかったのか、お聞きしても宜しいですか?」

「君の実力を見たかったのと、アッシャーにとっても良い薬になると考えたからだ。彼はここ最近、特に素行不良が目立っていたが、根は悪い子ではない。かと言って、大人の言葉を素直に受け止められるほど成熟もしていない。それなら、君への対抗心で、ひとまずは霊術に集中してもらおうと思ったんだ。それに、皆へのリリーのお披露目にもなるしな」

「なるほど。有難うございます」


 お披露目云々はついでのような気もするが、別に悪い気はしない。

 アンドリューは、私が勝つと思っていたという事の証明だから。


「まあ、とにかくだ」


 グレイスが腕を組んだ。


「リリーはあんまり無茶はするな。それと、どうしても喧嘩したいなら外でやれ」

「はい」

「アンディーも、子供達の喧嘩を利用するな」

「怪我人が出ない事なら保証する」

「そういう事じゃないんだが……」


 この軍で唯一アンドリューの事をあだ名で呼び、フランクに話すグレイスでさえも、彼を説得するのは難しいようだ。


 だろうな、と思う。

 おそらくアンドリューの持つ自信は、選ばれし者だけが持つ事を許される、ある種の傲慢ごうまんさを包含ほうがんしたものだ。

 それをくつがえさせるのは、アニメでなくても容易ではないだろう。


「そういえばリリーさん」


 ダニエルに声を掛けられる。


「はい」

「今日の君の戦いぶりを見て、司令とも相談して決めたんだけど、君は今日から除霊活動に参加してもらうよ」

「……え?」


 ジョレイカツドウ?

 突然の事で、思考が鈍る。


「やったじゃん、リリー。ついに念願の実戦だってさ!」


 ベンジャミンに言われ、ようやく実感が湧いてくる。


「本当ですか⁉」

「ああ。だから、夜までしっかりと休んでおくように」

「分かりました!」

「はしゃぎすぎだ。休めなくなるぞ」

「大丈夫です」


 溜息交じりに忠告してくるグレイスに親指を立ててみせれば、彼女は苦笑しながら溜息を吐いた。


「それでは失礼します」


 平静を装い、私は部屋を出た。


(よしっ!)


 扉が閉まるのを確認して、右手で握り拳を作る。

 ようやく除霊活動に参加出来る。このまま正規隊員まで駆け上がってやろう。


「おー!」


 私は拳を突き上げ、そのまま歩き出した。

 その姿を見られているとも知らずに……。








「……あいつ、どうしたんだ?」


 そのリリーの奇行を見ていたサラは、リリーが出てきた会議室の扉を見つめた。


(アッシャーとの喧嘩。ベンやグレイス、ダニエルあたりが放置するとは思えないけど……)


 気になったサラは、会議室の扉を開けた。


「サラ。どうしたんだ?」


 グレイスが聞いてくる。

 その他のメンバーは予想通りだ。


「いや、ここから出てきたリリーのテンションがやけに高かったから、どうしたのかと思って」

「ああ。あいつ、今日から除霊活動に参加するんだ。その事を伝えたら大はしゃぎししたというわけだ」

「え? ……まあ、あの実力なら妥当か」


 むしろ、あと数年、いやそれ以内にはサラなど抜かれ、アンドリューの域まで達するかもしれないな。


「あいつには休むように言ったんだが……」


 グレイスが溜息を吐いた。


「あの様子じゃ寝れないだろうね」


 サラが苦笑して見せれば、グレイスはもう一度溜息を吐いた。




 それから少し経った頃、とある一室の布団の上で黄色髪の少女が溜息混じりに呟いた。


「眠れない……」

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