子供の喧嘩は見世物じゃありませんよ

 自己完結霊能者セルフィッシュ

 情報媒体メディアを使わずとも技を素早く繰り出せる稀有けうな存在をそう呼ぶ。

 なんでも、発動時の霊力の流れを身体で覚えてしまうらしい。

 情報媒体なしで技を出せるという事は、技数の制限がなくなり、圧倒的に戦いに強くなるんだそうだ。


 自己完結霊能者は先天性と後天性の二種類あり、先天性は生まれた時から霊術が使え、後天性は経験から学ぶもので、一般的には先天性の方が戦闘力が高いらしい。

 理由としては、たとえ自己完結霊能者であっても、後天性だと難易度の高い技になるほど情報媒体なしで発動させるのは難しいから、だそうだ。

 先天性は情報媒体の有無と技の出来は関係ないらしい。チートか。


 また、その数は前者は一国に片手で収まるほど、後者でも一国に十数人という、なんとも希少な存在のやうだ。

 ミネス軍ではアンドリューのみが自己完結霊能者だが、それも後天性らしい。




「……何ですか、それ。滅茶苦茶ロマンあるじゃないですか!」

「そうだね。けど今は、技の発動の話に戻るよ」

「あっ、はい」


 そうだった。

 技の発動には、その『下準備』と『それを維持しつつ、実際に霊力を籠める』という二つの工程があるとかって話だったな。


「後天性の人達は上級の技をほとんど習得出来ないというのも、多くはこの二つ目の工程を上手く再現出来ないからなんだ。下地から勢いで発動まで持っていける《霊弾スピリット・バレット》などならまだしも、その下地を壊さないように維持しながら適切な量と質の霊力を籠める、という作業は、繊細せんさいでとても難しいらしい。まあ、僕は一つ目の工程すらも出来なかったけど」


 そのダニエルの表情は、悔しそうではあるが悲観的ではなかった。

 だから、私も普通に会話を続ける事が出来た。


「維持しながら適切な霊力……つまり、技の発動時の霊力の流れを、ある程度ではなく完璧に身体で覚えなければ、上位技の習得は難しいわけですね」

「そういう事。でも、今は技の完成度を高める事に集中だよ」

「えっ、どうしてですか?」

「自己完結霊能者は、頑張ればなれる、というほど簡単なものじゃない。情報媒体の中での霊力の動きに意識は払いつつも、まずは今できる事を完璧にして、一人前の霊能者になる事の方が今後のためだよ。自己完結霊能者を目指すのはそれからでも遅くはない」

「なるほど。分かりました」


 ダニエルの言葉は、まさにその通りだと思った。


 緊急事態に役立つのは付け焼き刃の応用より固められた基礎だという事を、私は前世で身をもって経験していた。

 あの時は部活の試合だったが、今度は命を懸けた戦闘だ。尚更基礎を徹底しておく必要があるだろう。


 基礎を怠った人間が死ぬのは相場で決まっているしね。


「君ならそう遠くないうちに自己完結霊能者を目指せるようになるかもしれない。頑張ろう」

「はい。宜しくお願いします!」


 私は頷き、的に向けて《霊撃破スピリット・レイズ》を放った。

 やっぱり、指輪が光ってビームが出るなんて、堪らないね。




————————




「リリーはどうだ? 順調に成長しているか?」

「はい」


 アンドリューの問いにダニエルは頷いた。


「《霊弾》、《霊刃スピリット・ブレード》、《霊撃破》、《霊壁スピリット・ウォール》、《聖域セイクリッド・スフィア》と、攻撃、守備に関してはすでにそこいらの隊員よりは出来ているでしょうね。それでいておごらないし、常に自分で考えて工夫しようとしています。霊力総量も相当のものですし、もう実戦で試すのには十分すぎる実力を持ってると言えるでしょう」

「そうか。それだけの技が使えるという事は、やはり幼少から霊術はやっていたんだな」

「のはずですが、気になる部分があります」

「何だ?」

「あれだけの技が発動出来るのに、その完成度がお粗末すぎたんです。ものの一週間ほどで克服しましたが、最初は無駄な力が入り過ぎていました。《霊撃破》や《聖域》を教われる環境で、あんな完成度のまま放置されているなど、まず有り得ない」

「可能性としては?」

「独学で学んだか、記憶喪失と同時に中途半端に発動方法を忘れたか、それとも……今回が初めてだったか」

「ふむ……」


 アンドリューが顎に手を当てて考え込んだが、やがてその顔を上げた。


「どれも考えづらいが、取りあえずリリーはちゃんと成長しているならそれで良いか」

「はい。最近、二つの技の同時使用も出来るようになってきていますし、あの子はベン君以上の大器かもしれません」


 まあ、幼少期に他より優秀だからといってポテンシャルが高いとは一概には言えないのだが、リリーにはどこかスケールの大きさが感じられるのだ。


「そうか」


 アンドリューは満足げに頷いた。


「これからも指導してやってくれ」

「はい」


 話が一段落したところで、二人とも飲み物を口に含む。

 今度はダニエルから話しかけた。


「ところで、最近は日常生活の方は大丈夫ですか? リリーは」

「ああ。最初の頃はどうなるかと思ったが、きっかけは掴んだようだ。元来よく周りが見えているし、機転も効く。皆から受け入れられ始めていると言って良いだろう」

「それは良かったです」


 ダニエルは胸を撫で下ろした。


 リリーは、最初の方は見習いの中で孤立していた。

 あれほどの実力に加えて、『リリー・ブラウンは地下牢で捉えられていた』という噂――事実ではあるが――が流れていたからだ。


 ただ、そうなると別の問題が出てきそうだ。


「でも逆に、それはリリーを良く思わない子達も出てきそうな……」

「ああ」


 アンドリューが苦笑した。


「君の考えている通り、アッシャーなどは事あるごとに反発しているそうだ。リリーが流しているから大事にはなっていないものの、見習いは皆肝を冷やしているらしい」

「実力はあるんですけどね……」


 アッシャー・ヒル。

 現在十歳で、霊術も使えて身体能力も高い彼は、同い年のベンジャミンと共に将来を有望視されているC級霊能者だ。

 しかし、その傲慢でプライドの高い性格ゆえに苦手意識を持つ者も多く、取り巻きの中にも彼に不満を持つ者がいると聞く。


 それに、同じC級霊能者とは言っても、B級昇格も近いであろうベンジャミンとギリギリC級のアッシャーでは、すでに大きな差が開いている。


 勿体無い子だとは思うが、あの性格を改善させる事はなかなか骨の折れる仕事だろう。


 二人揃って溜息を吐いたところで、二人のいる小会議室がノックされる。


「入れ」


 アンドリューが許可を出すと、隊員の一人が慌て気味に入ってくる。


「大変ですっ、司令」

「どうした?」

「今、見習いのアッシャーとリリーが一戦触発状態です! いかがいたしましょう?」

「ついにか」


 アンドリューが苦笑した。


「俺も行く。誰にも手を出させるな」

「は、はい!」


 隊員が足早にその場を去っていく。


「ダニエル。一つ、リリーの対応を見てみるとしよう」

「子供の喧嘩は見世物じゃありませんよ」


 そう答えながらも、リリーはどう対処するのだろう、とちょっとした期待感を抱きながらアンドリューの後に続き、ダニエルも現場へと足を運んだ。








 二人は一階のホールで向かい合っていた。

 リリーの後ろには泣いている見習いの少女。それだけで何が起きたのか容易に想像出来る。


 しかし、意外だったのはリリーの表情だ。


「あんな表情のリリーは初めて見ますが、間違いなく怒りに燃えていますね」

「ああ。案外、どちらも限界だったのかもしれないな」


 アンドリューが呑気に呟く視線の先では、二人が言い争っている。


「そうやって弱っちい奴をかばって正義感に浸るのは楽しいかよ?」

「そうやってちょっと実力があるだけでイキるのは楽しいかよ?」

「なっ⁉」


 リリーの挑発に、アッシャーが顔を怒りで赤く染める。


「てめえ、ちょっと霊術が使えるからってあんまり調子乗ってんじゃねえぞ!」

「自己紹介ですか?」

「……てんめえ!」


 あれだけ挑発するとは、リリーも相当怒りが溜まっているようだ。


「リリー。もうやめな――」

「先輩は黙っていてください」


 ベンジャミンの制止を、リリーが冷たい声で遮った。

 ベンジャミンが息を呑む。


「ただでさえ傲慢な態度で周囲に迷惑を掛けているのに、挙句女の子を泣かせた。有り得ないでしょう」


 リリーがアッシャーを振り返り、目線を鋭くした。

 ベンジャミンやグレイスなどの多くの隊員がアンドリューを見るが、彼は首を振るばかりだ。


 アッシャーがにやりと笑う。


「何だ? その目……まさか、本気で俺とやる気かよ?」

「別にどちらでも。ただ、ここでは周囲に被害が出る恐れがありますね」


 そう言いながら、リリーが右手をポケットに突っ込んだ。

 二人の周囲に《聖域》が展開される。


「えっ?」


(一体誰が、二人の喧嘩を助長させるような事を?)


 アンドリューを見るが、彼は首を振った。


「おや」


 リリーが周囲を見回す。


「どなたかが気を遣ってくれたみたいですね」

「へっ。これで逃げる口実がなくなったな。ま、土下座して誠心誠意謝れば見逃してやるけど、どうするよ?」

「へえ、戦うのが怖いんですか?」


 リリーのさらなる挑発に、アッシャーは怒りに眉をひくつかせながらも笑みを深めた。


「てめえの良い子ちゃん発言にはずっとムカついていたんだ。今ここで、二度と生意気な口叩けねえようにしてやるよ!」


 アッシャーが地面を蹴り、戦闘の火ぶたは切って落とされた。


 アッシャーが《霊弾》を放ち、リリーがそれを《霊壁》で受け止める。

 その隙にアッシャーがリリーを殴ろうとするが、リリーが《霊弾》を発射し、アッシャーがそれを身体を逸らせながら交わした。


 その見応えのある戦いに、思わず心配そうに眺めていた人達からも、おお、という声が上がる。


 それからも互角の攻防が続くが、ダニエルはリリーに違和感を感じた。


「遠距離攻撃をせず、あえて接近戦に持ち込んでいる?」

「ああ。あれは確実に意図的だ」


 アンドリューの同意。

 リリーは、身体能力で劣る分、不利なはずの接近戦をあえて仕掛けている。


「何故そんな事を?」

「アッシャーに勝つためだろう」

「どういう事ですか?」

「アッシャーはああいう男だ。彼に敗北を認めさせるなら、彼に優位な状況で勝つ必要がある、という事だろう。それに」


 アンドリューが口角を上げた。


「リリーはもう一つ、大きな伏線を張っている」

「え?」


 伏線……、

 駄目だ。何も浮かばない。


「まあ見ていると良い。勝負がついた後に分かるはずだ」

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