修行
ダニエルから感じたそれは、本能的に駄目なものだと分かった。
「へえ……」
飛び退いた私を見て、ダニエルがニヤリと笑う。
逃げなければ、と本能が告げている。
(そうだ。先輩は⁉)
ベンジャミンに目を向ければ、彼は――――、
大きなため息を吐いていた。
「やりすぎですよ。ダニエル先生」
「……え?」
ベンジャミンの言葉と共に、ダニエルから危険な香りが消える。
ベンジャミンが近付いてくる。
「せ、先輩」
私が混乱していると、彼が苦笑しながら説明してくれる。
「大丈夫だよ。ダニエル先生は、有望そうな子が来ると必ずこれをやるんだ」
「これって……」
「簡単に言うと、殺気をぶつけるんだよね」
「……はああああ⁉」
私は思わず叫んでしまった。不敬は許して。
出会い頭に殺気をぶつけるって、どんな趣味だ。
「すまない。怖がらせてしまって」
ダニエルが少し距離を保ったまま謝ってくる。
「でも、ここまで殺気に対する反応が速い子はなかなかいないよ」
その口元が再びニヤリと笑う。
「……ダニエル先生」
「何?」
「殺気を出したままその顔をするのは流石にやめた方が良いと思います。トラウマになります」
「えっ、そう?」
「はい。ただのマッドサイエンティストにしか見えなかったです」
「それは失礼。あまりに良い反応だったから」
頭を掻くダニエルに、私は溜息を堪えた。フォローになってないから。
————————
なかなか衝撃的な出会い方をしたダニエルだが、先生としては申し分のない人だった。。
教え方は上手いし、言語化能力も高い。居残り練習にも毎回付き合ってくれる。
ほとんどの見習いは出稼ぎで雑用などをこなすのが本来の目的であるため、修行の時間以外で修行をしようと思う者はほぼいない。
だから、居残り練習はたいてい私とダニエルの一対一だ。
「うん。大分無駄な力みが取れてきたよ」
「本当ですか?」
「うん。安定している」
「よっしゃ」
私が今やっているのは、より自然体で霊術を使う修行だ。技は持続性の高い《
あのクソ神から『力を籠めろ』と言われていた影響か、私の霊術は無駄に霊力を注ぎ過ぎていた事が判明した。
変に力むと本来技に伝わるはずの霊力が様々な方向へ逃げてしまい、ただの無駄遣いになるらしい。
ただ、この悪癖によりもう一つの事実も判明した。
それは、私の霊力総量は相当高い、という事だ。
そんな無駄な力の使い方をしつつも憑依人間相手に数分間耐えたり《
あのクソ神、だったら
っと、今はもうあんな奴の事は良い。
それに、あの時私があの憑依人間を倒せていたら、ベンジャミンとは会っていなかったかもしれないのだから。
「リリーさん?」
「あっ、すみません。大丈夫です」
ダニエルに声を掛けられ、慌てて彼に意識を戻す。
わざわざ手伝ってもらっているんだ。集中しないと。
「じゃあ、続きやろうか」
「はい」
「今度は、《
「分かりました」
的に向かって言われた通りに放つ。
「そこまで」
四周目に入ったところでストップの声。
「うーん、やっぱり《霊撃破》がまだぎこちないんだよね」
「そうですか……」
自分では割とイメージ通りに修正出来てきていると感じたのだが、まだまだらしい。
なら、イメージが正しくないのだろうか。
「そうだ」
ダニエルがポンッと手を打った。
「一回、発動式でやってみよう。そうすれば、感覚が分かるかもしれない」
「あっ、確かに」
今でこそ情報媒体が主流だが、この世界はかつては発動式を唱えて技を発動させていた。
何故情報媒体が主流になったかと言えば、理由は簡単だ。
技には一つ一つに発動式があり、それを一つにつき一個組み込んだものが情報媒体だ。
情報媒体を使えば霊力を注ぐだけで技が発動するため、発動スピードは発動式を唱える時の何倍にもなる。
予め計算式を作っておけば、後は数値を入力するだけでコンピューターが高度な計算をしてくれるようなものだろう。
うん、我ながら良い例えだ。
「じゃあ、情報媒体は預かっておくよ」
「はい。お願いします」
ダニエルに情報媒体を預ける。
発動式を唱えている最中に他の技の情報媒体に霊力が流れると、お互いが干渉しあってどちらの技も発動出来ないからだ。
これは、情報媒体同士でも言える。
隊員を見てみても、情報媒体の指輪は二つから四つほどしかつけていない人が多い。
技を発動させる際、複数の指輪に霊力が注がれるとお互いが干渉し合い、技が発動出来ない。
故に、何個も指輪を付けているとその分他の指輪に霊力を注いでしまう可能性が高くなり、本末転倒となるようだ。
だから優先的に使うものを数個身に着け、他の技や予備を数個持っておく、というのが一般的らしい。
ちなみにベンジャミンは左手に二つ、右手に一つ付けており、基本的には《霊弾》、《聖域》、そして回復技の《
利き手でない右手では、複数の情報媒体を使えないらしい。
「じゃあ、いきます」
目を瞑り、頭の中で発動式を唱える。
口に出すのは恥ずかしすぎるので、頭の中で唱えるだけで良いのは有難い。
発動式を唱え終わると、半自動的に《霊撃破》が私の手から放たれる。そして確信した。
私のイメージに原因がある、と。
「どう? 何か分かった?」
「はい」
自信たっぷりに頷けば、ダニエルが情報媒体を渡してくれる。
「見ていてください」
一度大きく深呼吸をした後、私は《霊撃破》を放った。
的が粉々になる。
拍手の音。
「凄いよ」
「先生」
「一気に良くなったよ。威力は変わらないのに、ずっと綺麗に発射出来ている」
「有難うございます」
他人の技の精度を完璧に見抜けるダニエルも相当凄いと思うけど。
「参考までに、何を改善したのか教えてもらえるかい?」
「はい。私、《霊撃破》ってずっと全力を注ぎ続けないといけないって思っていたんです。けど、そのイメージが違った。発動させた後はもっと
「なるほどね。イメージしていたゴールそのものが違った、という事か」
「はい」
「多分それ、《聖域》にも言えるよ」
「え?」
私はダニエルを見た。
彼は人差し指を立てる。
「技の発動には、その『下準備』と『それを維持しつつ、実際に霊力を籠める』という二つの工程がある。この二つの作業は実は全くの別物なんだ。そして、情報媒体が主に行うのは一つ目の作業。リリーさんが《霊弾》とかに比べて《霊撃破》などが苦手だったのは、この二つ目の作業にかける時間が大きかったからだね」
「ああ、なるほど」
「これは、後天性の『
「セルフィッシュ?」
ダニエルの口から知らない単語が出てくる。
「あれ、知らない?」
「はい」
自己中心的、みたいな意味だった気がするが、ダニエルが言っているのはそういう事ではないだろう。
「分かった。説明するよ」
「お願いします」
二人でベンチに座る。
「霊術の基本は情報媒体を用いて技を発動させる事だけど、あくまでそれは『基本』で、例外もいるんだ」
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