危険な気配

「この軍で働きながら、霊術を学びたいです」


 アンドリューから今後について尋ねられた時、私は迷わずに答えた。


「そうか。それはこちらとしても有難い。君は即戦力になるだろうしな。しかし……」

「身寄りについては大丈夫ですよ」


 務めて軽い口調で答える。


「何か思い出したらその時はお力添えをお願いするかもしれませんが、今はここにいたいんです。手がかりもないですし」

「そうか、分かった。一応、他の軍にも情報は回しておく。何か分かればすぐに知らせよう」

「有難うございます」

「では、これからの事を簡単に説明していこうか。まず、君には見習いとしてこの軍に入ってもらう。正規隊員になるためには明確な基準はないが、君ならすぐになれるだろう」


 その嬉しい言葉に、思わず口元が緩む。


「詳細はまた後で説明するが、見習いのすべき事は霊術の修行と掃除。その他のちょっとした雑務だ。また、こちらが認可した希望者のみ除霊活動に参加してもらうが、どうする?」

「希望します」

「分かった。では次に生活についてだが、基本的にはこの本部に寝泊まりする、という事で構わないか?」

「そうして頂けると助かります」

「ああ。では、あとは――」




 それから細かい説明をいくつかして、話は終了となった。


「仕事の詳細に関しては明日、実際にやりながら説明する。ベン、頼めるか?」

「大丈夫です」

「有難うございます。お願いします」

「うん」


 真面目な顔で頭を下げつつも明日も一緒にいられる口実が出来て、私は内心で喜んだ。

 有難う、司令。


「逆に、リリーから質問はあるか?」

「そうですね……」


 少し考えて、私は前に感じた違和感を思い出した。


「では、あの地下室について一つお尋ねします」

「ああ」

「あの地下室。何か特殊な結界でも張っているのですか?」

「ほう……」


 アンドリューが口角を上げた。


「何故そう思った?」

「あの部屋に入ってから、私はずっと原因不明の倦怠感けんたいかんを感じていました。それが、昨日の奴らに襲われていた時だけなくなり、その後はまた感じました。最初は緊張などの精神的疲労かとも思ったのですが、今日も感じているのでそれは有り得ない。倦怠感を感じなくなったのも、ベンさんが隊員に何か指示を出した直後だったので、何かあるのではないか、と思いました」

「なるほど。余程感知能力が高いと見えるな」


 アンドリューが感心したように言った。


「感知能力?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げると、グレイスが答えてくれる。


「リリー。お前の推測は正解だ。あの地下全体には《封域バリア・シールド》が張られている」

「《封域》?」

「ああ。簡単に言えば、『その結界内において霊術を使えなくする』というものだ。地下に《封域》を展開するための情報媒体メディアがあって、それに定期的に霊力を注ぐ事で常時発動させている」

「なるほど……それで、感知能力というのは?」

ひとえに感知能力といっても、霊力に対してだったり人の気配に対してだったり色々あるが、それが優れている人間は総じて《封域》に対して敏感になるんだ」

「面白いですね」

「他に質問は?」

「そうですね……今は大丈夫です」


 私は首を振った。


「右も左も分からない状態なので、疑問が出てきたらその都度お尋ねさせていただきます」

「そうか。ならこの話は以上だ」


 アンドリューが立ち上がった。そのままこちらに視線を向けてくる。

 何だろう、と思っていると、アンドリューが頭を下げた。


「仲間を助けてくれた事、あらためて感謝する。有難う」


 それに続き、ウィリアム、ネイサン、グレイス、そしてベンジャミンも私に頭を下げてくる。


「そして、これからはその仲間の一員としてよろしく頼む。リリー・ブラウン」


 アンドリューが手を差し出してくる。

 仲間として認めてもらえた事の嬉しさを噛み締めながら、私はその手を握った。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」




————————




 翌日、早速ベンジャミンに仕事を教えてもらいつつ、本部を見て回った。

 その造りをまとめてみる。


 二重の門に囲まれたこの建物は、地上五階建てだ。

 内門と外門の間には広場や修練場、射撃場、物見櫓ものみやぐらなどがあり、内門はそのまま建物の入り口となっている。


 歴史で習った中世の軍隊の施設などと比べて防御が弱い気がしたが、その理由は話を聞いているうちに理解出来た。

 この建物は、外部からの侵入者よりも迅速な出動に重きを置いているのだ。

 理由は簡単。霊に対抗するためだ。


 それに、犯罪集団が軍を襲う事は滅多にないらしい。

 そりゃそうだよね。軍がいなかったら自分達が危険だもん。


 だから、一応は通路を狭くして侵入されにくくはしているが、前回のようにある程度組織的な集団だと対処が難しいらしい。

 まあ、前回に関してはアンドリュー達がいなくてベンジャミンも私に付きっきりだったから、大分戦力は削がれた状態だっただろうけど。


 その狭い入り口を抜けると広めのホールがあり、右手前には地下へと繋がる階段がある。右奥と左奥にはそれぞれ上の階に上がるための階段があり、ウィリアム達はその左奥の階段で交戦していたらしい。

 その他には右手に食堂やキッチン。正面奥に会議室や事務室、資料室。左手にはトレーニングルームや武具倉庫、洗濯室、風呂などが設置されている。


 階段を上がると二階には見習いの宿泊部屋が並ぶ。

 主に遠くから来ている子ばかりだが、私もそのうちの一部屋に住み始めた。

 まあ、寝る以外にはあまり使っていないが。


 三階には司令室や小会議室の他に、娯楽室などもある。

 娯楽といってもカードとかチェスとかしかないけど。


 そして、四階には最重要機密書類や霊能具が保管されていて、ここは特別な許可がないと入れないらしい。

 霊能具は希少価値だから、武具倉庫には置かないんだとか。


 私が生活していた地下は、やはりというべきか、地下牢のような役割を果たしていた。

 ただ、ミネス軍本部に拘留されるのは一時的なものらしく、最終的には皆この国アイリア国の都であるシエラにある収容所に移されるようだ。

 なんでも、王宮の指示によりシエラには優秀な霊能者が集まっているらしく、犯罪者を逃がさないためにはある程度の権限を譲渡しても仕方のない事のようだ。


「そんな事にこだわって除霊活動に支障が出たら本末転倒だ」


 と、アンドリューは言っていた。

 出来る人だ。




 建物の造り自体はそこまで感覚とずれてはいなかったが、やはり一つ一つの機能や仕組みに関しては、前世とはかなりの差異を感じる。

 先程話した娯楽もそうだし、風呂もだ。

 石鹸が高価で水洗いが基本なのは予想していたが、この世界の人達は夕方や夜ではなく朝に風呂に入る。

 洗濯だって手洗いだし。


 ただ、そうかと思えば逆に想像より進んでいる分野もある。服や武器、印刷などがそうだ。

 服は全体的に種類が多く、特に動きやすいラフなものが多い。

 武器も、剣や盾だけではなく前世と近しい性能を持つ銃があるし、印刷に関しても書物はそこまで高価ではない。


 進んでいる分野、進んでいない分野を比較して、私は一つの事実に気が付いた。

 それは、この世界は『霊に関係した技術のみが進んでいる』という事だ。


 服は戦闘時に動きやすいものが量産され、武器は製造出来る者の少ない霊能具を研究して、そこからインスピレーションを得ている。書物は霊の情報を共有するために重要だ。


 この事をベンジャミンに話してみると。


「うん、まあ、確かに?」


 という何とも微妙な答えが返ってきた。

 まあこれは、別世界で生きていた者ならではの視点だ。この反応が普通だろう。




 一通り見終わると、ベンジャミンは修練場に連れて行ってくれた。

 出会って数日なのに、私の事をよく分かってらっしゃる。


 修練場に行くとすでに先客がいたようで、一人の男が的に向かって《霊弾スピリット・バレット》を放っていた。


「ダニエル先生」


 ベンジャミンがその背中に声を掛ける。知り合いか。


 男がこちらを振り返る。

 振り返った顔はなかなか若かった。まだ二十代前半くらいだろう。その細い目に、知的な印象を受ける。


「ベン君か」


 ダニエルは、ベンジャミンを見ると頬を緩めた。

 その視線がこちらを向く。


「……その子は?」

「今日から見習いとして入隊しました。リリー・ブラウンです」


 私が一歩前に出てお辞儀をすると、ダニエルは僅かに目を見開いた。


「君がリリーさんか。司令から話は聞いているよ」


 ダニエルが歩いてきて、私の前で立ち止まる。


「見習いの霊術の修行を担当しているダニエル・クラークだ。宜しく」


 ダニエルが右手を差し出してくる。

 握手したがる人多いな、と思いながら、私も右手を差し出す。


「はい。宜しくおねが――」


 右手がダニエルのそれに触れそうになった瞬間、私は身の毛がよだつのを感じた。

 ――駄目だ!


 右手を引っ込めた私は、咄嗟に全力で後ろへ跳んだ。


「へえ……」


 ダニエルがニヤリと笑った。

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