信頼

「こっち!」


 ベンジャミンの後についていくと、地下の奥には、壁にカモフラージュされた階段があった。


「緊急脱出用だ」


 一言だけ告げ、ベンジャミンが階段を駆け上がる。

 私も続いた。


 外へ出ると、視界のすみに霊術特有の光が見えた。

 三人の男達が、まさに壁に向けて《霊弾スピリット・バレット》を放とうとしているところだった。


 先手必勝。

 私はその三人に向かって《霊撃破スピリット・レイズ》を放った。


 しかし、三人のうちの一人が私達に気付いた。


「やべえ!」


 その一声で三人が後ろに跳び、《霊撃破》は三人の横をかすめていった。


「こいつら、どっから……!」

「んな事はどうでも良い! やるぞ!」

「おお!」


 男達が《霊弾》を放ってくる。

 ベンジャミンが《聖域セイクリッド・スフィア》で受け止めるが、その表情には疲労の色が出ていた。


 私は周囲を見回し、それを見つけた。


「ベンさん。一旦あの岩に隠れましょう」

「そうだね」


 相手の攻撃が一瞬止まったタイミングで《霊撃破》を放つ。

 敵がそれをけた隙に、私達はすぐ後ろにあった大きな岩に身を隠した。


 敵が《霊弾》を撃ってくるが、予想通り近付いては来ない。

 岩も、ベンジャミンが《霊壁スピリット・ウォール》で敵の攻撃の威力を弱めているため、すぐには壊れなさそうだ。


「彼らはリリーの二度の《霊撃破》を避けたから、まず間違いなくそれに対抗する術は持っていないね」

「はい。ですが、どうにかして距離を縮めないと、避けられます。私もあと何発てるか分かりませんし」

「俺に一つ、策がある」


 敵の攻撃は断続的に続いている。


「策?」

「俺らの消耗を考えても、短期決戦しか勝ち目はない。でも、あの《霊弾》の中で俺かリリーが近付いて《霊撃破》を放つのは難しい。なら、俺があいつらの動きを止めて、リリーがそこに《霊撃破》を当てるしかない」

「動きを止めるなんて、出来るんですか?」

「うん。《聖域》であいつらの足と地面を囲んでやれば動けないはずだ。ただ、この方法には問題もある」

「問題?」

「俺は一応同時に二つの《聖域》を扱う事くらいなら出来るけど、その分強度はどちらも落ちる。いざとなったら俺らを囲う《聖域》に全力は注ぐけど、そうなると相手に避けられるかもしれない」

「いえ。ベンさんは相手の足止めの方に全力を使って下さい」

「え?」


 キョトン、という効果音でも付きそうな顔だ。

 可愛いな。


 ……じゃなくて、


「たとえ相手が悪あがきで攻撃してきても、私が全部霊撃破で打ち消しますから」


 親指を立ててみせる。

 一度驚きの表情を浮かべた後、ベンジャミンは微笑んだ。


「分かった。頼むよ」

「はい!」


 ……確かに、何発か発射していた経験をもとに、やれる自信はあった。

 だが、そこに私的な欲望がなかったといえば、それは全くの嘘になる。


 誰でもヒーローにはなりたいものだ。


「いくよ」

「はい」


 岩から顔を覗かしたベンジャミンが、素早く《聖域》を展開した。


「うお、何だ⁉」


 それは、見事男達の自由を奪った。

 その瞬間、私は岩陰を飛び出し、右手を男達に向けた。《霊撃破》が放たれる。


「なっ⁉」

「この!」


 男達が慌てて《霊弾》を放った瞬間、《霊撃破》がその身体を捉え、男達は後ろに吹き飛んだ。


「よしっ!」


 嬉しさのあまり、拳を握り締めた。

 そのまま後ろを振り向く。


「やりましたね! ベンさ――」


 しかし、私の言葉は途中で止まった。

 ベンジャミンの身体がふらつき、その場で崩れ落ちたからだ。


「ちょ、ベンさん⁉」


 慌ててその身体を支えた。


「ベンさん、しっかりして! ベンさん!」




————————




「……さん、ベンさん!」


 揺れている感覚に、意識がゆっくりと浮上する。


「ベンさん⁉」

「リリー……?」


 目を開けると、そこに映るのは黄色い髪、黄色い目をした美少女。

 ああ、そうか。

 ベンジャミンは、自分が意識を失った事を自覚した。


「良かった……」


 リリーが長い溜息を吐く。

 その目尻には涙が浮かんでいた。


 あれ、寝てるのに何でこんなに正面から彼女の顔が見えるのだろう。

 そういえば、頭の下に柔らかい感触が。


 ……今、『膝枕』されているのか。


 それを自覚すると沈黙が恥ずかしくなり、ベンジャミンは質問をした。


「俺、どれくらい気絶してた?」

「ほんの少しです。十秒もないくらい」

「そっか……」


 そんなに長く気絶していた訳ではない事にホッとした束の間、ベンジャミンは思い出した。


「そういえばリリー、ジョーダンは⁉」

「あっ」


 リリーがしまった、という顔をした。


「今から探しに……あっ」


 ベンジャミンの頭を持ったリリーが停止して、こちらを見てくる。


「行って。敵はもういないから。俺は大丈夫」

「何かあったら大声出してくださいね」

「うん」

「それじゃ」


 リリーが駆け出した。

 あれだけ《霊撃破》を放って尚走れるとは、凄いな。








 ジョーダンは無事に保護された。

 いや、正確にはリリーが見つけた時は大分ヤバい状態だったが、すぐに駆け付けたグレイスの《付与回復アサイン》——他人の傷を治す回復技——により安全圏まで回復した。


 何でもグレイスが地上に戻った時、ちょうどアンドリュー達が帰還し、相手は撤退てったいしたらしい。


 それでも何人かは逃げ遅れたようだが。




「はあ……」


 ベンジャミンは布団に転がったまま、溜息を吐いた。


 今頃、皆は作業をしているのだろうな。

 作業とは、死傷者の埋葬まいそうや手当、敵の拘束などの、襲撃の後始末だ。

 ほとんど霊力も体力も尽きていたベンジャミンは、アンドリューの命により休息を命じられた。


 それでも最初は手伝おうとしたが、


「今のお前が一日働くよりも、休憩したお前が一分働く方が何倍も効率が良いだろう。頭を使え」


 というウィリアムの愛のむち(?)に従い、こうして布団に転がっている。


 ――あの子は、何者なんだ。

 疲れ切った頭でぼんやりと考える。


 取りあえず、彼女リリーが敵でない事が確定した事にはホッとした。

 あの時一瞬でも疑った事を謝りたいが、それは後で良い。


 それよりも、あの頭の回転の速さ、度胸、霊術の才能。


 今回の襲撃でずっと行動を共にしていたベンジャミンは、リリーの特異性を改めて思い知った。

 最初からあの幼さにしては凄い子だとは思っていたが、今はもはや年齢を疑ってしまうレベルだ。


 まあでも、今はそんな事は考えても仕方がないか。

 彼女はベンジャミンが倒れた時に本気で心配してくれたし、敵を倒した時の笑顔は無邪気だった……気がする。記憶がほぼないけど。


 そんな事を思い出すと、急に眠気が襲ってきた。

 安心したからかな。リリーに普通の女の子の部分がある事を思い出して。


 ぼんやりと自己分析をしながら、ベンジャミンは睡魔に逆らう事なく眠りに落ちた。








 半日ほど眠り続けたベンジャミンは今、アンドリュー、ウィリアム、グレイス、それにネイサンの前に座っていた。


「報告はまた全体の会議でもしてもらうが、リリーに関する事は少々デリケートだ。だからこうしてお前には来てもらった」

「はい」

「昨日、お前の周りで何があったのか、全て話してくれ」

「はい」


 ベンジャミンはなるべく客観的な話し方になるよう注意しながら、一部始終を報告した。




「……《霊撃破》も勿論驚きだが、それは元々習っていた、という説明がつかないでもない。だが……」

咄嗟とっさにライリーという偽名で自分の身の潔白を証明する。敵の隠し部隊の存在に気付き、銃でおどす……とてもあんな少女が出来る芸当じゃない」


 アンドリューの言葉をウィリアムが引き継いだ。


「ああ。リリーの幼少期が普通でない事は間違いない。記憶喪失もその影響かもしれん」

「だとすると、あいつの記憶を回復させるにしても身寄りを探すにしても、慎重になった方が良さそうだな」


 グレイスの言葉に皆が頷いた。


「リリーはもう白決定で良いんすか?」

「ああ」


 ネイサンの問いにアンドリューが頷いた。


「侵入者との対話。それへの対処。仲間を救ってくれた事。彼女のやった事は十分信頼に値する」

「ですね。これを疑っていたらキリがない」


 アンドリューとウィリアムの言葉に頷いたネイサンが、グレイスに目を向ける。


「グレイスも?」

「ああ」

「オッケー。三人が信じるなら俺も信じまっす!」


 ベンジャミンは心の奥底から喜びが湧き上がってくるのを感じた。

 ミネスの四大重鎮じゅうちんが、揃ってリリーの事を認めてくれたのだ。


「分かった。これ以上は本人も交えて話すべきだ。ベン、リリーを呼んできてくれ」

「分かりました!」

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