特別なもの

 地下の部屋に入り込んできたのは、全部で五人。


「リリー。絶対に動かないで」


 ベンジャミンに小声で指示される。


 大丈夫。今足が震えてて、動くに動けないから。


 霊や霊術も怖いけど、前世で植え付けられた銃に対する恐怖心は、それらをはるかに上回った。


「大丈夫」


 手を握られる。


「俺の《聖域セイクリッド・スフィア》なら弾は防げるから」


 その言葉通り、男達が撃ってきた弾は全て弾かれた。

 マジか。


「ほう。なかなかの腕前だな」


 敵もその強度に目を見開いた。

 しかし、その余裕そうな表情は崩れない。


 先頭の髭面ひげづらがこちらを向き、表情を輝かせた。


「おお、セブン!」

「……はっ?」

「迎えに来たぞ! 軍の奴らに君に構っている余裕はない! さあ、帰ろう」


 何言ってるんだ、こいつは。


 ベンジャミンがこちらを向く。不安そうな目だ。

 ……そういう事か。


 私は自分の身体を指し、ベンジャミンの小声で告げた。


「ライリー。そう呼んで」


 目を見開いたベンジャミンは、次の瞬間に口を開いた。


「ライリー! 君は本当に……⁉」

「違います! 私はあの人達の仲間なんかじゃありません!」


 私がそう叫んでも、男達は怪訝けげんそうな顔をするだけだ。

 怪訝そうな顔で、口々に言ってくる。


「仲間じゃない? 何を言っているんだ?」

「俺達だよ。覚えていないのか?」

「さあ、帰ろう。ライリー」


 ベンジャミンがこちらを向いた。

 それに頷いてみせる。


「あんたら、何が目的だ?」


 ベンジャミンが低い声で問いかけた。


「何って?」


 男達が鼻で笑う。


「さっきから聞いてて分かんねえか? お前らに捕らえられたセブン、ライリーを連れ戻しに来たんだよ」

「ライリーって誰?」

「はっ? 何言って――」


 そこで髭面は気付いたようだ。

 その表情が一気に険しくなる。


「なるほどな。てめえら、なかなかやるじゃねえか」


 その悪意をむき出しにした表情は、まるで別人だ。


「上からそのガキ連れてこい、って命令されたんだよ」

「私を? 何故?」

「さあな。ま、あのお方は好奇心旺盛おうせいらしいからな。お前に何か特別なものでも感じたんじゃねえの?」


 髭面が後ろを向く。


「銃が効かねえなら、こちらの方が良さそうだな」


 そう言うと、五人のうちの髭面ともう一人が下がり、三人が横並びになった。

 その手にめられた指輪が光った。


情報媒体メディア!」


 くそっ、相手も霊能者か。


「さあ、耐えられるかな?」


 《霊弾スピリット・バレット》の嵐が降り注ぐ。


「ぐっ……!」


 ベンジャミンは耐えている。

 今すぐにやられるほど切羽せっぱまってはなさそうだが、そんなのは遅かれ早かれ時間の問題だ。


 唇をむ。

 鉄の味がするが、そんな事はどうでも良い。


 ベンジャミンが攻撃しなかったのは、私のせいだ。

 自衛の手段を持たない私を守るため、彼は自ら反撃の機会を放棄ほうきした。


 だったら、その尻ぬぐいは私がしなければ。


「ベンさん!」

「何⁉」

「今、何かしらの情報媒体の予備、持ってませんか?」

「予備? も、持ってるけど……まさかっ」

「このままじゃいずれ貴方の霊力が切れておしまいです。一か八か、私にやらせてください!」

「……分かった。ただし、タイミングは絶対に合わせて。そうすれば、もし失敗したとしても俺がフォロー出来るから」

「はい。お願いします」


 ベンジャミンの目線を辿たどり、彼の右ポケットから指輪を取り出す。


「それは以前ネイサンさんが使った《霊撃破スピリット・レイズ》の情報媒体だ」

「他は?」

「他は回復系だよ。今は使えない」

「分かりました」


 《霊撃破》。決して難易度の低くない攻撃技。

 《聖域》が一発で出来たからといって、《霊撃破》まで出来る保証はない。

 だが、やるしかない。


 敵の《霊弾》の一斉射撃で視界が土煙つちぼこりに覆《おお)われた瞬間、私は駆け出した。

 指輪が光る。


 ――いける!


 前に並ぶ三人の左側に立ち、私は思い切り力を解放した。


「はああああ!」


 私の手から《霊撃破》が放たれ、三人は廊下の突き当りの壁に突っ込んだ。


「なっ……⁉」


 残った二人が目を丸くしている。


「ベンさん!」

「ナイス!」


 その隙だらけの身体を、ベンジャミンの《霊弾》が襲った。

 その手から拳銃を離れる。


「し、しまっ!」


 二人が慌てて銃を拾おうとするが、時すでに遅し。

 二人はベンジャミンの《聖域》に囲まれていた。


「おい、出せ!」

「くそ!」


 その内側を必死に叩いているが、結界はうんともすんとも言わない。


 防御技が拘束にも使えるなんて、霊術は便利ね。


「お前達!」


 階段の方から声。

 振り向けば、グレイスが立っていた。


「こいつら……」


 グレイスが壁にめり込んで気を失っている三人を指差す。


「まさか、リリーがやったのか?」

「はい」


 私は《霊撃破》の情報媒体をかかげてみせた。


「あれだけの強度をこんな少女が……すさまじいな」

「グレイスさん」


 あごに手を当てるグレイスに、ベンジャミンが声を掛けた。


「何だ?」

「詳しい事は後で話しますが、こいつらを倒した事以外にも証拠があって、リリーが俺達の敵ではない事は確実です。だから、今は上の援護をしましょう」

「分かった」


 頷いたグレイスが、簡単に上の状況を説明してくれる。

 見習いの子達の部屋がある上の階をめぐって攻防が続いている事。地下への侵入を邪魔されたが、何とか潜り抜けて今は逆に地下への道をふさいでいる事。


「じゃあ、ウィリアムさん達とそいつらを挟み撃ちに――」

「待って下さい」


 私は手を挙げた。


「どうした?」

「今までの話を聞く限りでは、一階の敵は軍を攻撃する事よりも、皆さんを地下へ行かせない事を優先しているように思われます。あいつらも、上の者に私を連れて帰るよう命を受けたらしいですし」

「確かにそうだな……だが、それでもやる事は変わらないんじゃないか?」

「かもしれませんが、もしそうでなかったら厄介です」


 私は床に落ちていた銃を拾い上げた。わずかに意識が高揚こうようする。


 私はあえてそれを前面に押し出しながら、《聖域》内にとらわれている二人に近付いた。


「な、何だ?」


 試しに一発、その手前の床に発射してみる。


「ひっ!」


 男達が悲鳴を上げる。

 反動も想像よりないし、ねらったところに撃てた。


 うん。これなら大丈夫だ。


「ベンさん」

「な、何?」

「《聖域》を解除してください」

「え?」

「じゃないと、こいつらの身体に弾を撃ち込めませんから」

「分かった」


 こちらの意図を理解したのか、ベンジャミンは存外素直に従ってくれた。

 《聖域》が解除されると、私は素早く銃を二人に向けた。


「ひっ!」


 また悲鳴を上げている。


「なあ、あんたら。正直に答えて」


 視線を銃に向けながら、二人がガクガクと頷く。悪くない気分だ。


「地下を狙っているの、本当にあんたらだけか?」

「……あ、ああ! 俺らだけ――」


 ――パンッ!

 答えた髭面ではない方が僅かに動揺したので、私は躊躇ためらいなくその足元を撃った。


「……う、裏から仲間が回っている!」


 恐怖きょうふに耐えきれなくなったのか、その男が叫んだ。


「俺らが時間内に出てこなければ、壁を破壊して突入する算段だっ」

「ってめえ!」


 髭面が男の顔面を殴るが、もう遅い。

 というより、その行為こそが殴られた男の発言の信憑性しんぴょうせいを高めたのだが。


 揉み合いに発展しそうな二人を《聖域》が囲う。

 後はその中で存分イチャイチャしてろ。


「裏から、だと?」


 グレイスが絶望を声に乗せた。


「グレイスさん?」

「ジョーダンを本部の見回りに向かわせた。あいつが危ないっ」

「待って下さい」


 駆け出そうとするグレイスの肩を掴む。


「何故だ!」

「万が一にも地上の奴らが地下に入ってきてこいつらを助けたりしたら、こっちのピンチは一気に増します」

「っ……!」


 グレイスがはっとした表情になる。


「だから、グレイスさんは地上組の援護をして下さい」

「し、しかし」

「大丈夫」


 私は精一杯の笑顔を浮かべた。


「ジョーダンさんは必ず助けますから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る