第20話
熊谷警察署の捜査一課の部屋に戻ると、事件解決の為か人も疎らだった。つい昨日まで人で溢れかえっていた捜査一課も元の熊谷警察署の刑事のみになっていた。預かっていた虐待児童の子ども達も児童相談所に引き渡されて今後のことについて色々話し合っているらしい。鷲島も今日で埼玉県警に戻る。一週間程だったが、とても濃度の高い時間だった。こんな事を言うのは不謹慎かもしれないが量より質というのはこういう事かもしれないと思った。ふと電話をしている人物が視界に入る。その人物は電話を切るとこちらに来るや否やすぐに声をかけてきた。
「鷲島さん!お久しぶりです・・・っていうのも変ですね」
「皆野さん。まぁ捜査担当が違かったので仕方ないですよ」
皆野は近隣住民への聞き込み等を中心に行っており基本外に行っていたので中々会えていなかった。暴動の時も抑え込むのに必死で戻る余裕はなかったらしい。よく見ると身体の所々に傷が見られる。
「でもあのカフェの人が犯人だったとは・・・・・・自分が住む街でこんな事件が起こるとは思いませんでした」
「事件なんてどこでも起きます。小さな事件から大きな事件まで。偶然が重なってこの街で今回の事件が起きた。ただそれだけですよ」
そうですね、と皆野は言いながら事件の資料をまとめている。無造作に散らばった資料はこれから黒表紙に綴じられ、過去の事件として扱われるのだろう。もちろん起きたことは過去のことであり、今は解決に向けて進むだけだが、記憶として過去のこととして処理してしまっていいのか、そう思う。椅子から立ち上がったところで鷲島は皆野を呼び止める。
「先程の電話は誰にですか?」
「え?あぁ、妻にです。皆さんそうでしたけど最近帰れてなかったですからね。それで改めて事件解決の報告と・・・」
「皆野さん」
鷲島の声に皆野は言葉を切る。何やら普通ではない雰囲気を感じ取ったようで、恐る恐る鷲島の顔を伺う。
「ど、どうしたんです?」
「俺、ずっと引っかかることがあるんですよ。あの佐東に関する捜査資料なんですけどね、外部の人間が入れたものじゃないかと思うんです」
「外部の人間が?でも警察署のこの部屋に入れるのは警察関係者くらいで・・・」
皆野はそこまで自分で言って驚きの表情で鷲島を見る。
「まさか佐東の仲間が警察関係者に?」
「というより今回の事件、ちょっと複雑みたいなんですよ。色々な思惑が混ざりあってる。皆野さん、あなた独身ですよね?」
「え?」
鷲島は皆野の左手の薬指を指差す。皆野はどこにその指先が向けられているのかを理解出来ずにいたが、すぐに自分の手を見て咄嗟に隠す仕草をする。独身は悪い訳では無いのに隠すのは、隠すという行為自体が皆野にとって身体が本能的に動いてしまったものなのかもしれない。
「結婚指輪をしていません」
「そ、そんな。結婚しても指輪を付けない人だっているでしょう。私もその一人で・・・」
「もちろんこれだけじゃない。実は虐待を無くす会に過去に所属していた人も一応調べてみたんです。そしたらちょうど一年前にあなたの名前がありました。そこからつい先程急ぎであなたの通話記録も調べさせてもらいました」
「え?でも携帯は・・・」
「すみません、実は事件が解決して皆野さんが色々と事後処理で走り回っている間に携帯をお借りしました。運良くあなたは机に携帯を忘れていたもので」
鷲島の言葉に皆野の表情には徐々に焦りの表情が現れる。鷲島は止めの一刺しを突き付ける。
「ここ最近、事件が発生してからある番号に頻繁に連絡をとっていますね・・・ただ時間が無くてこの番号が誰のかまでは分からなかった。答えてもらえますか?」
もちろんそう言われて易々と話す共犯などいないだろう。鷲島は軽く息を吐くと諭すように話しかける。
「あなたも虐待被害者だった。でもあなたは虐待によって歪められた人生をやり直して真っ当に生きている。だからこそ警察官にもなった。そんなあなたは虐待のせいにして殺人を犯すような人と一緒にされていいんですか?あなたは乗り越えたんですよ?その過去を」
「・・・・・・乗り越えてなんかいませんよ。ただ、そう思っているだけで。警察官になればそんな自分を捨てられると思っていた。でも結局過去はずっとついてくる。過去は現在と付随するものなんです。決して切っては離せない。逃げられないんです」
「なら今乗り越えましょう。ここで黙秘すればあなたはこの先もずっと過去と向き合い、乗り越えるチャンスは来ないかもしれない。だからお願いします。一体誰に・・・・・・?」
鷲島の言葉に皆野は強く歯を食いしばる。罪は逃れられないが、過去からも逃げていれば罪を償っても自信を持って未来を生きて行けないかもしれない。強い葛藤の後、皆野はゆっくりと口を開く。そしてある人の名前を述べる。
鷲島はその名前を聞いて、頭の中でバラバラになっていた点が線で繋がった感覚になった。この事件には複数の思惑が混ざりあっている。思った以上に複雑な事件の本質を見るには、これからある人物に会う必要があった。
「佐々川さん。そこに住む人々には真実を知る権利がある。もちろんあなたにも。だから話してくれてありがとうございます。何も罰はない、とは言えませんが少なくとも今回の事件で過去を乗り越えられることを願います」
「え、どこに行くんですか?」
皆野に問い掛けられ、背中を向けたまま答える。
「行くんですよ」
顔を見せないが、強い意志を込めた声でしっかりと答える。
「全てを仕組んだ人に」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます