第10話

 捜査本部に戻ると佐々川は鷲島を見つけて駆け寄ってくる。鷲島は佐々川を始め多くの捜査員が慌ただしく動いているのを見て只事ではないことを察する。


「すまない、急に来てもらって」


「いえ、それより犯人を捕まえられるかもしれないってどういうことですか?」


 鷲島は前のめりになり佐々川に問いかける。いつもだったら落ち着け、と諭す佐々川も今日は鷲島の勢いと同じように勢いがついていた。それだけ重大なことなのだ。佐々川はパソコンの前に立ち操作してSNSの投稿板を映す。それは先程虐待をしている人達が晒された投稿板だった。今でも投稿板には根拠の無い虐待の報告が投稿されている。佐々川は投稿を遡り、数十分前のある一つの投稿で止める。その投稿も同じように虐待をしているという内容の文と共に家の写真と隠し撮りしたのだろう顔の写真が載せられていた。その写真はどうやら投稿する直前、つまり数十分前に撮られたものらしい。そしてもう一つ、複数の映像を映し出す。防犯カメラの映像のようだが、場所は三つとも違っていた。しかしその場所に見覚えはあった。


「まず防犯カメラの映像だ。この場所、覚えてるだろ?」


「えぇ、殺害された三人の自宅の防犯カメラの映像ですよね。阿比留先生のは近くの店の防犯カメラですね」


「そうだ。あの後何か見落としがないか少し防犯カメラの映像を見ていたんだが、ここ」


 まずは三船千佳子のマンションの防犯カメラの映像を映す。三船千佳子の部屋がある三階の廊下を映し出しているが、防犯カメラが向いている方向は三船千佳子の部屋がある方向とは逆の方向なので実際は三船千佳子の部屋の前を映し出しているわけではなかった。防犯カメラの映像を倍速で再生して該当の時間に近づくと通常の再生速度に戻す。そしてある場面で映像を一時停止する。最初の被害者、三船千佳子のマンションの防犯カメラの映像の日にちと時間は六月二十日の午前六時、三船千佳子の遺体が荒川河川敷で発見される四時間前の映像だった。佐々川は映像に映る一人の人間を画面越しに指さす。


「こいつ、この防犯カメラの奥にある三船千佳子の部屋の方に向かっていっている」


「これは・・・宅配便の業者ですかね?」


 左胸に犬のマークがある茶色の制服らしき作業服を着ている人物が荷車を押しているのが見える。帽子は深く被り俯いているので顔は見えない。荷車の上の荷物は発砲スチロールの様なものを乗せていた。佐々川は鷲島がそれを見たのを確認すると次は碓氷保が住むマンションの防犯カメラの映像を映す。日にちと時間は六月二十一日の午前四時、碓氷保の遺体が市役所近くの公園で発見される五時間前だ。そこに映る人物も先程と同じ左胸に犬のマークがある作業服を来た宅配便だった。三船千佳子のマンションの防犯カメラに映っていた時の様に荷車の上に発砲スチロールの様なものを乗せていた。同様の人物が阿比留岩雄の遺体発見の数時間前に自宅近くの防犯カメラに映っていた。


「これって・・・」


「よく考えてみろ。犯人は自宅で被害者を殺害した後、自宅の浴室で解体して、キッチンで調理して遺体を外に持ち出して遺棄した。その遺体はどうやって運んだ?」


「確かに、近隣の住民から異臭で通報されるほど時間が経ってますし、殺害現場にいればいるほどリスクは高まりますね。警察が到着したとしてどうやって怪しまれずに遺体を外に持ち出したか」


 それ以前にそれほど時間をかけて臓器を取り出して食べるという行為自体が理解できないし無意味だと思う。普通は遺体は見つからないようにするものであり、一刻も早くその場から去りたいのが普通だ。遺体を解体しているのだって身元の判別を遅らせるために行うものだし、バラバラに捨てないと意味が無い。この犯人は殺人が目的ではなく、臓器を食べる事が目的なのだろう。だからこそ殺人犯としては無意味な行動を取りながらも臓器を食べるという行為は一貫して行っている。


「解体した遺体だって異臭がするはず・・・それを怪しまれずに持ち出すには・・・」


「物を運ぶ業者に偽装する。そしてあの荷車の荷物、あの中に遺体を入れ防臭剤か臭いを抑えるものを入れたんだろう。後は人が居ないか、居たとしても隙を見て抜け出せばいい」


「でもそれは誰が・・・・・・まさか尼崎?」


 しかしその業者が尼崎という証拠はない。防犯カメラでも顔は映っておらず、尼崎の身体的特徴なども分からない。証拠が無ければ動くことが出来ないもどかしさに頭を悩ませながら防犯カメラの映像を進める。どの映像も最初に業者が確認されてから数時間後、遺体発見の一時間前に再度防犯カメラに映っていた。遺体を解体して持ち出したのかもしれない。

 この映像に映る業者が尼崎であるという証拠が無ければ動くことが出来ないもどかしさに悩む鷲島の思考を読み取ったのか、佐々川は一枚の紙を鷲島に渡す。


「ネット通販の注文書・・・名義は尼崎伸二、購入履歴は防臭剤!」


「また先程その宅配業者に連絡して防犯カメラの日時に三船千佳子宅、碓氷保宅、そして阿比留岩雄宅に荷物を届ける予定があったかどうかを確認したら、当日はその三人に荷物を届ける予定はなかったし、届けた時間の記録も残っていなかった」


「揃いましたね。これで尼崎が三人を殺害したことは明らか・・・でも動機は・・・」


 鷲島の言葉に佐々川は黙る。やはり一番の壁は動機だった。普通に殺害するならまだ様々な動機は考えられるものの、遺体を解体して臓器を食べている。異常としか思えない行動をする程の動機は尼崎にはないように感じる。それこそ何か相当な恨みがあるか、或いは快楽殺人的な理由、『死体を損傷するのが好き』なだけか。


「それに食べる動機も・・・」


「愛憎、なんてのもあるかもな」


「愛憎ですか?それは尼崎が・・・」


 尼崎は三船に付きまとっていた。しかし三船にその愛を抱いていたのなら殺害する必要は無いはず。逆に自分の三船に対する恋路を邪魔する存在を消そうとするはず。それは虐待を無くす会に出入りして三船と接点があった碓氷保、その接点の元凶である阿比留岩雄の殺害。


「ただ、やはり愛憎だとしても少しやりすぎな気がします。バラバラにするのはその憎しみを表しているっていうのは分かりますが、臓器を食べるのは・・・」


「とにかく尼崎のことを調べる必要がある」


「防犯カメラの件は分かりましたが、投稿板の方は・・・」


 そう言ってパソコンのウィンドウを防犯カメラの方から投稿板の方に切り替える。投稿板は数十分前のある一つの投稿。家の前の写真と虐待をしていると言う母親の写真。家の前を写した写真をよく見る。


「あれ・・・この門の前にいる人って・・・」


 鷲島は黒のコートを着た人物に目をやる。写真の中で虐待加害者と思われる母親の家の門の前にいた。その人物の顔とホワイトボードに貼られている男の写真を見比べる。


「尼崎?!どうしてここに・・・」


「分からない。ただ、今までの情報を組み合わせれば尼崎はこの家の母親を狙っているとみて間違いないだろう。そして一つ接点がある」


「この母親も虐待を無くす会に?」


「あぁ。虐待加害者として阿比留先生のカウンセリングを受けていたようだ。既にこの家に捜査員が向かっている。俺達も直ぐに行くぞ」


「はい!」

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