第9話

 佐東のカフェに着いたのは熊谷警察署を出てから十分経った頃だった。個人店だと早く閉める店は本当に早く閉める。基本午後六時まで営業してるとかそんな常識は通用しない。だから電話確認もせず、営業時間も調べないで行ったのはかなりの賭けだった。しかし店の前に行くと旗はなかったが店内の電気はついていた。看板の文字も『OPEN』になっていたのでギリギリ間に合ったようだ。


「こんばんわ、今いいですか・・・・・・」


「あ、すみません、どうぞ」


 鷲島は店内に居た客を見て少し固まった。店内に居たのは店主の伊東と殺害された阿比留岩雄の助手である南藤だった。佐東は鷲島を見ると南藤と少し言葉を交わしてから鷲島に向き直る。


「どうぞ。そろそろラストオーダーになりますけど」


「あぁ、すみません。今日は持ち帰りで・・・少しお話いいですか?」


 会釈して鷲島とすれ違う南藤を呼び止める。南藤は不意をつかれたように少し驚くがすぐに柔らかな笑みを浮かべる。


「いいですよ。何か私にできることてあれば」


「佐東さん、席お借りしてもいいですか?・・・焼き菓子持ち帰りで」


「え、えぇ、どうぞ。包んでおきますね」


 佐東は戸惑った様子で二人を見て焼き菓子を用意する。鷲島と南藤は席を挟んで向き合う。カフェの店内には静かな音楽が流れ、客をリラックスさせるが今はその音楽は耳に入らない。鷲島は緊張の風船を割るように切り出す。


「佐東さんとはお知り合いですか?」


「えぇ、鷲島さんも知っている通り虐待を無くす会にコーヒーを運んできてくれていましたからね。面識はあって当然でしょう」


「それもそうですね」


「強いて言うなら、佐東さんと僕は少し境遇が似ていたもので。今日は阿比留先生の訃報を改めて伝えたついでに少し話していただけです」


 鷲島は何を質問しているのだと思う。今聞きたいのは阿比留岩雄についてであり、佐東と南藤についてでは無い。だが、この二人の接点は何かが引っかかる。奥歯に何か詰まって取れないような気持ち悪い感覚に襲われながら、本題を切り出す。


「阿比留先生についてですが、ここ最近変わった様子はありませんでしたか?」


「・・・・・・これは聞いただけなんですけど、阿比留先生はどうやら先は長くなかったみたいです」


「というと?」


 南藤は少し顔を俯かせてから話す。


「癌だったそうです。それもかなり進行していた。最近は虐待を無くす会に尽力していましたが、それももしかしたら癌という現実から逃げたかったのかもしれません」


「癌ですか・・・」


 初耳の情報を聞き少し驚く。癌という話は聞かなかったが別に警察に話す必要もないだろう。話したくない事をわざわざ話すのはそうせざるを得ない時か、話すことで何かから開放されたい時か。


「阿比留先生は鴻巣市母親殺人事件の被害者の父親だったみたいですが、それについては何か話されていますか?」


 その言葉を聞いて南藤は少し顔を引き攣らせる。正直鷲島もこのことは聞こうか迷っていたが、ここで出し惜しみをしていては捜査が行き詰まるだけだ。南藤の顔を伺いながら話す。南藤は佐東がまだ奥で作業しているのを見て声を少し低くして話す。


「一度だけ、その事件について話してことはあります」


「その時はなんと言ってました?」


「・・・・・・孫だから殺したいとは思ってない。ただ、憎んではいると」


 その言葉を最後に南藤は話すことはなく、席を立って店を後にした。南藤の背中はすぐに見えなくなった。出ていったところでちょうど佐東が焼き菓子の包みを持って鷲島のところに来る。


「あれ、南藤さんもう帰ったんですか?せっかくだから持って帰ってもらおうと思ったのに・・・」


「あ、なら俺が貰っていいですか?もちろん代金は払いますので」


 それを聞いて佐東はいいんですか?といい二人分の焼き菓子を渡す。代金は一人分でいいと言ったので鷲島はその言葉に甘えた。


「それにしても南藤さんってすごいですよね。元々医師を目指して勉強していたのにいきなり心理学の勉強を初めて大学にまた行くんですから」


 鷲島は佐東の言葉の中で一つの言葉に耳を疑った。


「南藤さんは元々医師を目指していたんてすか?」


「そう言ってましたよ。研修医として働いていたみたいですけど、いきなり医師を目指すのを辞めたらしいです」


 鷲島は思う。医師として働いていなくても、研修医として働いていたのならば、手術などに立ち会う機会もあったはずだ。それに知識としては解剖についてはあると思う。ブランクがあるとはいえ研修医を辞めてからそこまで時間は経っていないはずだ。ただ、南藤が三人の被害者を殺害する動機がない。臓器を食べる理由も。


「きっと家もすごいところなんでしょうね。私なんて町工場の娘ですからね」


「両親は工場を経営してたんですか?」


「いえ、父が工場をやっていたんです。母は・・・専業主婦でした」


 遠くを見る目をして話す佐東はどこかその時の記憶を懐かしむように目を閉じていた。しばらくして鷲島に向き直り苦笑いをする。


「すみません、こんな話しても意味ないですよね。焼き菓子、ご家族と召し上がってください」


「すみません、いただきます・・・これは何か・・・」


「ちょっと変なお菓子ですよね。見た目だけで言えば正直美味しそうじゃなさそう」


 鷲島は受け取った焼き菓子を見て正直あまり美味しくはなさそうという感想を抱く。もちろん店に出すのだから美味しいのだろうが。焼き菓子としてはゴツゴツとした輪郭、色味も白と飾り気がない。お菓子は見た目から中身を判断する人も多いと思うし、だからこそショーケースや棚にお菓子本体が見える形で並べて見た目から美味しいと判断してもらう事が多い。この焼き菓子がショーケースに並んでいても選ぼうとはあまり思わない。


「ブルッティ・マ・ブォーニっていうイタリアのお菓子です。名前の意味は『醜くて、美味しい』」


 そう言って佐東は一つ同じものを鷲島に渡す。試食です、と渡してくれたお菓子ブルッティ・マ・ブォーニは思ったより軽く、中身があるのか不思議になる程だった。


「醜くて、美味しい・・・」


 口に入れるとサクサクとしてふんわりとした食感と共にナッツやアーモンドの甘みが程よく口の中に広がる。持った時の軽さから想像できる通りあっという間に口の中で無くなるほど軽い食感のお菓子だった。ただ、甘すぎず素朴な味わいなので幾らでも食べられてお菓子だった。


「美味しいですね。本当に見た目からは想像もできません」


「アーモンド、ヘーゼルナッツ、グラニュー糖、卵白を使ったお菓子です。見た目だとちょっと不細工だけど中身は最高に美味しい・・・要するに見た目に騙されるなってことです」


「見た目に騙されるなですか・・・確かにこのお菓子を見た時見た目だけで中の味まで判断していました。何か人にも通ずるものがありそうですね」


 柔らかな笑みを浮かべて佐東は話す。鷲島も刑事として見た目や第一印象に騙されることはあってはならない。お菓子には少し騙されてしまったが、人を見抜く力をもっとつけていかないといけない、そう言われている様な気がした。鷲島は妻と子どもの分のお菓子をしっかりと受け取り、佐東に礼を言う。


「今日はありがとうございました。そういえば佐東さんはご実家も熊谷なんですか?」


「え?あぁ、実家は違うんですけど旦那の育ちが熊谷なんです。母とはもう、数十年も会ってません」


「そうですか・・・すみません、変な事聞いて。お店また来ますね」


「はい、今度はご家族と来てくださいね」


 もう一言二言交わそうかと思ったところでスマホのバイブレーションが揺れる。佐東も忙しいことを察し、軽く頭を下げてから店に戻る。すぐに店の明かりは消え、店仕舞いがされるのが見えた。スマホの着信の表示を見ると相手は佐々川だった。


「佐々川さん、どうかしました?」


「鷲島!すぐに本部に戻ってきてくれ!犯人を捕まえられるかもしれない!」


「わかりました!すぐ行きます!」


 鷲島は勢いよく返事をして通話を切る。通話を切った後にメッセージの欄に一通の返信を知らせる数字が表示されていた。メッセージを見ると妻からの返信で『わかった。待ってるね』と返信があった。鷲島はもの凄く申し訳ない気持ちになりながらメッセージを打つ。


『ごめん、急に呼び出しがあって今から行ってくる。事件が解決したらみんなでピクニックに行こう』


 メッセージを送り、スマホを閉じる。鷲島は妻と子どもの顔を思い浮かべながら、まだ見ぬ犯人を捕まえる為に警察署へ走る。

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