第7話
捜査本部に戻ってくる佐々川を見て鷲島は異変に気付き声をかける。
「佐々川さん、どうしました?会見はかなり荒れてたみたいですけど・・・」
「やばいかもな。どうやら俺は火を鎮めるどころか火を強めてヤツらを焚き付けたみたいだ。それこそ、沸騰した水が蓋を押し退けて溢れ出すようにな」
「どういう・・・」
どういう事かと聞こうとした矢先、休憩中にスマホでSNSを見ていた熊谷警察署の皆野が慌てたような震えた声を挙げる。
「ち、ちょっと!やばいですよ!皆さん、SNSを見てください!今すぐに!」
その声から只事ではない事を嫌でも察した周りの捜査員達はパソコンや自分のスマホで言われた通りSNSを見る。鷲島も手元にあったパソコンでSNSを見る。佐々川も覗き込むかたちでパソコンを見る。指定されたページにあったのは、事件に関するネット記事だった。その記事の見出しには大きく『埼玉県熊谷市で連続殺人、虐待加害者を狙った犯行か」と書かれていた。他の新聞社の記事も同じように虐待加害者を狙った犯行という内容の記事が書かれていた。
「あいつら!こんなこと書いたってパニックを招くだけなのに!」
「市民を陥れて何になるんだ!」
「ネタのためなら本当に何でもやるのかよ!」
捜査員達が怒りの声を挙げる。記事を検索する手は自ずと他のSNSサービスにも移り、ネットにどの程度拡散されているかを調べることになった。やはり情報社会であり、その拡散の速度は想像を遥かに超えていた。もはや県内に留まらず全国区で情報は拡散されていた。
「すぐに情報規制をかけろ!これ以上根拠の無い無責任なヤツらの言うことが拡散されたらもう手に負えない!」
署長は怒鳴るように指示を出し、指示を受けた捜査員も転びそうな勢いで走り出す。佐々川が後ろで頭を抱えているのを尻目に鷲島は必死にSNSを見ていく。そしてリアルタイムで投稿できるSNSサービスの投稿板を見て絶句した。
「何だよこれ・・・」
「スクリーンに映し出せ!」
目の前のスクリーンにプロジェクターにより拡大されたパソコンの画面が映る。そこには虐待をしているという近所の住民の投稿で溢れていた。
『うちの隣の家の父親、夜中に怒鳴り声上げて殴ってる』
『ママ友の子どもに痣がある子がいるんだけど、あの母親絶対虐待してる!』
『虐待する屑は晒されて当然wそいつに殺してもらおうぜw』
『警察が今まで虐待を無視してきた結果でしょ。犯人は悪くなくない?』
『殺人鬼さーん!向かいの家の虐待親の情報晒すんでさっさと殺してくださーい!』
SNSの投稿板はもはや善悪の判別がつかなくなった人々の無法地帯のようになっていた。個人情報を守るなんてそっちのけで顔や住所、名前、勤め先、家族構成までも晒されていた。虐待されている人を守る為と謳っておきながら結局殺人鬼という非日常に刺激され、人の情報を晒すというやってはいけない感覚が麻痺しているとしか思えなかった。顔も見せず匿名で名前もバレずに他人の情報を赤裸々に晒す。ネットが普及して魅せたい自分を魅せれる様になったのは良いが、使い方を間違えればどんな悪魔よりも人が一番悪魔になれる様にもなってしまった。無責任な投稿は秒単位で更新されていく。
「なんてことだ・・・これじゃあ捜査どころじゃないぞ!すぐにこのSNS管理者を特定して規制をかけろ!他のSNSもそうだ!とにかくこのままでは犯人を捕まえるどころじゃない!」
「くそっ!こいつら人の命を何だと思ってるんだよ!」
鷲島は怒りに任せて椅子を蹴り飛ばす。その怒りは無責任な発言をする人たちに対するものだけではなく、鷲島自身も虐待被害者としての過去を持つからこそのものかもしれない。確かに恨んでないと言えば嘘になる。どうして自分がと思う時は多かった。しかしこうして他人に無責任に介入されて、勝手に屑だと決めつけられるのは嫌だった。肩を上下させて息を荒くする鷲島を宥めるように佐々川が肩に手を置く。
「すまない、俺が無責任な発言をしたせいだ」
「どうして佐々川さんが謝るんですか・・・佐々川さんはやるべき事をやっただけです・・・俺達はやるべき事を見失わずにやりましょう」
佐々川の普段は見せない疲れきった顔を見て少し冷静になる。虐待被害者という鷲島を見て自分の言動や行動が起こした結果が鷲島にも影響を与えてしまっていると考えたのだろう。鷲島も同じように虐待加害者を恨み、それを何処かにぶつけてしまうのではないか。それを掘り返したのは自分のせいでは無いのか。そう思う佐々川に申し訳ないと思うと同時に、そう思わせてしまった自分に怒りがあった。
「俺はこんなヤツらとは違います。もし仮に犯人も虐待被害者で虐待加害者を恨んでの犯行なら、一緒にしないでください。俺は・・・恨んでも殺したいと思いませんでしたから」
鷲島は佐々川を真っ直ぐ見て言う。佐々川も鷲島に目を見て言われて安心したらしい。いつもの腑抜けた顔を戻る。もちろん、腑抜けきってはいないが。
「・・・・・・そうか。お前はそうだろうな。恨みや怒りに任せて間違いを犯すようなやつじゃないか。お前は・・・・・・優しいからな」
「優しくなんかないです。ただ、自分に正直なだけです」
鷲島と佐々川は肩を並べて捜査本部にを後にする。
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