第6話

 六月二十二日/午前八時


『早朝七時、埼玉県熊谷市のゴミ捨て場に男性の遺体が発見されました。遺体はバラバラに切断されており、遺体の状況から現在熊谷市で起きている連続殺人事件と同一犯による犯行とみられます』


「遺体の身元は阿比留岩雄さん、臨床心理学の権威であり、知名度も中々高かった方が無惨な形で亡くなりましたが、どう思われますか。四ノ宮教授』


『阿比留教授とはよく話す仲でしてね、虐待を受けた者や虐待加害者の心理状態、心理的影響の研究には私も犯罪心理学者として賛同していました。このような形で亡くなるとは残念です』


『しかし、異常者というのは怖いですね。我々常人には理解できない思考回路でものを考え、理解し難い理由で殺人を平気で行う。早く異常者は捕まえるべきです。警察は何やっているんですかね』


『軽率に異常者という言葉を使わないでください。そういう勝手な発言をされるとですね・・・・・・』


 鷲島は熊谷警察署内のテレビを見ていた。テレビの中ではコメンテーターや司会が言葉を交わしており、その声は早朝の警察署内に響いていた。鷲島は淹れたてのコーヒーを飲みながらテレビを見る。隣の佐々川も周りの捜査員たちも目の下に隈を作りながらテレビを見ていた。ニュースの内容の通り今朝、市内のゴミ捨て場の45リットルのゴミ箱から異臭がすると通報があり、駆けつけた警察官が中を調べたところ、バラバラに切断された遺体が発見され、同時に近くにある阿比留岩雄の家から異臭がすると通報があった。ここから先は前の二件の殺人と同じだった。昨日事件のことで話していた人が翌日に殺された。無念で気持ちがいっぱいだったが、同時に虐待を無くす会の関係者が事件に深く関わっていることは明らかだった。そしてそこに現れていた尼崎という男も。横で佐々川が欠伸をしながら呟く。


「全く、テレビの人は本当に好き勝手言うよな・・・」


『つまりこれは虐待の加害者を狙った殺人で・・・』


『いや、無差別殺人の可能性だってありますよ。こんな残忍な殺人をする犯人ですからね・・・』


「ちょっと・・・こんな事言ったらパニックになりますよ!今でさえ市民は恐怖で怯えてるのに・・・」


「マスコミはネタが命だからな。その為なら殺人だってするかもな」


 鼻で笑うと佐々川は署長の元へ向かう。今日は記者に対する発表がある。しかし、得られた事といえば警察が三人もの殺人を許したこと、未だ証拠を掴めていないことだ。佐々川が言ったように相手は記事の為なら命すらネタに使う奴らだ。人々の恐怖を煽るような記事にするに決まっている。

 鷲島は落ちそうな瞼を必死に開けてコーヒーを飲み干す。鞭を入れるように頬を強く叩いて何か見落としはないかとホワイトボードを見る。ホワイトボードには被害者の情報、現場の情報、熊谷市の地図があった。地図には事件の発生場所が赤点で示されていた。それを見て何か掴めそうな気がした。だが、すぐに召集がかかった為、その答えは得られないまま捜査へ向かった。


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 熊谷警察署 会議室


「警察は今回の事件で三人もの人間が殺害されているのに何も証拠は掴めていないんですか?」


 記者の男性がよく通る声で質問を投げかける。署長は奥に並ぶ自分に向けられているカメラを見る。まるで銃口を突きつけられている様な緊張感があった。署長はゆっくりと話す。


「それについては現在、警察が全力で捜査をしていますが犯人に直接繋がるような証拠は得られていません」


「虐待加害者が狙われている可能性があるという情報がありますが、それは本当ですか?」


「もしそうならもっと早く虐待に関する方向で捜査を進めていれば良かったのでは?」


 次々と飛んでくる質問、と言うよりはナイフのように鋭い指摘を投げられ署長は「現在捜査中です」としか返すことができなかった。汗を拭く署長を横目に佐々川は静かに腕を組んで黙っていたが、記者の被害者は虐待加害者の可能性がある、という言葉を聞いて静かに口を開いた。


「我々はあらゆる可能性を考えて捜査を進めています。あなたが言うように虐待加害者の可能性も含めて。しかしそうと決まった訳ではありませんし、別の可能性だってある。だからこちらもはっきりとは言えないのです。ですので皆さんには曖昧な情報に惑わされずに報道をお願いします。記者なら、曖昧な情報に振り回されるのは本望ではないでしょう」


 佐々川の言葉に騒がしかった記者達が沈黙する。署長も助かったというような安堵の表情を浮かべる。佐々川は署長を連れて会議室を後にしようとするが、一人の男性記者が声を挙げた。


「その可能性のどれが真実か警察には分からないですよね?逆に言えば今はその可能性全てに真実の可能性がある。私達記者は真実の欠片があれば報道する義務がある。皆さん!警察に惑わされず、我々報道者の責務を全うしましょう!」


「なっ?!」


「あいつ!なに焚き付けてるんだ!」


 周りの警察官が男性記者を取り押さえるが、周りの記者たちは佐々川の想像通りその言葉に心を動かされたのか、男性記者の言葉を肯定しながらいち早く記事にするべく会議室を走って出ていく。追い掛けてももう間に合わないので佐々川は男性記者の胸ぐらを掴んで問い詰めた。いつもの間の抜けた佐々川とは違い、今は鬼の形相で男性記者を睨み付けていた。


「あんた何考えてるんだ!こんな確証のないことを言いふらしたって市民がパニックに陥るだけだ!そんな状況になったらますます捜査が出来にくくなる!それでも真実を伝えるとまだ言いきれるのか!」


「私は記者だ。真実の可能性があるならそこに暮らす人々はそれを知る権利がある・・・・・・ただ、記者たちはの以前に私は一人の人間だ」


 男性記者は佐々川の鬼の形相に怖気付くことなく、まっすぐ佐々川の目を見る。


「どういう意味だ・・・?」


「私はね、虐待をする屑が大嫌いなんですよ。自分が優位に立ったつもりで所詮は弱いものを痛めつけてるだけで優越感に浸る。そんな虫以下のクズは!無惨に殺されても文句は言えないでしょう!自分がそういう事をやってきたんですからね!」


 そう言って男性記者は服を捲って自分の腹部と胸を見せる。佐々川はそれを見て胸ぐらを掴んでいた手を離す。男性記者の身体には無数の痣と火傷の跡があった。明らかに最近のものでは無いが、これから一生かけても消えない程刻まれた傷であり、それが虐待によるものだということは明白だった。


「天罰ですよ。遺体は犬に食われたように損傷が激しかったみたいですね。命を虫みたいに扱ってきたやつが虫みたいに殺される」


「お前、虐待被害者か」


 男性記者はそう言われて弱々しく笑う。


「俺も犯人候補に加えますか?虐待被害者だから?でもね、虐待を受けている人は世の中にはもっといる。あんたら警察がまともに助けないおかげで、今も理不尽な暴力で失われている命があるんだ。この事件で、その責任を思い知ってください」


 男性記者は服を戻し佐々川と署長を一瞥すると、嘲笑うかのような笑みを浮かべて会議室を出ていく。佐々川は頭を抱える。もしかしたら今回の事件は警察が今まで見て見ぬふりしてきた事が溜まりに溜まって溢れ出したものなのかもしれない。飼い主に牙を向き、食い殺す犬のように虐待被害者という立場の人間が、虐待加害者という存在に牙を向いたのかもしれない。もちろん、まだ他の可能性もあるが男性記者の痣を見て鷲島の事を思い出す。鷲島もかつて虐待を受けていたというが、鷲島はそれを乗り越えて警察官として市民を守る為、そしてこの事件を解決する為に奔走している。


「鷲島・・・・・・お前は恨んでいるのか?虐待加害者を・・・」


 先程の騒がしさから一瞬で静寂が訪れた会議室で佐々川は静かに呟く。

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