7、就活は7人に1人が病むらしい
応募したのは十数社。細かい数字は忘れてしまった。
少ないと思う。一般的な平均は30程度だし、50、80と応募する人もいる。
だけどこれが、私のキャパシティぎりぎりだった。一般的に見て「努力が足りない」と言われるのはわかっているけれど、これが限界だった。甘ったれてると言う人もいるかもしれない。だけど、私なりに力をふりしぼって頑張ったんだ、これでも。
面接。この頃はほとんどオンライン面接で、最終面接だけ対面でというところも多かった。上下スーツで、Zoomへの入出は5分前で、ほどよいナチュラルメイクで、私は面接に臨む。傍らにはエントリーシートのコピーと、「よくある質問」に対して答えを練ったノート。
あからさまな圧迫面接じゃなくたって、理不尽なことを言われなくたって、私は面接が苦手だ。
まず、質問が長いと、何を訊かれているのか、何から答えたらいいのかわからなくなる。それから、予想外のところから質問が来ると、うまく答えられない。文章とちがって、会話は推敲できない。言葉の瞬発力が高くない私は、何か言わなければ、と焦って、苦し紛れに支離滅裂なことを口走る。自分でもそのうち、何を言っているのかわからなくなる。面接官は苦笑い。はい、おしまい。
面接の鉄則は「笑顔で、はきはき、明るく」と何かのサイトに書いてあった。「そうでないと、暗い人間だと思われてしまいます!」と。
就活市場では、根が明るくない人間に価値はないらしい。私は努めて明るく振る舞おうとし、その結果、コミュ障なのにやたらへらへらしている人間の出来上がりだ。何をやっているんだろうと自分で泣きたくなる。頬のあたりがこわばって、面接が終わった後はいつもどっと疲れた。そのうち面接前はお酒が手放せなくなった。
自分は正しく優秀な人間だと信じられるほど強くはなかった。自信をもてばいい、と言われて自信が湧いて出るほど人間は単純じゃない。
できないなりに練習はした。けれど、気心知れた相手とのやりとりと、初対面の面接官とのやりとりとを、全く同じようにはできない。
思ってもいない志望動機。誇大広告を重ねた自己アピールとガクチカ。明るく社会に適応的な仮面。わかってますよ。わりきってますよ。御社で働かせていただきたいのです。そのための自己犠牲は厭いません。福利厚生について尋ねるなんて図々しい真似は致しません。
割り切れないことを呑みこんで、苦手なことに当たっては砕け。自分に嘘をつき続け。心の真ん中が、どんどん削られていく。
愚痴をこぼした人からはこんなことを言われた。
「楽しめばいいんだよ」
楽しもう、と思うだけでそれができるなら苦労はしない。
「そんなに嫌なら就活やめれば?」
やめたいよ、私だって。
でも、一人で生きて行かなきゃいけない。後ろ盾なんてないんだから。正規雇用を獲得しなきゃ「貧困女子」まっしぐらだ。父親の扶養も、早く抜けたい。
「じゃあがんばるしかないじゃん」
ド正論。自分が一番わかってる。だから逃げ場がなくて、しんどいんだ。
騙し騙し就活を続けること数カ月。気づくと4年生になっている。卒研が始まっても就活は終わらない。大事な時期と大事な時期が重なってキャパが溢れそうになる。
半数がエントリーシートで落ち、残りの半分は面接でお祈り。サイレントお祈りのところも多数。もう応募したい企業もない。企業にほれ込んだふりをして、エントリーシートを書いたり志望動機でおべっかを使ったり、そんなのはもう疲れた。何もしたくない。だけど授業とバイトは容赦なく降って来る。おろそかにしては生活が立ちいかない。
周りの子に内定が決まった子がちらちら出始める。前に進めていないのが自分だけな気がしてくる。
小説、書きたい。もうずっと書けてない。
疲れた。
休みたい。
でも、だめだ。やらなくちゃ。
泣きながら寝たり、目が覚めたりすることが増える。煙草の本数も飲むお酒の量も日ごとに増える。就活生の7人に1人が病むらしい。6人は平気なの? 嘘でしょう?
もうフリーターでいいかなあ、なんて諦めが頭を掠め始めたある時。
朝起きると、耳の聞こえ方がおかしかった。
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