6、人事が時間を守れ

 昨今の就活には「逆求人サイト」なるものがある。就活生が自分の個人情報や自己アピール、ガクチカ等を記入し、企業側がそれを見てスカウトをするというもの。私の使っていたサイト「キミスカ」では、スカウトにも数段階のレベルが存在していた。「プラチナスカウト」「本気スカウト」「気になるスカウト」の順で本気度が高い、という具合である。

 キミスカのキャッチコピーは「偽らない就活を。」である。手数が増えるに越したことはないと思い、私もこれを含む数社に登録してみた。自己アピールだのガクチカだのは面倒くさいが、書くことが決まればあとはコピー&ペーストである。「偽らない就活」とやらがどの程度のものなのか、「雇えるもんなら雇ってみろや」というやや喧嘩腰の心持ちで明け透けなプロフィールを作る。


 しばらくすると、スカウトなるものが本当に来た。いきなり来たのでちょっと怖い。ひとまず企業の情報を調べてみる。企業のHPにはおきれいなことしか書かれていないが、口コミサイトを調べてみると、「なるほど……」という感じの評判。スカウトに手を出すほど学生に飢えている企業と言うのは、やはり人手不足たる相応の理由があるのだなあ……。オイシイ話はそう簡単には振ってこないらしい。


 そんなこんなでぽつぽつと「気になるスカウト」を受ける。「アットホームな職場です!」とか、福利厚生に「社内旅行!」とか書かれていると、その時点で腰が引けてしまうから救えない。そのうえ天邪鬼であり自分に自信がない私は、「あなたのプロフィールを見て弊社にぴったりの人材だとお見受けしました!」と言われても「どのへんが……?」と疑心暗鬼になってしまう。というか定型文ばかり。手あたり次第送ってるんじゃないのかと疑念が生まれる。選り好みしている場合じゃないと思っても、なかなか食指が動かない。


 そんなある日。「本気スカウト」なるものがきた。詳細は伏せるが、不動産系の会社。他の会社と違うのは、人事が私の「小説を書いていること」に興味を持ってくれていたことだ。人事ももともと小説を書いて挫折したことがあったとか。

「誰か」に向けてでなく、「私」に向けてのメッセージを送ってもらえたのが、まず嬉しかった。その上小説に触れてもらった。ちょろい私はすぐになびく。何せ、自分自身を好きになるより小説を好きになってもらえたほうが嬉しいという人間である。

 説明会を聞くと、採用人数は20年度と21年度で40人から15人に減っているようだ。コロナ禍ではそう珍しくもない。やはりこの就活戦線は過酷なようです。

 ふうん、と頷きながら説明会を終え、とりあえず手を出してみることにする。不動産系は視野に入れていなかったけれど、自分の想定していなかった分野に関わるというのも、視野が広がっていいかも。小説の役に立たない仕事などたぶんない。

 賃金労働の内容にこだわりがないだけで、別に仕事がしたくないわけじゃないんだよな。食い扶持を稼がなきゃいけないのはわかってるし。だから就活してるわけだし。


 選考フローは、履歴書提出、簡単なテスト、一次面接、二次面接、という感じ。履歴書は唸りつつ悶えつつ埋める。テストは簡単な計算問題や国語の問題といったところで、とくに引っかかることはなし。お生憎さま、ペーパーテストだけで今まで生き残ってこれた人間である。

 ただ、「あなたは何歳まで生きたいですか? 理由を教えてください」という作文問題には困った。長生きしたいほど人生に希望はないし、そもそも、思いもしないタイミングであっさり死ぬのが人間だ。生きたいと思った歳まで生きれるとは限らないし、寿命に希望があったとして誰にも操作できない。こんなことを考えるのがまず不毛じゃないか。そんなモヤモヤを抱えつつ、「小説家は七十代で完成する」という誰かの言葉を借りる。


 そして一次面接。説明会にいた人事が直接面接をしてくれる。成育歴や家からの自立に触れられた後、「小説」にも焦点があてられる。

「小説のどんなところが楽しいの?」

「絶対になれないような人の人生を追体験できるところです」

 他にも、「嫌なことがあった時はどうする」という質問には「小説のネタにすると思って乗り切ります」と言ったり。

「この会社でどんなことをしてみたい?」という質問には、『スロウハイツの神様』にあったような、若いクリエイターが集まる物件を企画してみたい、と言ったり。

「それってどうやってお金にするの?」

 と、ちくりと刺される。私は言葉に詰まる。

「もっと、どこでどうお金を取るのか考えなきゃ。ビジネスなんだから」

 そう。就活の不文律。「お金を生み出すこと」が価値。自分の人生もスキルも、やりたいことも、すべてが金銭的価値に還元されなければならない。

 営利企業が人を雇うのだから仕方のないことではある。即物的なことこそ正義。すぐにお金になるものが「役に立つもの」。世間に浸透しきっている価値観。

 正論だとも思う。私の未熟さも、わかる。けれど、こういうところが苦手だ。


「あなたの言う小説って、単なる現実逃避にしか見えない」

 と人事は言った。

「もっと現実にちゃんと目を向けようよ。現実に生きようよ。面白いことや奇跡っていっぱいあるよ」

 そうして、人事は語り始める。自分の学生時代や就活について。雇った社員がたまたま知り合い同士だったとか、そういう小さな奇跡。「面白いでしょ?」とニコニコで聞かれ、「そうですね」と笑いを作る。

 ああ、この人はフィクションを必要とせず生きてきた人なんだな、と思った。


「あなたが頑張っているのはわかるし、とりあえず今回の面接は通すけど、次からはもっとちゃんとビジネスについて勉強した方がいいよ」

 はい、と引きつった笑みを浮かべて、面接が終わる。終わった途端、長い長い溜息をつき、床に倒れ込んだ。45分の予定が、いつの間にか1時間半を過ぎている。半分以上はおじさんの自分語りである。時間守れよ。色々言いたいことはあるが、このへんで我慢しておく。


 その日はニコニコ作り笑いばかりしていたせいでひどく疲れていた。色んな処理しきれない思いが渦巻いて、ベッドにもぐりこんだ。小説は人生の全てだった。小説があったから生きてこられた。確かに現実逃避かもしれない。だけど私は、小説にたくさん支えてもらった。誰に迷惑をかけているわけでもないのに。

 なんであんなことを言われなければいけないんだろう、と思うと、悔しくてたまらなかった。


 けどあれが、たぶん就活の本質なのだ。「現実」だけに生きれる人、即物的な価値に迎合できる人、「お金を生むこと」に執心できる人、そういう人が生き残る。

 

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