3、私たちは商品です

「小説を書いているくらいだから、履歴書で多少盛って書くくらい余裕でしょ?」

 そんなことを人から言われることもある。ストーリーとキャラクターを作り演じるという点では、小説と就活もほとんど一緒だろうと。

 そんな人にこそ、表現の自由戦士各位の言葉をお借りしたい。

「現実と空想の区別をつけろ!」と。


 小説家なんて大ぼら吹きの商売を目指している割には、私は嘘をつくのが下手である。罪悪感に勝てないし、誤魔化そうとしてもどこかでボロが出る。あいにく正直な人間なもので。小説みたいに一から十まで嘘ならまだ、「そういうものだ」と思えるからいいのだ。読むほうも嘘だってわかって読むのだから。だが、それを現実だという偽装をするのは、話が違う。

「事実をもとにした誇張」なら「嘘」ではない、という考え方もあるが、それも事実を正確に伝えていないという点で不誠実なのは同じだと思ってしまう。「物事を解釈の振れ幅なく正確に伝える」ことを文章では意識する。「誇張なら嘘ではない」「事実の一部を隠すなら嘘ではない」は正直言って屁理屈だと思う。

 さて、そんな私だから、本心では就活など放り投げたい。遊んで暮らせるお金があったら就活など頼まれてもしない。

 でも頼れる実家もない。一人で生きていくには食い扶持を稼がねばならない。はやく父親の扶養から抜けたい。出口なし。


 そんなこんなで始まった就活本番。就活生としては遅めとなる1月に私は重い腰を上げた。就活解禁が3月のくせに「1月じゃ遅い」のも就活の欺瞞じゃないか。そういうとこだぞ就活。人事も就活生もシステムそのものが嘘でまみれている。


 志望業界はざっくり、出版と映画関係。出版については、文芸編集などしては目の前のプロ作家を前に興奮やら嫉妬やらで平常心でいられる気がせず、文章を書くスキルを活かせる雑誌記者等を中心に検討する。私が仕事に生かせるスキルなんて正直そのくらいしか思い当たらない。

 心配なのは、出版はすごーく狭き門なこと。大手でも採用人数は10人に満たないこともざらで、その上倍率はものすごく高い。では中小に目を付けたらどうかというと、こちらは中途採用しかやっていなかったりする。必然的に、誰もが知っている大手出版社を受けまくるはめになる。

 映画関係は、単純な興味。いつか映画監督が主人公の小説を書きたいので、現場を見てみたいなという好奇心だ。


 さてはて、まずはエントリーシートである。これがまあ面倒くさい。会社によっては完全手書きである。手書きしてPDFで提出なんてとこもある。このデジタル時代に。そこまでするならパソコンでいいじゃん。履歴書は間違えたら修正できず捨てるしかないし。その割に書かせる文量も多いし。何枚もコピー用紙と時間を無駄にした。大好きなSDGsはどうしたんだよ。クソが。

 書き文字には人柄が出る? それが無駄な労力を割かせる理由になると思っているのが驚き。書き文字でわかるのは「その人の字がきれいかどうか」だけだろ。文字で人物評価という風潮にはスピリチュアルすら感じる。


 そしてぶちあたる「志望動機」と「自己アピール」「ガクチカ」の壁。

 志望動機は「自分がこうしたい」ではなく「(社会・御社に)貢献したい」とするのがセオリーらしい。利己的な人間よりは利他的な人間と思われろと。これがまあ私のポリシーと合わない。

 私は「たとえ自分が他人のためだと思っている行動でも、本心では自分のためだと意識せよ」を信条としている。根っこに利己心があると意識していないと、人は簡単にコントロールに走ってしまうから。だから「〇〇のため」よりも「〇〇のために動きたい自分のため」としたほうがより良心的だと思う。そうでないものは偽善とすら思っている。

 けど求められるのは利他性アピール。私の一番嫌いなタイプの人間になれとお達しだ。


 続いて「自己アピール」。

 就活ではそもそも、「自分は御社に利益をもたらせる優秀な商品ですよ」という広告を打たなければならない。自分を人間ではなく商品として扱わなければならないし、企業側も就活生を「人財」みたいなキラキラコーティングで覆いつつ「商品」として見ている。

 私たちは商品です。生きたひとりの人間だなんて贅沢は申しません。社会に右を向けと言われたら右を向きます。適応します。けれど都合のいい場面では都合のいいように主体性を発揮します。会社の、社会のためになることが自己実現のすべてです。私は金を生み出せます。御社に入るために生きてきました。御社で馬車馬のように働くのが私たちの幸せです。

 志望動機も自己アピールも、要するにそんな人間を求めている、気がする。


 そして「ガクチカ」。学生時代に力を入れたこと、の略。

 海外留学やらボランティアやらサークル副会長やら(なぜか副会長が多い)きらびやかな経歴は私にはない。海外留学やボランティアなんて金のある奴の特権だ。貧乏人には厳しい。サークルも自分がリーダーシップをとる時期はコロナでほとんど潰れた。

 書けることは、「大学一年生の時に親と縁を切って、自活と学業を両立してきた」ことくらいしかない。正直この経験はそんなにメジャーじゃないと思うので、手探りながらとりあえずそのことを書く。

 けど、これって、「親とうまくやれずに逃げた」ってアピールにしかなってないよなあ。ともやもやするけれど、私には選べるような武器はない。

 ちょっと親に頼らず生きてきただけの凡人は、就活的には凡人以下の意味しか持たない。頼れる親がいて当たり前。親には感謝して当たり前。実家に帰ればあったかいご飯が待っていて、就活ともなれば全力でサポートしてもらって当たり前。

 なんせ「世間様」の体現ですから。就活。

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