⑨律子の店

それから、二.三日経った土曜の午後、

会社からの帰宅途中、浜村は律子の店に立ち寄った。


店は学生のお客さん達で賑わっていた。


律子は忙しくカウンターと客の間を行ったり来たりしていた。


浜村は空いた席を見つけ腰を下ろし、ゆったりとした調子でタバコに火をつけプカプカさせている所に律子が水を運んで来た。


「いらっしゃいませ。


先程から気付いていたのですが、今日はお客さんが多くて、どうも遅くなって申し訳ありません。」


「いやー、いいんですよ。


僕は急ぎませんから、手が空いたらコーヒーをお願いします。


客が多くて結構ではありませんか。」


「はい。今日は土曜日ですので、

 いつもよりお客さんが多いのですわ。

いつも、こんなだと良いのですけど」


と、律子は語調ハッキリ口元をほころばせながら言った。


「ところで、敬一郎君は時々ここに来ますか?」


「はい。昨日お墓参りの帰りに買い物があるとかで、小一時間ばかり寄って行かれました。」


「そうですか。それは良かったですね。」


「はい。嬉しかったです!」


律子は嬉しさを体全体に表して浜村に言った。


浜村は律子が敬一郎に特別な感情を抱いている事を察していた。


いつもの律子は、あまり敬一郎の事に関しては表情を変えないのだが、今日の律子は、浜村が別人ではないのかと疑うくらいである。


「何か良いことでもあったみたいだね。」


と、水を口に入れて言った。


「良い事って、別に何にもありませんのよ。


昨日、敬一郎さんにお会い出来たのが嬉しくて、つい顔に出ているでしょう。」


律子は、とぼけるような素振りで言った。


「明日、敬一郎君の所に行きますので、あなたも一緒に遊びに行きませんか?


敬一郎君もきっと喜びますよ」


「ハッキリわかりませんが、都合が出来たら伺いますと敬一郎さんにお伝えください。


なるべく行くようにしますね。」


「伝えときますので必ず来てください。


敬一郎君も僕もあなたが来るのを楽しみに待っています。」


その時、四人で来ていた学生の客が、


大きな声でコーヒーを注文したので、


「はーい。ただいまお待ちしまーす!」


と言って、浜村に軽く会釈して浜村の席から去っていった。


浜村は一時間くらい店にいて帰っていった。

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